リンク・ザ・スタート   作:ヤギザ

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明けましておめでとうございます。
去年までに一、二話は更新する予定だったのですが、すみません。





RIDE 9 ロービアにて

20時45分

 

櫂は夜闇の中、第三層と第四層を繋ぐ階段の頂上の小島の中央にある四阿から出た。

小島と表現したのは周りが言葉通り、底が深そうな川の中央に小島として存在しているからだ。

櫂はこの風景を見て第四層が水をテーマにしているエリアだということがすぐにわかった。

周囲を確認すると、橋や他の陸地に続く道は無かった。ここは完全な孤島のようだ。船のような物もない。

次に櫂は四阿の中を調べた。すると床に丸めてあるスクロール見つけた。

それを開いてみると、四阿の裏手に大きな木がありそこに生っている木の実を打撃系ソードスキルを使用して落としてとる。その実の蔕から息を吹き込むと吹き輪になるからそれを使って川を渡る、ということが書かれていた。

書き方と置かれたかでこのスクロールはプレイヤーが置いていった物だということはわかった。

こういった親切なことをするのは櫂が知る限り、数人しかいない。さらに言うならば、こんなものを置いていくことになるのは一番最初に訪れた者だろう。つまりあの二人のどちらかだと櫂は予想した。

 

櫂は四阿の裏を見ると確かに大きな木あった。それに近づき、見上げると確かに実がなっていた。

櫂は背負っている両手剣を抜き、スクロールに書いてあるように打撃系のソードスキルを発動させ、木に放つ。木は大きく揺れ、その後木の実が落ちてきた。

確かにスクロールに書いてあったことは正しいことを確認した。

落ちてきた木の実を拾い、蔕から空気を吹き込んだ。

すると手の平サイズだったドーナツ状の木の実は見る見るうちに大きくなり、大きめの浮き輪になった。

 

櫂は早速浮き輪を川の水面に浮かす。

その後装備をはずし、シャツと短パンだけの姿になる。

何故櫂が薄着になったかというと、以前下の層で湖の底の探索を行おうと泳ごうとしたが、現実のように上手く泳ぐことができなかった。

そもそもスキルに水泳がある以上、簡単には泳ぐことができないのは予測ついたし、鼠のガイドブックにも書かれていた。

だがクランを探すことに必死だった櫂は水中にクランがある可能性を考えて、泳ぎに挑戦してみたのだ。

その時、やはりゲームのシステム的制限があることがわかったのと同時に水泳スキルを取得するかを考えたが、もっとスキルスロットが増えてからにしようという結論に至った。

さらに服や重い装備を着けて水に入ると、動きに更なる阻害効果が起こることがわかった。

 

以上の理由から櫂は薄着になったのだ。浮き輪を使うとはいえ、できる限り動きの妨げにならない服装が良いと櫂は判断した。

櫂は川に入り、浮き輪にしがみつき、泳ぎはじめる。

 

第三層のフロアボスが倒されてからもう七時間以上経過している。

とっくの昔に主街区の転移門の有効化《アクティベート》は終わっている。

しかし、櫂は例によって探索の為に転移門を使わずに第四層の主街区に向かっている。

 

しばらく櫂が泳いでいると高い塀が見えてきた。見るからに街か何かを囲っているように見える。塀の近くの上陸できそうな場所を見つけ、陸に上がった。

上陸した地面は砂場だった。その砂場は上り坂になっており、それは塀の入り口まで続いている。

櫂は外していた装備を着けて、砂の坂を上り始める。水から出たばかりだというのに、濡れている感覚が直ぐに無くなってしまったことに違和感を感じながら、塀の中に入った。

塀の中は案の定、街だった。

ここは第四層の主街区ロービア。水路で繋がっている街だ。

櫂もすぐ傍に船着き場しかなく、陸路がないことでそう理解することができた。

船着き場にいる船頭の格好をしたNPCに声をかけ、50コルを支払い、街の中心部になるであろう転移門広場まで乗せてもらうことにした。

 

