とある無力の常識殺し《ルールブレイカー》【完結】   作:ちひろん

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そろそろクライマックスです。


トロイの木馬

 別の日の放課後、佐天は歩道橋の上から歩道を見下ろし、行き交う人を眺める。

 たまにため息をつきながら、頬杖をついた。

 

 『なにやってるんだろう』

 

 佐天は、ぼんやりと誰かを探していた。

 頭に思い浮かぶのは、上条の姿。ふとしたとき、探してしまう。上条に似た男がいると、鼓動が高なる。そんな行為は、どこか、甘い気持ちを想像させた。

 

 事実、佐天は上条の姿をよく見かけた。

 

 公園で、商店街で、スーパーマーケットで、駅前で、色々なところで見かけていた。

 そして、いつも上条の隣にはインデックスや別の女性が居て、それを見るたびに、佐天は心に微かな痛みを感じていた。

 

 『あ、まただ』

 

 佐天は、また、歩道を歩く上条を見つけた。

 隣にはインデックスがいる。二人でしゃべりながら、そして時折インデックスが上条へちょっかいをかける。

 

 佐天は、そんな光景は、見たくなかった。

 見たくなかったが、目は離せなかった。

 ただ、じっと、上条を眺めていた。

 

 と、そんな時に、声をかけられた。

 

 「あれ? 佐天ちゃんじゃないですか?」

 

 佐天が振り向くと、そこには小学生の女の子が立っていた。

 見覚えがある女の子だったが、どこでみたかはすぐには思い出せなかった。だが、その特長で思い出した。

 

 「小萌…先生?」

 「はい、ちゃんと覚えてますね。関心なのです」

 

 そこに居たのは、少女の容姿ながら、上条の担任を務める、月詠小萌だった。

 だが、佐天と月詠の出会いは、佐天が関わったある事件が関係していた。逆に言えば、その際にしか関わりがなかった。

 

 「えっと…、先生こそ、私のこと、覚えているんですか?」

 「もちろんですよ」

 

 月詠は胸を張る。

 

 「先生は、一度担当した生徒の名前は、絶対忘れないのです」

 「すごいですね…」

 

 佐天は純粋に驚いた。完全記憶能力でもあるのだろうかと、勘繰ったほどだった。

 

 「なにを見てたんですか?」

 

 月詠は佐天が見ていた方を見ると、すこし驚いたように目を見開くと、言った。

 

 「まさか、上条ちゃんを見ていたんですか?」

 

 佐天は思いもよらぬ言葉に驚き、黙り込んだ。

 

 「驚きです。さすがフラグ一級建築士ですね」

 「いえ、私、あの」

 「でも、上条ちゃんを狙うなら頑張らないとですね。上条ちゃんの倍率は高いですよー」

 

 月詠の言葉に、体をこわばらせた。

 

 「そ、そんなにモテるんですか?」

 

 佐天は自分の気持ちを吐露していることに気づかないまま、問いかけた。

 

 「そりゃあもう、すごいですよ」

 「そうなんですか…」

 

 佐天は自分が落ち込んでいることに気づいていない。

 月詠は佐天のその様子を見て、言った。

 

 「それに、上条ちゃんは、すぐに危ないことをしたり、巻き込まれたりするから、ちょっと覚悟がいるかもしれないですね」

 

 月詠は、上条とインデックスがじゃれついている様子を、目を細めて、傍観しながら言った。

 

 「上条ちゃんは、色々見過ごせない人ですからねー」

 

 その様子はまるで、手の届かない幸せを見るかのようで、佐天の目には酷く儚げに映った。

 

 「覚悟、ですか」

 「ですねー」

 「ですか…」

 

 佐天は、自分の覚悟がどれほどのものか、想像する。

 上条と出会ったあの夜、あの時、自分はどうしたか。あの一面の炎の中で、何ができたか。いや、何かできたか。

 

 『できるわけない』

 

 頭の中で、そう断定した。力がなく、確固たる意志もない。自分にあるのは、ただの薄っぺらい正義感だと。

 

 ひとりでは、何もできやしないと。

 

 目を伏せる佐天に気づいた月詠は、慌てて補足した。

 

 「でも、恋はいつだって、覚悟が必要なのです! ファイトですよ、佐天ちゃん!」

 

 佐天は、その言葉に対して曖昧に頷くと、その場を後にした。

 

 

 

