ディオの奇妙な冒険 ManicStreet (ジョジョ1部+7部)   作:ヨマザル

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冒涜と恍惚

 ジョジョの首を狙って、槍が突き出された。

 

「ウオリャアッ! 」

 ジョジョは身をかわしざまに、剣を横なぎに薙いだ。

 その剣は、襲いかかってきたジャッカルの戦士を横一直線にぶった切った。

 

 エジプトで戦った時と同様、斬った瞬間にその姿が消える。

 気がつくと、ジャッカルの戦士達は全員姿を消していた。

 

「ハァ──……ハァ────」

 ジョジョは荒い息を吐いた。剣を地面にさし、そこにもたれるようして、膝をついた。

 ジョジョの体力は、ほとんど限界に達していた。

 無理もない、たった一人で戦いづめなのだ。

 どれほどの時間、戦いづつけていたのか。いったい何体のジャッカルの戦士を斬ったのだろうか。ジョジョは、わからなかった。

 

 酸欠で目の前がチカチカしていた。

 ミシミシと体中が痛む。

 呼吸が整うまで、しばらく、まったく動けなかった。

 

「もう少しだ……」

 だがそれでも、大きく深呼吸すると、ジョジョは再び立ち上がった。そして、ゆっくりと縦穴に向かって進んで行った。

 

 

◆◆

 

 詠唱の声が縦穴の奥から響きわたっていた。

 地上から、ジョジョは慎重に縦穴を観察した。

 縦穴は幅20Mはあるかと言う巨大な物であった。その壁面はぼろぼろに崩れていたが、木製の螺旋階段が竪穴の周囲を巡っている。見捨てられた遺跡のはずであったが、螺旋階段は思いのほかしっかりとしているように見えた。誰かが最近取り付けたのだろうか。

 この遺跡が見捨てられていたわけではない……という事だ。

 

 この螺旋階段を下っていけば、父親に会えるはずだ。

 

カツカツカツ……

 

 ジョジョは油断なく剣を構えながら、慎重に螺旋階段を降りていった。壁にも、ところどころ大きなひび割れや、崩落した箇所があった。

 階段はしっかりしていたが、ところどころにヒビが入り、壁面から崩れ落ちたらしき瓦礫がその上に散乱していた。時には、崩落した瓦礫が階段の上に山になって堆積していこともある。

 もしその瓦礫を一つでも蹴落とせば、確実に下にいるもの達に気づかれてしまうだろう。そうなったら、ジョージを助けるチャンスが減ってしまう。

 ジョジョは慎重に、慎重に、瓦礫を避けながら、階段を降りていった。

 

 時折、瓦礫を踏み外した跡が残っていた。下にいるはずのジョージ達が降りてきた時に残した跡だろうか。さらによくみると、ところどころに、緑色にひかる、何かが擦り付けられたような跡も残っている。

 下に潜むものの中に、怪物がいる印だろう……

 

 額から落ちる汗をぬぐう。

 不思議なことに、階段を降るたびに周囲が少しずつ明るく、暑くなってきていた。

 階下の明かりはどんどん強くなる。そしてついに、縦穴の底が見えるようになった。気づけば、後5mも降りれば底につくところまで到達していた。l

「……父さん……」

 ジョジョは足を止めた。床に伏せ慎重に下の様子を探る。

 

 

◆◆

 

 果たして階下にはジョージ・ジョースターと、ミナことウィルヘルミナ・ラポーナが見えた。

 二人は部屋の中央に吊り下げられた鳥籠のような檻の中に監禁されている。

 二人の声も良く聞こえた。縦穴の中では、音は普段より大きく響くのだ。

 

「お前達……こんなことは止めなさい。これは『邪悪』な所業だよ……『邪悪』な行いは必ず失敗する。お前達は必ず報いを受ける……」

 ジョジョの父、ジョージ・ジョースターの声だ。

 