転移門広場に着くと最初に目に入ったのは、何人ものプレイヤーがNPCに混じって街を行きかっている姿だった。

転移門が有効化されて、他の層の主街区の転移門から行き来できるようになった初日はだいたいプレイヤーの人口が増すのだ。

よく見る光景をしり目に、櫂はまず街の案内図が載っている掲示板を目指す。だいたい街の地図は転移門の近くにある。街を探索する前に案内図を確認する、それが櫂自身が決めた初めて来た主街区での最初の行動なのだ。

 

ふと、櫂はここの船着き場を見る。今は夜で活動しているプレイヤーは昼間と比べて少ないのだが、それでもプレイヤーの船待ち列ができている。この街での行動は時間がかかりそうだと思い、櫂は心の中で舌打ちをする。

 

ドン

 

よそ見をしていたら、櫂は誰かにぶつかった。

 

「ごめんなさいっ」

 

櫂は衝撃を感じた直後に、謝ってくる高い声が聞こえた。

声の主は律儀にも立ち止まり櫂に頭を下げてくる。

そしてショートカットの黒髪と顔のソバカス、そして一番の印象に残る鍛冶用のハンマーを腰にぶら下げている少女は恐る恐るといった感じで顔を上げ、櫂の顔を見る。

 

「いや、こちらこそすまない」

 

女の子は謝ってくるが、よそ見をして別のことを考えていた櫂としては、むしろぶつかった原因は自分にあると思い、謝った。

櫂の言葉を聞き、少女はもう一度頭を下げ、離れていく。

櫂もすぐに案内図を見るために歩き出した。

 

 

 

 

 

ロービアの街を探索を開始してから早30分。

NPCの住宅エリアを探索しながら櫂はある疑問を感じていた。

探索をしている間にいくつかのクエストを発見し、請け負ったりしたのだが、その内容的に今の現状では難しいものが多かったのだ。

何が難しいかというと、明らかに外の川のフィールドで戦闘を行わないといけないものがあるのだが、浮き輪しか移動手段がないため、水上戦闘がほぼできないのに多くのクエストが水上戦闘必須である。

これはどうゆうことだ。

その疑問はすぐに解消されることになる。

NPCの住宅エリアの奥の方で大きな建物の中にいる老人を発見。老人にはクエストを発生させるマークがついている。そして、周囲はには明らかに職人の仕事用具が転がっていた。

それを見た瞬間、櫂はすべての合点がいった。

 

「船を作ってくれ」

 

何の迷いもなく櫂は老人にそう言うと、クエストが発生した。

 

 

 

 

 

 

老人から受けたクエストの内容はこういうものだった。

ロービアの南東にある森にいる熊型のモンスターからドロップする《熊の油》というアイテムを持ってこい。

そして櫂は今その森にいる。

森は三層をような生い茂った森。しかし、三層と違って泥濘が多いという水の四層に相応しい差異があった。

とりあえず櫂はこの森も徹底的に探索したかったが今は、夜なので暗く、強力なモンスターも出現するということなので、今は船を作るクエストに集中することにした。

 

早速櫂の前に黒い熊のモンスターが現れる。

櫂は背中に背負っている両手剣を抜き、構える。

先制してきたのはモンスターの方だ。

四足歩行で櫂に向かって突進をしてくる。

櫂は出来るだけ引き付け、横に避ける。

タイピングは微妙だったが、避けることに成功した櫂はすかさずモンスターの後ろから斬りかかる。

櫂の表情が僅かに渋る。

その理由は思った以上にダメージを与えられなかったからだ。

櫂の今のレベルは13。実は安全マージンを十分にはとれてはいなかった。

それはそのはずだった。二層、三層と櫂は探索に専念しフィールド、エリアボス戦に参加していない。三層に至っては探索することで精一杯だった。

むしろよく13まで上げたといえるだろう。

更に櫂の装備は二層で止まっており、いくら筋力重視のパワーファイターでも四層の雑魚だとしてもモンスターに苦戦して当然だった。

 

