ふわふわと浮かぶ狐は、九つある尻尾を不規則に動かしていた。
「それで? お前は、一体何なんだ?」
もう一つの世界……パラレルワールドの学校は、北凪と南条の二人が通っていた学校と、見た目は何も変わらなかった。そんなもう一つの地球の校舎の中……ではなく、裏庭で話し合いをしていた。
「え? 狐に見えませんか?」
この言葉に南条は、何かが切れた。
「お……落ち着いて! この子を凹っちゃったら、帰れなくなるでしょ!?」
片手をグーの形に握り締めながら狐を殴ろうとしている南条を、必死で止める。
「その尻尾、ムシり取ってやる!」
「動物虐待だから、駄目ーー!」
北凪の叫び声が、こだましている様にも聞こえた。
「ええとですね? 自分は、狐の神様なんですよ」
頭の天辺に大きなたんこぶがあるのだが、これについて誰も触れる事なく話しが進んで行った。
「先程お渡しした武器、持っていますよね?」
「これの事?」
北凪は刀を右手に持って、前に突き出した。
「はい。それは、この世界で生き残る為の必要な道具です。必ず身に付けていて下さい」
必要とは、どうゆう意味なのだろうか? それを聞こうとしたのだが、何処からか狼の遠吠えの様な何かが聞こえて来た。
「え!? 今度は何!?」
慌てて南条に抱き付いてしまう。
「北凪……」
ハッと我に変える南条は、素早く離れる。心なしか、顔が赤くなっている様にも見えた。
「お二人共、お気をつけ下さい。これは遠吠えではなく【影無為(かげむい)】が現れる前兆です! お渡しした武器で、戦って下さい」
いきなり何を言い出すのだろうか? この武器で戦え。この狐は本気でそう言っている様にも見えるが、南条と北凪からすれば、冗談や悪い夢でしかなかった。
「は? 戦うって……どうして?」
そう言いつつも、ついつい鞘から刀を抜いてしまう。
「綺麗……」
抜かれた刀は綺麗に磨き切れていて、鏡の様に北凪の顔を写し出した。
「あれは、この世界に迷い混んだ人の心を食らいます。食われた人は、二度とあの地球……元の世界へは戻れずに、【影無為】となってさ迷う羽目になる。そうならない為にも、戦うしかないんです!」
訳の分からない事だらけだったが、ここが平和な世界ではない。この狐の慌て様からして、そう取れたのだろう。北凪だけでなく南条までもが銃を握り、立ち向かう決意をした。
それを見た狐はホッとした表情の後、とても悲しそうな表現になっていたのを南条は見落とさなかった。
けれど今は、【影無為】を倒す事が先決。幸い北凪という少女は実家が道場という事もあり、多少ではあるが竹刀を握った事があるらしく、中々様になっていた。
そして、武器……銃すら握った事がないであろう南条も、使いなれているかの様に綺麗な姿勢だった。
赤く燃える髪は炎をまとっているかの様にも見え、その横顔は、とても格好良く見えてしまう。元々背も高い南条は、学校では女子生徒の憧れの的だった。けれど本人は、女より読書。女より昼寝。という様に、とてもマイペースな性格性だったので、女子生徒は眺める事だけに止めておいた。
けれどそんな彼でも、認めている存在は居る。
北凪――彼女の誰とでも仲良くなれる性格が、彼の心を唯一本心で動かせる人物となっていた。昔からの知り合いという事もあるが、何も表情を崩さない、ひたすらクールな無表情の南条が唯一笑顔でいられる人物として、学校内では公認のカップル(?)となっていた。
そんな南条の横顔を見て、ドキリと胸の鼓動が早くなる。
そんな自分の気持ちを押し殺すかの様に、ぶんぶんと左右に首を振る。綺麗に切り揃えられた黒髪が、ちょっとだけボサボサになってしまった。
「来ますよ!」
狐の言葉とほぼ同時に、【影無為】と呼ばれる存在は、姿を表した。
現れた存在は、影……。そう言っても何も違和感がないであろう姿だった。
闇を思わせる程の漆黒が、人の形を真似て動いている様にも見える。
「これが終わったら、ちゃんと説明して貰うわよ?」
黒髪を揺らしながら、刀の切っ先を【影無為】へと向けた。