「そこまでよ、篠ノ之束博士。もう、貴方は包囲されているわ」
「...............」
束は今非常に不快な気分だった。
何せ直前まで満足のいく実戦データを取れたことに舞い上がり、年不相応ながらもスキップをしていた時にへ武器を突きつけられればそうならないはずがない。
束が最も嫌う人間の一つが己の時間を邪魔する、今この瞬間ここにいる奴らのような人間だ。
が、邪魔されたからとはいえ、すぐ態度に出すような幼稚じみたことからは卒業しているので、一見すればただ変わらず笑顔を浮かべたまま。
だが、内心ははらわたが煮えくり返っているのは相変わらず。
しかし、そんな内心を知る由もない束へ武器を突きつけた人物、更識楯無はあくまで警告を続けた。
「無駄な抵抗はやめることね。今この瞬間にも貴方をスナイパーが狙っているわ。何か少しでもおかしなことをすればあの世行きよ」
「ふーん?特別抵抗しているつもりはないんだけどなー。ていうか稀代の大天才束さんを平気で殺そうとするなんてね?どうなっても知らないよ?」
「...............貴方には殺害命令が出ているわ。だから、今ここで殺したとしても、私は世界を救った英雄として称えられるわ。貴方は世界を災厄に巻き込もうとした悪魔として永遠に非難されることになる」
「へぇー?いつの間にかそんなことになっていたとは思わなかったよ。どうせIS委員会か、国連あたりかな?そんなことを言う奴らは消さないといけないねぇ」
殺害命令が出されていると、普通の人間だったら恐怖に怯えるはずなのにもかかわらず、束は眉の形一つすら変えることはない。
そんな飄々とした束の姿に不気味さを抱く楯無だが、束には常識など通用しないのは百も承知。
弱みを見せてはいけないという意地が楯無を奮い立たせる。
「無駄よ、貴方はもう逃げられない。洗いざらい全部喋ってそして死んでもらうわ。今回の件に貴方が関わっているのはもう調べがついてる。あの乱入してきたISも、織斑十夏君に渡したISも、全部貴方が仕組んだことだってね」
「へぇー、で?それとのどこがいけないっていうのかな?ただ私は実戦データを取っているに過ぎないんだけど」
「死者が出たのかもしれないというのに、どうして平然としていられるのよ。本当に貴方は人間な訳?」
呆れるようにため息をついた束はオーバーなまでに肩をすくめる。
その目は道端に落ちているゴミを見るかのように冷たかった。
「これだから凡人はダメなんだ。あのね、人という生き物は途方もない犠牲の上に成り立っている。それならISを完成させるために少しくらい死人が出たってかまわないと思うけど?それくらい暗部に関わっているなら分かる事だと思うけど」
「私は更識の長である前に生徒会長なの。生徒を守るのも私の役目、だからこそ貴方のとった行動が許せない。...............貴方にとって大切な人はじゃなかったの、十夏君は」
「十夏?あぁ、いたねぇそんな奴。束さん興味ないのと用済みなのは覚えておく必要なんてないじゃん?ま、死んだらそんな程度だったって事でしょ。あの人は殺す事はしないだろうし」
「何者なのあの操縦者。あそこまで実力を持っておきながら無名なのがすごい怪しいのよ」
「答える理由なんてないよ?まぁ、教えてあげてもいいけど、束さんに勝ったらね。勝てるとは思わないけどねぇ」
呆れながら首を竦める束は何処までも退屈そうに言う。
そして次の瞬間首元に突きつけられていた槍を素手で文字通り分解した。
「ッ!?何をしたの!?」
身の危険を感じた楯無が飛び退くと、一瞬の間をおき直前までいた場所が爆ぜた。
それの原因は束が繰り出したかかと落とし。
「何って見たままだけど?分解してあげたんだよ。そんなもの突きつけてるから」
「...............」
「本当さぁ君たちはちーちゃんに期待しすぎなんだよ。どーせ、あのIS操縦者を瞬殺してここまで駆けつけてくれると思ってるんだろうけどさ、君たちの目は腐っているのかな?ちーちゃんごときがあの人にかなうわけがないでしょ?」