長期戦になる…そう思った瞬間、櫂の背後から気配を感じる。

櫂が振り向くと熊型のモンスターがもう一体現れたのだ。

 

絶対絶命、普通ならそう思うだろう。しかし櫂に焦りは無かった。

二体までなら問題ない…

 

櫂は新手のモンスターに向かって指をさし、静かにハッキリと口にする。

 

呪縛(ロック)

 

すると指をさされたモンスターは黒い球体に変わった。

 

これが櫂の切り札。

リンクジョーカーのクランスキルである。

 

 

 

『クランスキル』

 

櫂が第一層のフロアボスを倒した後、そのボスの武器に宿っていたクラン…リンクジョーカーを手に入れた。

その後櫂のメニュー欄に変化が起こり、スキルスロット欄にスキルスロットが一つ増えていた。

そのスロットはクランスキルスロットと表示されていた。

その名の通り、そのスロットには通常のスキルはセットできないが、手に入れたリンクジョーカーは何故かSAOのシステムに変換されたようで特殊なスキルとして櫂のスキル選択欄に入っていた。そのリンクジョーカーをクランスキルスロットにセットすることができた。

そして、セットしてみると櫂のスキル欄に新たなスキルが増えていた。

クランによって手に入れたスキルがクランスキルだ。

 

 

リンクジョーカーのクランスキルが呪縛(ロック)だった。

 

呪縛(ロック)は対象を10秒間行動不能にするというものだ。

呪縛(ロック)された相手はどんな干渉をも受けなくなる。攻撃も回復もだ。

ただ制約がいくつかあった。

対象は一体だけしかできない。

敵が一体の時は使えない。

一度使用してから一分間は使えない

敵の中でレベルまたはステータスが一番高い敵を対象にすることはできない。

 

ただ通常のスキルと同じように熟練度とオプションスキルがあるので、もしかしたら制限を解除するもできるかもしれない。

通常のスキルと違いの一つとして妙な追加オプションが表示されていた。

 

『クラン適正ボーナススキル』

 

セットしたクランがそのプレイヤーに適性がある場合、ボーナス効果を得るというものだ。

因みに櫂はリンクジョーカーに適性があり、『星輝兵』という項目で

呪縛(ロック)の時間を+5秒

と記載されていた。

つまり今の櫂は15秒間呪縛(ロック)できるというものだ。

 

 

 

 

 

 

呪縛(ロック)された熊型モンスターは当然、動けない。

実質一対一の状況である。

櫂は慎重に相手の攻撃を見切り、隙をついて攻撃し、呪縛(ロック)が解除されたら回避と防御に集中、呪縛(ロック)が使えるようになったらまた呪縛(ロック)して、慎重に相手の攻撃を見切り…の繰り返しで30分かけてようやく二体の熊型モンスターを倒した。

 

その後、もう三体ほど熊型モンスターを倒し、熊の油複数を入手。ついでに爪やら毛皮やらを手に入れた。

その後、老人のところに戻ると今度は材木をとってこいと言う。

櫂は恐らく必要になる斧を持っていなかった為、街で買わなくてはならないが、ここで櫂は急ぎたいあまり横着できるか試すことにし、両手剣で代用してみた。

森に入って一番近くの伐採が出来そうな木を両手剣で斧のように斬ってみる。

それらしい切れ込みが入っていることから、どうやら両手剣でも斧の代用は可能のようだ。

ただ効率は良くなさそうだ。

木材を何本も手に入れているうちに、熊型モンスターに二回遭遇し、追加で熊系のアイテムを手に入れた。

 

 

 

 

木材を取り終えて、老人の元に戻ったのが丁度午前0時。

しかし、ここで少しのアクシデントが起こった。

老人の家に入ろうとしたが、ドアが開かず入れなかった。

どうやら別のプレイヤーが中でクエストを進行させているので入れないようだ。

櫂は時間を潰すついでに速足で街に戻り、まだ探索できていないところに回ることにした。これは他のプレイヤーと出くわすのは反射的に避けてしまっての行動だった。

 

