「--!!」
声がする。
薄暗い闇の中で私は、その声を聞いた。
ふわふわと体が浮かび、上下もわからないそこでその声を聞いた。
うっすらと目を開けて、その声の主を探して手を伸ばしてももう、届かない、見つからない。
ごぽりごぽりと音を立てて冷たい海水が体の中に入ってくる。
これで終わりなんだと私は薄れ行く意識の中でただ思う。
まだいきたいとどれだけ願っただろうか。
まだ戦いたいとこの腕はどれだけもがいただろうか。
まだ戦える、まだ運べる、まだ動ける。
まだ脚は生きている。けどもそれなのに、それなのに。
どれだけ願ってどれだけ望んでどれだけ祈ってももう動かない沈む沈んでいく。
私が沈む、壊れる、わたしが、壊れる。
だから、その前に伝えたい、私は、待っている。
どれだけ枯れても、どれだけ壊れても。
今声を出さずにいつ声を出す。
胸に水が溜まっても。
腹から水が入り込んでも、まだ、喉が、
首はつながっている。
わたしは、ここにいる。
いつかきっと帰るから。
「桜の丘で、また会おう」
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「おーう提督ーいま帰ったぜー、って煙草くさっ!」
「帰って早々失礼だな天龍」
部屋を開けて帰還連絡を行う女性に脇目も振らず、彼女は片手には煙草を、片手には書類といういつものスタイルで出迎えた。
その目にはどれだけの期間寝ていないのか、化粧でも隠せないほどの隈を作り、髪はぼさぼさ。
着ている執務服もよれよれで前をだらしなくあけ、惜しげもなくその大きな胸をブラがわりのタンクトップで隠していた。
これでもと呼んでいいものか。天龍と呼ばれた彼女の上司であり彼女達が所属するここ、鎮守府の提督である。
「いや、別にいいんだけどよ。ちったぁ健康に気を付けようぜ提督」
「これでも病気にならないようには気を使ってる」
「なら窓開けるなりしようぜ?」
と指摘されるが、提督としては部屋の中に煙が充満してようがしてまいが関係無いのでいつも話半分に聞き流している。
「んー天龍頼んだ」
「提督の方が近ぇじゃねーかよまったくしょうがねぇな」
と、天龍がやれやれと言うときには決まって既に執務机の脇を越えて提督のすぐ後ろ。提督がその場から手を伸ばせば届くか届かない程度の位置にある窓を開きに行っている頃だ。
「ありがとう、そういうところ好きだよ」
「へいへい、それはありがたいこって」
心にもないことを言うなと天龍はやれやれと両の手を肩の位置で天井に向ける。
「いやいやほんとほんと」
「それは目を見ていって欲しいけどな」
「だって天龍眼帯してるし」
「片目は開いてんだろ」
そんなことより連絡だ、と天龍はひょいと提督が読んでいた書類を掴みとる。
そこでようやく提督は天龍の方をみて、異変に気がついた。
「……天龍少し訪ねたいんだが」
「なんだ?俺様の武勇伝か?」
「茶化すな」
いままで茶化していたのはどちらなのか。
「天龍は遠征に行ってたはずだよな?」
「ああ、今日も今日とて駆逐艦を連れての鼠輸送の遠征任務だ」
ふむ、と提督は一度考え込む。
遠征任務とは鎮守府運営にかせない大事な仕事だ。
だからこそ、この天龍と駆逐艦数隻で輸送任務に付かせていたはずだ。
遠征の中でも戦闘任務ではなく、輸送任務については基本的には安全が確保されているルートであったり、仮に敵が居たとしても完全に逃げる選択肢しか用意してない。今回は前者。いままで一度たりとも敵艦隊に遭遇したこともなく、また同じようなルートを使っている他の鎮守府からも連絡を受けたこともない。まあ連絡については自分の人付き合いの悪さかもしれないがと提督は一人空をあおぐ。
「なんでお前、中破してるの?」
目の前にいる天龍は何故か、本当に何故か中破している。
服が破けて腰につけた『艤装』はひんまがって使い物にならない。
