ディオの奇妙な冒険 ManicStreet (ジョジョ1部+7部) 作:ヨマザル
怪物が触手を振るった。
その表面から、ねとり……となにやら名状しがたい粘液が染み出て、あたりにまき散らされた。
「うぉぉぉっぉっ」
ジャイロは必死に身をひねって、かろうじてショゴスの攻撃を避けた。
ビシュゥウウウ!
ジャイロが避けたショゴスの粘液は、近くの枯れ木にかかった。その木は、刺激臭を放ちながら煙を上げ……溶け落ちた。
「うへぇ……あれが俺の体にかかったら……と思うと、ぞっとしねぇな。まぁ当たらなければどうってこともねぇけどなッ」
ジャイロは軽口をたたいた。しかし軽口とは裏腹に、すでにジャイロの足は傷つき、まともに動かない状態であった。だからこそ先ほどは必死に避けなければならなかったのだ。
だが次も避けられるとは限らない。
ジャイロは鉄球を回転させ、地面に押し付けた。
その鉄球の回転に引っぱられるようにして、ショゴスの攻撃範囲から逃れる。
「テケリ、リ……」
ショゴスはその不定形の体をゆっくりと伸び縮みさせ、再びジャイロを追いかけた。
少しずつ、だが確実にジャイロに詰め寄っていく。
「うぉりゃっ」
ジャイロは再び鉄球を投げた。
もう何度目になるのか。
肩が痛み始めていた。握力もだいぶ落ちてきた自覚がある。
ギュルルルルルッ
投げる腕には力が入らなくなっていたが、それでも鉄球はジャイロの狙い通りにショゴスの体をえぐり、ダメージを与えた。
そして再びジャイロの手元に戻ってくる。
「デッ! デっ! ! テ・ケ・リリ……リ ! ! 」
体をえぐられたショゴスが、ひときわ大きな音をたてた。
その音が怒りを示しているのか、そうではないのか、それはわからない。なぜならジャイロが抉った傷は、あっという間にふさがってしまったからだ。ふさがった穴は、瞬く間に元と変わらない様子に戻る。
まるで海の水をひしゃくで掬っているような気分になる。
「くっそぉおお、不死身かよ、コイツは」
ジャイロは唇をかみしめた。
「チッ……カテネェ……か」
もう、足はほとんど動かない。
ジャイロはくたくたに疲れていた。
膝が笑い、しゃがみ込む。
(まぁ、いいか……もう、十分時間は稼いだだろ。ジョジョの奴は今頃無事に目指す遺跡についたころあいだ……仕方がねぇって奴だ。俺はよくやったよ。まぁ……もう少しだけ、もう少しだけ長く生きたかったがよぉ……)
ジャイロは舌打ちをした。
(けっ……こんな気味の悪い化けモンにやられるなんてよォ、納得いかねぇが……)
ショゴスが体表に『人間の眼球』を発生させた。
血走ったその眼は、ジャイロを見つけ、再び引っ込んだ。
ショゴスがジャイロのほうへゆっくりと近寄ってくる……
(チっ……ぞっとしねぇぜ)
ジャイロは目を閉じた。
バッシュウウウウッ! ! !