 ククク……

 ジョージの言葉などどこ行く風と受け流し、二人の男が淡々と床に何かを描いていた。

 一人は、かつてシャカであり、今は怪物 イング・ヴ・エイに乗っ取られた男。もう一人は、フードを被った老人だ。

 

「ジョージ・ジョースター卿……貴重なアドバイスをありがとう」

 お礼をしなくてはな。

 そういうと、シャカ=イング・ヴ・エイは、壁に立てかけていた棒を取り上げた。檻につかつかと歩いていき、鉄柵越しに棒を振り下ろす。

 

 シャカ=イング・ヴ・エイは、何度も、何度も、ジョージを打ち据えた。

 

「ガッ……」

 たまらずジョージが身を丸めた。

 そんなジョージを、シャカ=イング・ヴ・エイは髪をつかんで引き起こした。

 檻の隙間からとどめの蹴りをジョージのみぞおちに決め、馬鹿にしたように鼻を鳴らして立ち去る。

 

「う……」

 ジョージは膝をついた。

 

「アンタ……ひどい傷よ。今は黙ってたほうがいいわよ」

 ミナが、崩れ落ちたジョージの体をそっと抱えた。一瞬躊躇したあと、ジョージの目をのぞきこむ。

 ジョージの呼吸と自分の呼吸のリズムを合わせる。ジョージの瞳孔の奥に視点を合わせ、瞳の動きを誘導する為だ。

 そしてミナは、ジョージに催眠術をかけた。

 

「?! ッ……痛みがほとんどない。君がやってくれたのかい……助かったよ」

 ジョージは突然痛みがすっと引いたことに驚き、目を丸くした。

「……何をしたのだい? 」

 

「催眠術よ……傷を治したわけじゃあない。ただ傷の痛みを感じ無くしただけ……傷はそのままよ……安心しないで」

 ミナはそっけなく言った。

 

 そのころフードを被った老人が、床に絵を描き終えていた。見るものに不快な恐怖を感じさせる、幾何学模様が描かれたそれは、絵と言うよりも何かの魔方陣のように見える。

 

「フハハハ……」

 シャカ=イング・ヴ・エイは、懐から何か黒いものを二つ取り出した。それは、かつてディオがアレクサンドリアで購入した、イルホテップの印章であった。

 老人は恭しくその印章を受け取ると、それを絵の中心においた。そして、なにやら判別不能な呪文を唱え出した。

 

 身も気もよだつような抑揚の呪文が、フロアに響いた。

 

 一方、シャカ=イング・ヴ・エイは、懐からもう一つナイフを取り出した。

 そのナイフをこれ見よがしに振りかざし、ミナとジョージに近づいてくる。

 

「何よ……」

 ミナが、近づくシャカ=イング・ヴ・エイにむけて体をくねらせた。

 不思議な動きだ。

 シャカ=イング・ヴ・エイに、催眠術をかけようと言うのだ。

 

 だが幾度もミナが催眠術をかけようとしても、シャカ=イング・ヴ・エイは止まらない。

 

「なぜ……」

 ミナは、シャカ=イング・ヴ・エイが白目をむいていることに、気が付いた。

 催眠術の対策のため、自ら視覚を遮断しているのだ。

 

 シャカ=イング・ヴ・エイは、ナイフを振り上げ……ジョージにつきたてた。

 

「ぐおおっ! ! 」

 

 そして刃を翻し、ミナをも切り裂くッ!

 

「ああぁっ! ! 」

 

 

◆◆

 

「父さんッ! 」

 頭上の踊り場からその様子を見ていたジョジョが、黙っていられず叫んだ。

 

 ドゴッ! !

 

 ジョジョは、階段の踊り場からフロアまで飛び降りた。

 5Mはある高さを一気に飛び降りたジョジョは、落下の衝撃にひるむことなく、ジョージに向かって駆けだした。

「うぉおおおおっ! 」

 

「……小僧、小癪に追ってきたのか……邪魔だッ」

 シャカ=イング・ヴ・エイが、ジョジョに向かって手を向けた。

 その手が裂け、銀色の薄っぺらい触手がジョジョを襲うッ

 

 ガッ! !

