ディオの奇妙な冒険 ManicStreet (ジョジョ1部+7部)   作:ヨマザル

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離別と再会

 ディオ、ジョジョ、そしてジャイロの三人はエジプトの複雑な小道をメチャクチャに走りとおした。そしてかろうじて、騒ぎを聞きつけた憲兵が現場にやってくる前に、無事に安全な場所に移動する事に成功した。

 

「もういいか。オタクたち、危なかったな」

 どことも知れぬカイロの裏道の真ん中で足を止め、ジャイロはハーハーと息を切らせながら言った。

「もう少しあそこにいたら、厄介なことになっていたんじゃあないか? 」

 

 もちろん息を切らしているのは、ディオも、ジョジョも一緒だ。ここルクソールの気温は高く、空気はカラカラに乾燥している。ただ突っ立っているだけでも汗だくになるほどなのだ。

 

「ああ、チョッピリ危なかったな」

 ディオが言った。

「あの時点で何とか逃げ出せて正解だった。あそこに居つづけたら、今頃エジプトの検察にしょっ引かれて濡れ衣を着せられていたかもしれないな……ボク等は宗主国イギリスのパスポートがあるから何とかなるとしても、ジャイロ、君は特にヤバかったかもな」

 

「オイオイ、助けたのは俺だぜ……」

 ジャイロは苦笑いした。

 

「そもそも、彼らはなんで僕たちを襲ってきたのだろう? 」

 ジョジョが顔を曇らせた。

 

「さぁね……だがジョジョ、あれは僕たちを襲ってきたワケではないのかも知れない。もしかしたらただただ無差別に周囲の市民に攻撃したのかも」

 考え、考え、ディオが言った。

「考えてみれば、あんな不気味な奴らに僕らが狙われる理由はないじゃあないかな。敢えて言えば、僕たちがイギリス人だからというぐらいか……だからもちろん、すべてのイギリス人に恨みを持っているエジプト独立派が僕たちを襲った可能性もある……しかし……」

 ディオは首を振った。

「奴らが僕らを襲ってきた理由は、見当もつかない」

 

「なんにせよ、俺たちは奴らを撃退したわけだ」

 ジャイロがニョホッっと笑った。

「奴らの正体はオイオイわかるさ。あれだけのドンパチをやって、正体が不明のままでいられるわけはないんだからよぉ」

 

「……」

 ジョジョは首をひねった。汽車で彼らを襲ってきたミイラ男は確かに自分たち、イヤ、ジョージの持っているものを目当てに襲ってきたようにジョジョには思われたのだ。

 襲撃者たちが、あのミイラ男の仲間であったとしたら……ジョジョにはその可能性は高そうに思えた。

 だが、ジョジョはミイラ男についての自分の考えを口にする代わりに、まったく別のことをジャイロに尋ねた。

「ねぇジャイロ」

 ジョジョが尋ねた。

「君のあの技はどういう理屈なんだい? 君が投げてくれたあの球……それに触ったら全身の力が抜けてしまったよ。あの威力はスゴイ」

 

「大したモンじゃあないさ」

 ジャイロは肩をすくめた。

「あれは……『鉄球の回転』は、俺の一族に代々伝わるただの『技』だ……俺に言わせればアンタ達こそ驚異的だぜ。オタクたちは、別に特殊な戦闘訓練を受けたわけじゃあないんだろ? なのに良くあそこまで動けるもんだ。大したものだ」

 

「ハッ、僕達があんなゲスに遅れをとる訳がないさ」

 なぁジョジョ?

 ディオが肩をすくめた。

 

「ねぇジャイロッッ、教えてくれないか? 君のその鉄球は…… 」

 ジョジョはまだ、ジャイロの鉄球の秘密にこだわっていた。

 

 だがジャイロはただ首を振って、自分の唇に指を当てた。

「わるいが企業秘密って奴だ。この鉄球については詳しい話はおいそれとできねー」

「でも……」

「……ジョジョ、確かに鉄球の謎の力は気になるが、今はまずもっと差し迫った事を話そう」

 なおも聞きたげなジョジョの言葉を途中で制し、今度はディオがジャイロに尋ねた。

「どうして助けてくれたんだ? 僕たちを見捨てる事も出来たろうに」

「……アンタ達は『白……光』だったからな」

 ジャイロはなんだかよくわからない理屈を使った。

「『光』を助けるのは当たり前だ」

 

「『光』だって、? 何の事だ? 」

 ディオが困惑して訊ねた。自分の本質が『闇』だと言うはっきりした自覚はあるのだ。

 

「ああ……まぁそうだな、『そっちについて』は説明しておいた方がいいな」

 ジャイロは髪をかきあげた。

「じつは、俺はネアポリスの政府に対して公的な役目をもっているのさ。役人って奴だ。そしてここに来た理由は観光じゃあない。政府の仕事である『人物』を追うために来たのさ」

 

「政府の人間……警官みたいなものか? 」

 ディオが顔をしかめた。

 

「それで、誰を追っているの」

 ジョジョが尋ねた。

 

「ああ、俺は……俺達は我が国の国王を暗殺しようとしたテロリストを探している」

 

「テロリスト? 」

 

「そうだ。奴は国王を暗殺しようとして『失敗して』、このエジプトに逃げてきた」

 ジャイロが言った。

「奴はネアポリスを共和制に革命しようとしていた。もちろんその企ては惨めに失敗したさ。──―俺らがつぶした。だから、仲間とともにこのエジプトで再起を図ろうとしているってワケだ──―それを俺たちが追っている」

