世界最強の兵器インフィニット・ストラトス。通称
そのスペックは現存するあらゆる兵器を凌駕していた。火力、防御力、機動性。それぞれの兵器が誇る
全世界に存在する数は五百にも満たず、また新たに作り出すこともできないISは、所有している国の最高戦力として名を馳せていた。
そんなISにも唯一、しかし無視することの出来ない重大な欠点が存在した。
それは、女性にしか動かせなかったことである。
必然的に優秀な操縦者は女性以外存在しないため、各国はIS操縦者の人材確保のため女性優遇の制度を実施。
決して意図した事では無かったものの、それが結果的に女尊男卑の思想として広まり。
如何に知識を有していても。
如何に能力が高くても。
如何に優秀な成績を収めても。
男であるというたった一つの要因で、彼らは女性から軽んじられ、見下される存在となってしまった。
いや、見下されるだけならまだ幸せだっただろう。
とある学校では生徒、教師を問わず女性の立場が上として扱われ、男が肩身の狭い思いをする。この程度の事はまだ序の口に過ぎない。
とある企業では部下である女性の機嫌を損ねた結果、パワハラだのセクハラだの責め立てられ中高年の男がクビになった。立場が下のはずの人間にすべてを台無しにされた。
道を歩いていた青年が、突如見知らぬ女性に荷物持ちを命じられ、それを拒否したために言い掛かりを着せられ現行犯逮捕。あまりにも理不尽な理由で彼の明るい未来はその手から零れ落ちた。
決して多くはないが、そういった出来事はごく一部ながらも確かに存在した。
男達はそんな状況を嘆いた。
この時代に生まれたことを不幸だと悔やむ者がいた。
理不尽だと口にすることもできず心の中で怒りを燃やす者がいた。
強者には逆らえないとこの状況を諦める者がいた。
彼らは知らない。ISが現れる前から、それ以下の
己の不幸を悔やむことなく。
理不尽に対して怒りを浮かべることもなく。
誰よりも
「スケジュールもまともに組めないなんて、本当に使えない連中」
彼女は人当りのいい笑みを浮かべながら周りに聞こえないようにそうぼやいた。
漆黒の長髪に端正な顔立ち。無駄のない引き締まったスタイルにそれを引き立てる姿勢。
流行りのファッションを着こなし、細かな仕草にまで気品さを感じさせる。
何より、人の上に立つことを当然と思わせられるほどの強者の印象。
道行く人から視線を集める彼女は、その筋では名の知れたモデルであった。
すれ違う度に男女問わず魅了していくその女性は、見た目とは裏腹に内心穏やかではなかった。
その理由は彼女が口にしたスケジュールにある。端的に言えば所属事務所のミスだ。
本来であれば今日は休日を希望しており、久し振りに羽を伸ばすつもりだったのだが、彼女のその要望をうっかり忘れ予定を組んでしまったのだ。
自分の経歴に傷を付けるわけにもいかず、比較的近場のため不満を押し殺しながらも、彼女は自分の足で仕事場へ向かっていたのだった。
彼女は幼いころから優秀な人間だった。学生時代はあらゆる分野で見事な成績を残し、生徒に限らず教師からさえも羨まれる存在だった。進路や就職に関しても引く手数多の状態。それらを気にも留めず彼女が自分で選んだ道が現在のモデル業だった。
その理由はいたってシンプルなもの。彼女の一番の自慢は後から身に付けた能力ではなく、生まれ持っての自身の美貌だったからだ。
技術や知識は努力次第でいくらでも磨けるもの。それに対し容姿は努力の介入する余地があまりにも少ない。立ち振る舞いに関しても努力することなく身に付いていたものだ。
それを活かせぬ平凡なあり方など彼女は受け入れられなかった。
男からは崇められ、女性からは嫉みに思われる。
それがこの上なく心地よいものと感じていた彼女にとって、これは正に天職であった。