 

 銀色の触手は、ジョジョの手に当たり……弾き返された。

 グレゴリオから借り受けた、ゾンビ・キャットの力によるものだ。

 

 ジョジョの強化された肌に弾き返された手は、ジョジョの腕に巻き付き、腕を、そして全身を締め上げた。

 

 全身を拘束されたジョジョは、それでもあきらめずに暴れ続けていた。

「クッ……」

 

「無駄だ……キサマは完全に拘束した。もう何も出来ん……父と共に、死ね」

 シャカ=イング・ヴ・エイはジョジョの目の前に立ち、その目を覗き込んだ。

「キサマ一人か……」

 シャカ=イング・ヴ・エイは、全身から触手を放出した。

 触手は竪穴を巡り、そしてしばらくしてから、戻ってきた。戻ってきたイング・ヴ・エイの触手は、シャカの体内には収まりきらなかった。体内からはみ出た触手が、体の表面をヌタヌタとのたうちまわる。

 その異形な姿は、やはり人ではなかった。

 

 イング・ヴ・エイは懐から赤いグラスを取り出し、ジョージとミナの傷口から流れる血を、そのグラスに移した。

「ククク……血こそ力ヨ……」

 ナイフに刺された手を抑えているジョージとミナをしり目に、イング・ヴ・エイは幾何学模様が描かれた床の中央に移動した。

 そして、グラスに溜めた血をイルホテップの印章の上に振りかける。

 

 ポタ……ポタ……

 イルホテップの印章が血に染まり、そして床にも二人の血が広がっていった。

 

 

◆◆

 

「……ジョジョ…………」

 拘束された我が子を見て、ジョージが悲痛なうめき声を上げた。

「大丈夫か……」

 

「父さん……」

 ジョジョは父を見て微笑んだ。

「無事だったんだね……良かった」

 

「ジョジョ……よくぞここまで……だが、ワシのことなど……」

 

 お前はワシを見捨てるべきだった。そんなジョージの言葉を、ジョジョはにっこりと笑って否定した。

「父さんを見捨てるなんて、できるわけがないさ」

 

 そんな親子のやり取りを見て、フン……とミナが肩をすくめた。

「ねぇ……ちょっとあれを見てよ、やばいんじゃあない? 」

 

 いつの間にか、老人の詠唱が終わっていた。

 

 コトリ……

 

 幾何学模様の中心におかれていた、イルホテップの紋章二つ……それがジョージとミナの血を受け、その姿を変えていた。

 

 そこには輝く黒い多面体があった。多面体は、直径約10センチメートル程のほぼ球形の結晶体で、不揃いな大きさの切子面を数多く備えている。色はほぼ漆黒で、ところどころ赤い線が入っていた。

 それは、総じて、見るものに身も気もよだつような原始的な恐怖を感じさせるものであった。

 

 老人は懐から金属製の小箱を取り出した。

 箱は不均整な形状をしており、奇怪な装飾が施されている。

 

 シュルルルル……

 イング・ヴ・エイは、『左手』を前に出した。その『手』にしがみついていた触手が伸びた。

 触手は、その輝く黒い多面体をつかみ、老人が捧げ持つ金属製の小箱におさめた。

 

「ついに手に入れたゾ……スバラシイ……これガ、これこそが、『輝くトラペゾヘドロン』カ……」

 イング・ヴ・エイが、誇らしげに言った。

 

「ウッ……何あれ、キモチワルイ」

 ミナは青い顔をして口を押さえた。だが、こみ上げる悪寒についに耐えきれなくなり、床に黄色い胃液をぶちまけた。

 そのまま床に両手を突き、えづき始める。

 

