コルベールはノックも無しにオスマンの部屋に飛び込んだ。
「オールド・オスマン! 一大事ですぞ! ミス・ヴァリエールの使い魔が勝ったらしいですぞ!」
「勝った“らしい”?」
「いや、それが何と言うか……その場にいた誰もが、何故ああなったのかさっぱりわからないそうで、彼女が倒れているとミスタ・グラモンが錯乱し、降参したそうです」
「被害はどれほどのものじゃ?」
「けが人は無しです。ミス・ヴァリエールの使い魔も一度ゴーレムで殴られたそうですが、一切外傷は無いと聞いておりますな」
オスマンは手を組み、しばらくうつむいた後、コルベールに向き直す。
「ガンダールヴのルーンを持っていながらそれを一切見せずに何らかの手段を……その少女は、本当に人間なのかね?」
「……わかりません。ミス・ヴァリエールが呼び出して以来幾度かディクトマジックを試みたのですが、全て無反応でした」
「……この件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」
「は、はい! かしこまりました!」
オスマンは、ただ俯くしかなかった。何を考えているのかは、彼のみぞ知る事だ。
「トウコ殿! この花はあなたの美しい黒髪にとてもお似合いだ!」
「トウコ殿! もしこの後お暇なら学園を案内しようか!」
「トウコ殿! ワルキューレの新たな装備を考えたのだが、見ていただけないだろうか!」
「トウコ殿!」
「うっさいわよ! いい、ギーシュ? コレは私の使い魔! ベタベタ引っ付いてこないで!」
ルイズは怒った。昼夜問わずどこからともなく現れてトウコにアピールするギーシュは大変鬱陶しい存在だったのだ。トウコも心なしか迷惑そうにしているように見える。
「ははは、焼きもちかい、ルイズ?」
「ぶっ殺すわよ」
ルイズは真顔で答えた。
「モンモランシーはどうしたのよ」
「だから彼女は違うと言っているだろう。トウコ殿の前で誤解を招くような発言は慎みたまえ」
ギーシュは木にもたれかかって薔薇の造花を咥えてる。
「茹ってんじゃないの? トウコ、あんたも何とかいってやりなさい」
「ギーシュ、貴方が私の事を好きなのは知っているわ。でも、私とどうにかなりたいのなら私の好きな人に決闘で勝つしかないのだけど、大丈夫かしら?」
「ああ、トウコ殿。愛の前ではその程度の障害は些細な物。必ず乗り越えて見せましょう!」
「私では足元にも及ばないほど強いわよ」
「…………も、勿論大丈夫ですとも! 男は愛の為なら、何倍でも強くなれるのです!」
「じゃあ頑張って。勝つ姿が全く想像できないというか、不可能でしょうけど応援してるわ」
ギーシュは「頑張って」の部分しか聞こえなかったのか、ずっと脳内リフレインさせてセルフトリップしているようなのでルイズとトウコは放っておいて食堂へ向かった。
「ねえ、アンタの好きな人って」
「お父様よ。白波麟」
「……ファザコン」
「なにかしら」
「アンタのお父さん呼べないの?」
「お父様はネタバレを好まないのよ」
「なにそれ? まあ呼べるとしても呼ばなくていいけど。それはそうと、明日は街に行くわよ。ついてらっしゃい」
「いいわよ」
「なんでこうなってんの」
「むしろ何でルイズが居るのよ」
「私がトウコの主人で、トウコがタバサの友達だからじゃない」
「…………」
決して広くないタバサの使い魔であるシルフィードの背に乗ってルイズとキュルケは密着しながら小さな声で言い合っている。
勿論、初めから小声だった訳ではない。大きな声で騒いでいたが、腹を立てたタバサが脇腹に杖を叩きつけてきたので静かになったのだ。ルイズもキュルケもその時は涙目になった。
「貧相な街が見えてきたわよ」
「首都なんだけど」
「知れているわね」
ルイズは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の使い魔を除かなければならぬと決意した。
しかし、冷静になって敵うはずもないので諦めたが、とりあえず睨み付けておいた。
タバサは近くの森にシルフィードを降ろすと、その辺りでウロウロしておくように言った。
「ねぇ、何をするのよ」