突然、ショゴスの目の前の地面が爆裂した。
「何を無様な格好をさらしている。ジャイロ……」
聞きなれた冷静な声が響いた。
「父上……」
ジャイロは目を疑った。
そこには彼の父親、グレゴリオ・ツェペシュが立っていたのだ。
だが、彼の父親は酷い傷を負っていたはずだ。脇腹を大きくえぐられ、絶対に安静にしていなければならないハズだった。
「……どうして、ここまで」
そんな怪我で、無茶だ。
ジャイロの言葉に、グレゴリオはフッと笑った。それは勤厳実直な父がほとんど見せることの無い、優しい笑みであった。
「だらしないな……我がツェペシュ家の後取りらしいところを見せんかッ」
「父上……そんな怪我で無茶ですよ。ここは俺に任せてくださいッ」
ようやく言葉がジャイロの口からあふれた。
だが、グレゴリオはかぶりを振った。
「『お前に任せる』? それは出来んな。ジャイロよ、こんな情けないところを見てしまっては、それは出来ん……」
脂汗を流しながらグレゴリオは再び鉄球を投げた。
大けがを負っているとは思えないほどの、正確で力強い投球だ。
ギャルルルルルルッ
グレゴリオの投げた鉄球がショゴスの体をえぐった。
だが、やはりすぐに傷がふさがってしまう。与えたダメージは雀の涙だろう。
「ダメなんです……俺も試しました。でも、威力が足りないんです」
ジャイロはガックリとうなだれた。
「フム……ならば、威力を上げればいい」
グレゴリオは、こともなげに言った。
「どうやってですかッ! 」
ジャイロが怒鳴った。
「『黄金長方形』に、自然の力に、さらに敬意を払うのだ。『黄金長方形』から導かれる渦巻きの軌道で回転させるのだ」
ジャイロは思わず目をつぶってため息をついた。
『黄金長方形』とは、縦横の比が『黄金比』と呼ばれる1:1618の比で描かれた長方形である。
その短辺を使って『黄金長方形』の中に正方形を描くと、残った図形がまた新しい『黄金長方形』になる。当然新しくできた『黄金長方形』の短辺を使って正方形を書けば、また残った図形が新たな『黄金長方形』になる。そうやって無限に正方形を描いていくことが出来る。その無限に描く正方形の対角線上の角を繋いでいくと、無限に続く渦が現れる。
その無限の渦の軌道に従って物体を回転させることが、ツェペシュ家に伝わる『回転』の力の根本であり基本なのだ。
当然、ジャイロもすべての鉄球に『黄金長方形』の回転をこめて投げている。その攻撃が聞かないから、絶体絶命のピンチなのだ。
「すでに回していますッ! 貴方が教えてくれたようにッ」
「いや、まだだ……まだ足りん……お前はまだ、『自分の力だけ』で何とかしようとしている……そうではないのだ。『お前の力』などというもので『回転』はうまれない。お前はただ謙虚に『自然』の、『黄金長方形』の力に身をゆだねるのだ……それだけでいい」
そんなことは基本だ。この期に及んで、父がなぜまだそんなことを言っているのかサッパリわからない。
ジャイロはかぶりを振った。湧きかけた希望が、消えていく。
笑いたくなった……
と、目の前の景色が『ぐにゃり』とゆがんだ。
ついに『絶望』がジャイロの心を犯し始めたのだ。
いかに『鉄球の回転』がジャイロの心を落ち着かせようとも、目の前のショゴスの醜悪な外見に、臭いに、色に、音に、心が侵され始めている。
『回転』の力を借りてかろうじて保っていたジャイロの精神の均衡が、崩れかかる。
だが、ギリギリのところで、ジャイロをとどめるものがあった。
それは、ジャイロの背中ごしに、確かに感じられたグレゴリオの『体温』だ。背中越しに伝わる父の体のぬくもりから、何か『信頼』できるものが、『心強さ』が流れ込んでくる。
バシュッ
グレゴリオの放った鉄球が戻ってきた。
「グゥゥッ! 」
グレゴリオは戻ってきた鉄球を受け止めた瞬間、ガクッと体を倒す。
その腹が少し黒ずんで見える。
「フム……どうやら、思っていたよりも回復出来てないようだな。キャッチした反動だけで傷口が開いてしまうとはな」