コネクションなど無くても瞬く間に成功し、ISが現れてからは更に名を馳せるようになった。
ISに触れる機会はなかったが、わざわざ兵器に関わるつもりはない。
何より国家代表は国の下に就く存在だ。自分が下に扱われる立場を望むような趣味はない。
かと言って、現状に不満を感じているのも事実だ。
男は委縮し媚びへつらうような笑みを浮かべ、女は自分への妬みの視線を隠しきれていない。
それに対し最初は優越感を抱いていたものの、あまりにも代わり映えしない光景に内心飽きてきてしまっているのも否定できない。
「そういえば、ISを動かした男が現れたなんて事件があったわね。確か名前は……きゃっ!」
ふと、つい最近流れたニュースを思い出す。今までのISの常識を覆す内容を思い出し僅かに周りへの注意がそれたせいか、分厚い書物を読みながら歩いてきた少年にぶつかってしまい尻餅をついてしまう。
「何よ、まったく!」
不意の出来事に思わず声を荒げてしまう。その声で周りから視線を集めてしまったのを理解した彼女は、それを鬱陶しく思いつつも改めて原因である少年を確認する。
「ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
彼は一言で言うなら、まさしく美男子と言える少年だった。
整った顔立ちに、老若男女問わずに好感を抱きそうなほどの爽やかな笑み。
黒の学生服に本を手に持つ姿は真面目な印象を感じられる。
右手を差し伸べる彼の姿は、男を軽んじる女性でも見惚れるほど様になっていた。
「私を突き飛ばしておいて、言う事がそれだけ?」
だが、今の彼女にはそういうわけにもいかなかったようだ。
ただでさえ機嫌が悪かったことに加え、座り込む自分に手を差し出す姿が、彼女が嫌っている見下ろされるような光景に思えて仕方がなかった。
差し出された手を無視しながら彼女は立ち上がり、少年は笑顔のまま手を引っ込める。
「お怪我がなさそうで何よりです」
「あなた、ふざけてるの?」
「やだなぁ、俺は至って真面目ですよ」
彼の言葉は火に油を注いだだけの様だった。彼女は笑みを浮かべる余裕もなく少年を睨む。
大の大人でも怯みそうなそれを受けて尚、彼は笑みを絶やさない。
それが妙に癇に障り、らしくないことに毒づいてしまう。
「女性への態度がなってないわね。親はどんな教育をしたのかしら」
「あいにく、俺の家族に親はいないもので、教育の受けようがなかったんですよ」
彼は笑顔のままそんなことを言ってのけた。
女性は思わず呆気にとられたが、すぐにその表情を怒りへと変える。これ程までに自分を虚仮にする少年に苛立ちを抑えることができない。
「私にはそんな嘘に付き合っている暇はないのだけれど」
「やだなぁ。俺って冗談はよく口にするけど嘘を言った事は一度もないんですよ」
「減らず口をっ」
彼女は少年に違和感を覚え始めるが、苛立ちのせいかすぐにそれを頭の隅に追いやる。今はそんなことよりもこの怒りを、と言わんばかりに女性は激情に駆られてしまう。周りからの視線にも気づかなくなってしまう程に。
「まさか、生まれてからずっと一人だとでも言うんじゃないんでしょうね?」
「いいえ? 世界一可愛い妹と世界一かっこいい姉がいますよ。妹はそれはもう目に入れても痛くないくらい可愛くて家族の癒しなんですよ。ラブレターの一つでも受け取ってきた日には送り主の男を病院送りにしてしまうことなんてよくありました。それで姉はまだ二十四なのに今まで俺たちの事を大事にしてくれて、今年から公務員になるんですよ。早くいい人を見つけて幸せになってほしいんですけど、今の世の中頼りになる男の人が本当にいなくてそりゃあもう弟としては気が気じゃありません」
彼は家族の話になった途端息もつかせぬ勢いでまくしたてる様に口を開く。
