ディオの奇妙な冒険 ManicStreet (ジョジョ1部+7部) 作:ヨマザル
「いくぞっ! 」
「うぉおおおおっ! 」
ジョジョは一直線にイング・ヴ・エィに突進していく。
ディオは一歩遅れて、その影の中を走るッ
「ギぃぃぃぃっ──ッ!」
ジョジョの体をイング・ヴ・エィの触手が襲うッ!
「うぉぉぉぉおおおっ! 」
触手が襲い掛かる直前、ジョジョは強く地面を蹴り宙を舞った。
目標を失ったイング・ヴ・エィの触手が、一瞬動きを止める。
ジョジョの背後にいたディオが、その一瞬を見逃さなかった。
「うりぃやっ! 」
ディオの手にある『アヌビス神』が一閃し、動きを止めた触手を切り裂いた。
「無駄、無駄、無駄っ! ! 」
ディオが吠えた。
ディオは『アヌビス神』をめまぐるしくひらめかせ、触手を切り裂きながら突き進むッ!
「くらえっ! 」
一方、宙を舞うジョジョは、空中で大剣を背中から引き抜いた。
身をひるがえして天井を蹴り、蹴った勢いでイング・ヴ・エィに特攻するッ!
ザシュッ! !
ジョジョの大剣は、狙い過たず、元はシャカの物であった頭部を切断した。
「やったか……」
だがイング・ヴ・エィは、シャカの頭部がふっとばされても、変わらずに動き続けるッ!
「くそっ……やはり、もう『人間ではない』のか……」
ジョジョは悔しそうな表情を見せた。
すかさず後ろに飛びのく。
直後に、その場をイング・ヴ・エィの触手が高速で襲う。
「厄介だな……だが、これで少しは時間が稼げたか……」
ディオはジョージ達の元に駆け寄っていた。
再びアヌビス神の刀をひらめかせると、今度はジョージとミナを拘束していた檻が切断された。
「ディオ……まさか君まで来てくれるなんて……」
檻から解放されたジョージ・ジョースター卿は、顔をほころばせた。
ジョージ・ジョースター卿は手を差し伸べ、ディオとしっかりと握手をした。
「大恩あるジョースター卿をお助けするのは、当たり前ですッ! 」
ディオは答える。
「……!? 」
ミナが顔を上げた。その体が震えていた。
催眠術を使うミナは、周囲の感情を把握することにたけていた。その能力が裏目に出てしまい、ミナは自分を取り巻く冒涜的なほどの悪意をまともに受けとめてしまっていた。
それゆえ、体の震えが止まらないのだ。
ミナは虚ろな目でディオの姿をただ眺めていた。
「ミナッ! 」
ディオがもう一度声をかけた。するとミナの体の震えがゆっくり、ゆっくりと止まっていった。
ディオはその肩をそっとかかえ、抱きしめ、安心させる。
「ヨシ、自分を取り戻したな?」
ミナとディオの視線がぶつかった。すると、まるでつぼみが花開くかのように、ミナの顔から険が抜け、笑顔が戻っていく……
「……ディオ ……クンッ? 」
ミナの声が少しずつ喜色を帯びた。
「アタシを助けに来てくれたのね……」
フン……
ディオは肩をすくめた。
「何を震えている……ミナ、しゃんとしろ。反撃を開始するぞ。とっとと、このかび臭いイカの化け物と枯れ木野郎を始末する……お前も手伝え」
「ええッ」
ミナは、目をキラキラさせながらディオの隣に立った。
「父さん……」
ジョジョは父に向かって何かを言いかけた。だがその言葉をジョージが制した。
「ジョジョ、ディオ……積もる話はいい、今は敵に集中しなさい」
ジョージが二人に言った。
「あの怪物どもは、まだ健在だ」
「ええ……ジョースター卿は、ミナと安全なところに……」
ディオはアヌビス神を構えた。
「僕とジョジョが、敵を引き付け、時間をかせぎます。その間に、なにか奴らを倒す作戦を……」
「とうさん……頼みます」
ジョジョが、両手剣を目の前に掲げた。
「むっ……」
ジョージは反論しようと口を開きかけ、がっくりと肩を落とした。
「そうだな、今の私には奴と戦うすべがない……」
「ディオ……私も戦うわ……」
すがりつくミナに向かって、ディオは首を振った。
「か…………いや、ミナ……お前はジョースター卿と一緒にいてくれ」
「ちょっ……さっきは手伝えって! 」
ミナの抗議に、ディオは微かな『笑み』を浮かべた。
「ミナ、お前は化粧道具を持ってきているのか? 」
「化粧道具は、持っていないわ……すべてとられた」
ミナは、しぶしぶと言った。
「……フン……ならば、お前は安全なところにいろ、ここは、俺たちに任せておけ」
ディオはそういい捨てると、ミナに背を向け、ジョジョの隣に立った。
「…………お前がジョースター卿を守ってくれれば俺は『助かる』」
ディオ・ブランドーとジョナサン・ジョースター、二人が『並び立ち』、敵を迎え撃つッ!