こともなげに言って、グレゴリオは脇腹に手をやった。
その手が血で真っ赤に染まる。
「……ひどい怪我だ……こんな怪我を押して戦うなんて、ムチャです。逃げてくださいッ! ! 」
叫ぶジャイロにグレゴリオはヤレヤレと首を振った。
「息子よ、私への気遣いなど、無用だ……男はやるべきことをやればよいのだ、余計なことを考えるな」
グレゴリオは、ジャイロの手に、自分の鉄球をそっと乗せた。
「この二つの鉄球は完璧におなじ速度で回転させている……ジャイロよ、お前も同じようにやるのだ。私の鉄球と、お前の鉄球……4つの回転を完璧に合わせる……そして四つの鉄球で、黄金長方形を作る……」
「なんですって、そんなことが可能なのですか? 」
「完璧に回転を合わせる必要がある……」
グレゴリオが続けた。
「皮膚に伝わる回転を感じよ。皮膚の感覚と回転に完璧に同調させて、お前の鉄球を回すのだ……いいかジャイロよ……『お前がやる』のだ」
「……無理です。父上」
ジャイロが力なく首を振った。
「ここは危険です。俺が囮となりますから、できるだけ遠くに『撤退』してください」
「我が息子よ……信じろ。お前ならできるのだ」
グレゴリオは、背後からジャイロを力いっぱい『抱き締めた』。
「息子よ……お前の球は『右上』と『左下』だ……私の球は『右下』と『左上』に配置しろ……そのほうが、きっとうまくいく」
「父上……」
「いいか、お前なら出来る……私がお前を支えるさ」
「……」
「テケリリッ……テ・ケリ・リ……テケリ・リ! 」
粘液を垂れ流したショゴスが、ゆっくり、ゆっくり、二人に近づいてくる。
「……」
ジャイロは急に動き出した。
「わかりました……『父さん』ッ! 」
ジャイロはシッカと目を閉じた。
肌に伝わるかすかな感触を頼りに、鉄球を回転させていく。
二度、三度、回転させた鉄球を少しづつ調整して、回転を合わせていく。
肌にかすかに感じる回転の感触を、完璧に一致させる。
「ウォオオオオおおおっ」
ジャイロは目を開いた。
目の前に迫るショゴスに向け、四発の鉄球を続けざまに投げたッ!
ガリ・ガリ・ガリィィッ!
四つの球は、互いに絡み合い……四散した。
だが、その四散した4つの鉄球は、そのすべてがショゴスに命中していた。
しかもその四つの鉄球が飛んだ先を結ぶと、それが『黄金長方形』を形作っていた。
ギュルゥゥゥゥ〰〰ギュルルルッ!
『黄金長方形』の四隅をある鉄球の回転が、どんどん高速になっていく。
「デッ! デッ……テケリ・リ」
ショゴスの『奇妙な』音、心なしか、その音に真の苦痛の色が混じっているように感じられた。
鉄球は、渦を巻き、回転しながらどんどんと互いに集まっていった。
その四隅で作る『黄金長方形』も、地位さぬなりながら回転していく。その回転が早まっていく。
やがて、四隅は完全に一点に集まり、一つの『暗黒の点』となった。同時に、ショゴスの体表面に『暗黒の点』を中心とした渦が出来た。
その渦がどんどん大きくなっていく。
「デッ! デッ……テケリ・リ」
ショゴスが『絶叫』した。
そのまがまがしい声を聴いたジャイロとグレゴリオは、たまらず嘔吐した。
やがて渦は、周囲のショゴスの肉体を『吸い込み』始めた。
そしてついには、完全にその体を、暗黒の点に、飲み込みきってしまった。
最後には、黒い点だけが残った。
やがてその点もどんどんと小さくなり……やがて、消えた。
「……やった、のか? 」
ジャイロは目をこすった。『自分』の……いや、『自分たち』のしてのけたことが、信じられなかった。あの暗黒の点は、なんだったのか……
だが、確かにあたりには、超宇宙的なものは何もなくなっていた。そこにあるのは、ただの荒涼とした、自然の土漠であった。
「良くやった。息子よ……これで一人前だ。ようやくお前に、『ツェペシュ家の仕事』の全てを任せることができるな……」
グレゴリオは満足げにそう言うと、気を失った。
