とある無力の常識殺し《ルールブレイカー》【完結】 作:ちひろん
この話は、暴力的な表現があります。
苦手な方は、インデックスのターンが終わったら、ブラウザバックをお願いします。
あと、マイナス寄りな佐天さんはちょっと…っという方も、ブラウザバックを…
夕暮れの公園で、叫び疲れた声を唾液で湿らせて、泣き腫らした目をシスター服で乱暴に拭くと、インデックスは倒れた二人の様子を観察し始めた。
上条と佐天が左手を繋いだ途端に起きた現象である。当然ながら、インデックスは、二人の左手に注目した。
そして、青ざめると同時に驚嘆した。そこには、幻想殺し《イマジンブレイカー》殺しとも言える魔術が組まれていた
「信仰の試練」
インデックスは苦虫を噛み潰したような顔でつぶやいた。
その魔術は、その名の通り『信仰』を試されるもので、本来は信者の信仰を試す際に使われ、殺傷性は無いに等しい。
それ故に簡易的な魔法陣で発動させることができる。
効果は、まずかけられた者を昏睡状態にし、その者がもっとも畏怖するものを、無意識、簡単に言えば『夢』に出現させる。
畏怖の感情を信仰が上回るか、打ち勝てば昏睡状態から目覚めることができる。また、打ち負けた時、つまり心が折れた時も同様に目覚める。
つまり、魔術を組み立てておくのではなく、二人の火傷の跡が魔法陣の形となった時に初めて魔術として形を得る、偶然性も加味した罠であったのだ。
ただの火傷の跡では、幻想殺し《イマジンブレイカー》も効力はない。
とはいえ、これは対象が局所的で、殺傷性がないからこそ可能であった奇策である。
本来であれば、心配するようなことは何一つない。
だがそれは、『その魔術を知るもの』が魔術をかけられた場合である。
自らの状態も知らず、克服する方法も知らない者が、畏怖するものと絶えず相対するなど、精神に受ける傷の重さは計り知れない。
場合によっては、上条は目覚めたとしても、何かに立ち向かうといった行為は二度できないかもしれなかった。
そしてそれは、佐天も同じと言えた。
それにインデックスは気づき、自分の不甲斐なさを責めた。一度気づいておきながら防げなかった後悔の重さは、想像にあまりある。
インデックスは、上条の隣に倒れている佐天を見る。本来、『信仰の試練』は一人で行う行為である。二人で行った場合に、許容範囲を超えて魔術が崩れるか、それとも両者の畏怖の対象が現れるのか、恐らくは後者の可能性が高かった。
つまり、佐天は上条と一緒に居る可能性が高い。
インデックスは、手を組んで目を瞑り、佐天を巻き込んでしまったことに懺悔しつつ、二人が一緒にいることが何らかの打開策になることを切に願った。
薄い暗闇の中で、佐天は目を覚ました。
体を起こして、頭に手をあてる。自分がいる場所がどこなのか、どういった経緯でこうなったか、思い出せない。頭の中に霧がかかっているようで、朧気だった。
ただ、何かが聞こえていた。
荒い息遣い、鈍く響く音、そして苦痛の声。
佐天は、目を凝らして音のする方を見た。
そして、目を見開いた。
そこには、顔中が血で塗れた上条が居た。鼻からは今も血が流れ、咳き込みながら血を吐いた。
「ひっ」
佐天は思わず声を漏らした。
上条の前には白髪の華奢な男が悠然と、不気味に立っていた。こちらも血の跡がところどころにあったが、それは上条の返り血と見てとれた。
「くそっ! なんでだ!」
上条は白髪の男に殴りかかる。だが、白髪の男はそれを避けようとしない。勢いをつけた上条の拳は、相手に当ったと思った瞬間に、弾き返された。上条はその勢いを殺しきれずに後ろへ飛ばされる。
上条は倒れた自分の体を強引に起こして、悲鳴のように叫んだ。
「なんで消せない!」
白髪の男は心底愉快そうに顔を歪めて、上条を見下ろす。
この状況は圧倒的過ぎた。
上条は、声を漏らして、後ずさった。
この白髪の男は学園都市第1位、一方通行《アクセラレータ》である。
上条は一度相対したことがあり、その際は辛くも打ち倒すことができた。何故なら、上条の能力である幻想殺し《イマジンブレイカー》が強力な一方通行の能力を無効化できたからだ。
上条が一方通行を倒せたのは、上条の能力のおかげといえる。それがなければ、目の前に立ちはだかることすらおこがましい。
それは上条が、誰よりも理解していた。
理解していたのならば、その先も、自ずと考える。
『もしも、一方通行に自分の力が効かなかったら』
それは、上条の中で最悪な状況だった。その『もしも』が、上条の中で最凶の畏怖として根付いていたのは、当然のことと言えた。
つまり、この一方通行は上条の畏怖の対象であり、幻想殺し《イマジンブレイカー》が通用しない、上条の天敵であった。
だが、佐天はそのことを知らない。
白髪の男が誰なのかすら知らない。
ただ分かるのは、目の前で繰り広げられる地獄のこと。
上条が殴りかかり、弾き返されて、血が吹き出していること。
白髪の男が上条をほんの少し触っただけで、凄まじい衝撃を受けたように上条の体が浮き、血を吐き出すこと。
そんな悪夢のような状況だけだった。
『助けなきゃ』
佐天は震えるに鞭を打って、上条に近寄ろうとする。だが、その意思に逆らうように、体は前に進もうとはしない。
『行かなきゃ』
