夕陽が部屋の中に差し掛かった頃。とある学園のとある場所には、女子生徒と男子生徒が仲良くお喋りをしていた。
「南条君……。この畳は、"何畳"? ぷっ……ぷぷぷ」
意味不明とも言える何かを言い出したのは、窓際――夕日が当たる位置に座っていた少女だった。腰まで伸びた黒髪は、後ろでぴっしりと切り揃えられていて、前髪も眉毛が隠れる位に切り揃えられている。夕日が当たっているという事もあり、多少髪が赤く色付いていた。
「……寒い」
南条君と呼ばれた男性は、夕日よりも赤い髪をしていた。男らしくショートカットで、黒縁眼鏡を掛けており、知的な雰囲気をかもし出している。
「えー? この優雅な言葉遊びが分からないなんて、貴方、人生損してるわよ!?」
髪と同じ黒い瞳を輝かせながら、南条と呼ばれる少年の絶賛するであろう答えを期待していたらしく、期待とは裏腹な答えしか返さないこの少年を見て、多少なりと落ち込んでしまう。
「ダジャレ……もしくは、オヤジギャクかな?」
本を読みながら、淡々と少女の言葉を切り捨てて行く。
「ぶーー! 連れないわね。私と貴方の仲じゃないの」
「は? いつ、俺がお前とそんな仲になっ……」
「忘れたの?」
ズイッと顔を近付ける。
「私達は、後二人探さなきゃ駄目なの。そうしないと、"元の世界"には帰れない。そうでしょ?」
少女の気迫に少しだけたじろぎながらも、読んでいた本を閉じて、少女と目線を合わせる。
「……それは分かってる。でも……」
少年の目線は、少女からある物へと移り変わっていた。
少女も、少年が見ているある物を見つめる。
二人が見つめた先には――学校には不釣り合いな、ある物だった。
木で出来た小さな家の様な何かが、壁の高い位置に置かれていた。
「あの神棚、あれが全ての始まりなのよね?」
木で出来た何かは、神棚と呼ばれる神を祭る祠だった。けれど、それが何故学校に置かれているのだろうか? その疑問を解決してくれる"人"は、残念ながらここには居ない。
そう……人は、居ない。
『巻き込んでしまった事は、悪く思ってるよ?』
突然祠から、不思議な声が聞こえて来た。二人は、その声のする方へ視線を向ける。
『本当にすまないって、思ってる。でも、こちら側の世界も、かなり大変な状態なんだ』
声にあわせて神棚が、ガタガタと小刻みに揺れている。
そして……机の上に、小さな動物が現れた。
黄色い毛並みに、ふさふさした九つの尻尾。賢そうな顔立ちの……狐だった。
「おキツネ様……」
少女が、嬉しそうに狐の頭を撫でる。狐もまんざらではないらしく、ちょっとだけ尻尾が左右に揺れていた。
『君達が元の世界……。もう一つの地球に戻れるまでは、私が全力でフォローしよう』
何故こんな事になってしまったのか……。それはあの日、この狐を助けた時から始まっていた。
◇◇◇
大きく荒々しい波が砂浜に打ち上げられる度に砂が形を変えて、波と共に海に消えて行く。
「やっば。台風来ちゃうわ!」
雨に打たれながら鞄を傘代わりに頭に乗せて走るのは、黒髪黒目の黒いセーラー服の美少女だった。濡れた服が身体に張り付いて、この少女のボディーラインを服の上からでも分かる様にさせていた。そのせいなのか、傘をさして歩いてる数名の男性がチラチラとこの少女を見ていた。
少女はそんな事を知る筈もなく、ひたすら何処かへと走っていた。
「傘折れちゃうとか、どんだけ最悪の日なのよ!?」
激しい雨の音が、少女の文句にも似た言葉を打ち消す。
「北凪!」
前を見ると、少年が傘を持って学校の門の前で立っていた。
「あれ? 南条君?」
南条と呼びれた少年の前がゴールだったかの様に、ピタリと止まる。
「傘は?」
「……壊れた」
どんよりと落ち込んでしまう少女の頭を、少年はタオルで優しく拭く。
「ありがと……。あっ! それよりね。面白いの見つけたの」
屋根のある場所に移動してから、何かを少年に見せた。
「これは?」
少女が見せたのは、木で出来た神棚だった。
「んっとね? ここに来る途中のゴミ捨て場に、置いてあったの」
「……お巡りさーん。ここに、泥棒居ますよぉー」
かなり棒読みだが、明らかに残念な人を見る目で少女を見ている。
「うっ! 泥棒違うもん。可愛いから、拝借して来ただけよ」
可愛い……神棚をそんな風に表現する人は、余り居ないだろう。