逆追跡してきた相手は、まいた。
だが嵐が、ディエゴの予想よりも早く動いていた。
ジョジョとディエゴは、嵐の中を半日以上も馬を走らせた末、ようやく目指す遺跡に『ほぼ』到達していた。
「ここまでだ。悪いがこれ以上は危険すぎる」
ディエゴは馬を止め、ジョジョを降ろした。
「遺跡までは、あと数百メートルってところだ。もう、いいだろ……これ以上は御免だ。風が強すぎる」
「ありがとう」
礼を言うジョジョにディエゴは首をふった。
その顎から、ボタボタと雨水がしたたり落ちる。
口を開けば、その口に大量の水が吹き込む。
目を開けても、ほとんど周りが見えない。
まるで海の中にいるかのような、激しい雨であった。
「礼を言われる筋合いはないぜ、これは、ただのビジネスだからな」
そう言うとディエゴは手のひらをつきだした。
「ジョナサン・ジョースター殿、約束の報酬をもらおう……それから、忘れるなよ。無事、ジョージ・ジョースター卿が戻ってきたら、俺にもいい馬をあっせんするように、言ってくれ」
「わかっているよ」
ジョジョは、ディエゴに金を払った。
「世話になったね……やっぱり、ありがとうと言わせてもらうよ」
ジョジョはそう言って、ディエゴに手を差し出した。
「……」
ディエゴは金を受け取ると、少し躊躇した様子を見せた後、ジョジョの手を握りかえした。
「……幸運を祈っているゼ……アンタ達が無事に帰ってきて、俺にいい馬をあっせんしてくれる日が来るように、な……」
ディエゴは早口でそういうと、大急ぎでジョジョに背を向けた。
そしてひらりと馬に飛び乗ると、馬に鞭をくれて一目散に走っていった。
ディエゴは焦っていたのだ。これから嵐の中を町まで戻り、次のレースに間に合う為にはもうギリギリのタイミングなのだ。
後ろから見ているジョジョからその姿が見えなくなるまで、ディエゴは一度も後ろを振り返らなかった。
「よし……行くか……」
ディエゴを見送り、ジョジョは剣を肩に担いだ。決意を込めた目で遺跡を睨み付ける。
そして、一人、目の前の遺跡に向かってゆっくりと歩き始めた。
「見張りは見えない……当然か」
無事、遺跡の入口についたジョジョは、一人、岩陰からそっと遺跡の内部を観察していた。
吹き荒れる嵐が地面にたまった雨を吹き飛ばし、泡立たせ、まるで大風の日に波打ち際にいるようだった。視界は雨風で遮られ、周囲の様子はよくわからなかった。
だが見張りは必ずいるはずだ。ジョジョは細心の注意を払って遺跡に近づいて行った。
遺跡は赤茶けた日干し煉瓦に覆われていた。風化が進み、一部の煉瓦は地面と一体化している。
煉瓦の上には、石の表面に不思議な彫刻を施された巨大な胸像が、あちこちに立ち並んでいた。これが他の機会だったら、日がくれるまで眺めていても飽きないような、素晴らしい眺めだったろう。
だが今は、石造に目に止める暇はない。
ジョジョは石像の陰に隠れながら、周囲を探りつつ慎重に進んでいた。
すでに侵入ルートは決めていた。石像から石像に、姿を隠しながら慎重に進む。
移動時以外は極力動かないようにする。たとえ、強烈な嵐を避けて石像の影に潜んでいたサソリや、クモや、毒蛇が突然出てきても……だ。
ゴォォォォォ──ン……
雨風が遺跡の中を吹きぬけた。その風が遺跡の『何か』を揺り動かし、唸るような音が遺跡に響いていた。
ジョジョははやる心を抑え、ゆっくりと動きつづけた。
遺跡の中は、石畳の道に崩れた煉瓦の壁や瓦礫が複雑に積み重なっている。ところどころに得体のしれない動物や人物、怪物の石像が転がっている。
窪みには水がたまっている。泥で底が見えないためうかつに足を入れるのは危険であった。その水たまりがどれほどの深さなのか、よくわからないからだ。
進むことができる道は少なく、チョットした迷路のようになっていた。
ジャリ……
ジョジョは小さく舌打ちした。迂闊に踏み出した一歩が思ったよりも音を立てたのだ。
「父さん……どこにいるんだ? 」