『&※〇∥#%|! ! ! 』
『殺るッ! 殺らいでか、小僧どもッ! 』
イング・ヴ・エィと、ネフレン=カがわめきながら襲い掛かってきた。
「ジョジョッ! 一人ずつだっ! まず一人、倒すぞッ! 」
「わかったッ! 初めに僕が突っ込むッ! ! 」
「おうっ」
ディオは、足元の小石をイング・ヴ・エィに向かって蹴り飛ばした。
同時にジョジョが動き出す。
大剣を肩にかけ、一直線にかけていく。
目指すのはネフレン=カだ。
「はっ、俺を狙うか……いいだろうッ、貴様から血祭りだッ! 」
ネフレン=カが笑い、懐から『古い巻物』を取り出した。
何やら不思議な『呪文』を早口で口ずさむッ!
「シネっ」
横からイング・ヴ・エィの触手が襲う。
だがジョジョは迫りくる触手を気にも留めず、ひたすら走る!
バシュッ!
ジョジョの体に触れる直前、触手がちぎれとんだ。
ディオがすべて切り倒したのだ。
ジョジョはその走る勢いを止めず、そのまま走り続ける。
ディオが触手をすべて切り払ってくれることを、確信していたのだ。
ダダダッ!
ジョジョがネフレン=カの目前に到達した。
大剣を振りかざす。
まるで空気をバターのように切り裂くほどの剛剣が、ネフレン=カをおそうッ!
「クラエッ! 」
ネフレン=カが叫ぶ、その手元から黒い光が放たれ……黒い穴を作る。
まずその穴から槍先が現れた、そして次にトサカの生えた兜をかぶった戦士が飛び出してきた。
ジョジョは知っていた。これは、古代ギリシャのトロイの戦士たちだ。
それも、一体ではない。何体もの古代ギリシアの戦士達が、次々と黒い光の中から現れるッ
『Xatu! 』
トロイの戦士たちは、槍を構えジョジョに向かって突き出すッ!
「ハッ! ! 」
一瞬早くジョジョは宙を舞った。ゾンビ・キャットの力で強化された脚力で、ロケットのように飛ぶッ!
「フンっ! 」
そのジョジョの背後には、ディオがいた。
ジョジョを見失った槍は、かわって、ディオめがけて超高速でまっすぐに繰り出される!
カンッ
槍は床をたたいた。
ジョジョの跳躍とほぼ同時に、ディオもまた水平方向に跳んでいたのだ。
互いにタイミングを計ったわけでもない、だが二人は、ほとんど同じタイミングでアクションを起こしていた。
「うりゃあっ! 」
横っ飛びに跳んだディオは、イング・ヴ・エィの体を横なぎにはらった。
ダンっ!
天井を蹴ったジョジョは、イング・ヴ・エィの体を縦に切り裂いた。
そして、襲い掛かってきたトロイの戦士たちの体を、横一文字に切り裂くッ!