「ミナ君、大丈夫か…………あのモノから、目を離すんだ……絶対、あれを直接見てはダメだ」

 檻の中でミナを介抱しようとするジョージの顔も、真っ青だ。

 

「『輝くトラペゾヘドロン』……その禍々しいモノは一体なんだッ」

 ジョジョは嫌悪感丸出しで訊ねた。

 

「フハハハ……貴様ら猿どもには縁のない宝だが……ククク」

 イング・ヴ・エイが笑った。ヒラリと身をひるがえして魔方陣の中央に立つと、ジョジョ達を見下ろした。

「我は気分がいい……話してやろう。コイツはな、わが故郷への扉よ……」

 

 イング・ヴ・エイの触手が『輝くトラペゾヘドロン』の入った箱を高く差し上げた。

 

「『故郷』? 」

 

 ジョジョの問いに、イング・ヴ・エィがうなずいた。

「そうよ……ワレ……ワレラは、遥か太古に、惑星ユゴスからこの泥の塊にやって来たのだ……」

 

 シュワワワ……

 

 その箱から灰色の煙が一筋、漏れていた。

 イング・ヴ・エィに包まれたシャカの顔が、一瞬『腑に落ちない』とでも言うように不審にゆがむ。だがすぐに、『輝くトラぺゾヘドロン』がその名の通りに輝き始め、かつてシャカだったものの顔から不審感が拭い去られた。

 

 その禍々しい冒涜的な輝きッ!

 

『輝くトラぺゾヘドロン』に照らされ、イング・ヴ・エィの顔が恍惚の色に染まる。

 恍惚感に酔ったイング・ヴ・エィは、名状しがたき奇声を上げた。

 ガラス壁に金属片をこすりつけたような奇声だ。イング・ヴ・エィは奇声を上げつつ、天を仰ぎ、何かを迎え入れるかのように、両手を大きく開いた。

 

「『闇と光』相反する二つの血を飲み、このモノは隠された姿を顕す……」

 奇声のなか、ボロを纏った老人が冷静な口調で言った。

「遥か太古に暗黒星ユゴスで作られたそれ……『輝くトラペゾヘドロン』は、かのモノの手によって地球にもたらされたもの……」

 

「……何を言っているんだ、君は? 」

 ジョジョが訊ねた。不愉快な奇声に悩まされ、苦しそうな顔だ。

 

「かのモノが氷の惑星で死に絶える直前に、蛇どもが持ち出す……ああ……それは、一時期まさに我が物であったのだッ! 」

 感極まった老人がフードをはだけた。

 

 フードの奥から現れたその顔ッ!

 

 その顔を見て、ヒッ と、ミナが泣き声を上げた。

 

 そう、その顔は、まさに『醜悪』であった。

 その肌は、灰乳色で、カサカサに乾き、細かくひび割れていた。

 顔中が爛れ、いたるところに皺がよっていた。

 その皺は、まるで、辞書のように分厚い本の紙をたわませてから横から眺めた時のように、まるで撓んだ黒いスリットのように、いびつな曲線を幾重にも描く縦縞となって顔中を覆っていた。

 

 そしてその目ッ!

 その目には、瞳が無かった。

 ただ、ぽっかりと暗黒の穴が開くばかりであった。

 

「……キサマは、何者だ? 」

 ジョージが訊ねた。

 

 老人はニヤリと笑った。

 その口元から、サメのような乱杭歯がのぞく。

「我か……我の名は『ネフレン=カ』じゃ」

 ネフレン・カは狂おしい表情で、イング・ヴ・エィがつかむ『輝くトラペゾヘドロン』を眺めた。震える骨ばった両手を高く捧げ、『輝くトラぺゾヘドロン』に向かって膝をつく

「ああ、ついに……再びコレを目にすることが出来るとは……まさしくコレは、この宝は、ひととき、確かにこの我、ネフレン=カの手元にあったのだッ! 」

 

