ふよふよと宙に浮く黄色い毛玉……もとい、オキツネ様の勘を頼りに、三人目の人間を探す事になった二人は、影無為に見つからない様に隠れながら行動していた。
「ねえ、コンちゃん。何処に向かってるの?」
黒い髪は動くのにとても邪魔だったらしく、何故か隣の少年--南条が持っていたゴムを借りて、ポニーテールに縛っていた。
「そうですね……行ける場所は、何も学園の中だけではありません。向こうの世界……お二方が居たあの世界と同じで、ここにも町は存在します」
町が存在すると聞かされ喜ぶ北凪だったが、南条は険しい表情のままだった。
オキツネ様は南条が何を思っているのかを察知したらしく、その話を続ける。
「勿論、影無為しか存在しません。いわば、敵の陣地にたった二人だけで、乗り込むって事になりますね」
サラリと言いながらも、どこか申し訳なさそうなトーンにも聞こえる。
「……二人だけで云々は置いておいても、人間が居るなら、助けなきゃだろ? 一人でも多くの仲間が居るなら、それに越した事はないだろうしな」
貰った銃を片手に持って、空いた片手をポケットに突っ込んだ。
「とにかくさ。行きましょうか」
「お前さ……作戦もなしに行くのか?」
元気良く歩き出そうとする北凪の腕を掴む。
「え? えっと……片っ端から薙ぎ倒して行けば……」
「……バカかお前は?」
見事なチョップが、少女の頭を直撃した。
「忘れたのか? 敵のど真ん中に突っ込むんだぞ? なん何の策もなしに行ったら、あっという間に死ぬぞ?」
決して怒っている訳ではないのだろう。無表情に近い南条の顔は、常に怒っている様にも見える。声を荒らげる事すら滅多にしないであろう彼だから、余計に怖く感じてしまう。
「……頼むからかさ。余り心配掛けないでくれよ。史華(ふみか)」
今にも泣いてしまいそうな……そんな切ない表情をさせてしまった事に、少しだけごめんなさいという気持ちを乗せて、そっと掴んで来た腕に触る。
「……私、貴方の前から居なくならないわよ? 大丈夫だから。ね? 琢磨(たくま)」
この二人の間には、何があるのか。オキツネ様にも知らされていない過去が、後々この世界で絡んで来るとは、この時誰も思わなかった。
◇◇◇
町……パラレルワールドの町は、史華達の済んでいた町と何も変わらない景色だった。
遠くからでも見える富士山。近くにある東海道新幹線。大きなビルや情緒溢れる古めかしい町並み。どれを取っても、何も変わらなかった。
そう、ただ一つ……町に住んでいるのが、人間ではないという事を覗いて。
「富士山まで見えるのね? 懐かしいわ……」
「向こう世界では、何処に住んでいたのですか?」
目の前にある信号機の近くにあった車の陰に隠れながら、ボソボソ話を始める。
「コンちゃんの世界では、ここ……この町は、何て呼ばれてるの?」
浮いてはいるのだが、殆ど地面に足を付ける形で浮いているオキツネ様ことコンちゃんは、その体勢がかなり辛いらしく、下半身がプルプルと震えていた。
「そ……そうです……ね……えっ……と」
限界が近付いたらしく、全身を地面にくっ付けてしまった。
「す……すみません。何時も浮いている高さよりも遥かに低い高さというのは、中々難しく……」
可愛そうになったらしく、史華は慌てて抱っこする。
「そうだったの!? ごめんねコンちゃん」
毛がとても気持ち良く、ついつい本来の目的を忘れてひたすら全身をもふる。
「おい、北凪!」
チョップを炸裂させる。
「痛い!」
目的すら忘れてしまっているらしく、多少威嚇染みた反撃をしようとする史華の顔を、片手で鷲掴みにしてしまう。
「お前……目的を直ぐに忘れるの、悪い癖だぞ?」
゛史華゛と呼ばずに北凪と呼んでいる事に納得行かないらしく、史華はむくれてしまう。
「目的忘れるのは悪いかもしれないけど……どうして下の名前で読んでくれないの?」
「あ? そんなのどうだって……」
「良くないわよ!」
声を押さえているつもりだったのが、感情的になってしまった。
オキツネ様は、影無為に見つからないかハラハラとしてしまう。
「……何すねてるんだ?」
その気迫の様な何かに気圧され、少し後退りする。
「私じゃダメなの? やっぱり、お姉ちゃんの方が……」
「あいつは関係ない」
史華に背を向けてしまう琢磨を見て、史華は悲痛な表情をしてしまう。
「あ……あの。この町の事なんですが、この町は【影見町】と呼ばれていまして……」
かなり重たい空気に耐えれなくなったオキツネ様は、元の話題へと変えた。
「え? 私達の世界じゃ、【神影市】って呼ばれてるけど……」
数秒前まで琢磨と言い争っていたとは思えない、程に明るい声だった。
「……どうやら、地名は違うみたいだな」
「そうみたいね? それで、どうするの?」
空気を変えてくれたオキツネ様に感謝するかの様に、オキツネ様の頭を撫でる。
「とりあえず、俺が少し偵察してくる。お前らはここに居ろ」
体勢を低くしたまま、車から離れて行く。
本来なら、一人で行動させるのは得策ではないのだが、誰がか偵察に行かなければ、一生ここに居なければならなくなる。そう考えると、必然的に男の琢磨が行かなければならないのだろう。
「大丈夫かな?」
オキツネ様を強く抱き締めてしまい、「うっ!」という苦しむ声に気付いて、少し力を弱める。
「……だ……大丈夫だと思いますよ? お二人方は、戦闘スタイルも違いますし。遠距離を得意とする彼は、敵から離れていますから。それよりも……」
チラッと史華を見つめる。
「ん? コンちゃん何?」
「……あの、間違ってたらすみません。史華さんは、彼……琢磨さんの事が、好きなのでは?」
影無為しか居ないこの世界で、音も立てず影無為だけがウロウロと動き回っていた。
「……うん。そうだよ。幼馴染み以上に、異性として、大好き。でも……ダメなの」
影無為が近付いて来たので、さっと反対側へと移動する。
「ダメ? ですか?」
「琢磨はさ、好きな人が居るの。私じゃ、絶対に手の届かない人」
空を見上げると、夕陽が沈み始めていた。
「それはもしや、さっきおっしゃってたお姉さんの事で……っわ!」
静かだった影見町のビルから、震動と共に突然爆煙が上がった。
「えっ!? あっちって、琢磨が向かった……」
「行きましょう! 琢磨さんが危険です!」
抱き締めていたオキツネ様を離し、刀を抜いて走り出す。
向かう先は、爆煙の上がるビル。この先に求めている何かがあるなんて、知るよしもなかった。