二時間後、また老人の家に来たがまた入れなかった。

その時、櫂はなんとくなく今中にいるプレイヤーの考えがわかった気がした。

恐らく中のプレイヤーは櫂よりもクエストを船の作成まで進めており、作成にある程度時間がかかるだろうから、老人の家に居座って船の受け取りを邪魔されないようにするつもりなのだろう。

たぶん一度出て、今の自分のような状態になるのを避けたかった、と櫂は考えた。

 

気持ちを切り替え、とりあえず今できるロービエの探索をやりきることにした。

ロービエの探索はその後の一時間ほどで完了した。勿論、今行ける範囲、での話だ。

 

今は深夜3時、中途半端な時間だったので、まだ老人の家に先客が居座っている可能性を考え、櫂はクエストの進行を朝にすることにした。

 

朝まで睡眠を取ることにした櫂だが、時間も時間だったので宿ではなく、公園にあるベンチで寝ることにした。

元の世界で散々公園のベンチで昼寝をし続けてきた櫂はすんなり眠りに落ちることができた。

 

 

 

櫂が朝日の光で目が覚ましたのは午前6時頃だった。

 

老人の家に行きドアノブを回すと、今度はドアはすんなり開いた。

先人はもうクエストをクリアしたのだろう。

 

老人に話しかけ。クエストを進行させる櫂。

櫂は何度も素材を取りに行かされると思っていたが、その心配は杞憂だった。

 

木材を渡したら今度は熊型モンスターがドロップするアイテムを持ってこい、という要望のラッシュだった。

櫂は運よく数々の熊アイテムを必要分手に入れていたので、船のエディットまで一気に進めることができた。

 

こういったエディットは割と時間がかかるものだが、櫂は素早い手の動きで船の見た目を決めていく。何故なら櫂はまったく拘るつもりがいないからだ。

実際船の素材としてレア素材の存在を仄めかす情報を老人が言っていたが、櫂は見向きもしなかった。

とにかく何でもいいから早くこの層の中を自由に動ける足が欲しい。だから船の素材は全て”並”である。

軽快に動かしていた櫂の手がふと止まる。

 

ウンドウには名前の項目が表示されている。

名前の文字を見て櫂はある言葉が脳裏を過る。

 

しかし櫂は、今の自分にその名を名乗る資格はない、と自嘲する。

 

船の名前は、kaiにした。

 

 

6時30分頃から船の制作が開始された。

櫂は船ができるまで何をしようかと考えるが、すぐに眠気が襲ってきたのでこのクエストの先人に倣って、老人の家に居座るついでに寝ることにした。

 

櫂が目を覚ましたのは9時30分だった。

 

クエストログに船はもうできていることが、表示されていた。

昨日の深夜から合計して約六時間、意外にもしっかり睡眠をとれた櫂はすっきりした頭で老人の部屋を見渡すと、レバーで動くエレベーターを発見。地下へ向かった。

エレベーターの行き先はドックに辿り着く。

ドックの中の街の水路と繋がっているであろうプールに何の面白みもない小型の船が浮かんでいた。

 

老人に礼を言った後、櫂は船に乗り込み、開けてもらった水門からドックを出る。

 

最初に櫂は船の取り扱い説明を読み込んだ。

船の情報を頭に叩き込んだ櫂は水路による街の探索がてら、船の操縦の練習を始める。

 

実はいろいろとそつなくこなす櫂はすぐに船の操縦のコツを掴み、街の探索に集中し始める。

ロービアの水路探索は以外にも時間がかからずに終わった。少なくとも街の水路をすべて巡った。

 

当然ではあるが、クランを見つけることはできなかった。

勿論この後は街の外を探索に行く。しかし、そこで櫂は自分の装備の現状を思い出した。

 