ただでさえぱつんぱつんで大きな胸が強調されていた服だったのが、下で隠れていた肉が丸見えではないか。
それを天龍は隠そうともしない。この鎮守府が女所帯だから、それとも。
「あー、これか?これは話すと長いんだがな」
「簡潔に話せ」
「いやいや、長くなるんだってどうやっても」
「なら修理なしでそのまま出撃しに行ってもらおうか」
「駆逐艦拾ったら砲撃された」
「よし」
この天龍の悪い癖として、話が武勇伝に代わり長くなるというのがあった。
それを提督は嫌う。望んでない意味の無い自慢話を聞くだけ等と言うことほど時間の無駄なものはない。
だから脅迫じみた提案をして結果だけを抜き取るのが常套手段になりつつある。
「ん?拾った?」
と、そこで提督の胸のうちで何かが引っ掛かった。
拾ったとはなんだろうか。
艦娘は鎮守府の大事な戦力であり、試金石だ。
そうやすやすと手放すことはなく、他の鎮守府に解体た言う手順を踏んで回されるかしない限り基本的には轟沈したか、引退したかのどちらかになる。
そのため、手にいれるためには『建造』を申告して作成するか敵深海棲艦を撃破時にどういう原理か誰にもわからないのだが通称ドロップするかしかない。
後者ならどこぞの界隈では拾った等と揶揄するらしいが今回は先程の通り戦闘もない輸送任務だ。
こちらで艦娘を手にいれることは無い。
ならば、
「まさか、誘拐」
「ちげぇよ!」
「誘拐犯は皆そうやって否定する……」
「ほんと、拾ったんだって海域にポツンと一人立っててさ」
「やはり誘拐……抵抗されてるし」
「だからちげぇつってんだろ!」
「いや天龍の容姿と性格なら、ねぇ?」
お世辞にも天龍が素行が良い方だとは外見と性格からはまったく想像できない話だ。
どこぞの中学の不良あがりだと言われた方がしっくり来る。
実際はそんなことなく、口調は荒いが良いお姉さんとして駆逐艦の世話を任せていられるのだが。
ついこうからかってしまう。
「どうせ俺は不良あがりだよ……ケッ」
だが天龍は違うようで少し落ち込んでしまったようだ。
頭の上に浮かぶ艤装(以前に提督がそれはなんだと訪ねたところ電探だと返ってきたが真偽は不明)がなんだかぐったりと倒れていた。
「すまんすまん、つい、な?」
「ついじゃねぇよ。ったく」
まあ放っておけば明日には機嫌も治っているだろうとそこはおいといて。
「で、その駆逐艦っていうのは?」
その張本人が居ない。ので天龍に訪ねたのだが。
「ふんっ」
へそを曲げてしまっていた。腕を組んで明後日の方向を見ているが、薄目を開けてちらちらと提督を見ているのはばればれだ。
はぁとため息をついて提督も長話で完全に灰になった煙草を灰皿へ。
無造作に積まれた書類の頂上へ持っていた書類を置いて立ち上がる。
そして机を回って天龍の頭に手を伸ばした。
「つい調子に乗ってた。ごめんな天龍」
「ったく、しょうがねぇな」
……頭を撫でて謝るだけで機嫌がみるみるうちに治っていくのはほんとうにちょろいと提督は思う。
「で、その駆逐艦だけど」
「ああ、それならチビ共と風呂だ。ずいぶんと煤だらけで艤装も錆び付いてたからな。先に行かせた。もうそろそろあがってくるはずなんだが」
「錆び?珍しいこともあるものだな」
そこまでなっていて艤装がダメになっていないものなのかと感心する。
艤装もたしか精密機器に分類しても良いほど中身が複雑だったりブラックボックスが山のように隠れていたはずと提督は自信の記憶を漁る。
「まあちょっくら俺も風呂ついでに様子をみてくるわ」
「ん、頼んだ」
「チビ共が来るんだ、タバコは吸うなよ。あと服をきちんと着る。寝癖は整える」
「わかったわかった。お前は母さんか」
「仕返しだよ」
べーっと舌を出したかと思えばさっさと出ていってしまった。
「さて、」
まあ最初くらいはきちんと出迎えないと行けないかと執務机に振り返り、
「どうするかな……」
書類に埋め尽くされた執務机をみてため息をついた。