「ネフレン=カ……だって、まさか……」

 ジョジョは喘ぎ声を上げた。

 

「ジョジョ、その名前を知っているのか? 」

 ジョージが訊ねた。

 

「ええ……知っています。父さん」

 ジョジョの顔は、曇っていた。

「ネフレン=カは古代エジプトの王です、『暗黒のファラオ』と呼ばれていました。『這い寄る混沌』と呼ばれる邪神のための忌まわしい祭祀を行ったため、『その名を歴史から抹殺された』といわれています」

 

 ジョージが目を丸くした。

「ジョジョ、どうしてそんなことを知っているんだ」

 

「バチカンの歴史書に書いてありました。ジャイロ・ツェペシュが持っていたんです」

 ジョジョは言った。

「ネフレン=カの最後は、悲惨だったそうです。蜂起した民衆によって、窓のない神殿に死ぬまで閉じ込められた……と書かれていました。後日暴かれたその神殿の壁には、恐ろしい未来の予言や、冒涜的な呪文が壁一面に書き連ねられていた……と」

 

「ハハハハ……何とも素晴らしい。遥か未来の子供にまで、ワガ偉大な功績が知れわたっているとは……」

 ネフレン=カが目を輝かせ、ジョジョに近づいていく。

「ワガ主、『這い寄る混沌』様はイキのいい生け贄の生き血を御所望だ……『輝くトラぺゾヘドロン』は血によってその力を増していく……」

 

「クッ……」

 ジョジョは必死にあがき、なんとか拘束から逃れようとした。

 ネフレン=カは、ジョジョに近づき手を伸ばす……

「キサマの血を、命を、ささげよう……」

 ネフレン=カはジョジョの顔面に顔を近づけ、囁くように言った。

 その手が、怪しく動き、ジョジョの首筋に伸びる……

 

「止めろッ! 息子にさわるなッ! 」

 ジョージが叫び、檻に突進した。だが、人のちからでは、檻はピクリとも動かなかった。

 渾身の力を込めて、檻に拳を叩きつけ続ける。

 その拳が裂け、血がふりまかれる。

 だが、檻はびくともしない。

 

 ネフレン=カの手からカギ爪が飛び出した。その爪が、ジョジョの首に触れた。徐々に、少しづつ、カギ爪が肌をへこませて行く。

 ジョジョの首に爪を立てる。その肌に、血がにじむ。

 

「くそっ」

 ジョジョの顔が、無念にゆがむ……と、その顔が、驚きによってあんぐりと開いた。

 

「ゆっくり、苦しみながら血を流せ……」

 ネフレン=カがささやく……

 

 その時……

 

「ウリィャァ──ッ! 」

 突然、かけ声が響いた。

 

 その次の瞬間、ネフレン=カがぶっ飛んだ。

 

 そこに一人の若者が降り立つ。

 彼がネフレン=カを蹴り飛ばしたのだ。

 

「ジョジョッ! 何をやってるんだ。しっかりしろッ! 」

 その男は、フン と鼻を鳴らした。

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

「……まさか、君は……」

「…………フフフ来てくれたのね……」

「ああ、なんと言うことだ、まさか、君まで……」

 

「ジョースター卿、ごぶじでしたか」

 男は恭しく頭を下げて見せた。

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

 ジョジョが、その男の名をよんだ。

「ディオッ! 」

 

「ジョジョ……大丈夫かい? 」

 そう、そこにはディオ・ブランド―がいた。

 ディオは螺旋階段の踊り場から飛び降り、ネフレン=カに飛び蹴りをくらわせたのだ。

 ジョニィと別れたディオは、ジョジョがすべてのジャッカルの戦士達を殲滅させていたために、スムーズにこの遺跡にたどり着くことができたのであった。

 

「ききき、キサマッ! 」

 蹴り飛ばされたネフレン=カが、怒りに身を震わせながら立ち上がった。

「貴様のような下賎の身が、ワガ高貴なる体を足蹴にするなど……ど……」

 