「それだと、有り難み何もなくなるんじゃ……」
「あんた……顔だけは良いくせに、口開くと毒しか吐かないわよね?」
ホロリと涙まで出て来てしまいそうになる。
「それよりも、早く部活に……」
少女の所属している部活と、この少年は同じ部活。ただ残念な事に、この二人しか居ないので部活ではなく、愛好会扱いとなっていた。
「愛好会だよ。七不思議愛好会……ぶっちゃけ、幼馴染みの俺が入らなきゃ、君はぼっち人生送ってたんだよ?」
「はうあ!! 相変わらず、容赦ない物言いね!」
小さな頃からずっと一緒に居たこの二人は、何の因果か、高校まで一緒だった。
【私立良王学園】
名前は大層立派だが、都内でも普通に入れる程の高校。それ程高くないレベルだった。けれど、外壁や設備等が都内でもトップクラス。優秀な生徒は学費免除等のオプション付きだった事もあり、将来特に何かになりたい! と思っていない――つまりは、現時点で夢を持っていない人に取っては、とても好都合な高校だった。
「……ねえ、南条君。貴方、夢あったんでしょ? ここよりも、もっとレベルの高い高校でも……」
少年は、特待生としてこの学園に入学した。それを知っている少女。けれど……夢を持つ彼が、どうしてこの学園を選んだのか……それが不思議でならなかった。
「挫折……かな?」
これ以上は、答えない。そんな表情をしていた。
「……南条く……」
そんな何時もと何も変わらない会話だったが、突然その何時もは、崩れ去る。
地震にも似た大きな揺れが、二人を襲ったのだ。横に大きく揺れたと思ったら、何か大きな物が落ちてくる衝撃の様に、上下に揺れた。
「きゃあ!」
「っ! 地震!?」
余りの大きな揺れに立っている事さえ難しく、二人はその場に座り込んでしまう。
暫くすると、その地震は収まって来た。
「お……収まった……の?」
黒髪の少女がそっと目を開ける――と、何かがおかしかった。
「え!? 何……これ……」
学校の玄関付近に居た筈の二人は、驚愕してしまう。
「どうなってるんだ?」
「な……何で、学校が地面に埋まってるの!?」
何故二人は驚いてしまったのか。無理もないだろう。
運動場の砂場から校舎が見える。正確には、鏡の様に見えていた。だ。
「何で!?」
「北凪、校舎だけじゃない。空!」
少年に言われて空を見てみると……
「な……何で、地球が……」
空に浮かんでいるのは月――ではなく、地球だった。その地球はデカデカと浮かんでおり、月よりもはっきり見える。まるで、望遠鏡で見ているかの様な程の大きさだった。
「ど……してぇ……」
もう言葉にならないらしく、言葉の代わりに涙が出て来てしまう。
「やだ! 帰る! ねえ、南条く……」
少年の上着を掴みながら泣いてしまう。少年は、どうすれば良いのか分からなかった。泣いている幼馴染みの少女の事もあるが、何よりも今の状態に頭が混乱寸前だった。
「北な……っ!」
何か言ってくれるかもと思った少女は、突然硬直した少年を見て、涙をながしながらも首を傾げてしまう。
「グスッ……どうしたの?」
年頃の少女が鼻水まみれなのだが、この状況ではそれを気にしている余裕すらないらしく、硬直してしまった少年の前で「おーい?」と、手をヒラヒラさせる。
「北凪……その神棚」
「神棚?」
言われて見てみると、神棚から煙が出ていた。
「へ? ちょっ……嘘でしょ!? 火事、親父、雷!?」
かなり混乱してしまった少女の口からは、関係のない単語しか出て来なかった。
「いやぁーー!」
挙げ句には、放り投げてしまう。
放り投げた先は、大きな木だった。そして二人はこの直ぐ後、かつてない驚き顔を見せる事になる。何故なら、木に当たる神棚から「プギャ!」という、神棚とは思えない、いや。決して神棚にはあり得ない音(?)を耳にした。
「へ?」「は?」
余りにも非現実的な事が続いていて、すっとんきょうな声しか出なくなっていた。
木に叩きつけられた神棚は徐々に煙を小さくさせて行く。
『投げるとか、酷いでし……』
再び表情が崩れる二人を無視するかの様に、何かが煙の中から姿を現す。
『あ……初めまして。僕は、おキツネ様と申します』
オレンジ色の体毛と、青い瞳がとてもキュートな狐だった。