「ウォオオリャッ」
ジョジョに続き、ディオがさらなる追撃を加えた。
ディオは縦横無尽に『アヌビス神』をふるい、十字に切り裂かれたイング・ヴ・エィをさらに細切れにした。
不思議なことに『アヌビス神』に斬られた触手は、これまでとは違いペタリと力なく床に臥した。
「Szgu2we……」
ついに、声にならぬ声を上げイング・ヴ・エィが崩れ落ちた。
『ΔΙΞΟΡδэ〇※#%? 』
トロイの戦士がガチャガチャと鎧を鳴らしながら、突然目の前に現れたジョジョの方に向きを変えた。
互いの槍が交錯し、一瞬絡まった。
その隙を逃さず、ジョジョが大剣を、水平な弧を描くように振るった。
胴をなで斬りにされたトロイの戦士達の姿が、消えた。
一拍おいて、残っていたトロイの戦士達の姿も消える。
ディオと『アヌビス神』が、残った敵を一掃したのだ。
「クォォォ──ッ! 」
「フンッ! 」
崩れ落ちる怪物を背にして、ディオとジョジョは再び刀を構えた。
その剣先は、残されたネフレン=カに向いていた。
ディオとジョジョが並び立ち、ジリジリと自分に向かってくる。
それをネフレン=カは楽しげに見ていた。
「ククク、時は稼げた。貴様らに、本当の狂喜を感じさせてくれるわ」
そう言うと……
ネフレン=カは大きく手を掲げた。その先に、なにやら、黒く、おぞましい、肉の塊が姿を見せる。
『テケリ・リ……テケリッ・リ』
妙に甲高い音が、その肉塊から漏れ響いた。おぞましい色をした粘液にまみれ、ヌラユラとしたその体表がヌタリと、脈打つ。
『空気が腐っている』と感じるほど鼻につく悪臭に、ディオとジョジョは、必死に吐き気を押さえ込んだ。
「喰らえッ! 」
ネフレン=カが、大声を上げた。
「闇をうごめくショゴスに食らいつくされてしまうがいいッ! 」
ジャイロ・ツェペシュが『鉄球の回転』の力をかりてようやく、辛うじて正気を保つことのできた怪物、ショゴスが目前でおぞましく蠢いている。
さすがのディオもジョジョも、その恐怖に絡み取られ『一瞬』ぼうっとなった。
その隙を突きショゴスが迫るッ!
「危ないッ! 」
唖然としていたディオとジョジョを助けたのは、ミナであった。
大柄な体格のディオとジョジョを小脇にかかえ、ミナはショゴスから距離をとった。
ミナは顔中を真っ赤な血で塗りたくっている。
その目に浮かぶのは、狂気だ。
「アああ……アンダ……ッタ…………たち、だっ、だっ、だいじょふッ! 」
キャハハハッ!
ミナは笑う。
その目は虚ろだ。
狂気がミナを侵食し始めている。
「……チッ……」
ディオは軽く舌うちして、ミナの頬を張り飛ばした。
「ミナッ! 落ち着け…………俺の目を見ろ」
ミナの襟首を掴み、揺さぶる。
すると、徐々にミナの顔から狂気が抜けて、正気に戻っていく。
「はっ…………ハ──」
一時的に狂気から解放されたミナは、ガタガタと震え始めた。
しゃがみ込み、頭と膝を抱えてうずくまる。
「わ……わ、わ、私は何で、こんなことを……イヤャッ」
「…………ミナさん、助けてくれてありがとう」
ジョジョがミナの手を握った。
「う、……でも、ダメだわ……アタシには、これ以上はあの化け物の相手は無理……」
ガタガタと震えるミナの肩を、ジョジョは優しく叩いた。
「……せっかく、ジョースター卿が『勇気』をくれたのに……」
(……オイ、まさか)
ミナのセリフに、なにやら気にかかるところがあり、ディオは慌ててジョースター卿の方をみやった。
そしてホッと胸を撫で下ろした。
右手を真っ赤に染めてはいるが、ジョースター卿は、無事であった。ディオと目があったジョースター卿は、コクリとうなずき、親指をたてて見せた。
つまり、ミナはジョースター卿の血を借りて自分に『血化粧』を施したのだ。
恐らくショゴスの恐怖から身を守るために、ミナはわざと自らを狂気に落としたのだ。『狂気を自ら呼び込む』暗示を施すために、血化粧をしたのだろう。
当然、『血化粧』がはがれれば暗示が解け、狂気もさる……という塩梅だ。
