「諸君! 決闘だ!」
ギーシュが薔薇の造花を掲げた。うおーッ! と歓声が巻き起こる。
「絶望なさい。苦悶なさい。知りなさい。貴方がどれだけ努力しようが、人の身では決して敵う事のない存在が居るという事を、その全ての細胞に焼き付けなさい」
トウコの服装はいつもの格好だ。何の特徴も無い長くも短くも無い真っ黒いスカートに、これまた何の特徴も無さそうな白いシャツ。特筆すべきことの何もない、平凡な格好だ。
相変わらず、真っ黒の、光さえ全て吸収しそうな全く反射の無い黒い髪を靡かせ、真っ黒の瞳をギーシュに向けている。
威圧感に、ギーシュは思わず一歩後ずさる。
「に、逃げずに来たことは、褒めてやろうじゃないか」
「逃げるですって? 私が? あなたの事を見誤っていたわ。面白い冗談を言うのね」
その顔は全く笑っていない。
「では始めるか」
言うが早いか、ギーシュは薔薇の造花を振り下ろし、その花びらを青銅のゴーレムに変えてトウコに突進させた。しかし、トウコまで残り1メイル程度の所で、急にゴーレムの制御が切れた。
「な!? ど、どうしたというんだ!?」
周りから見れば、フライングしてゴーレムに突撃させた挙句途中で魔法の切れたバカにしか見えない状況のギーシュだが、本人にしてはさっきまで操っていたゴーレムが急に動かせなくなったのだ。焦るのも当然だろう。
「反転」
トウコが言うと同時にゴーレムが反転し、ギーシュに向かって剣を振り上げ走っていく。
ギーシュは焦ってもう一体ゴーレムを出し、攻撃を受けさせる。結果は相討ちだ。どちらも土塊に返る。
トウコは、相変わらず無表情でギーシュに近付く。
「う、うわぁあああ!」
ギーシュは薔薇を振り、一気に五体のゴーレムを錬成する。トウコに向かって走らせようとするが、トウコがどこにも居ない。後ろかと思って振り返るがそこにも居ない。ギーシュは辺りをキョロキョロと見回している。
「おい、どうしたギーシュ!」
「何をやっているんだ!」
無責任な野次が入ってくるが、それどころではない。攻撃すべきトウコが居ないのだ。
「何処にいる! 出て来い!」
ギーシュが叫び、一拍置いて広場が笑いで溢れる。
「ははは! 目の前に居るのに出て来いも何もないだろ!」
「どうしたんだよ、俺たちはもしかして喜劇を見に来たのか!」
「……は?」
ギーシュは言われたとおり前を見る。いつの間にかトウコがすぐ目の前に居た。
「っ!! やれ、ワルキューレ!」
ゴーレムを使い、トウコの腹を殴りつけ、後ろの方へふっ飛ばす。
「お、おい……死んだんじゃないのか?」
「いや、流石にそれはないだろ」
「全く動かないぞ」
「トウコ! 大丈夫なの!?」
ギャラリーの言葉がギーシュには理解できない。だってトウコは
何事も無かったかのように立ち上がって、こちらに歩いてきているのだから。
所変わって、ここは学園長室。
コルベールはオスマン校長に、トウコのルーンについて捲し立てていた。
「これはガンダールヴのルーンと全く同じであります! あの少女はガンダールヴです! これが大事でなくてなんなんですか!」
「しかし、それだけでそう決めつけるのは早計かもしれん」
「それもそうですな」
と、そこでドアがノックされた。
「私です。オールド・オスマン」
声はオスマンの秘書、ミス・ロングビルのものだった。
「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。一人はギーシュ・ド・グラモン、もう一人がミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」
オスマンはコルベールと顔を見合わせた。
「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
「アホか。たかが子供のケンカを止めるのに、秘法を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
ミス・ロングビルはそのまま去って行った。
「オールド・オスマン」
「うむ」
オスマンが杖を振ると、壁にかかった大きな鏡に、ヴェストリの広場の様子が映し出された。しかし「行儀が悪いわね」と、平坦な声が聞こえ、すぐに鏡が砕けたのだ。
コルベールはオスマンに一言断り、大急ぎでヴェストリの広場に走って行った。
「ご主人様に言われているから命までは取らないわ。貴方が謝るのならね」
「ふふ……ば、バカを言うなッ!」
ギーシュは造花の薔薇の杖を振り、次々と攻撃を繰り出す。しかし、何度ふっ飛ばしてもトウコはその度何事も無かったかのように立ち上がる。
「何故! 何故だ! 何故倒れない!」
ギャラリーはギーシュの様子に呆然とする。何もない所を、ずっと狂ったようにゴーレムで攻撃させているのだ。
「お、おい、落ち着けよギーシュ。何をやってるんだ!」
「落ち着けだと!? コレが落ち着いていられるか! くそ! なんで!」
やがてトウコの手が軽くゴーレムに触れたその瞬間、ゴーレムは砂となって消えた。
ギーシュは恐怖し、次のゴーレムをけしかけると、次は水になって飛び散り、次は火となって燃え上がり、風となって飛んでゆき、最後の一体は跡形も無く消滅した。
「お、おい、どうしたんだよギーシュ、急にゴーレムを土塊に戻したりして」
お前たちは何を見ているんだと、恐怖と無力感を感じながら足から力が抜けていくのを実感した。
「あなたのいう魔法なんてこの程度のもの。所詮はただの道具なのよ。その道具を少し使えるからと思い上がって、私の家族をバカにした罪の重さ、あなたにわかるかしら?」
「あ……あぁ……」
ギーシュは尻餅をついた。トウコはその頭に手を乗せ、同時にギーシュは何も見えなくなった。
「な、なんだ? 何も見えない……。あ、あぁ……! あああああああああぁぁぁぁああああ!」
「次はあなたの聴力を奪うわ。その次は声を奪う。それまで降参せずにいられるかしら?」
「わ、わかった! 悪かった! 降参だ! 許してくれ! 二度と君の家族を悪く言わない! 無茶な事も言わない! だから許して……!」
「お、おい、本当にどうしちゃったんだよ……」
命乞いをするように、なんども謝りながら降参と叫ぶギーシュだが、友人たちは不安そうに見ている。
「トウコ! アンタ大丈夫なの!」
みんなに見えていた方のトウコが立ち上がり、ルイズが声をかける。
「あら、心配してくれてたのかしら? 安心して、殺してないわ」
トウコはギーシュに歩み寄り、その頬に優しく手を添える。
「ごめんなさいね、やりすぎたわ」
視力が戻ったギーシュが見たのは、黒い髪と、困ったような笑顔だった。
「こ……これは、ルイズの使い魔が勝ったのか?」
「何が起きていたんだ?」
生徒たちは釈然としない顔をしているが、コルベールの乱入により、散り散りに逃げていく。
「起きなさい。萎れた薔薇なんて誰も見たくはないわよ」
トウコはギーシュに手を差し出した。
「は……はい!」
ギーシュは、鼻水と涙塗れの笑顔でトウコの手を掴んだ。