外のフィールドは間違いなく、水上の戦闘になる。

ただえさえ、慣れない状況での戦闘だ。レベルも十分とはいえない状態なのに、装備まで弱い物のままでいるのは危険すぎる。

 

櫂は街を出る前に装備を買い替えることに決めたと同時に今まで気にしてなかったが強い空腹感を感じた。

ソードアート・オンラインはゲームの中だから実際に食事をとらなくても、餓死することはないし、キャラクターの生死にも影響はない。

しかし、空腹感は感じてしまうので、モチベーションを保つために食事はとった方が良いのだ。

櫂はあまり食事をとらずに、クランを探し出す、という強い思いの元に動いているが、それでもまったく食べないわけではない。生理的な欲求にはなかなか勝てないということだ。

そして今、十二時間以上何も食べていないのだ。櫂もそろそろ限界だった。

 

自分の船の上にいる櫂は装備の買い替えと食事をする為に、商業エリアに進路を向ける。

 

 

ふと、先を見ると騒ぎが起こっていることに櫂は気付いた。

 

場所は転移門広場の船着き場。

青い集団と緑の集団が言い争っているのが遠目でもわかった。

青い集団は第三層のクエストでめでたくギルドを結成できたリンドをリーダーとする《ドラゴンナイツ・ブリケード》。

緑の集団は同じく第三層でギルドを結成したキバオウをリーダーとする《アインクラッド開放隊》。

その二つのギルドが対峙して何かを言い合っている。

船着き場に近づくにつれ、その姿と声がはっきりしていく。

 

「直接手を出さんでも、圧力かけてどかしたんやろっ! 」

 

「そっちと一緒にするなっ! 」

 

どうやら両方のギルドリーダーもいるようだ。

徐々に櫂の船は船着き場に近づいていく。

 

「それはこっちのセリフや! 昨日見たで! そっちのメンバーがNPCのゴンドラの順番を、割り…込ん…で……」

 

リンドに反論している最中にキバオウは櫂と目が合い、何故か声が尻すぼみに小さくなって、最終的に黙ってしまった。

そのキバオウの様子を見たリンドはキバオウの視線の先、つまり櫂の方を見た。

すると両方のギルドメンバーと周りの野次馬全員櫂の方を注目する。

櫂は何を騒いでいるのかわからない上に、物事に対して首を突っ込むタイプではないので見返しているだけだ。

櫂を見ている人たちも全員呆気をとられたように何も言わず、皆が同じような顔をしている。

しかし、双方視線だけが合っている。

動く者もいない誰もいない。

動いているのは櫂の乗っている船だけ。

そして船は集団の前に差し掛かるが、誰も動かず、発言もしない。

全員の首だけが視線を合わせるために動くだけだ。

 

だがここでアクションを起こす者たちいた。

丁度、櫂の船が集団の前を通り過ぎたところで、野次馬の中から二人のプレイヤーが飛び出してきた。

 

黒と赤の人影、二人はドラゴンナイツ・ブリケードとアインクラッド開放隊の間にある桟橋に止めてあった船に素早く乗り込む。

 

船着き場の集団がそれに気づいた時にはもう手遅れで、桟橋に止めてあった船は船着き場から離れていく。

 

「造船クエストの詳細は攻略本に載せるから、もうちょっとだけ待っててくれ! 」

 

戸惑い騒ぎ始めた前線二ギルドの面々に大きな声で言うのは船に乗った黒い剣士、キリトだ。

 

櫂は後方から「まぁたお前らかぁーーい! 」というキバオウの声を聞いた時、二ギルドに対して共感と同情をしつつも呆れた気持ちになった。

 

「ありがとう。貴方が来てくれて助かったわ」

 

櫂の船の隣に桟橋に止めてあった船が並ぶ。その船の座椅子部分に座っている赤いフードマントの女性プレイヤー、アスナが櫂に声をかける。

 

「貴方も船を造ったのね」

 