幸いなことにディオが恐れていた事態とは違った。ミナが無理やり血を奪ったのではなく、ジョースター卿が『自分から進んで』彼女に血を提供したようだった。そしてミナが本質的に持っている『残酷さ』が『狂気』とともに発動してジョースター卿を襲う……という事にもならなかった。
(フウ……ミナの奴がジョースター卿を襲っていたら、ジョジョの奴を使ってこの危機をやり過ごそうと言う俺様の計画が台無しだからな)
そう、ディオにはこの局面を打開するためのアイディアがあったのだ。
「……フン」
ディオは『アヌビス神』の刃で自らの親指の皮膚を切った。あふれ出る血をミナの頬に塗りつけ、はがれた血化粧を補う。
「ミナよ……俺の血も血化粧に足してやる……だから、落ち着け」
ミナの肌に、目の下に自らの血を塗り込んでいく。
すると……あっという間にミナの目から恐怖の色が剥がれ落ちた。
「ええ……そうね……」
ミナはホンノリと頬を染めた。だが、まだ狂気が抜けたわけではない。
むしろ恍惚とした表情を浮かべ、再び自ら降ろした狂気にとらわれ始めている……
「ククク……ディオくん……キャハハハ」
ミナが笑い始めた。
「あぁ〰〰たぁしぃ……『残酷』なのぉぉぉお……」
「……いいか、ミナ……落ち着け、俺を見ろ」
ディオはミナの両肩をそっとつかんだ。ミナの視界にショゴスが入らないように自分の体で視界を遮る。そして、後方のイング・ヴ・エィを指差した。
「お前はあの化け物を、あれだけを見張っていろ。動き出したら、俺たちに警告しろ」
「アハッ。わかったわ、アタシ、ジッと見てるルルッ」
ミナは素直に頷き、体育ずわりの姿勢で『まるで6才の男の子がカブトムシを眺めるように』イング・ヴ・エィを熱心に監視しはじめた。
「……」
ジョジョはその様子を痛ましくみやったが、余計なことは何も言わなかった。
ブゴォッ
と、ショゴスの肉塊の中心が、ボゴッと音をたてて凹んだ。
その凹んだ中心からに向かって肉塊が、流れ込んでいく。やがて、そこに黒い空間が現れた。
暗黒空間に、ショゴスの肉が見る見ると吸い込まれていく……
『デッ! ! ! デェケリ……リッ』
ショゴスが、金切声をあげた。
ショゴスは膨らみ、周囲からは肉塊が、溢れだした。溢れる肉塊は、すぐさま中心の暗黒空間に向かって流れ、飲み込まれていく。
「なんだ、あれは……いったいどうしたと言うのだ? 」
ディオは目を丸くした。嫌悪感で唇の端がぴくつく。
「怪物のどてっぱらに、穴が……穴があいてる? どういう事だ」
ジョジョも首をかしげた。その顔も、真っ青だ。
二人は知らない。
それはツェペシュ家の黄金長方形の鉄球の威力ッ! 4つの鉄球が作り上げた無限の回転が、暗黒空間への扉を開け、ショゴスを吸い込みつづけていたのだッ!
「どっ……どういう事だ? 」
ネフレン=カもまた、うろたえていた。
ネフレン=カが戸惑っている間に、『無限の回転』に巻き込まれたショゴスは、ついにその歩みを止めた。
ネフレン=カは、迷うように、手にしたパピルスの紙でできた本をぱらぱらとめくる。
「もはやジャッカルの兵団は通用せん……!? 、アプぺを呼び出すか? ……イヤ、あの巨体を呼び出しては、縦穴ごと全てがつぶれてしまう……」
ジョジョとディオがグングン近づいてくる。
だが、『無限の回転』に巻き込まれ続けていたとしても、ショゴスは脅威であった。
前方に触手を伸ばす代わりに、ショゴスはその体表から、どんどんと肉を増殖させていった。その肉から、鼻を刺す腐ったような刺激臭がした。
やがて、黄金長方形が肉を吸い込む量と、ショゴスが増殖する肉の量が、徐々にバランスしていく。
そして、再び、ショゴスが動き出した。
だが、その動きは遅かった。
ショゴスがほんの少し歩みを止めていた間に、ディオとジョジョはほぼ目的地:ネフレン=カの目前に到達していたのだ。
ネフレン=カは悲鳴を上げた。
「ウヒッ」
ネフレン=カは、四つん這いの情けない姿勢で、地面をはいずるように、二人から距離を取ろうとした。
「フン……無駄っ! 」
逃げ惑うネフレン=カを追いかけて、ディオとジョジョが走るッ!