ここまで来てようやく違和感に気付いた。彼の浮かべる笑顔が綺麗すぎて、逆に作り物めいているような笑みなのだ。まるでより精巧に作られた仮面のような。
そう思った直後、思わず吐き気が込み上げてきた。
何なのだろうこの男は。初めはどこにでもいる様な普通の子供に思えたのに、今では人の形をしただけの『何か』にしか見えなくなってきた。それこそ、もう関わり合いになりたくないとしか思えない何かにしか。
「無理に決まってるわよ……あなたの教育すらまともに出来ない出来損ないの女に……」
早くこの場から立ち去りたくて、それでも逃げるように去るのは屈辱だったから、最後に罵声を浴びせてその場を後にしようとした。
「ねぇ、お姉さん」
だから適当に思いついた言葉を口にしただけだった。
「簡単に
特に深い意味のないその言葉は、今のこの場で彼に使っていい言葉ではなかった。
気づいた時には、自分は座り込んでいた。そして少年を見上げていた。
少年は変わらず笑みを浮かべていた。しかし、先程とは決定的に違う。
端正な顔立ちが台無しになるほどのヘラヘラとした、これ
「どうしたの、具合でも悪いの?」
逃げなければ。取り繕う余裕もなく本能的にそう判断するが立ち上がることができない。
「何か気持ち悪いものでも見た?」
一歩近づいてきた。それだけで自分の中の何かが折れる音がした。
「黙ってちゃ何もわからないよ」
周りもようやく異常に気付いたのか静まり返っている。
耐え切れず意識が飛びそうになる寸前、彼女を救ったのは携帯の着信音だった。
少年の懐から聞こえた音で、異様な空気は霧散した。
彼は人懐っこい笑みを浮かべると女性から視線を外しその電話を取る。
「はい、もしもし……え、今どこにいるのかって? ちょっと散歩に外に出ただけだよ……なぜって、いつまでもあんな場所にいると気が滅入りそうだったから……それに見張りの人が仕事をサボって居眠りなんてしちゃ、どうぞ出て行って下さいって言ってるようなものでしょ? ……俺に用事? それじゃあ早く戻らないとみんなに迷惑掛けちゃうね……大丈夫、寄り道せずに真っ直ぐ帰るよ……うん、それじゃまた」
彼はそう言って電話を切り、最初に会った時と同じ笑みを浮かべながら、座り込んでいる女性へ近づき手を差し伸べる。
呆気にとられたまま彼女は反射的にその手を取り何事もなかったかのように立ち上がる。
それを見た少年は満足そうに頷き手を離す。
「急用ができたから俺はもう帰るね。お姉さんも無理しないで家に帰るといいよ」
そう言って少年は背を向けその場を離れていく。呆然としていると彼は一度だけ振り返り。
「それじゃあお姉さん」
「さ よ う な ら」
気味の悪い笑みを見せながら、そんな
あとに残されたのはたった一人の女性。
通行人は関わり合いになりたくないのか散るように去っていく。
「あっ……仕事……」
しばらく呆けていた女性はふと呟く。
自分のやるべきことを思い出し足を進めようとするが、躓いてもいないのにその場で転んでしまう。
「あれ? なんで?」
すぐに立ち上がろうとするが足が思い通りに動かない。
時間をかけて起き上がってもバランスが取れない。
体の震えが止まらず言いようの無い恐怖が込み上げてくる。
そこにいたのは最早別人だった。
漆黒の髪は色の抜け落ちた白色に。
引き締まっていた姿勢は見る影もなく縮こまり。
強者から成り果てたただの敗北者。
彼女の自慢の姿は、その悉くが欠点へと成り果てていた。
その日。一人の
四月。新しい始まりを迎え賑わいを見せる月、それはIS学園でも変わらない。
IS操縦者育成用の特殊国立高等学校『IS学園』。
生徒は必然的に女子のみ。そんな学園を舞台に、前代未聞の大事件が起こっていた。