 

「俺たち? 」

 

「そうだ、俺と……護衛官のジーサンの二人だ」

 がみがみジーサンだ。ジャイロはヘッと肩をすくめた。

「捜査の中で、奴がエドフを目指してナイル川をさかのぼっていると言う証拠が手に入ったのさ。だから俺が観光客のふりをして船に乗り込み、乗船客を手当たり次第に調べて回ってたっていワケだ」

 

「そうだったんだ。それで、怪しい人はいた? 」

 

 ジョジョの質問に、ジャイロは肩をすくめて首を振った。

「まだわからん。奴は変装の名人でな……年齢も、性別までごまかしてヨボヨボの爺さんに化けたりできる奴だからな」

 

「性別と年齢……オイ、お前が追っているのは若い女なのか? 」

 

「はっきりしたことはわからねぇ──だが、たぶんな」

 ジャイロは肩をすくめた。

「ボランティアは終わりだ。俺は捜査に戻るぜ、お前ら……気をつけろよ」

 そう言い捨てるとジャイロは二人をおいて、カイロの薄暗い路地の奥へと姿を消していった。

 

 

◆◆

 

 その後、ジャイロと別れた二人はノロノロとホテルへ帰っていった。道中二人は、疲れ切っていたこともあり、互いにほとんど口を利かなかった。

 

 そしてホテルに近づいた時だ。

 二人はホテルの入り口に人だかりができているのを見つけた。不穏な気配が確かに周囲に漂っていた。

 

「ディオ……」

 

「ああ、隠れよう。あの騒動で僕たちの顔がばれていたのかもしれん……まずいな」

 

 だが人だかりの人々は皆、ホテルの入り口を注視しているだけであった。

 やがてザワッとざわめく声がした。その数秒後、ホテルの入り口から誰かが出てきた。人だかりがその人物を取り囲む。

 物影に潜んでいたディオとジョジョは驚愕した。

 

 その輪の中心にいた人物は……

 

「馬鹿なッ! あれはッ」

 ジョジョが叫んだその先にはッ 

 人だかりを作っていたのはイギリス将校の制服を着た兵士たちであった。その兵士たちの中に……

 

「馬鹿なッ、父さんが……」

 

 ジョージが後ろ手をきつく縛られ、立っていたのだ。

 その周囲を警官隊が取り囲み、異様なまでに周囲を警戒しながら、馬車に向かって護送していく。

 ジョージは連行されるときに殴られたのか、口から血を流しているようであった。

 

「とっ父さんッッ」

 

「待てッッジョジョォッ! 」

 ディオは、とっさにジョジョの手を掴んだ。

 父親に向かって駆け寄ろうとするジョジョを力いっぱい引き留める。

 

「ディオッ! 邪魔をするなッ! 」

 ジョジョはディオの手を振り払った。その目は決意に満ちた目だ。

 その目はディオとジョジョが初めて殴り合いの喧嘩をした日、あの日のジョジョの目にそっくりであった。

 

「落ち着けッ! 僕達がやみくもに突っ込んだところで、ただ兵隊に捕まるだけだッ。無駄だッ」

 ディオは必死にジョジョの手を引っ張った。

 

「だっ……だけど僕には父さんを見捨てることはできない」

 ジョジョはなおも強情に言った。

 

「だからと行って、お前までつかまってどうする。チャンスを待つんだ」

(クッ! 今こいつに出て行かれてはマズイッ。俺までつかまってしまう)

 ディオは口調を改めて、ゆっくりとジョジョに話しかけた。

「ジョジョ、当然ジョースター卿は僕たちで助ける。だが、その為には考えなしに飛び込んではダメだ」

 

「……わかっているよ。君は正しい。だけど……」

 ディオとジョジョの視線がぶつかり合う。

 

「ジョジョ、まずは後をつけるんだ。ジョースター卿を助け出す隙を探そう」

 ディオは勤めて冷静さを保とうと平坦な口調で言った。

 

「……わかった」

 ジョジョはうつむいた。

 

◆◆

 

「ディオどうだい? 変わりはないかい? 」

 

「……ああ、奴ら中々隙を見せない」

 

「見張りを代るよ」

 

「ああ、悪いな。ジョジョ……体力を回復させるために僕は寝る。何かあったら起こしてくれ」

 

「わかっているよ、ディオ」

 

 ディオは傷む肘をさすりながら、少しでも風が来なそうな場所を探した。そして良い場所を見つけると、そこに体を押し込み少しでも一眠りしようと目を閉じた。

 

 その夜、ディオとジョジョは、ジョージが連行された粗末な建物から少し離れた家の屋根の上に潜み、ひそかにジョージを助け出すチャンスをうかがっていた。

 だが連中には今のところ目立った動きはなかった。

 

(クッ……だが、これは無駄じゃあない。ジョースター卿をここで助け出しておけば、より深く奴らの『信頼』を掴むことが出来る)

 さて、次はどうするか……

 深く考えこんでいたディオを、ジョジョがつついた。

「どうしたんだ、ジョジョ? 」

 

「奴らに動きがある……どうやら父さんを連れてどこかに行くようだよ」

 

「よし……後をつけるぞ」

 

「急ごう、こっちだ」

 ジョジョ軽々と屋根を下りると、そのあばら家の陰に隠れた。後をついてきたディオを待って、ジョージの監禁されている建物の裏口を指差す。

 