「ウォ──ッ! ! 」
ジョジョが手にした煉瓦のかけらを、ネフレン=カに向けて思いっきり投げつけた。
ゾンビ・キャットの力で増強され、ジョジョの怪力から繰り出された煉瓦は、驚くほどの破壊力を持っていた。
まともに喰らったネフレン=カの左肩が、吹き飛ぶッ!
「ヒィ──ッ」
ネフレン=カは床に這いつくばり、悲鳴を上げた。
だが、その手には、いまだ『輝くトラぺゾヘドロン』が握られていた……
「ディオォォッ! 」
背後からミナが叫んだ。
「!? 」
次の瞬間、ディオとジョジョの腕から、とつぜん血飛沫が舞った。
イング・ヴ・エィの触手が、背後からジョジョとディオを襲ったのだ。
力尽きかけているイング・ヴ・エィは、ほんのチョッピリ、ディオとジョジョの肌を切り裂いた。そのままシュルルルと延びていき、ネフレン=カの持つ『輝くトラペゾヘドロン』を包みこんだ。
「なっっ……なんだとぉ」
ディオの顔が怒りにゆがむ。
ジョジョとディオの血……
強靭な意思を持つ、『光』と『闇』、『星の光を夢見る者』と『泥だらけの大地を直視する者』、『黄金』と『漆黒』の精神を持つ者たちの、血……それが、『輝くトラぺゾヘドロン』に触れた。
ゴボォォオオオッ! !
突然『輝くトラぺゾヘドロン』が、白く、しかも黒く、輝き始めた。
その『輝き』の中から、黒い翼と三つに分かれた燃え上がる目が、闇の光の中で浮かびあがった。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……
その燃え上がる眼ッ!
非人間的な、冒涜的な視線が人間たちをめねつけるッ!
その眼に見つめられた人間たちは、瞬時に『本能的な』『圧倒的な』嫌悪感と、恐怖感に襲われた。
「ううっッ……」
ディオの目の端に、ミナが耐え切れなくなって涎を垂れ流しながら泣きわめいているのが見えた。
ミナは『眼』の力に負けたのだ。
だが、ディオも、ジョジョにも、ミナを助けに向かう余裕はなかった。二人とも、その凶悪な眼に見つめられ、何とか正気を失わずに耐えるだけで、精いっぱいだったのだ。
ギリ……
気のせいか、少しずつ眼が大きくなってきたように、思えた。
グニャリ……
視界か、それとも周囲の空間か、目に映る景色がゆがんできたように、思えた。
「ウヒャヒャヒャ」
ゆがんだ景色の奥で、ネフレン=カが下品な笑い声をあげていた。
その手には、ディオとジョジョの血に濡れたイング・ヴ・エィが、巻き付いていた。
「『輝くトラペゾヘドロン』がよみがえったゾ…………ククク……ディオ・ブランドー、ジョナサン・ジョースター、貴様らはウロチョロと我々の目的を邪魔するゴミくずのような奴らだったが、最後には素晴らしい貢献をしてくれたな……礼を言わなければ、ならんなぁ」
『輝くトラペゾヘドロン』の放つ冒涜的な光が、淫らにその強さを増していく。
地面がカタカタと揺れ始めた。
やがて縦穴全体が大きく揺れ始めた。
だが、その光によって、『輝くトラぺゾヘドロン』の奥に見えていた凶悪な眼の重圧が、逆に和らいでいた。
二人には、それで充分であった。
「ジョジョォッ! 」
ディオはジョジョの襟首を掴んだ。
「答えろ、ジョジョッ! お前は、ツェペシュのヤツの本を読んだと言ったな……答えろ、あれはなんだ? ……これから何が起こるッ !? 」
「わからない」
ジョジョが苦しそうに答えた。