 ネフレン=カは、怒りのあまり歯の根もかみ合わないほど震えている。

 

 その様子を見て、ディオは嘲笑した。

「フンっ! カビだらけの枯れ木野郎が、生意気に、いきがってるんじゃあないっ! 」

 ディオは返す刀でジョジョのあごに指を突きつけ、糾弾した。

「ジョジョッ! ……どうしたんだ、君らしくもない。その情けない姿はッ! 」

 

「ディオ……怪我はいいのかい? 」

 

 ジョジョの返答にディオは眉をしかめた。

「こんなかすり傷など……この期に及んで、俺を侮辱するのかい? 」

 

「そんなつもりは……君の怪我は、かすり傷なんかじゃあなかった。あれは命に支障が出るほどの重症だったんだよ」

 

「かすり傷だッ! 」

 ディオはフンと、笑った。

 

 いつの間にか、鳴り響いていた『奇声』が止まっていた。

 イング・ヴ・エィは、その触手で掴んだ『輝くトラペゾヘドロン』を、忌々しげに見つめたていた。

 その箱からひときわ太い煙が出たかと思うと、ふっと消えた。

 同時に『輝くトラペゾヘドロン』から、冒涜的な光が消えた。

「『輝くトラぺゾヘドロン』が動かぬ……ネフレン=カよ……キサマ」

 イング・ヴ・エィの触手が伸び、ネフレン=カの首を絞め、持ち上げた。

 

「ご、ご主人様……」

 首を絞められたネフレン=カが喘いだ。

 

 イング・ヴ・エィは、ネフレン=カの細首をつかみあげ……放り投げた。

「キサマ……『輝くトラペゾヘドロン』が働かんぞ」

 

 床に放り投げられたネフレン=カは、一転しておびえ、弱気な表情を見せた。

「そ……そんな」

 四つん這いになったその背中が震えている。

 

「この低能がッ! ……やはりキサマを選んだのが間違いだったか……キサマは、ただの『書記』が精いっぱいの分際であったかッ! ……名前もだッ! 貴様はやはり、ただのアニよ」

 

「なっ! そ、そんなことはッ! ! 、チャンスを、もう一度チャンスをッ! 次こそはッ」

 

「……これは、我が故郷に帰るためのただ一つの扉ぞッ! それをキサマ……次のチャンスだとぉ……」

 イング・ヴ・エィは憎々しげにネフレン=カを再び投げ飛ばした。そして、冷たくディオを睨み付ける。

「チョコマカとうるさいハエが湧いたかと思ったら、キサマか…………」

 

「フン……シャカ、貴様は良いカッコになったじゃあないか……」

 ディオが言った。

「ビビるのはやめたのか? ビビった方がいいぞ、『この俺様に』なぁ……」

 

「ククク……下等生物ガ、粋がるな……」

 

 シュルルル……

 

 イング・ヴ・エィの体から伸びた触手が、動き出した。

 触手に縛られているジョジョの顔が、苦痛に歪む。

「ウッ……」

 ジョジョは両手に力をこめ、触手を引きちぎった。だが、触手を引きちぎる先から、新たな触手がジョジョに巻き付く。

 

「ジョジョォォ、まってろよ……今、『助けてやる』」

 ディオはそう言うと、腰に下げた刀に手をやった。

 

 太い緑銅色の紐によってがんじがらめに編み上げられたその鞘を見て、ジョジョの顔色が変わった。

 それは『アヌビス神』の刀だったのだ。

 

 その刀身を抜いたものの精神を支配し、殺人鬼に変えてしまう妖刀……

「ディオッ、その刀は危険だッ」

 ジョジョがあせった。

 

「……大丈夫だ」

 ディオはジョジョの警告に耳を貸さず、両手に力を籠めた。

 

 ブチッ

 