「ジョジョ、奴らは表口から堂々と出てくるんじゃあないか? 」

 

 ジョジョは首を振った。

「ホラ、あの周囲の男たち……彼らは父さんがホテルから連れ出されたときにもいたよ」

 

「なんだって? 」

 

「僕の考えでは彼らもグルさ。彼らが裏口にいるってことは、きっとこちらから父さんを連れ出すつもりに違いないよ」

 

「なるほど、一理あるな」

 ムム……ジョジョのクセに…………ディオはなんとなく面白くない気分でうなずいた。

 はたしてジョジョの言葉は正しかった。

 さほど時間が経たないうちに、馬車が裏口に到着し、そして待ち構えていたように裏口のドアが開いた。

 開いたドアから両手を縛られたジョージが顔を出した。ジョージは周囲を軍人に囲まれたまま、馬車に乗せられた。

 殴られたのか、ジョージの顔は晴れ上がっていた。連行されることに特に抵抗していなかったが、だがジョージはクッと顔を上げ、終始堂々とした立ち振る舞いであった。

 

「……追いかけるよ」

 

 走ろうとしたジョジョの手を、ディオはあわてて引き戻した。

「まてよジョジョ、相手は馬車だぞ。僕達も馬車を拾おう」

 

「……それは止めた方がいいよ、ディオ。もしここで僕たちが馬車を拾ったら、ぜったいに彼らに感づかれる。それよりも路地を急ごう。馬車が通れる道は限られているし、この道のデコボコな感じだと、馬車も速度が出せないはずさ」

 ジョジョはそういうと、ジョージの乗った馬車を先回りして待ち構えるべく、路地を急いだ。

 

(……危機に瀕した際の変わりよう……これまでのボンクラ顔が信じられんほどの集中力だ。忌々しいが、やはりコイツは侮れん)

 ジョジョの背中を追いかけ、ディオは一人ごちた。

 

 ジョージを乗せた馬車は、ルクソールの市街を抜け、ナイル川の岸辺の桟橋に留まった。

 そこには、ディオ達がやってきた船がまだ停泊していた。

 そして、その横に見るからにスピードが出そうな黒い屋根つきのカヌーが停泊していた。

 時折、乾いた風が土ぼこりを巻き上げている。巻き上げた埃はナイル川に吹き付けられ、川を赤茶色に染めている。

 

 二人が見ている間に、ジョージはそのカヌーに乗せられた。助け出せるような隙は無かった。

 間髪入れずにカヌーは岸部を離れ、ナイル川を下っていく。

 

「しまった」

 離れていくカヌーの動きを感じてディオは頭をかいた。

 ジョージを助けなければジョースター家の遺産を相続することはできない。だが川を下っていく連中を追いかけるのは無理だ……

(やむを得んか、なに……俺は一人だって生きていける……むしろ今よりもうまくやれるさ……いや待てよ、もしここでジョージとジョナサンの二人が行方不明になれば、俺にとっては好都合じゃあないのか? )

 ディオはジョージの事を瞬時に切り捨て、今後の新たな計画をたて始めた。

 

 一方ジョジョは、すぐさま近くにいたラクダ使いを捕まえて、二頭のラクダを売り渡すよう交渉していた。

「君ッ、頼む。このラクダを売ってくれないか? 僕のこの懐中時計と交換してくれないか? ……」

「▽★★☆@XXXX」

「わかっている。懐中時計にプラスして10ポンドもつけよう……イギリスの紙幣だよ」

 手早く交渉をまとめ、二匹のラクダを手に入れたジョジョは、ディオを振り返った。

「ディオ、このラクダで陸路を行こう。まだ追いつけるッ……ディオ? 聞いているのかい? 」

 

「……ジョジョ」

 ディオは黙って首を振った。

 立ちどまったまま、動かない。

 

ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

「ディオ……どういうつもりだい」

 ジョジョが眉をひそめた。

 

ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

「ジョジョ……やはり無理だよ。残念だが、後は警察に任せよう」

 ディオが『入念に作った』悲しみの表情で、ジョジョに話しかけた。

「僕たちには土地勘がない。これ以上、ジョースター卿を僕たちだけで追うのは無理だ」

 

「……ディオ、本気で言っているのか? 」

 

「ああ、悲しいが、現実的な対応を考えないと……」

 

ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

 ディオとジョジョ、しばらくの間、二人は黙ってにらみ合っていた。

 

「ディオ、見損なったよ……僕は父さんを助けに行く、止めても無駄さ」

 ジョジョはディオをにらみつけ、ラクダの背にまたがると振り返ることなく川沿いを走り去った。

 

「フフフフ」

 ディオは、不思議なほどに開放感を感じながら、ジョジョが去っていくのを見送った。

(クックックッ、これで俺の計画は『為る』ジョージとジョナサンがここで死ねば……)

 

 と、その時、ディオの脳裏にジェフェリーとジョニィの顔が浮かんだ。

(まてよ……もしこのまま首尾よくジョージとジョジョが死ぬか行方不明になったとする……その遺産を受け取るのは誰だ……冗談じゃあないッッ……俺はまだ養子になったわけではないッッ! 今なら、ジョージの遺産はすべてジェフェリーの手元に入ってしまうッ、俺の計画が狂うッッ)

 ディオは一人、歯噛みをした。

 

◆◆

 

「ついたぞ、エアネドポリスに……」

「早く、入り口を探せ」

 