周囲に聞き耳を立てる。すると風の音に混じり、少し離れたところで、何か『生き物の声のような音』が聞こえた気がした。
その音を追って遺跡を進む。
そこには巨大な建造物があった。
ジョジョの足元には、半径30Mはある巨大な縦穴が開いていた。その穴の中央から、塔の基礎部のような建物が作られている。その屋根は、ほんの少し地面よりも低い高さにしつらえてあった。
だがジョジョのいる縦穴の外から、その屋根の端までは優に8Mはある。当時のオリンピックの記録保持者でも、飛び越せないような距離だ。
「ここは……凄い。スゴイ遺跡だ」
聞こえていたのは、何かの呪文か祈りの言葉を唱える詠唱のようだった。
詠唱の声は、足元の縦穴からはっきりと聞こえていた。
その時……
周囲を見回しジョジョはため息をついた。
「……やはり、何もない と言うことはないよね」
ジョジョは背負っていた剣を抜いた。
そのジョジョの周囲を、ジャッカルの戦士たちが取り囲んでいた。
「うぉぉおおおっ! 」
ジョニィはあわてて手綱を引き、馬を横っ飛びさせた。
ガザッ!
ジョニィの指示に答え、馬が飛びのく。
ワンテンポ遅れて、一頭の獣が飛び込んできた。
二人の乗る馬に襲いかかろうとしたその獣は、自分の攻撃が失敗したことを知り、グルルルと怒りを込めた唸り声を上げた。
「油断するなジョニィ! 一瞬たりとも気を抜くなッ」
ディオは、ジョニィをしかりつけた。
「そんなことわかっているッ! お前は黙って鞍にしがみついてろッ」
ジョニィはいらただしげに答えた。
ジョニィとディオは、嵐の中、必死に馬を走らせていた。
その周囲を囲むようにして走っているのは、4頭のライオンだ。
いや、ライオンのミイラだ。
「ギャルルルルッ」
「グィルウルルルッ」
それは、三頭の雌ライオンと、一頭の雄ライオンであった。雄ライオンの鬣からは、ときおり銀色の触手がうねうねと飛び出している。
4頭のライオンのミイラに、ディオがエジプトで出会った怪物、イング・ヴ・エィが取りついているのだ。
「▼○Д@#&! 」
しかも雄ライオン・ミイラの背には、いびつな姿のヒト型のミイラが乗っていた。
いや、すでにミイラと呼ぶのは少し不適切であった。その体は雨水を吸い込み、生前の瑞々しさを取り戻しかけている……
『生乾き』の人型ミイラは、判別不能な言葉を並び立て千切れかかった手足をバタバタと振り回していた。
その口が大きく開くと、キラキラ光る平べったい触手が這い出てきた。
イング・ヴ・エィだ。
イング・ヴ・エィはぬるりと人型ミイラからその身を出した。
体をのたうち、雄ライオンのミイラの背中に潜り込む。
そして、その体で雄ライオン・ミイラの背中を縫いつけるようにすると、隣のライオンに移動した。
そうやって一通りライオン・ミイラ達の体を巡っていく。
最後にイング・ヴ・エィは再び人型ミイラの体に戻った。
よく見ると、人型ミイラの体から、ひも状のものがライオン・ミイラに向かって伸びている。
おそらく、その『ひも』を通して、一体のイング・ヴ・エィが複数のミイラを同時に操っているのだ。
「*5uvfД○! ! 」
人型ミイラが背中に背負っていた弓をつがえ、放った。
ブンッ
「無駄っ! 」
ディオは手に持っていた細長い包みを振りまわした。
二人と馬にあたる前に、飛んできた矢を叩き落とす。
「化け物め……」
ジョニィの顔がゆがむ。
「ディオッ! 僕は馬に集中するッ! 君が奴らをけん制しろッ」
「ぬぅうっ! 俺に命令するなッ! 」
ディオは、チラリと手に持った細長い包みに見をやった。
だが、すぐにその視線を外し、その包みを背負ったナップサックに放り込んだ。
これは切り札だ。
たしかに今はピンチだが、それでもまだ、切り札を使うべき時ではない。
代わりにディオは、胸ポケットから拳銃を引き抜いた。
猛烈な雨の中だが、油紙に念入りに巻いていたためまだ乾いている。
数発なら打てるはずだ。
震える手で標準を合わせ、撃ち放つッ
タァアンッ!