そして不思議な事に、尻尾が九つもあった。一つの尻尾だけならまだしも、九つとか。明らかに普通の狐ではない。いや、神棚から煙が出てる時点で、もう普通からかけ離れているのだろうが。
「狐?」
『えっと……はい。あっ。でも、普通の狐とは違うって、尻尾が九つありますから、自分は九火の狐と申しますか……』
妙に腰が弱い狐だった。
「可愛い……」
この黒髪の少女にはドストライクに見えたらしく、今の現状を無視するかの様にこの狐を触る。
「おい。北凪……」
そんな少女に痺れを切らした少年は、少女の頭をわし掴みし、威圧的な態度に変わる。
「そこのお前、この状況説明出来るッポイな? 早速説明してくれよ」
「いだっ! いたたた!!」
容赦なく握り潰しに掛かる少年――南条は、少女の痛がる声を聞いて、パッと手を離す。
半涙目になってしまう少女――北凪は、少年を睨み付けた後、突然現れた狐へと視線を移す。
「ねえ。教えてくれない? ここ、何処なの? どうして地球が目の前に浮かんでいるの?」
動物なので優しく撫でる方が良いと思い、優しさを込めて頭を撫でる。
『ここは、もう一つの地球です。あの浮かんでいる地球は、本物……貴方達が数分前まで居た地球です』
とんでも発言をしながら、ふよふよと浮いてしまう身体を必死に地面に付ける仕草は、とても可愛く見えたのか、北凪は何時の間にかスマホのカメラ機能を使い、写真を撮っていた。
『パラレルワールドというのを、ご存知ですか?』
北凪の行動に戸惑いつつも、説明を続ける。
「パラソルワールド?」
何処をどう取ったらそう聞こえるのか……残念な事に、この北凪という少女は少々脳ミソが乏しいらしい。
「パラソルって……。違う。パラレルワールド。平行した世界だったかな?」
『そうです。ああ……鮮明な方が居てくれて、助かりました』
ホロリと涙を流す狐に同情してしまいそうになる南条だったが、状況説明の方が先と思い、敢えてそこには触れなかった。
「それで? どうしてこうなったんだ?」
未だに写真を撮り続けている北凪を押し退けて、聞きたい事を全て聞き出そうとする。
『その前に一つだけ、どうしても伝えておかなければなりません。……貴方達は、運動出来ますか?』
運動と、妙な言い方をするなと思いつつも、北凪も南条も答える。
「私は、剣道やってた事あるから出来るかも? だよ。実家が剣道場だしね」
エッヘンと胸を張る。
「俺は……どうだろう? 余り身体動かすのは得意じゃないんだ」
南条は本を読んでいるのがしょうに合っているらしく、何時も図書館等で時間を潰していた。
『そうですか……分かりました。では、ご説明しましょう』
今の質問で、何を説明すると言うのだろうか? 二人は少しだけ不安になりながらも説明を聞く。
『このパラレルワールドには、本物の地球には存在しない物が、普通に存在しています』
意味が分からないので、途中で口を挟んでしまうのは得策ではないと思い、そのまま黙って聞く。
『ここには、【影無為(かげむい)】という者が存在しています。簡単に言うと、影ですね』
「その影武者がどうかしたの?」
口を挟むと、おかしな方向へ進んでしまう。南条は咄嗟に北凪の口へ、飴玉を突っ込む。
「【影無為】だっての!! それで? その【影無為】ってのは?」
流石にイラついて来たのか、狐を睨み付ける。
『え……と。【影無為】とは、影その物です。浮いているあの地球が本物で、今居るこの場所が影の世界となります』
地球を眺めた後、直ぐに南条と北凪を見る。
『その【影無為】は向こうの世界の住人を襲い、入れ替わろうとしています。そして、この世界で唯一の人間である貴方がたも、襲われる可能性はあります。ですので、ある程度戦ってもらわないと……』
いきなり戦えと言われても、どうしようもないという事は、百も承知だった。でも戦わなければ、生き残れない。
それを知ってほしくて、先程の「運動出来るか」質問をした狐だった。
「武器ないと、流石に無理よ?」
北凪の溜め息交じりの諦め声は、狐に何かを決意させた。
『大丈夫です。貴方がたに見合う武器は、直ぐに用意出来ます』
その直後、遠吠えの様な感じで『コーン!』と一回だけ叫ぶ。
すると目の前に、細長い剣と銃が現れた。
『取り敢えず、これで戦ってみて下さい』
にっこりと笑う姿は、ただの狐その物に見えてしまった。