ニヤリと薄気味悪く口元を歪めながら束は続ける。
「無知っていうのは罪だって言葉はよく言ったものだよ。マスコミで流される情報を鵜呑みにしてさ。織斑千冬は世界で一番強い?のんのん。私にとってちーちゃんはそこらへんにいる雑魚と変わりないんだよ。だってそうだよねぇ?一度も私を本気にできなかった奴が最強なわけないじゃん。本当の天才とは細胞単位でオーバースペックなのさ。お前らとは体の作りから違うのだよ」
それにほら、と続ける。
「お前たちが心の底から望んだ人を“連れて来てくれた”ようだね」
唐突に通路の壁が吹き飛び、晴天の光が廊下を照らす。
織斑千冬が駆けつけたと、安堵が教員部隊と楯無に広がる。
しかし、打鉄をまとった千冬の代わりにいたのは、あの忌々しき白いISをまとった操縦者だった。
「ほらお望み通り来てくれたじゃない」
その操縦者は片手にぶら下げた何かを廊下に向けて放り投げる。
鈍い音とともに床を転がる何か。
一見すれば所々赤く染まった黒い布の塊に見えないそれ。
それが織斑千冬の成れの果てだと気付くのには長い時間が必要だった。
「...............嘘」
「まぁ、安心するといいよ。殺さない程度に手加減してくれていたみたいだし、しばらく治療すれば良くなるでしょ。もうね、織斑千冬神話は終わったんだよ。もう世界最強だった織斑千冬は、ね。いや違うか。世界最強そう崇められていただけの雑魚だっけ」
あの織斑千冬がこうまで敗北したという事実は、教員や楯無を動揺させるのには十分すぎた。
昔からそうであったように、今でもISが関わるのであればこちら側に敗北は最終的にはないとしか思わなかった。
何せそれは織斑千冬という絶対的な存在があったからこそ。
だが、それはもう通用しない。
今ですら足元に及ばない千冬をはるかに超える存在が現れたのだから。
それが2人も。
「さーてと。満足なデータも取れたし、これ以上ようがないなら帰らせてもらうよ」
「ま、待ちなさい!」
「まーだ何が聞きたい事でも?めんどくさいから帰りたいんだけど」
「貴方を逃すわけには行かないのよ。ここまで荒らすだけ荒らして、タダで返すわけには!」
「...............殺さない程度にやっちゃって。まだ使ってない武器のテストだとおもって、さ」
その人物の武器が火を噴くのとうなづいたのはほぼ同時だった。
目にも止まらない神業ともいうべき速さで、ボルトアクションライフルを正確無慈悲に3人の教師陣を打ち抜き一瞬で行動不能へと陥れる。
たった一発でISを撃墜するライフル弾の威力も驚きだったが、そのボルト操作の速さは異常だった。
セミオートとなんら代わりない速度で、この正確さ。
対峙すらしていないのに格の違いを徹底的に突きつけられた、そんな衝撃が楯無を襲う。
「なっ!?」
いつの間にかその手に握られていたのはライフルではなくショットガンであり、狭い通路内でそれを一撃、二撃とお見舞いされる。
ISがやっと通れる広さの通路だったが国家代表としての意地か、直撃を受ける事なく回避する。
が、ズドンと腹部に走る凄まじい衝撃。
「残念だったね。私を殺すつもりだったんだろうけど、まぁ悔しがる事はないよ。誰にも束にしさんを殺す事なんかできないんだから」
再度腹部を、衝撃が襲う。
それがパイルバンカーだと気付いた時は何もかもが遅い。
3度目の追撃と共に楯無の意識は闇に沈んだ。
アタシ、凰鈴音にとって1年ぶりの日本は楽しいとは到底言えないものだった。
「もう、2週間ですか。はやいものですね.............」
「いや、生きているだけで十分だ」
そういう千冬さんの声はひどく落ち込んでいた。
その視線が向かうのはガラス越しに見える、あちこちにコード類と繋がれている十夏の姿。
1年ぶりの再会を分かち合いたかった人は未だに意識が戻る事がないままベットの上で眠っていた。
