とある無力の常識殺し《ルールブレイカー》【完結】 作:ちひろん
3人は喫茶店で時間を潰してから、適当なスーパーマーケットで食材を買い出して、部屋に戻った。
説明の必要が感じられないほど当然のことだが、佐天涙子が夕食を作ると言ったのは、上条当麻の家の中に入ることが目的である。
上条を待ち伏せし、偶然を装って出会い、部屋にお邪魔するという、佐天の作戦はおよそ全て成功していた。
あとは、部屋の中でめぼしいものがあればよし、なかったとしても部屋というパーソナルスペースに一度入ることさえできれば、上条も佐天に対して心を許すと考えていた。
「お邪魔しまーす…」
佐天は、先に部屋に入った2人に続いて、おずおずと部屋に入った。
部屋には最低限の家具と電化製品だけがあった。年頃の男の子が欲しがるような、ギターやゲーム機などはなかった。
上条は持っていたエコバックを台所に置いた。
「なに作る? 流石に一人で作らせるのは気が引けるから、手伝うよ」
佐天は、共同作業は距離を縮めるのに、良いと考え、笑顔で了承した。
そもそも、随分と渋った上条を説き伏せたため、何処かで譲歩しなくてはと、考えてはいたのだった。
今日の献立は、鳥のソテー、キノコとチーズのオムレツ、サラダである。
上条は、野菜の処理の担当になった。
台所は二人が同時に作業できるだけの広さがあり、佐天が鳥のモモ肉を一口大に切り分けている横で、上条は黙々と人参や大根の皮を剥いていた。
どちらも、手先は不器用ではなく、また普段料理をしているため基本的な手順はわきまえており、スムーズに作業を進められていた。
「あー、あそこのゲームセンターですか。結構行かれるんですか?」
「いや、前は行ってたけど、今はたまに行くくらいだなあ。やってたゲーム機がなくなるとさ、なんとなく行く気がなくなるっつうか」
「ああ、分かりますそれ。でも女の子はプリクラとか撮ったりするんで、プリクラなら新しい機種は大歓迎ですね」
楽しげな会話が、心地よい流れで続いていた。インデックスは、テーブルにうつ伏せて、ぼんやりとテレビを見ていた。
「ところで」
佐天は熱したフライパンに切り分けたモモ肉を入れながら言った。
「上条さんって、本当に無能力者なんですか?」
「ああ、そうだよ」
間髪入れずに上条が答えた。表情は先ほどの会話のときと変わっておらず、妙な仕草はないように見えた。
「えー、でもこの間、炎を消したりしてたじゃないですか」
「ああ、あれは…」
「とうま、ご飯まだ?」
と、急にインデックスが、会話に割り込んだ。
佐天が知りたい情報を、喋り出し始める絶妙なタイミングであった。インデックスからの明らかな妨害に、佐天は悪意を感じた。
「あと、30分くらいかな、そんなもんだよな?」
佐天はインデックスの心理を考えていて、上条からの問いかけに一瞬気がつかなかった。
「あ、ああ、はい。そうですね。もうちょっと待ってくださいね」
「ふうん。ねえ」
「はい?」
「そのフライパンさ、そんなにかき回して楽しいの?」
「え?」
インデックスはそう言うと、佐天の顔をしばらく見つめ、テレビに向き直った。
佐天は、フライパンの中のモモ肉を、菜箸で混ぜていた手を、思わず止めた。
「なに言ってるんだか、混ぜないと、焦げちまうだろうに。なあ」
佐天は上条の言葉に反応できなかった。インデックスの言葉の意味を理解したからだ。
あれは、比喩だと。『フライパン』は、上条とインデックスを指している。
つまり、こう聞かれたのだ。
『わたしたちを、かき回して楽しいの?』
あからさまな悪意にたじろぎ、恐怖、そして後悔を感じていた。
この悪意は、決して間違ったものではないからだ。
上条は、インデックスがつけられていると知った際に、明らかな疑心という敵意を佐天にぶつけた。
そしてインデックスは上条が恐らく不利になるであろう情報を意図的に隠した。わかりやすく悪意を見せつける形で。
佐天は、立ち位置を再認識させられていた。上条とインデックスは、お互いがお互いを守る関係、支え合う関係のように見える。
その秘密を暴き立てる佐天は、自分が土足で部屋に上がりこみ、家捜しを始める卑劣な輩のように感じ始めていた。
「どうした?」
佐天は、上条から話しかけられるまで、自分が黙っていることすらわからなかった。
そして、その言葉にも上手く反応出来ないでいる自分も、よく理解出来ないでいた。
「いえ、なんでも…ないです…」
佐天は、心ここにあらずといった顔で、少し焦げたモモ肉をかき混ぜ始めた。
急に静かになった佐天を、上条は不安げに見つめ、何度か問いかけはしたが、佐天は適当な相槌や下手な言い訳を繰り返しただけだった。
それから、とりあえず作った料理を並べて、3人で食事をした。
食事中も、インデックスは一貫して、佐天への敵意を表し続けていた。上条もようやく2人の不協和音に気づいたが、理由が分からないこともあり、声をかけられずにいた。
と、そこに軽い電子音が響いた。来客を知らせるチャイムだ。
上条は首を捻り、立ち上がって、部屋の入り口へ向かった。
静かな部屋に、ドアを開ける音が響く。
佐天は、見てはいけないとは思いつつも、上条のほうへ視線を向けた。上条が邪魔でよく見えないが、来客は、肩で息をしていて、上手く喋れないようだったが、長い髪を振り乱しながら喋るその様が、事の重大さを知らせていた。
「悪い、ちょっと出てくる」
上条は振り返りもせずに、ただそう呟いた。
「とうま、どこに?」
インデックスが、抑揚なく問いかける。
「ちょっとな。すぐ帰るよ」
あいまいな回答、あやふやな約束、何一つ確かなものを語らずに、上条は一度だけ振り返った。
「ごめんな、佐天さん。この埋め合わせは、いつかまた」
作り笑いでそう言うと、上条はドアを閉めるのも忘れて、そのまま外へ駆け出した。
走る足音は、次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
部屋の中を、また静寂が支配する。いや、上条という緩衝材が居なくなった分、さらに厳しくなったといえる。
それを破ったのはインデックスだった。
インデックスは深いため息をつくと、シスター服から携帯電話を取り出して弄り、耳にあてた。
恐らく数コールほど鳴ったあたりで相手が出たようだった。微かな声が漏れている。
「さっき、出ていったから」
インデックスはそう言うと、そのままドアに向かった。そしてドアは閉めずに無言で、そのまま外へ出て行った。
呆気にとられた佐天は、慌ててインデックスを追いかける。だが、それを知ってか知らずか、インデックスは足早にエレベーターに乗り込んだ。
佐天は、あまりの急な出来事に頭がついていかなかったが、エレベーターが最上階で止まったことだけは確認できた。
佐天は、ドアを開けたままではいけないとは、とりあえずドアを閉め、鍵をかけて、部屋に戻った。
そうして、崩れるように座り込んだ。
何が起きたのかも分からなかったが、ただ、自分が部外者であると感じていた。そして、好奇心で人の秘密を暴き立てるようなことをしてしまった自分に対して、後悔が心を埋め始めていた。
「私、何やってるんだろう…」
家主の居ない部屋で、佐天は俯きがちにそうつぶやいた。
【絶対能力進化実験】の紙を見つける描写をしましたが、感想で、「レベル6シフトの紙は御坂さんが電撃で焼いた」と教えてもらいましたので、勝手ながら修正しました。
既に読まれた方、申し訳ないです。