 狭い、石畳の路地。

 瞬く星のほかに明かりがない真の闇の中、何人か男達が路地に集まっていた。ヒソヒソ声で話しながら何やら探っていく。

 

「あった、ここだ」

 

 やがて、その男たちがとある建物の壁のひび割れに手を突っ込み、なにやらいじると 道路の床の一部がポカリと穴が開いた。やった……ホッとした空気が男の間を吹き抜ける。また、男たちの雑多な話し声が、夜の街に響く。

 

「チッ……ようやく砂漠を抜けたと思ったら、辛気臭せぇ地面の下にモグラにゃならんとはな」

「それが、俺たちの仕事だ。まあ、これが終わったら一杯やりに行こうぜ」

「お前、この間のポーカーの負けを覚えてるな。次の一杯はお前のおごりだぜ」

「ケッしみったれ共め……わかってんよ」

 

 ぶつぶつ言いながら、その穴へ男たちが入って行った。

 

 物陰に隠れていたディオが、すぐ近くでその光景をこっそり見ていた。

 結局ディオはジョージを助けるためにもう少し頑張ることにし、ルクソールで小舟を盗んでジョージが監禁されている船を追いかけて来たのだ。

 

「……エアネドポリス? なんだ、それは? 」

 ディオはポツリと言った。

 

 歴史に詳しいジョジョならばわかったであろう。だがディオは知らなかった。

 

 エアネドポリス、それはカイロ郊外に広がっていた古代エジプト時代の都市だ。

 夜の都市とも呼ばれ、エジプトの創世神話の中心地でもあった。

 だが現在、その都市はとっくの昔に砂に覆われ、その上には拡大してきた新たな都市 ──カイロの新興高級住宅街── が立ち並び、もはや跡形もなく消えてなくなったはずであった。

 

 そんなことは知らないディオは、憲兵隊を追ってその穴の中にこっそりと入りこんだ。

 竪穴の奥には石造りの小さな扉があった。

 カンテラで照すと、扉には細かな彫刻が施されていた。角を生やした神々が足元にひざまづく外の生き物に号令をかけている絵だ。

 その絵の意味をディオは知らない。

 何の感慨もなく彫刻を眺め、扉を押した。

「よし……ヤツラ鍵をかけなかったようだな、開くぞ……」

 扉は、拍子抜けする程あっけなく開いた。

「ウッ……暗いな」

 ディオはあらかじめ用意していたランタンのフードを少しだけ開け、あたりを照らしてみた。

 少しだけしか開けなかったのは、ディオが追っている憲兵隊にランタンの明かりを見られたくなかったからだ。

 扉の奥に一筋の光が入った。日干し煉瓦で舗装された真っ暗な小道が伸びているようだ。

(よし……)

 ディオはランタンのフードを降ろした。真っ暗になった道に躊躇なく踏み込んでいく。

 埃っぽい空気を直接吸い込む事を避けるため、懐からハンカチをとりだし、そこに香水を数滴たらす ──ミナ・ハーカーに貰った気付け様の香水だ── そのハンカチを口にあてる。

 そうやって暗闇の中を歩くこと数刻、ディオの手が何かに触れた。

 

 次の部屋につながる扉のようであった。

 カンテラのフードを引き上げてそっと扉を照らす。するとそこには、神々をかたどった絵が刻印されていた。9柱の神々だ。

 

(フム……扉の奥には人の気配はしないようだな、だが太古の遺跡だ。罠がないか慎重に調べなくてはならん)

 ディオは精神を集中し、余計なものに触れないように注意しながら、そっと扉を調べた。

(この扉自体には特別な細工はないようだな。では、周囲の壁は? 床はどうだ? )

 

 まず、壁を舐めるように調べ、危険なくぼみや穴がないか調べる。

 次に床に這いつくばり、不自然な切れ込みやぐらぐらする床石が無いか調べる。ひんやりとした感覚が床石に触れた指から感じたが、特に不自然なものは無いようであった。

 その他、ディオはありとあらゆる綿密な調査をした。

 幾時間もかけて調査をし、もう調べつくしたと納得できたところで、ディオは意を決して扉を押した。

 予想通り、扉はカタン と音を立てて簡単に開いた。扉の奥は、漆黒の闇が拡がっていた。

 

「ウッ……ゲホッ」

 もうっと舞い上がる埃に咳き込みながら、ディオはカンテラのフードをすっかり取り払った。

「何なんだ、ここは」

 

 カンテラの明かりに照らされたのは、古代エジプトの神々の彫像がところ狭しと並べられた、踊り場のような空間であった。

 犬や猫、鳥の頭を持つ神や、いかにもエジプト風の隈取が施された神々の彫像が、ランタンの赤い光に淡く照らされ、ぼうっと浮かび上がる。

 細長い部屋は、数メートル進んだ先で折れ曲がり、階下へと続く階段のある小さな広間に接続していた。

 

「ムッ……奴等の足跡が残っているな」

 小部屋の床に分厚く積もった埃の上には、何人かの足跡が残されていた。

 ディオはその足跡の上を慎重に進んでいく。細心の注意を払い、自分の足を残された足跡の上を寸分たがわず乗せて、一歩、一歩進んでいく。それは、この遺跡に仕掛けられているはずの罠を避けるためであった。

 だが、慎重に一歩一歩進んでいったディオは、角を曲がったところでその先の光景を見て思わず悪態をついた。

 

「くっ、厄介だな」

 そこには、カッと目を見開いた憲兵の死体が転がっていたのだ。

 