それがアタシの久々の日本だというのにあまり嬉しくならなかった理由。
(いつまで寝てるつもりなのよ、アンタは)
千冬さんの言いたいこともわかる。
今もだけどいつ容体が急変してもおかしくないとまで言われていたし、一時期は心肺停止になったときだってあった。
それを思うと、奇跡だと担当医が言っていたのは分かるけれども。
それでも本心を言ってしまえば、1年ぶりという再会を心の底から分かち合いたかった。
弾や数馬、それに蘭達と厳さんの料理を食べながらわいわいと中学のときのようにバカをやりたい。
「なぁ、鈴。私は正しかったと思うか?」
千冬さんが目線を変えることなく問いかけてくる。
千冬さんは中学生のときに親から捨てられても、5年前に義弟を事故で亡くしても、それでも十夏のことを養い続けてきた苦労人。
昔から妹のように可愛がってもらったし、アタシも一人っ子だったから姉ができたようで嬉しかった。
だから、恩返しをしたいとおもっているし、たまに見せるこういうときは大人しく話を聞いてあげている。
嫌なことも全部吐き出してしまえばいくらか楽になるのは知っているし、こういうことが恩返しになるかもしれないから。
それに話を聞くのは嫌いじゃない。
「あの日、私は良かれと思ってあのISに勝負を挑んだ。十夏とオルコットが傷つけられるのがどうしても許せなくて、周りの制止も聞かずに格納庫へと急いだ。黙って見て入れなかったんだ」
「...............そうですか」
「でも、結果はどうだ?手も足も出ず一方的。たった一撃すら入れる事ができないまま負けたよ。私は何もできなかった。オルコットこそすぐに目を覚ましたが、十夏は一生残る大怪我を負わせてしまったんだ」
十夏の顔の左半分を隙間なく覆う包帯。
直接見たわけじゃないからアタシは分からないけど、その包帯の下は焼け爛れた皮膚と被弾して弾け飛んだ跡があるそうだ。
視神経まで焼き焦げているせいで視力は、再生治療を施したとしても視力までは治せないとも。
「何もできなかった。今でもずっと後悔しっぱなしだよ。きっとどこかで慢心があったのだろうな。私は世界最強だと、私は誰も負けないと。馬鹿な話だ。そんなはずがないと理解していたはずなのに、いつの間にか周りがいうようにそう勘違いしてしまっていたとはな。そのツケがここで払わされたようだよ」
十夏はオルコットさんをというイギリス候補生をかばった結果こうなったと言う。
左腕は複雑骨折、肋骨だって数本まとめて折れていたみたいだし、全身を打撲して動けるような状態じゃなかったのにも関わらず。
本当に、下手をすれば死んでいたかもしれないのに、それすら考えないで助けようとするところはまるで。
「...............何もそこまで真似する必要ないじゃないのよ」
憎いくらいに一夏さんにそっくりだった。
流石に今回みたいなのはない。
だけど似たようなことなら、道路に飛び出した子供を助ける、何てことはよくやっていた人だった。
そしていつも言うのだ「あー死ぬかと思ったー」と。
こっちとしては冷や汗ダラダラモノだっていうのに、ケラケラと余裕をかましていて、むしろアタシたちがびくびくしていたくらいで。
「あいつも言うんですかね?目を覚ましたら、死ぬかと思ったって」
「どうだろうな。言わないとは断言できないが、言ったら言ったとて笑い事じゃないがな」
「確かに」
「...............本当に一夏にそっくりだよ。もしも一夏が生きていたらどうしていただろうな」
「きっと千冬さんのことを張り倒していたかもしれませんよ?ウジウジ考えるな。良かれと思ってやったことに後悔なんかするなって」
「想像がたやすくて泣きたくなるな。...............そう、だな。私がウジウジしていてはいけないんだよな」
千冬さんも軽くはない怪我を負っているから、職場復帰するのはまだまだ先だろう。
でも、もう心配は要らなそうだ。
その瞳には少なくとも、弱さは感じられなかったから。