孤島の六駆   作:安楽

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波間③

 孤島の裏手側には、油田跡地がある。

 この鎮守府をはじめ、付近の前線基地への補給を支え続けた重要施設だったものだ。

 当然ながら、現在は稼働していない。

 それどころか、10年前の空襲時、この油田もこっぴどく爆撃されていて、今は残骸しか残っていないのだ。

 もっとも、“艦娘の艤装用の燃料を精製する”という口実があれば、妖精たちを送り込んで修復することも可能だが、それには艦娘が護衛に着く必要がある。

 今までは提督不在で出撃許可が下りなかったため、そもそも修復に乗り出すことは出来なかったのだが、例え艦娘が出撃できる状態にあったとしても、暁たちはこの油田の修復には着手しなかっただろう。

 

 この近海に“ルサールカ”が潜んでいる可能性がある。

 長時間の、しかも動かない大きな建造物を護衛することは、例え対潜装備で身を固めたとしても至難の業だっただろう。

 だから、油田を復旧するとしても、後回し。

 開発資材を奪取して建造を行い、艦娘の頭数を揃えられてから、やっと候補に挙がるような案件なのだ。

 

 その油田跡地を、艦娘が2隻、高速で通過する。

 暁と響だ。

 久しぶりに油田跡を間近で目にして、懐かしむような、複雑な表情を浮かべる。

 しかし、それも一瞬だけ、通り過ぎる頃にはすでに、視界は進行方向を見据えていた。

 これから遠洋に進出するのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

 海中には高速巡航する2隻のスクリュー音が届いていた。

 魚影ひとつない海中にこの音を拾うものなどいないかと思われたが、スクリュー音が遠退いてから、ゆらりと動く影があった。

 水質が異様な濁りを持ち、海中に差し込む光源がほぼ皆無であるこの海域では、海中にあるものの姿を判別することは難儀だろう。

 それでも、確かに海中には動く何かがあった。

 生物の生存に適さない環境下で活動できるとすれば、それは艦娘であるか、それらを指揮する提督であるか、あるいはもうひとつの存在に限られる。

 この海域の支配者、深海棲艦。

 

 姿こそ視認できるものではなかったが、その揺らぎの数はひとつではなかった。

 海中をうごめく影はふたつ。

 それぞれが透明度の低い海中を見通すかのような青白い視線を浮かび上がらせ、スクリュー音が遠ざかる方向を向く。

 

 そして、ふたつの影は動き出した。

 自らの速度こそ高速巡航状態の駆逐艦には及ばなかったが、この無音にも等しい海中においては、遠くの音まで良く伝わってくるため、追跡は容易だ。

 影が動く。

 こちらも青白い仮想スクリューが展開し、動作を開始するが、艦娘のソナーの探知範囲から外れてしまったため、気付かれることはない。

 海中に新たな揺らぎが生まれる。

 ふたつの影は目標へ向けて、真っ直ぐに航行を開始した。

 

 

 


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