 憲兵の体中に矢が突き立っていた──その矢は少し前にジョジョとディオに突然襲いかかってきたジャッカルの戦士が持っていたものと同じだ──周囲の様子から判断すると、憲兵は廊下の壁に掘りこまれていた棚に乗せられていた美しい彫像を手にして……おそらく彫像をどけた事で罠のスイッチを動作させたのだろう。

 

 カンテラの覆いを取り周囲を照らしたディオは、眉を少ししかめた。

 ディオが見つけた憲兵の死体のその先にも、ほかの憲兵隊の死体が転がっていたのだ。

 おそらく壁から槍か何かが突然突き出されたのだろう。すべての憲兵の死体に丸い穴が開き、その体から流れ出た血が、床を染めていた。

 

 その時……

アァアアアアアッ! 

 

 ディオの明かりに反応したのか、廊下の奥から叫び声がした。

 

 その直後、

ズリ……ズリ……

 

 廊下を這いずる音がして、何かがディオの方へ近づいてくるのがわかった。

 

「チッ……」

 ディオは、この遺跡に潜入する前に抜け目なく手に入れていた拳銃を懐から引き抜いた。カンテラに再び覆いをかけ、倒れている憲兵の死体の陰に隠れる。

 

ズリ、ズズズズ……

うぉおおおおおおおお……

 這いずる音がだんだん近づいてきた。

 

(ムッ……これは? )

 ディオはカンテラの覆いをぱっとはねのけると、闇の奥に向かって声を出した。

「そこにいるのは誰だッ? 」

 

「おっ……オラァだッ! だん ……な……あ…………が……てぇ」

 暗闇から現れたのは、血だらけの憲兵であった。その憲兵は、口からあぶくをブクブクと吹きながらも必死にはいずりながらディオの方へ近づいてきた。

 その太ももに槍が刺さったらしく、右の太ももは無残にもえぐれている。

 

「お前ッ! そこで止まれッ! 」

 

「ァ ……アアア……」

 血だらけの憲兵は、素直に立ち止まると明後日の方を向いて懇願した。

「ダ……ンナァ……助けてッ」

 

「ムッ……貴様、目が見えないのか? 」

 

「何にもみえませぇんんん」

 憲兵がすすり泣いた。

「あたりが真っ暗でぇええす。お願いだ……ここから出しておくんなせぇ」

 

「ウム……まず、何が起こったか話せ」

 

「いってぇええええ……治療をッ」

 

「さっさと話せッ! ! 何があったッ」

 

「ハぃィィツ! 」

 男は震える手で懐から小箱を差し出した。

「……アッシらは例の男が持っていたコイツを運んでいたんですゥ……いつも通りここの通路を歩いていたら、突然槍がッ」

 男はすすり泣き、そして、突然血を吐き出した。

ああああぁぁぁいったああああいいッ! 

 

ゴブッ!

ゴブッ!

 

 男がせき込むたびに血が床にまき散らされる……

ダッ……旦那、助けて…………

 男は再びディオの声がする方に向かって、這いよっていった。

 

(なんだ? 血を吐いたぞ……それに、失明しているようだ、これは……槍に毒でも塗られていたか? )

「……わかった、助けてやろう」

 ディオは冷静に言った。

 そして拳銃を構え、苦しんでいる男に向かって躊躇なく引き金を引いた。

 

パンッ

 

 思ったより軽い音がして、男のこめかみに丸く穴が開いた。

 男は前のめりに倒れ、動かなくなった。

 

「慈悲を施してやった……『感謝』して死んでいけ。お前は、これでもう苦しむことはないってワケだ」

 そういうと、ディオはこと切れた男が差し出していた小箱を回収した。小箱を開くと、そこには、確かにアレクサンドリアの商人からディオが買いたたいた品があった。イルホテップの印章二つと、パピルスに描かれた絵だ。

(なるほど、これで、ジョージが襲われた理由はわかった。奴はこのディオが買ったこの物を手に入れたかったのか……あのサソリも、ミイラ男も、奴らの仕業だと考えた方がよさそうだな)

 ディオは、手に入れた小箱を懐に入れると、考え深げに先の様子をのぞき見た。通路の奥は真っ暗で、何の物音もしない様子であった。

 微かに黴臭い臭いが、通路の奥から漂ってくる……

 

「フン……つまり、ここにはいたるところに罠がしかれられているという事だな。しかも何度もこの道を往復したヤツラでさえ、不意に全滅しかねないほど巧妙に罠が隠されているわけか……」

 ディオは素早く考えをめぐらせ……再びジョージを助けるという考えをあっさりとあきらめた。

(これ以上粘っても無駄だな、無駄だ。ジョースター家の財産をみすみす失うのは惜しいが、古代エジプトの言葉がわからない俺には、この罠は命を失うリスクが高すぎる ──ジョジョの奴ならわかったかもしれんがな──)

 

 ならば、一刻も早くホテルに戻り、ジョージの私物を盗むのみだ。

 たかが知れているだろうが、当面の生活費にはなるだろう。場合によっては、ジャイロが探しているというテロリストどもに会ってみるのもいい。

 おりを見て、今度はジェフェリーのところに行ってみることも考えるべきだ。あの一家から財産を巻き上げるのはさほど難しくないはずだからな。

 たったいま憲兵の生き残りから手に入れた銃も、有効に使うべきだ。

 