弾丸は、見事に一頭の雌ライオンの眉間を打ち抜いた。だが、雌ライオンはひるむことなく、ディオとジョニィを追い続けるッ!
「ガッ……」
拳銃の反動を受けてディオが顔をゆがめた。
腹に開いた傷口に、銃撃の反動が鈍い痛みを伝える。
「クソッ! 」
ジョニィが罵詈雑言をわめき散らした。
「ダメだッ……二人乗りじゃあ、とても振り切れないッ! 馬も疲労がたまっている……マズイゾ……このままじゃ、やられるッ……」
ジョニィはチラリとディオの方を見た。
『暗い目つき』であった。
「ジリ貧だよ。もし一発でも、あのライオン野郎が僕たちの馬にふれることができたら、僕たちはおしまいだ……」
ジョニィは低い声で言った。
ディオはジョニィと視線を合わせた。
そのジョニィの眼に『漆黒の光』を、見る。
「フン……ジョニィ……キサマ、何を考えている? 」
ディオが言った。
「『何を考えている』ってぇ……、『助かる方法』を考えているのに、決まっているだろ」
「ほぉ……一つ確認だが、お前、まさか『俺を振り落す』なんて、考えてないだろうな? 」
「……」
ジョニィは答えなかった。
嵐の中、ジョニィとディオの視線がぶつかり合う。
「フン……下らん考えだ。一見、悪くないプランに思える。俺を振り落し、一人になれば奴らを負けるかもしれん……だが、お前のような甘ちゃんに、『俺を敵に回す』ことが、出来るかな……」
ディオの目が、もの騒がせな色を帯びる。
思わせぶりに拳銃をカチャリと鳴らした。
「……そんなこと、するかッ」
ジョニィはかぶりを振って、ディオから視線を逸らせた。
前を向き必死に馬を走らせる。
「僕は馬を走らせるだけだ。やれることを、全力でやるだけさ」
「ふん……かっこつけるな……」
ディオはニヤリと笑った。
「とはいえ、この状況……厄介だな……ぬっ? 」
二人の行く手に、黒くうごめく川が現れたのだ。
ジョニィは手綱を絞り、川沿いに馬を走らせた。
「……凄いな、さっきまでは枯れかけたちょろちょろした流れだったのに違いないハズだ。だのに、今は濁流だ……」
ジョニィが、ゴクリとつばをのんだ。
「こんなところに落ちたら、絶対に助からないな……」
ジョニィの言葉通り、さっきまでは『ほとんど水が流れていなかった』はずの川が、今は轟音を上げ、しぶきをまき散らしながら流れていた。
泥を巻き込んで茶色くなった水が、周囲の土を削り、岩に当たり、しぶきをあげて暴れまわっている。
その自然の猛威を目の当たりにしたディオの目が、光る。
「ジョニィ……いい作戦を思いついたぞ。いいか、聞け……」
ディオから『作戦』を聞かされたジョニィは、顔を曇らせた。
「それ、本当にうまくいくのかい? 」
「では、ほかにもっと良い方法があるのか? 」
自信満々のディオに、ジョニィはクッ……と言葉が詰まった。反論の言葉を探したが、思いつかない。
「……わかったよ。協力する……後悔するなよ」
「ふっ、御託はいい。いちど決めたのなら早くやれッ」
ディオはジョニィの肩を力いっぱいつかんだ。
「このチャンスを逃すなッ! 」
「くううっ、どうなっても知らないからなッ! ! 」
ジョニィは雄たけびを上げた。
「うぉおおおおおおおおおおッ! 」
ガルルルルッ!