アスナが乗り、キリトが操作している船は白と緑で構成されたカラリングで名前は『Tilnel』となっている。

 

「あっもしかして…昨夜素材集めてたんじゃない? 」

 

正しい読み方や由来はわからないが、自分のプレイヤーネームと一緒の自分よりはセンスはあるんだろうな、と櫂は何となく思った。

 

「だとしたらごめんなさい。5時ぐらいまでお爺さんの家に入れなかったのは私たちがいたからなの」

 

さてこれから予定通り装備を整え、食事を取り、万全の状態で街の外に出るわけだが、如何せんこの街の良い武具店を知らない。

 

「それにしても貴方の船、随分と質素ね。名前も自分の名前と一緒だし。まあ、貴方らしいのかもね」

 

街の探索した時に店の正確な場所と店数は把握しているが、売っている品物の吟味はほぼしていなかった。

 

「………」

 

食事の方は拘らなければいいだけの話だが装備はやはり疎かにできない。金を惜しむつもりはないが金額、性能共に最良の物を選びたい。

 

今からすべての店を回って物を比べるのは些か時間の無駄な気が…

 

と、ここまでの思考で今までしていた雑音が完全に消えていることに櫂は気づいた。

 

ふと、櫂が隣を見ると、アスナがジト目で睨んできていた。

操舵をしているキリトは苦笑いをしている。

 

「ふーん…そういう態度取るんだ…」

 

アスナの冷ややかだが明らかに怒りの熱がこもっている声と視線が櫂に刺さる。

櫂は心情的にはバツが悪く感じているのだが、傍から見たら無表情で無視しているように無表情で目を瞑り、操舵をしている。

櫂もハッキリとした態度を取ればよいのだがアスナやキリト、他のプレイヤーにに対していろいろな思いがごちゃ混ぜになってしまっている状態だと中途半端に距離を取ることしかできなかったのである。

 

しかし、この中途半端さが赤いフードのお嬢様はその気の強さゆえか、気にいらなかったようで…

 

「キ~リ~トく~ん? 」

 

「はいなんでしょう? 」

 

張り付いたような満面の笑みをキリトに向けるアスナに、キリトは本人もビックリするぐらい速さ(言葉も)で感応する。流石の反射神経、反応速度である。

 

「次のクエストまで時間あったよね? 」

 

「えっあっ、ゆ、夕方からだけど…」

 

不意打ちに話題を振られたキリトは完全にに動揺、というかビビりながら質問に応える。

 

「じゃあしばらく彼についていきましょう」

 

「(は? )」

 

声に出したキリトと心の中だけの櫂、違いはあれどアスナの突拍子もない言葉に間違いなく二人はハモった。

 

「だって私たちはじめてパーティを組んだメンバーでしょ? 少しくらい親睦を深めてもいいでしょう? 」

 

(嘘つけっ! )

 

と、(恐らく)心にもないことをいうアスナにキリトは(怖いから)心の中でツッコみを入れる。

 

ここまでアスナとコンビを組んできたキリトは勿論、櫂もアスナが建前として親睦云々と言ったのはわかった。というかキリトと櫂はアスナの真意を概ね理解していた。

 

ただ剥きになっているだけだ、と。

 

子供かっ! とか、それでストーキング行為かよ! とツッコみ入れてやりたかったキリトだが、言えずにいる…理由は訊いてやるな。

 

そして頭を抱える思いでいるのは櫂だ。

恐らくキリトはアスナの暴走に反論できずに流されるだろう。するとどうなる、間違いなく付きまとわれる。

昔(もしくは普段)の櫂ならそんなことをされたら、意も返さずに呆れながら無視するところだが、複雑な心境を抱いている今としては、自分の不躾な態度が原因で攻略トッププレイヤーの二人に無駄な行動で時間を取らせてしまう事と不快な思いをさせてしまったことに申し訳なさを感じている。

それにこの二人といると間違いなく目立つ。

しかも先ほどの一件のこともあり、現在進行形で自分たちは注目されていることを櫂は理解している。

あまり目立ちたくない櫂としては勘弁してもらいたいところだった。

 