「だがジャイロたちの持っていた本には、この世には、星々の間に住む邪悪な怪物を呼び出すための品々が残されている……と書いてあったよ……きっとあれも……『輝くトラぺゾヘドロン』も、そうなんだ。あの眼は……きっとその怪物の物だ……星々の間に住む邪悪な怪物が、呼び出されたんだ……」
ジョジョの答えを聞き、ディオは不愉快そうな顔をした。
「邪悪な怪物……だとぉ? なんだ、それは」
チッ、形勢不利か……
ディオは逃げ場を探そうと、こっそり辺りを見渡した。だが勿論、そんな都合のよい物はなかった。
(くっ、どうする)
ディオの顔に、初めて焦りの色が浮かんだ。
と…………ふと気がつくと、ディオの脳のなかで、なにやら『アヌビス神』が必死に話しかけていた。
(なんだ、話せ……)
『ディッ、ディオの旦那ッ……聞いてくれ。おらあ、あの化け物たちを知っているッ! 』
アヌビス神は息急ききって話しはじめた。
(なんだとぉ……)
ディオは目を向いた。だが理屈は会う。確かに、この妖刀も古代エジプト時代に作られたものだ。年代を考えれば、妖刀もネフレン=カの弱点を知っていてもおかしくはない。
本当ならば、それはチャンスだ。
(ならば、奴の弱点を言えッ! ! 早くだッ……言わねば、その錆びかけたヘボい刀身をへし折るッ)
『ハッ……ハイィッ』
アヌビス神の声が、裏返った。
『弱点は血デス。あそこにある《輝くトラペゾヘドロン》は血を拭いとりさえすれば、召喚された元の場所に戻り、ただの石っころに戻りまさぁ……へ、へへ』
(なるほど……ではもうひとつ教えろ、あれを放置したら、どうなる? )
『ディッ、ディオさま、そいつはヤベーっすッ! 今あれを放置したら、俺もアンタも、イヤ、この地球のすべてが、おしまいっすよ……』
(ハッ……たかが、チョッピリ不気味な石っころのせいで、か? )
アヌビス神の声が、さらにイチオクターブ高くなった。
『ありゃあ《石っころ》なんかじゃねぇ~~~~~~~~~~っす。《輝くトラペゾヘドロン》は、《この宇宙のどっかにある地獄みてぇな場所》と、この場所との間に《ばかでっかいトンネル》を開けるんすよ……それで現れるのは……』
カタカタと、『アヌビス神』が鳴った。
『…………む、昔、《まだ人間だったころ》、お、俺は見たんスよ。あ、あ、あのいしっころのさ、さ、さ、さ、先がつながっている洞窟かか、か、ら、ハハバ、バケモンが……やって来るのを~~~~~~~~』
(……………………)
ディオはチラリと背後を確認した。
そこにはミナの姿が見えた。
その姿の上に記憶のなかの『母親』が被る。
母親は、もう遠い思い出のなかにしか存在しない。
あのクリスマスの夜……父親に殴られ腫れ上がった顔で、それでもうれしさいっぱいで『母親』に手を振った幼児の頃の自分も、もうどこにもいない。
あの時の自分は、あんな状態でも、それでも確かに《幸福》を感じていた。
『母親』が笑っているのを見て、ただただ《嬉しかった》。
今の自分ならば、そんなことを《幸福》だと決して思わない。
そもそも《幸福》など求めていない。
《幸福》などと言った、クソほどの役にも立たない感情。
そんなものに今の自分の《満足》は無い。
……だがあの頃の『幼児の自分』も、確かにこの『ディオ』であったことには違いない。
心が、決まった。
フゥ────……
ディオは、大きな、大きな、ため息をゆっくりとついた。
これから自分がやろうとしていることがいかにばかげたことであるのか、それは自分自身が良くわかっている。
だが心を決めたのだ。
「ジョジョよ……聞いてくれ」
ディオが言った。
「お……僕は今から、あの化け物に特攻をかける」