 ディオはすっかり気持ちを切り替え、今後の計画を立て直し始めた。色々と計画を立て、ときおり、ほそくえむ。

 

 そんなディオの背後に、そっと『冷たい』、『銃筒』のようなものがあてがわれた。

 

「なッ……」

 思わず硬直したディオの手から、さっと拳銃が取り上げられた。

 

「命が惜しければ動かないでッ……あらぁ? 」

 背後の声がクスクスと笑った。

「誰かと思ったら、アレキサンドリア行きの船で出会った素敵な学生さんじゃなぁい」

 背後から聞こえたその声の主は、ミナ・ハーカーであった。

 

◆◆

 

「ゆっくり動いて、こちらに振り向きなさい……ゆっくりよ」

 ディオの背中から、銃口が離れた。

「勘違いしないでね。まだ銃の狙いはアナタに向けているわ、ちょっとでも妙な動きをしたら撃つわよ…………この銃の引き金、とっても軽いのよ。わかる? 」

 

「…………」

 ディオは指示に従い、ゆっくり、ゆっくりと振り返った。すると、ディオの目の前には銃を構えたミナ・ハーカーが立っていた。

 

「フフフ……またあったわね。学生さんがこの遺跡で何をしているの? 」

 ミナはクスクスと笑って、ディオの顎をくすぐった。

 その顔、形は確かにディオが知っているミナのものだ。だがその立ち振舞い、口調はまるで別人であった。

 

「あ、あんたは……」

 ディオは一瞬口ごもり…………すぐに口ごもった自分自身に腹を立て、勢いよくまくしたて初めた。

「あ、あんたこそ、こんな所で何をしているんだッ? あいつらとグルなのか……だったらッッ」

 ディオの目が剣呑な光を帯びる。

 

「あら、コワイ怖い」

 ミナはくすっと笑って、ディオの唇にそっと人差し指を押し当てた。

「私は一人よ……アイツらって誰の事? 」

 

「まずはアンタからだ」

 ディオが言った。

「まずはアンタの事を教えてくれ。俺の話はその後だ」

 

 フフフと、ミナが笑った。

「そうね……いいわよ。私の事も教えてあげる。年齢とスリーサイズ以外ならね」

 それは船上や汽車の中での貞淑な淑女の姿とは全く別人の、妖艶な笑い顔であった。

 そしてミナは笑いながら、ディオのこめかみに拳銃を押し当てなおした。銃口でこめかみをグリグリとえぐる。

「勘違いしないで。まずアンタから話しなさい」

 冷たい口調であった。

 

◆◆

 

「……という訳だ」

 拳銃を突きつけられたディオは、これまでのいきさつをかいつまんで説明し終えた。

 

 その話をフンフンと聞いていたミナは、ディオの頬をポンポンと触れた。

「なるほどね、カヌーを盗み、夜中に一人でナイル川を下ってくるとは、なかなかやるじゃあないの……でもナイルワニに喰われなくてよかったわね、ディオ・ブランド―くん」

 

「なぜ俺の名前を知っている? 」

 

「なぜ知らないと思うの? 」

 ミナはクスッと笑った。

「アナタ、私を誰だと思っているの? 」

 

「知らないさ……なぁ、もしかしてアンタいろいろ知っているのか? もし知っていたら教えてくれないか…………あの列車にいたミイラはなんだ? それに、俺達を襲ったあの犬の頭をかぶった男たちは、誰だ? 」

 

「ミイラ? 犬の頭をかぶった男? アナタ面白いことを言うわね」

 ミナはかわいらしく小首を傾けた。

「そうね、何か知っていたら教えてあげたいのだけどね。でも私には、あんたの話が良く理解できないわ? 拳銃に撃たれても死なないミイラに出会った? ジャッカルの頭をかぶった戦士たちに襲われた? 変な夢でも見たんじゃあないの? 」

 

「そんなわけないさ。俺も……ジョジョの奴も同じものを見たんだからな……なぁ、アンタの知っていることを教えてくれないか」

 

「ジョナサン君か。彼、なかなか魅力的な男の子みたいね。こんど紹介してもらえないかしら?」

 ミナはペロリと舌を出して上唇を舐めた。

 

「なっ…………アイツは関係ないッッ! 話を誤魔化すな」

「フフフ、まだ駄目よ」

 ミナはもう一度ディオの頬をさすった。

「まだ、アナタは話すことがあるでしょ? ……貧民街出身のキミが、どうやってジョナサン君の家に、ジョースター家に取り入ったの? 

 

「その話、アンタに関係があるのか」

 ディオの顔が、強ばる。

 

「ないわね、でもアナタ勘違いしないでね……ワタシ、残酷なのよ?」

 ミナはディオの口に拳銃を押し込んだ。

「ホラ、さっさと話しなさい」

 

「……」

 

「アナタがしゃべりたくないなら、強制しないわ」

 だがそんな言葉とはうらはらに、ミナの目付きは変わり、拳銃の引き金に力がこもる。

 

「……わかった。俺とジョースター家のつながりは、今から10年以上昔に遡る……」

 観念したディオは、しぶしぶと昔話を始めた。

 

◆◆

 

「……フフフ、良く言えました」

 語り終えたディオの頭を、ミナがポンポンと叩いた。

「ちょっとでも嘘が混じっていたら、即撃ち殺そうと思っていたのだけどね」

 