「今日からこの一年一組を担当する織斑千冬だ、よろしく頼む」
一つは新しく教師に招き入れられた人物について。
名は織斑千冬。今の時代に知らぬ者はいないであろう伝説の人。
ISの世界大会『モンド・グロッソ』において、怒涛の二連覇を成し遂げた直後、表舞台から姿を消した、誰もが認める世界最強の称号『ブリュンヒルデ』の名を冠する女性。
今日このクラスに入った生徒の様子は正に、狂喜乱舞と形容できるものだった。
「今は競技と認識されているISだが、本質は兵器であることに変わりはない。半端な気持ちでここに来ている者は、即刻学園を去ってもらう」
冷たい言葉と鋭い視線。
喜びのあまり舞い上がっていた生徒達は千冬の言葉の前に静まり返る。
実際に軽い気持ちで学園に入った者はいたのだろうが、その考えを即座に覆される程の威圧感。
ISが誇る機能、絶対防御は世界最高峰の護り。世に大きく知られるこの機能により、戦いに対しての危機感が薄くなっている人間がいるのも事実。
自分たちの甘い考えを咎めたてる様な言葉に、きまりが悪そうな表情をする生徒も出てくる。
「まあ、そうは言ってもここは軍人を育てる場所ではない」
ふと、教壇からそんな声が聞こえた。
思わずそちらを見れば、先程とは打って変わって、千冬の纏う空気が若干丸みを帯びたような物に変わっている。その様子にクラスの生徒達はある二人を除き戸惑いを隠せない。
「IS学園はISに関わる人材を育成する機関であり同時に学園でもある。お前たちはまだ子供だ。節度を守りよく分別して、充実した学園生活を謳歌しろ」
僅かに笑みを見せながら言った千冬の言葉に、少女達は叫びたい気持ちを抑え、しかし喜びを隠しきれずに笑みを浮かべ勢いよく返事をする。
複雑な心境だったのは四人。その内の三人は生徒である。
彼女と浅からぬ関係にある篠ノ之箒と織斑
それに対し布仏本音は笑顔を浮かべているが、内心は二人と同じだ。
もう一人は副担任である山田真耶。殆どの生徒が千冬に夢中になってしまい、最初の挨拶の時に、彼女に反応を示す者が異様に少なかった事が少なからずショックなのであった。
「さて、あとは自己紹介の時間なのだが……」
そう言った千冬の視線の先、そこは空席になっている場所。
もう一つの事件。ある意味千冬が教師に招き入れられたこと以上の出来事。
それは今年、この学園に唯一ISを動かせる男が入学することだった。
そのクラスはこの一年一組。しかし肝心の少年は入学式に姿を見せず、いまだ姿を見せてない。
それに気づいた者は戸惑いを隠すことができない。
あれだけ世間を賑わせ注目を集めた存在が今何処にいるのかもわからない。
まさか知らぬ間に何か事件があったのでは。
「失礼します、織斑先生」
そんな不安が漂う中、一人の生徒が教室に入ってくる。
水色の髪に赤い瞳。白い肌に抜群のプロポーション。さらにはそれを引き立てるかのような胸元を大きく開けた制服に、凛とした立ち振る舞い。
おそらく、この場に彼女の名を知らぬものは居ないだろう。
学園最強たる、IS学園の生徒会長にして日本国家代表の更識楯無がそこにいた。
驚きのあまり言葉も出ない一年生達。
さらに驚かされたのは楯無に付いてくるように教室に入ってきた人物。
黒の学ランを身に付けた正真正銘の男。
「食堂の方にいるのを見つけましたので、彼を連れてきました」
「すまない、また弟が手間を掛けさせたな」
「千冬姉が謝ることないよ。今回も悪いのは俺なんだからさ」
千冬と楯無の会話に彼は笑みを浮かべたままそう返す。
彼はそのまま教壇の方に歩いていき、彼女達に向けて口を開く。
「今回ちょっとした手違いでISを動かしてしまった織斑一夏です。皆さん、はじめまして」
どん底から這いよる
ストックも何もないので更新は未定。そもそも読んでくれる方がいるのだろうか。