ジョニィに呼応するように、ライオン達も吠える。
すでに雨を吸い込み、その体はミイラと呼べないほど膨れ上がっている。
「ライフブラッドッ、行けッ! ! 」
ジョニィは踵の拍車で愛馬の脇腹をつつき、強く手綱を引いた。
馬が一瞬棒立ちになり、荒々しく方向を変えるッ!
次の瞬間、馬は、荒れる川岸に向かって大きく跳ねたッ!
馬が跳ね上がった瞬間、ディオの手が馬の鞍から離れた。
「ウォオオオオおっ! ! 」
ディオが鞍から吹っ飛んだ。
「Gaxruzuzuzu! 」
馬の背から落とされたディオに向かって、ライオンたちが殺到した。
「クッ! 」
ディオは空中で身をひるがえし、華麗に着地した。
すかさず拳銃を一発撃ち、一番近くにいた雄ライオンの前足を吹っ飛ばした。
「ш¢@$%^! 」
雄ライオンの背にいたミイラが、地面に放り出された。
人型ミイラは着地の衝撃でその右手が吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ右手を残し、ミイラが濁流にのまれる。
だが、残されたその手から、小さなイング・ヴ・エィがぬるっと頭をだした。銀色の触手が、ディオに襲いかかるッ!
「フンっ! このディオが二度も同じ手にやられるかッ」
ディオは拳銃を懐に仕舞い、両手にナイフを持った。
そしてナイフを素早く使いイング・ヴ・エィを切り刻んだ。
「大丈夫だッ! 自分を信じろ……僕は天才だッ! 絶対でぇきいぃいいいるっ! ! ! ! 」
一方その頃、ジョニィはディオを顧みることもなく必死に馬を制御していた。
馬に密着し、馬が恐怖心を抱かないように抑えこむ。
そして馬が落ち着いたところで、ジョニィは馬を大きく弾ませた。
そして、川の対岸に向かって……『跳んだ』ッ!
「ううあぁああああっ! ! ! 」
ダシュッ
濁流うずまく激流の上を、ジョニィとライフブラッドが跳ぶッ
ガッ……
「ヒヒヒィインンッ! 」
ライフブラッドはその前足を川岸にかけたッ
ザシュッ
だが、川岸の土は崩れかけるっ
「ひひぃいいいイインンンッ! ! 」
ライフブラッドが悲鳴を上げた。
「まだまだぁぁツ! 」
ジョニィが叫んだ。
「ライフブラッドッ! 」
ジョニィの指揮で、馬が前足を思いっきり伸ばすっ!
川岸の地面が完全に崩れるッ!
崩れた地面を、ライフブラッドの後足が叩くッ
ライフブラッドはまるでウサギのように跳ね、かろうじて反対側の川岸に乗り上げた。
その必死な動きに、ジョニィはうっかり手綱を離してしまった。
跳ね回るライフブラッドに振り飛ばされ、ジョニィは激しく地面にたたきつけられた。
「ガッ…………やったぞ……」
ジョニィはノロノロと立ち上がった。
そこに、少し落ち着いてきたライフブラッドが近づいてきた。
「ライフブラッド、お前も、よくやったよ」
ジョニィはねぎらうように愛馬、ライフブラッドの鼻先をたたき、ハッと対岸を振り向いた。
「ディオッ! 」
対岸のディオは絶体絶命であった。
ディオの周囲をライオンと、人型ミイラが取り囲んでいる。
ジョニイの叫び声が耳に入ったのか、ディオが川の対岸に目をやった。
そしてジョニィと目が合うと、ディオはニヤリと笑い……無造作に銃を投げ捨てた。
「ガルルッ! 」
次の瞬間、ライオン達が襲いかかるッ!