「俺が本当の事を言ったと、なぜわかる? ……まさか、始めから俺の事を知っていたのか?」

 誰にも話したくなかった貧民街の思い出までもさらけ出し、ディオは苦い後悔と、屈辱をかみしめていた。そんな惨めな思いを、まだチョッピリ残っていたなけなしの反抗心をかき集めて押さえつけ、ミナを睨みつける。

 

「私も敵が多いからね。船旅の前に乗客全員の身元を一通り調べていたのよ、あらかじめね」

 ミナは事もなげに言った。

 

 緊迫した会話を続けながら、ディオはコッソリとミナの視線を、立ち位置を観察していた。隙あらばミナの銃を奪い取ろうと考えていたのだ。

 だが、これまでのところ、ミナはいっさい付け入る隙を見せなかった。

(くっ…………隙がない。この女、何者だ? )

 焦るディオをよそに、ミナの質問は続く。

 

「……それで今は、育ての親であるジョージ・ジョースターの資産を奪おうと、未だにチャンスをうかがっているってワケね……アナタ……ちょっと親に縁があるからって、血がつながっているわけでもない貧民街のドラ息子を自分の家に招き入れて一緒に育ててくれるなんて、そのジョージ・ジョースター卿は立派な方じゃあない。そんな立派な方をだますようなまねをして、アナタは良心が痛んだりしないわけ? きっと神様は怒っているわよ。悪い子♡」

 

 神様……ミナの口にしたその言葉が、ディオの心に眠っていたスイッチを押した。

「神様? 良心? アンタもそんな嘘っぱちを信じているのか」

 ディオは吐き捨てた。

 その脳裏にうかぶのは、唾棄すべき真の父親の姿か、それとも貧困の中で苦しみながら死んでいった母親の顔か。

「この世に神などいない。もしいるのなら、なんでこの世には明日のパンの心配をしている奴がゴマンといる一方で、ノウノウと温室の中で育ち、ジェントルマンごっこに夢中になっていられるボンボンがいる? その違いはなんだ?」

 

「アラアラ」

 随分ね

 

「違いは力だッ! 」

 ディオは言った。

「力だ……」

 ディオの脳裏に浮かぶのは、かつての貧民街での暮らしだ。

 いつも呑んだくれていた父親の影に怯えていた幼少期を、薄汚い路地に面したあばら家での暮らし、それは日々の食事に事欠き、クリスマスでさえ、臭い肉がたったヒトきれでもスープに入っていれば御の字の暮らしであった。

 周囲に腐るほどいた、まともに意思疎通をすることも、言葉をかわすことさえ難しいほどの低能ドモ、だがその低能共の振るう暴力に屈さなければならない屈辱……ディオははげしい怒りともにその光景を思い出した。

 

 もちろん、貧民街での記憶はそれだけではない。

 美しく優しかった母との思い出もあった。貧しいながらも高潔だった近所の家族に遊んでもらった幼少期の思い出もある。

 ……だが結局、高潔だった彼らこそ、誰よりも悲惨な思いをして、ぼろきれのように死んでいった。そんな光景をディオは何度も見ていたのだ。

 

 そして、ディオは知っていた。

 その高潔な人々を騙し、せせら笑い、くいものにしていた悪党が、その高潔な人々よりもずっといい暮らしをしていたことを。

 彼ら悪党どもに、神の裁きなど下りなかったことを。

 

 クズの極みであった父親の事もそうだ。泣いていたのは何時も母親だけだった……

 

(そうだ、『父親』など不要ッ!)

 ディオは強い思いで、必死に自分に言い聞かせた。

(俺は、負けんッ! 母親の死にも、あのクズみたいな父親が引き起こした厄介ごとにも負けなかった。

 俺は一人だ。

 俺は……

 俺は…………

 俺はかならず勝つ

 俺は奪い取る

 俺は、このディオは誰の支配も受けんッ!

 俺を取り巻く、ニンゲン世界の悲惨に、酷薄さに、恐怖に、そして……ただ親から恵まれた環境を受け継いだだけの奴などに……このディオ、絶対に負けんッ! )

 ディオは自分に向かってそう言い聞かせると、歯を食いしばってミナ・ハーカーを睨み付けた。

(……そうだ。例えこの女が母さんに似ているからと言って、だからどうした。ディオよ、しっかりしろ。過去を乗り越えるんだ)

「……俺の話はもういいだろ、次はアンタの番だ」

 

「あら、そんなこと言ったかしら」

 ミナはとぼけ、グリリと銃口をディオのこめかみに押し当てた。

 

「……俺を殺そうと言うのか?」

 

「あら、どうしようかしら」

 ミナは目玉をギョロリと回して見せた。

「アナタを生かしておいて、ワタシになにかトクがあるのかしら? 迷うわね」

 

「……取引をしないか」

 

「あなたが? ワタシと?」

 ミナは面白い話を聞いたかのように、爆笑した。

「学生クン、アンタ自分の価値を買いかぶっているのじゃあない? 中二なのォ?」

 

 ディオは、爆笑しているミナを冷静に観察した。だがミナは抜け目無かった。どんなに笑い転げていても、ディオから視線をそらすことも、銃の引き金から指を外すことも、無かった。

 

「まず、俺が先頭をきってこの遺跡を進む」

 ディオが言った。

「この遺跡に仕掛けられている罠は俺が避ける。アンタは俺の後をただついて来ればいいって言う寸法だ」

 

「あら、考えたわね」

 

「俺が命を張る。アンタはそのあとをついて来ればいい……どうだ、悪い取引じゃあないだろう?」

 ディオはニヤリと笑った。

 