「…あのさアスナ」

 

と、櫂がどうにかこの状況を打開しようと思案している中、キリトが意を決したようにアスナに話をかける。

勇気を振り絞ったキリトにアスナは能面のような顔を向ける。その作られた綺麗な笑顔からは凄まじいプレッシャーが放たれていたことはいうまでもないだろう。

助け船がきた、とどこか期待した櫂だったが、続く言葉で完全に腹を括ることになった。

 

「…クエストを進める前に防具を更新した方がいい。二層からずっとその装備だろ? それに俺腹減ったし」

 

目的まで一緒か! と櫂にしてはかなり珍しく激しいツッコみを入れた。勿論心の中で。

ここでやり過ごしたとしても、その後の行動が一緒なら鉢合わせする可能性が非常に高い。

会わないように気を付けながら装備の購入や吟味、食事を取る、そう考えるだけで気が滅入る櫂は…

 

自分が折れることにした。

 

「だから付きま「…いや」

 

アスナを説得しようとするキリトの言葉を遮ったのは、櫂だった。

声を発するのがこの会話で始めてとなる櫂の声にキリトとアスナは不思議な空気の中、注目する。

 

「…俺もこれから装備の新調と食事を取るつもりだ…それに付き合うから、付きまとうのはやめてくれ」

 

櫂の言葉に反応できずにいるキリトと対照的に、顔から圧力が消えたアスナは…

 

「決まりねっ」

 

っと、イタズラが成功して勝ち誇った子供のような笑顔で、そんなことを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人は何にするか決めた? 私は蟹グラタンか貝の蒸し煮で悩んでるんだけど。三人で別々物を頼んでシェアしない? 」

 

と、レストランの丸いテーブルを三角形に囲んでいる三人の内、防具を新調したことで普段よりテンションが高めのアスナが他の男二人にそう尋ねる。

 

「海鮮パスタ」

 

そっけなく答えるのは、アスナと同じく装備を新調した櫂だ。

 

唯一装備を変えていないキリトは唸りながらメニューを睨めっこしている。

 

櫂とアスナは先ほどβテストの知識のあるキリトのお勧めの店で装備を買い替えた。

装備を選んでいる時のアスナは衣服を選ぶ際の女性特有のテンションの高さを見せていた。その姿を見て櫂とキリトは何となく気持ちが和んだが、それはすぐに消え去ることになった。特に櫂は。

櫂が装備を吟味しているとアスナが度々やってきて、あれを着てみろこれを着てみろと何度か着せ替え人形にされたからだ。正直装備選びに集中できなかったし、少しだが疲れもした。

キリトに至っては女性物の服を着せられそうになっていた。

しかし、それはそこまで長続きせず、何かに気付いたアスナは急に大人しくなり、自分の装備選びに集中していた。その時は何故か距離を取られていた気がする櫂だった。きっとアスナの顔が紅潮していたように見えたのも気のせいと判断した。

 

最終的に櫂とアスナが購入したのは以下の物だ。

アスナはブレストプレートを素材の違う物に変え、スカートとグローブ、ブーツは金属部分を増やし、滑らかな鋲が埋め込まれているものに変えた。できる限り速度の妨げにならないようにしたチョイスだ。

一方、櫂は左胸の鉄の胸当てをより硬度の高い物にして、胸当ての円盤を支える為の左肩に同じ材質のショルダーアーマーを買った。グローブは指ぬきの物で甲の部分に鉄の板が仕込まれている物にした。ブーツはアスナの物より金属部分が多い物だ。因みにショルダーとブーツには鋲が埋め込まれているがアスナの様な滑らかなものではなく、角ばっている。

そしてこの街で一番良い両手剣を買った。

 

その後、同じくキリトのお勧めで人目につかないレストランに入り、今こうしている。

 

「海鮮パスタか…シェアするのは難しそうね。キリト君は決まった? 私、お腹ペコペコなんだけど」

 