 紐がちぎれた。

 

 ちぎれた紐それぞれが、シュルシュルと縮み、鞘と柄に巻きついていく。鞘に巻きついた方の紐は、グニャグリャとのたうつ蛇の模様を、まるで刺繍をするように、鞘に刻み込んだ。刀の柄に巻きついたほうの紐は、その柄をつかんでいるディオの手にも巻きついていく。そして、柄と手をその紐でしっかりと結び合わせた。

 

 刀が……『アヌビス神』が、ギラリと光を放った。

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

「……」

 ディオは無表情に『アヌビス神』の刀身をかざし、その刃の光を眺めていた。

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

「ディオ……」

 ディオがまたしてもアヌビス神に精神をのっとられていたら……ジョジョは、そんな懸念で冷や汗をかいていた。

 

 だが、その懸念は杞憂であった。

 

 ザシュッ!

 

 突然ディオが動き、素早く刀を振るった。

 すると触手が切断され、ジョジョの拘束が解かれたのだ。

 

「ディオ……君は、意識を保てているのかい? 」

 

「フン……当たり前だ。ボクを誰だと思っているのだ。同じ失敗はしないさ」

 ディオがニヤリと笑った。

「ジョジョぉ……手を貸せよ……俺とお前で奴らを倒すぞッ! 」

 

 アヌビス神に巻きつけられていた『紐』は、グレゴリオ・ツェペシュの能力(スタンド)、ホワイト・ゾンビ―ズの最後の一体、ゾンビ・スネークの『紐』であった。

 ゾンビ・スネークの能力は『封印』だ。

 鞘を抜いたものの精神を支配する力を持つ、『アヌビス神』と呼ばれたスタンドが一体化した刀。そんな危険極まりない刀を、グレゴリオはゾンビ・スネークの『紐』であらかじめ封印していたのだ。そして紐を断ち切って刀を鞘から抜いたとしても、ゾンビ・スネークの紐はまだ刀の柄の部分に残っている。その残っている紐が『アヌビス神』の洗脳攻撃からディオを守ったのであった。

「ああ、任せてくれ」

 

 ジョジョの答えに、ディオはニヤッと笑った。

 

『ディ……ディオさま、へへへ……』

 ディオの頭のなかで、『アヌビス神』が卑屈におもねってみせた。

『……こ、こんな《紐》なんて無くたって、バカなことはしませんよ。ウヘヘヘェ~~~~~~~』

 

(フン……どうかな、そもそもキサマは、バカではなく『大馬鹿』だからな……ゴタクはいい、働いて見せろ)

 

『ハハハ……、わかってまさぁ……』

 

 イング・ヴ・エィとネフレン=カは、ディオとジョジョの二人を憎々しげに睨みつけていた。

 ネフレン=カは、文字通り目を真っ赤に染めて震えつづけている。その口がブツブツと動いて、呪詛の言葉をまき散らしている。

 

 一方のイング・ヴ・エィは、険しい顔でゆっくりと魔方陣の中央から出てきた。不思議なことにイング・ヴ・エィが歩くたびにその後ろに足跡が残っている。その跡は黒く、銀色に光っていた。まるで乾いた地面の上をナメクジが通った跡のようだ。

 一歩、一歩、イング・ヴ・エィが近寄るたびに、その体から銀色の触手が飛び出し、触手の数を増やしていった。

 やがてイング・ヴ・エィが足を止めた。

 その頃には、体からあまりにも触手が飛び出しており、ほとんど人間の外見をとどめていないようなありさまだった。ただシャカの顔だけが、蠢く触手の真ん中でかろうじて人の顔を保っていた。

「死ネ……」

 その顔から、何の感情も込められずに言葉が発せられた。

 

「いくぞっ! 」

「うぉおおおおっ! 」

 ディオとジョジョは。打ち合わせをしたわけでもないのにほぼ同時のタイミングで、飛び出した。

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