ひとまず、提督は書類の山を諦めた。
これはもう仕方の無いことだし、この量を片付けるとなると一日がかりで終わるかどうか。提督の性格からして片付け中に書類まとめを行う可能性すらある。
ならそれ以外の部屋の片付けをと辺りをみて驚く。
執務室がごみの山となっているではないか。
そうしたのは驚く提督本人なのだが、替えの制服は携帯食料やスピード飯などと呼ばれるゼリーの容器、吸った後にまとめられた吸殻。果てには中身がこぼれている酒の空き缶等々の下でしわくちゃになっているし、その脇には彼女の飾りっけのまったく無い下着などがいくつも散乱している。
最近片付けたはずなのにと提督がカレンダーの方を見るが赤い丸がつけられ『帰還日』と書かれた日付から1週間がたっていた。
ならそれも仕方ないかと提督は溜め息をつく。
うん、一週間もあればこうなるものは仕方ない仕方ない。
ならばこのままで良いのではないか。
どうせ間に合わないならば現状維持を行い、仕事が忙しくてという体を見せれば納得してもらえるな。
「そんなことあるわけ無いわよ!」
「これは、酷いな……」
「はわわわ…………」
「大丈夫よ司令官!私が手伝うわ、片付けましょう!?」
と、そうこうしているうちに待ち人が来ており勝手に執務室にゾロゾロと入ってきていた。
「まあまあそんなことより」
「そんなこと?」「この状況が?」「か、片付けないと駄目なのです!」「司令官!ここにちょうど良い箱があったわ!」
「はい」
自分よりも遥かに年下の見た目をした彼女達はさっさとごみを拾い集め始めた。こうなってしまっては提督に拒否権はない。ないのだが。どちらかといえば先に用件だけでも済ませてしまいたい。
それに彼女達が脇を通り抜ける度に髪の毛からシャンプーの匂いが漂ってくる。
それなのに彼女達は汚れるのも構わずごみを片付けていく。
それはそれで情けないというかなんというか。
ならば私も片付けをば、と提督は一念発起してとりあえずまあ確実に捨てはしないはずの制服をつかんで引っ張った。
当然、一番底にある制服を無造作に引っ張りあげればその上で山になっているゴミ山はバランスを崩して。
「「「「司令官!」」」」
当然ながら4人の顰蹙を買った。
どうしてこうも私は要領が悪いのかと思うがこればっかりは生まれつきか。
待ち人であった、天龍と一緒に遠征に行かせていた4人の姉妹艦はそんな提督を放っててきぱきと執務室内のゴミを拾い集めては片付けていく。
はたから、特に提督からすると床が見えているのが魔法かなにかとみまごうほどだ。
「司令官、ここはやっておくから。外に新規艦が来ているよ」
「……頼んだ」
と白髪の彼女に諭されて提督は廊下へ出る。
「あっ……」
「やぁ」
廊下には同じく白髪の少女が居た。
その制服は黒一色のセーラー服で腰には次のエンブレムがつけられていることから『睦月型』の艦娘だとすぐにわかった。
その彼女はなにやら視線をそらしたりして顔を赤くしている。
最初は恥ずかしがり屋か何かで緊張でもしているのかと思ったがそうではないと気がついた。
執務室のごみ問題ですっかり意識の外に追いやられていたが服の前を全開にして胸やらお腹回りやらが露出しているのを完全に忘れていた。
タンクトップを着ているからまだましだけども、駆逐艦達のように小さな子達には刺激が強い、のだろうか?艦娘の名のとおり、全員が女性なのだがもしくは最近はやりの男の娘か。
「ああ、すまない。色々バタバタしていてな」
謝ってからボタンをしっかり止める。
が、それでも彼女の視線はじっと胸付近に落ちたまま動かない。
「ボタン……」
まだ何かと思って視線を下げてみれば第3ボタンを掛け間違えていた。
「おっと、ありがとう」
「それくらい、礼はいらぬ」
ふいとそっぽを向かれるが何かしただろうか?
まあ初対面での印象は大切なのにこの始末なのだから呆れられているととる方が普通か。
「立ち話もなんだし、と言いたいところだけど中に入れなくてね。今さっきまで一緒だった4人……と彼女たちの名前は聞いてるかな?」
少女は無言で首を横に降った。
なら軽く紹介だけはしておいてやろうかと執務室の扉ををあける。
「あっちの黒髪が暁、ショートカットの茶髪の子が雷。同じく茶髪のヘアバンドの子が雷。で最後の君と同じ銀髪?白髪の方がいいのかな?彼女が響。彼女達は特III型の駆逐艦でえーっと君の後輩、になるのかな?」
「私の方が後輩じゃないのか?」
「おっと。間違えた先輩だ」
失言をしてしまった。慌てて口を手で塞ぎ何も言ってないよとポーズをとったらようやくそこで彼女の表情が和らいだ、気がする。
「よし、まあ話を戻して部屋が使えなくてこのままで申し訳ないんだけどまずはようこそ鎮守府へ。私はここの提督の萩野南月という。階級は少尉だけどまあ提督だからとか気にせず接してくれるとありがたいかな」
と、提督。萩野は手を差し出した。
その手を彼女は掴んで、
「私は菊月だ。共に行こう」
にこりと笑う。
「そういえば天龍を撃ったんだって?」
と、萩野は先程のことを思い出す。
「あ、あれは、深海棲艦だと思って、その」
怒られるとでも思ったのか菊月は慌てて取り繕うが、萩野としてはそこまでなにか言おうと思った訳ではなく、ただ話題のひとつのつもりだったのだが。
菊月はしどろもどろになりながら答えていた。
「いやいや、突然声をかけたあいつも悪いからね。気にしなくていいよ」
ぽんぽんと頭を撫でる。
さらさらの銀髪からはふんわりと先程の駆逐艦達、第六駆逐隊と同じシャンプーの匂いが立ち上る。
「さて、どうしようか」
「司令官は、手伝わなくていいのか?」
と、菊月は萩野の後方。執務室の扉をみて言う。
「いんや、私が手伝うと逆に荒れちゃうからね。家事全般が苦手なもんで」
「司令官…………」
哀れみの目でみられた。
確かに20代後半で家事が一切できない萩野が悪いのだけれども。
そんなときだ。外からけたたましいサイレンが鳴り響いたのは。低く唸るスピーカーに混じってリズムよくピッピッピッと3回音が鳴る。
二人ともびくりと体が跳ねるが、慣れている提督はすぐに動く。
執務室の扉を開け放ち、執務机の脇の電話を掴み取る。
「鎮守府近海にて敵影確認との報告有り!総員迎撃態勢!第二艦隊は即時出撃!第三第四艦隊は即座に出撃出来るように艤装を装備し所定の場所に待機!金剛は執務室に来るように!」
執務室、鎮守府内が一気に慌ただしくなる。
開け放たれた扉の外ではバタバタと艦娘達があっちこっちへと走り去っていく。
部屋の中の4人は出撃?と首をかしげて今か今かと指示を待っている。
菊月だけが状況を飲み込めず扉の外から顔だけを出してこちらの様子を伺っている。
「それじゃあ、まあ、出撃しようか菊月」
にっこりと微笑んで、緊急事態にも関わらず着任したて、訓練も何もない練度0の菊月の出撃を決めた。
何も提督も馬鹿ではない。
無駄に戦力を消耗するつもりも毛頭無い。
勝つからには誰も失わず、完全勝利を目標にする萩野が無謀な策を放つことはまず無い。
「そうだ、沈めさせない……もう」
知らず知らずに握りしめていた拳は白く、雪のように血の気を失っていた。