「あ、ああ。俺はアスナが迷っている物の片方でいいです」

 

急かされたキリトが応えるとすぐさまアスナが店員を呼び、注文をする。

 

「飲み物は適当に頼むわね」

 

「俺は水でいい」

 

最後に飲み物を聞いてくるアスナに、櫂は水を所望した。

 

「飲み物いろんなものがあるんだからわざわざ水にしなくても」

 

注文を取り終えたアスナが櫂にそう聞いてくる。

 

「ここの飲み物はアルコール系のものしかなかった。俺はまだ未成年だ」

 

「アルコールって、ここは仮想世界だぞ。毒素もないし酔わない。体に影響はないんだぞ」

 

櫂の答えにキリトも話に加わる。

 

 

「気持ちの問題だ。ここが仮想世界だからといって、いやだからこそ忘れてはいけないことがあるだろう。しかも今はここが現実というなら、なおさらだ」

 

 

「ふーん」

 

櫂の言葉にキリトはテーブルに肘をつき、手に顔を乗せ、何かを考えるような顔になる。

 

アスナの方はというと、体が明らかにビクつき、表情と体が見る見るうちに硬直していく。

 

「もっとも……いや、何でもない」

 

「言いかけたなら言えよ」

 

続きを言おうとしてやめた櫂をキリトが茶々をいれるように促すが、

 

「…すまん」

 

精一杯思いを込めて櫂は口にできないことを伝えたつもりだった。

 

櫂は今、何も知らない二人に弱音を吐きかけてしまった。

誰よりもこの世界を仮想だと感じている俺が言える事ではない、と。

先ほどの櫂の言葉は必死にこの世界を現実であると意識しようとする思いからだ。

とにかく必死に…

 

櫂の思いつめた表情を見て、キリトはそれ以上踏み込むことはしなかった。

 

「ねえ、キリト君」

 

急に口を閉ざしていたアスナの明らかに気を落ちした声にキリトのみならず、櫂もアスナの方を見る。

 

「シェアしようっていったじゃない…やっぱりあれなしでいい? 」

 

「え、ああ」

 

なんだそんなことか、と緊張していた体を弛緩させながらキリトは答えた。

急に思いつめたように口を開くから何事かとキリトは思っていた。

 

「ごめんね…キリト君の分の代金私が払うから」

 

「えっ!? いや、いいよ。自分で払う」

 

と、なんで急にアスナがこんなこと言い出したのかわからず混乱して、どうしたのかとキリトが訊こうとした時、料理が来てしまった。

それから気まずい中、黙って三人は食事をした。

 

 

 

 

 

 

 

食事が終わった後、支払いを済ませ、三人はレストランを出る。

 

「俺は行く」

 

「あ、ああ」

 

レストランを出て櫂はすぐに二人から離れようとする。

キリトも今の気まずい雰囲気では特に何も言えず、見送る。

 

櫂が二人に背を向け、一歩足を踏み出した時、アスナも一歩櫂に近づく。

 

「ありがとう…」

 

アスナのその言葉に櫂は足を止める。

 

「大切なことを思い出させてくれて…」

 

そう言ったアスナは櫂の逆方向をに歩き始める。

 

「…またな」

 

その後にキリトは続いて櫂から離れていく。

 

一人その場に残った櫂。

 

アスナの最後の言葉を胸の内で反芻させる。

 

第二層のフロアボスの部屋で同じ言葉をかけられたが、あの時と今ではまったく違う温度だった。

 

 

 

その差の意味を櫂は考えないようにした。

 

 




両手剣に打撃系スキルがあることと木を切るのに代用できるのはオリジナルです。
櫂の胸当ての見た目のイメージはダ〇の大冒険のクロ〇ダインを倒した後のダ〇の防具です。
本当はボス戦とその後も書こうと思ったのですが、分量が1.5倍ぐらいしそうだったので、やめました。
正直次の更新は未定です。

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