佐天はうつ伏せに倒れて、前に進もうとする。だが、足が、腕が、それにあがらい、『死にたくない』と叫ぶ。
『止めなきゃ』
全身の震えは止まらない。目の前の惨状が、自分の未来だということを、理解してしまっている。
『でないと、上条さんが』
それでも前へ、だからこそ前へ。
上条には死の気配が漂い始めている。
止める術などない、止める能力などない。
けれど前へ、されど前へ。
『私、上条さんのことが』
と、佐天は、手に何かがあたったことに気づく。振り向いて見てみると、それは、金属バットだった。危険な時に、自分の護身のために持っている、金属バットだった。
『上条さんが、死んじゃうなんて』
何故ここにあるかなどの疑問は、いまの佐天は思いつくことができない。ただ、止めるための武器が手に入ったことはわかった。
『上条さんが、居なくなっちゃうなんて』
佐天はその金属バットを握りしめる。
この金属バットであれば、止められるかもしれないと、あの白髪の男の頭を振り抜いた後のことを脳が想像し、体が震える。
『そんなことになるくらいなら』
死にたくないのは当たり前だ。
人を傷つけたくないのも当たり前のことだ。
そんな当たり前のことが邪魔をして、上条を助けることができない。
佐天は思った。
そんな当たり前はいらない。
邪魔な当たり前はいらない。
上条を想う心だけがあればいい。
上条を助けられる心だけがあればいい。
そうして、佐天は、その当たり前《常識》を、切り捨てた《殺した》。
うつ伏せに倒れた上条は、吐ききれなかった血を吐き出し、一方通行へ振り返ろうとする。
だが、腕に力を込めるたび、足に力を込めるたび、激痛が走る。体を動かすことすらままならない。
血を吐き出すところをみると、内臓の何かを傷ついているかもしれない。傷ついていない内臓などないのかもしれない。
吐き出す血の量は、上条の死を告げていた。
上条はそれでも、力を込める。
腕に、足に、力を込める。
そうして、乱暴に体を一方通行の方へ向けたその目に見えたのは、重い頭に引っ張られるように真横に飛ぶ、一方通行の姿だった。
突然のことに、上条は思考が止まった。
上条は、一方通行の方へ顔を向ける。
一方通行は、頭から血を流して、うつ伏せに倒れていた。
そして、その横に立っていた、佐天に気がついた。
上条は佐天に『逃げろ』と叫ぼうとしたが、佐天の次の行動を見て、絶句した。
佐天は、倒れた一方通行の頭を狙い定めて、持っている金属バットを、振り上げて、振り下ろした。
同時に鈍い音が響く。
佐天はもう一度、金属バットを振り上げて、振り下ろす。
また、嫌な音が響く。
「何やってるんだ」
上条は佐天に問う。
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
「やめろ! 佐天! 何やってるんだ!」
佐天は、上条の声に気づく。
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
「よかった。間に合って、私、上条さんが死んじゃうんじゃないかって心配で」
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
「やめろ! やめてくれ佐天!」
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
「え? でもこの人、まだ動いてるし…」
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
「やめろ、やめてくれ…」
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
佐天は、振り上げて、振り下ろす。
そうして、佐天は一方通行の体が機械的な反射すら起こさなくなったことを確認すると、上条の方へ振り向いた。
「上条さん、大丈夫、なんですか…、そんなに血だらけで」
体半分を返り血で染めた佐天が上条を気遣う。
上条は、唖然としていた。目の前の死と、それにそぐわない佐天の態度が、噛み合わない。
「なに、言ってるんだ。お前、自分が何をやったか、分かってるのか」
上条は無理やり言葉を繋ぐ。
「えと、あの男の人を、止めましたけど」
「そういうことじゃない。いま、その男がどうなっているか分かっているのか!」
「多分…死んでるんじゃないでしょうか」
上条は眩暈を抑える。問いかけの対する回答は正しいが、話が通じていないと感じていた。
「なんで、なんで分かってて、こんなことができる…。駄目だろ、殺したら…。駄目なんだよ、殺したら! そんな重み、背負う必要なんてないんだ!」
上条は、命を助けてもらったはずの佐天に怒鳴った。そして、歯を食いしばる。
それをさせたのは、自分が不甲斐ないからだと、自分を責めた。
上条の様子を見て、佐天はしゃがみこんで、上条を労るように顔をのぞき込んだ。
そうして、はにかみながら、言った。
「大丈夫です。上条さんを助けられないような常識は、私、殺しちゃいますから」
上条は、恐ろしいほど優しさに満ちたその顔から、目が離せなかった。
別角度の佐天さんの魅力が出せてますでしょうか?
何故一方通行に金属バットを当てられたのか、佐天の畏怖の対象はどこに居たのか、そのあたりは次回の最終回で説明予定です。