「フンっ無駄ッ! 」
ディオは吠え……濁流にその身を躍らせた。
その体は、水しぶきを上げる濁流にのまれ、一瞬にして消えた。
「ガルルル」
ライオン達は、ディオが『自殺』を選んだことに戸惑っているようであった。
だが、すぐにライオン達は、対岸にいる『ジョニィ』に気が付いた。
ジョニィの目には、ライオン達が『シメタ』と笑ったように思えた。
「□○*&#^^! 」
人型ミイラが、叫んだ。その叫びにこたえ、ライオン達が助走をつけ、川を飛び越えようと『跳んだ』ッ。
馬が飛べた川幅だ。イング・ヴ・エィに寄生されたライオンのミイラに、飛び越せない幅ではないッ! ……ハズであった。
ドババババッ……
「ギャルッッ」
「グォォオオッ」
「バルッ……ガルルッ」
ドババババ……
「……バ……」
「……」
だがライオン達はみな、空中でバランスを崩した。そして、びっくりするほど無様に川に落ちた。
すぐに濁流にのまれて、その姿が見えなくなった。
「ハ────、ハ──……」
ライオン達が飛び込んだその時、ジョニィは大変な労力を払って馬を引いていた。
馬の鞍につけられていた長いロープ。そのロープを馬が引っ張っていくと、やがてロープの先に『丸太のような大きさ』の何か、が顔を出した。
いや、丸太ではない。
馬に引かれて川から姿を現したのは、ディオであった。
「クッ……」
波打つ濁流に揺られながらも、ディオは一瞬顔を上げ、ジョニィを睨み付けた。
「ハーッ……間に合ったか? 」
ジョニィは歯を食いしばって馬にロープを引かせ、濁流に流されたディオを対岸まで引っ張り上げた。
「ジョニィ……貴様……」
引き上げられたディオは、息も絶え絶えであった。
「飛ぶのが遅かったぞ……この……ドへタレが……キサマが土壇場でヘタレたおかげで危なかった」
ゲボッ
ディオの口から、泥だらけの川の水が吐き出された。
ディオの考えた作戦ッ!
それは、腰にロープを巻きつけたディオを対岸に残し、ジョニィが川の反対側にジャンプする……と言うものであった。
二人では川を飛べない。だが、ジョニィ一人ならば川を飛び越せるチャンスがあったのだ。
ジョニィが無事に対岸に着いたところで、ディオが川に飛び込む。
そして、ジョニィが引っ張り上げる……と言うシンプルな作戦であった。
当然ディオが飛び込めば、ライオン達もジョニィ達を追おうとする。
そのため、ディオは事前にライオンの前足を打ち抜いておいたのだ。痛覚のないミイラは、自分の足が傷ついていることに気が付かない。
その結果、ミイラたちは、飛べると思った川を飛び越せず、ムザムザと濁流にのまれた……と言うわけであった。
「ハハハ……やったなディオ……」
ジョニィは、息も絶え絶え……と言ったようすで、ディオの隣に寝ころんだ。
満足げにディオに向かって拳を突き出す。互いに拳を打ち合わせよう、というのだ。
「ああ、お前もよくやった。……チョッピリ褒めてやる」
ディオは、突き出された拳には答えない。だが代わりに右手を伸ばし、ジョニィの頭をクシャッとなぜた。
「ブルッ……」
ライフブラッドが、その鼻面をジョニィに擦り付けた。
「ウワッ……ハハハ、よせよ。くすぐったいぜ」
ジョニィはライフブラッドを手荒くなぜた。その手が不意に止まり、ジョニィはディオの方を振り返り、言った。
「で……でも、僕はもう動けない……」
ジョニィは脂汗を流していた。
「足がこれではね」
ジョニィの足は反対方向に捻れていた。
これでは、これ以上動くことは無理だろう。ディオはチッと舌を鳴らし、かぶりを振った。上半身を起こし、ゆっくり立ち上がる。
「よし、ここからは、『俺一人で行く』……お前はここで待っていろ。遺跡についたら、馬を返すからな……そしたら、お前は馬に乗って先に帰ればいい」
ディオはそう言い捨てると、ライフブラッドにまたがった。手綱を強引に引っ張り、馬の頭を遺跡に向けた。
「……頼んだよ……」
ジョニィは愛馬とディオの背中に向かって、ボソッとつぶやいた。