 そして、また別の日の放課後、佐天はあの公園にいた。

 夕暮れの中、ゾウ型のすべり台に座り、夕日を眺めて、上条のことを思う。

 上条のあの顔が、佐天の頭から離れなかった。佐天のことを心配するような、気遣うような、顔を。また、異性からあれほど真摯に救いの手を差し出されたのは初めてだった。

 

 『わたしは、きっと…』

 

 と、砂を踏みしめる音が聞こえ、佐天は振り向いた。

 

 そこには、上条とインデックスが立っていた。

 

 佐天はすべり台を滑り降りて、スカートをはたいて、土埃を落とす。

 

 「えっと、どうかしたんですか?」

 

 佐天は努めて平然と問いかけた。

 だが、空気の違いに佐天は困惑する。

 上条とインデックスの目には、遊びがなかった。ある種の敵意があることは、その静かに佇む様子から判断できた。

 

 「いや、ごめんな。今日は君に用事があるわけじゃないんだ」

 

 上条が佐天を見ながら言う。そして、その目線は、特定の部位をさしていた。

 

 「俺は、君の左手に用がある」

 

 佐天は自分の左手を見る。いつもどおり、なんの変哲もなかった。ただ違うのは、あの夜の時の火傷のあとだけだった。

 

 「まあ、インデックスが気づいたんだけどな。その左手、あの時の魔術師に」

 「とうま」

 

 上条はインデックスの声に反応して、言葉を止めた。それは、『言葉を選べ』と、暗に語っていた。

 上条は、こめかみを掻くと、言葉を選びながら言った。

 

 「そうだな、なんて言えばいいか…。君の左手、罠がしかけられているかもしれない」

 

 佐天はもう一度、左手を見た。だが、やはりいつもと変わらないようにしかみえない。

 

 「えっと、この間の、能力者は、そういう奴なんだ。騙して罠を仕掛ける。だから、あのとき、君の左手に何か仕掛けた。そして、俺の左手にも。その罠を、俺なら殺せる」

 

 上条は、右手を差し出す。

 佐天は、思わず左手を背中に隠した。

 

 「痛みはない。左手を貸してくれないか」

 

 佐天は、その罠を消すことの痛みを恐怖して、手を引いたわけではない。決して、上条を信頼していないわけではない。

 

 ただ、恐れていた。

 知らずに、左手に抱えていた脅威、上条と出会ったあの夜にしくまれた罠、それを消すことが、まるで上条との縁を切り捨てる行為のように感じた。

 

 いや、正しくは、『上条との関係のあるもの』を、消したくなかった。

 だが、そんな我侭が通らないことも、十二分に理解していた。

 

 佐天は、口を結び、左手をゆっくりと差し出した。

 

 「ありがとう」

 

 

 上条は、そう言うと、差し出された左手を、右手で掴んだ。

 

 

 しばしの静寂。

 それを破ったのはインデックスだった。

 

 「とうま、どう?」

 

 上条は握っていた佐天の左腕をゆっくりと離すと、感触を確かめるように何度か握った。

 

 「いや、発動前だからか、消えたって感覚はないな」

 「そう、とうまの左手の時と一緒だね。まあ、でも、これで一安心だよ」

 

 インデックスはそう言うと、佐天を見て、僅かに微笑んだ。

 佐天はその時初めて、インデックスに気遣われていたということに気がついた。

 決して意味なく拒絶されたわけではなかったと、そう気づいた。

 佐天は、その事実が、本当に嬉しかった。

 

 「ごめんな、急に変なこと言って。でももう大丈夫だから」

 

 上条はそう言いながら、右手を差し出した。

 佐天は、つい、その異能の右手を恐れ、身を引いてしまった。

 上条は、その様子に苦笑いをしたが、納得したように左手を差し出した。

 

 上条が差し出した左手は、確かに魔術師の罠が仕掛けられていた。そして、同様に佐天にも。

 時限爆弾とも言えるそれを気づいたのは、インデックスのお手柄である。

 

 だが、インデックスは最後にミスをした。上条の幻想殺し《イマジンブレイカー》の能力とその強さを過信していた。

 

 この場において、もし気づくことができたとすれば、インデックスだけと言えた。

 

 上条と佐天の左手は、未だに脅威が渦巻いていることを。

 

 

 そして、佐天は、差し出された上条の左手を自然に握り、途端、一瞬淡い光が二人を包んだかと思うと、そのまま二人は、力なく倒れた。

 

 血のように赤く染まった夕焼けに、インデックスの悲鳴が響いた。




ようやく伏線回収です。
次は、もう少し早く投稿したい
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