忙しなく人が動き回る狭い大通りを肩を寄せて歩きながらキュルケがルイズに尋ねる。
「トウコの生活用品を買いに来たのよ。だって何も持ってないじゃない」
トウコが出てきた円筒は誰も見ていない時にいつの間にか消えていた。
「何も持ってない事は無いわよ。必要な物は全て持っているわ」
「そう。でも薬の原料も調達しておきたいわ。付き合いなさい」
「タバサは何で?」
「トウコの移動は目立ちすぎるから」
竜に乗るより目立つ移動方法なんてそれほど沢山無い筈だが、キュルケは興味なさそうに相槌を打つ。
「静かに移動する事も出来るのよ。アレはお父様の趣味だわ」
「何の話よ」
「タバサが……ちょっと待って」
トウコはいつの間にか手のひらサイズの長方形の板を持っていた。それを耳に当て、何か話し始める。
「お久しぶりですお父様。ええ、私も早くお逢いしたいです。はい、勿論です。武器屋ですか? わかりました。電話でもテレパスでもいいのでまたご連絡くださいね。
ご主人様、武器屋に行くわよ」
「……は?」
ルイズはトウコの頭がおかしくなったと思っている。無理もない。トリステインの技術水準では衛星電話どころか、手紙か伝言か、とにかくまともに長距離間で意思疎通できる手段が極端に少ないのだ。
「お父様からの指令よ。武器屋で一本剣を買うの」
「まあいいけど、武器屋の場所なんて知らないわよ」
「私が知ってるわ。いらっしゃい」
勝手知ったるという様子で目の前をズカズカと歩くトウコ。ルイズはもうトウコが始めてくる街の道を自分より知っている程度では驚きもしない。
小汚い裏路地を無表情で歩くトウコに、景観に対して嫌悪の表情をむき出しに歩くルイズがついていく。やがてトウコは剣の形の看板が下がった店の扉を開ける。店主らしき中年の男は呆然とトウコを見た後に、後ろから入ってくるルイズの紐タイ留めに書かれた五芒星を見て口上を述べ始める。
「旦那、貴族の旦那――」
「ここに喋る剣があるわね。いただくわよ」
「いや、ちょ――」
トウコは店主が何かを言おうとするのも無視して、傘立ての傘のように陳列さえされていない剣の束から一本の剣を抜きだした。
「な、なんでぇ!?」
「黙っていなさい」
トウコは懐からどう見てもそこから出てくるわけのないサイズの麻袋を出し、カウンターにドスッと置く。
「エキュー金貨で5000枚あるわ。足りないとは言わないわよね?」
「……へ、へぇ」
「鞘も寄越しなさい」
呆けた顔をして鞘を持ってきた店主からそれを取り、剣を押し込む。
「行くわよ、ご主人様」
「…………は? い、いや、ちょ、え?」
ルイズは突拍子も無く出てきた大量の金貨に呆然としながら、言われるままにトウコについていく。数秒後、店からは歓喜の奇声が上がった。
「おでれー――」
「街中で喋らないで」
トウコは勝手に鞘から鍔を浮かせ、ガチガチと何かを喋ろうとする剣をカシャンと鞘に押し込み腰に下げる。
「インテリジェンスソード?」
「名前はデルフリンガー。昔ガンダールヴに使われていた伝説の剣よ」
「へ?」
「帰ったら話すわ」
納得はしていないものの、確かにこんな群衆の中伝説の使い魔の話をしていると夢見る子供のようにみられるかもしれず、それは気に入らないのでおとなしくトウコに従う。
ルイズは最近気づいてきたのだ。
トウコの態度は主人に対するそれではない。
街に来て改めて思った。財布は持たない、金を自分で出す(しかも主人の所持金以上の買い物をする)、口を挟ませない、敬語を使わない、そして今はスリの首元に剣を当てている。
「いい事を教えてあげるわ。錆びた剣の方が斬る時は痛いそうよ。次の人生で役立てなさい」
「ひぃっ! お、お助け下さい! 出来心だったんです、どうかお慈悲を!」
「ちょ、と、トウコ、やめなさい! そんなの兵に渡せばいいのよ」
トウコはデルフリンガーを少し引き、男の首に赤い線を引いて言う。
「ご主人様の慈悲に感謝する事ね」
トウコが剣をしまうと同時に男は膝をつき、力なくへたり込む。兵がやってきて男を連行する。同時にルイズに話を聞いているようだ。媚び諂いつつも、仕事には手を抜かない兵から解放されたルイズは額に手を当て力なく息を吐く。
「疲れた……」
もうしばらく街にいてます