◆◆

 

「いやぁ〰〰すごい眺めだなぁ……」

 ジョジョは感嘆して、白み始めた空に照らされた目の前の景色をながめていた。ジョジョの眼前に広がるそれは、歴史好きなものにとっては垂涎の光景であった。

 

 それはまさに素晴らしい眺めであった。周囲はまさに土色をした荒れ地で、昔ここにピラミッドを建てた人たちが住んでいたことが信じられないような、荒涼とした景色が広がっている。

 みるみると明るくなっていく空には、雲が一つもなかった。

 少し先 ──と言っても5キロは離れているが── にはギーザの三大ピラミッドがそびえ立っている。さらにその先には、カイロの街並みが、地平線に沿ってまるで霞のように広がっていた。

 

 そしてジョジョの目の前には……三階だての建物程度の比較的小さな階段状のピラミッドが建っているのだ。

 

「オイ ジョジョ、景色ばかり見てないで、早く探せよ」

 ジャイロは鼻を鳴らした。

「お前の父親だろ? 奴等に連行されたのは」

 

「わかっているよ」

 

「だぁから、探せよッ早くよォ……いいか、あそびじゃあないんだ。集中して、真面目にやれよ」

 ジャイロはこぼした。

「お前、命がけで砂漠を渡ってきたのは、ただ観光するためじゃあないだろ」

 

「わかってるさ、ジャイロ」

 ジョジョの顔が少しだけ険しくなった。

「よくわかっているよ……」

 

「ならいい……いいか、あの砂漠を一人わたってきたときと同じくらいの集中力を出せ……そうすりゃあ、きっと手掛かりが見つかるさ」

 ジャイロはそういって、ジョジョを励ました。

 

 ジャイロ達とジョジョがこの地、カイロ郊外の砂漠地帯に一緒にいるのは、偶然の産物であった。

 

 数日前、ディオと喧嘩別れをしたジョジョは、一人でルクソールの地からカイロに向かって砂漠に乗り出した。

 いくらナイル川沿いとは言え、過酷な砂漠の地を少年がラクダに乗って一人で乗り出す。それは、ひじょうに分の悪い挑戦であった。

 地元の人間でも、そんなことは決してしない。

 だがジョジョには、子供のころからむさぼるように読んでいた冒険小説から得た知識が、ふんだんにあったのだ。そのため、ジョジョはほとんど『完璧な』準備を持って砂漠に乗り込むことが出来ていた。

 

 ジョジョは、昼は木陰で休息を取り、夕方から翌朝にかけて月明かりの下を、コンパスを頼りに黙々と砂漠を進んでいった。

 そして2日後、奇跡的にオアシスにたどり着いたジョジョは、そこでたまたまジャイロと父親に出くわしたと言うわけであった。

 異国のオアシスでたまたま知り合いに出会う。それはとても驚異的なことであった。

 

 オアシスの村でジョジョを見つけたとき、たった一人で砂漠に乗り出したジョジョの無謀さに二人は目を丸くして驚いていた。だが、そのままジョジョを放っておくわけにはいかない。そしてジョジョの話を聞いたグレゴリオは、ジョージをさらった男達が自分達の探しているテロリストと何らかのつながりがあるかもしれない……とも考え、ジョジョの探索に同行してくれているのであった。

 

「そうだぜ、あの一人で砂漠を渡ってきたときの気合いを思い出せよ」

 ジャイロがもう一度言った。

「お前があの時の気合いで探せば、お前の父さんを探すための手掛かりが見つかるぜ……」

 

「そうだね……」

 だがジョジョは、少し呆けたようにただアチコチを見て回っていた。

 

「オイオイ、ジョジョよォ。早く集中を取り戻せよ」

 ジャイロがお手上げ、と言うように肩をすくめた。

 

 その時

「…………集中力を欠いているのはお前の方だ、ジャイロ」

 ジャイロの背後から、ひどく冷静な声がかけられた。

「息子よ、ジョナサン君がこの辺りの地形を観察しているのがわからんのか?」

 

「なっ……」

 絶句したジャイロを尻目に、グレゴリオ・ツェペシュ ──ジャイロの父親だ── は、穏やかにジョジョに話しかけた。

「ジョナサン君、何を考えているのかね? 何か、思いついたのかい」

 

「ええ……」

 ジョジョがうなずいた。

「この辺りの地形は、古代エジプト時代か大して変わってないはずなんです。でも、今より水が豊かだった……と、言うことはあの辺り、わかりますか? あの少しへこんだ地形の所が気になるんです」

 

「こちら側が怪しいのかね?」

 グレゴリオが言った。先ほどのジャイロに対する言葉と打って変わった優しい口調だ。

 

「……そうです。地形的に考えると、この川は昔、この辺りを通っていたはずです」

 ジョジョが考え、考え、言った。

 

「なるほど、どうしてそう思うんだね」

 

「この土の色と、周囲の地形のつながり方を観察して、そう思いました」

 

「ふぅむ。確かに、言われてみるとそうだね。頭の中でこの赤茶けた土を取り除いた所を想像すると、この辺りを川が流れていた……という事も想像できるね」

 グレゴリオはうなずくと、クルリ とジャイロの方を向いた。

「息子よ聞いたか? ジョナサン君の言うとおりだろう。こちら側を優先的に探すのだ」

 

「……了解てす、『父上』」

 ジャイロはブッチョウ面で答えた。

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