孤島の六駆   作:安楽

23 / 73
13話:建造

 

 

 

 暁が目を覚ますと、医務室の天井が薄っすらと目に入ってき来た。

 自分がこうして意識を取り戻すまでの経緯は、微睡の中で大よそ整理が出来ている。

 暁たち、孤島の鎮守府の面々は、深海棲艦から開発資材を奪取することに成功した。

 孤島脱出までの全工程、その第一段階クリアだ。

 第二段階の艦娘建造に関しては、自分がこうして眠っている間に進んでいるだろうと、暁はベッドの上でわずかに伸びをした。

 負傷した箇所は入渠によって完全に修復されているはずだ。

 折れた左腕も動くし、麻痺した右手もシーツを撫でる感触がある。

 大きく息を吸い込んでも呼吸は苦しくはないが、幻痛のようなものはかすかに感じる。

 しかしそれも気にならない程度、日常生活に支障をきたす程度のものではない。

 少し療養すればこの幻痛も抜けてゆくだろう。

 

 

「――暁?」

 

 ベッドの傍らから、響の声がする。

 首を巡らせて見れば、文庫本を片手に足を組んで座っていた響が、驚いたような顔で暁を見ていた。

 

「響、設備系の点検に行かなくていいの?」

「……それは、司令官が来る前の話だろう? 今は、艦娘関連の施設を動かす余力を、妖精さんたちから分けて貰っているから……」

「知ってるわ? だからもう、インフラ周りに響が付きっ切りになる必要はない。でしょ?」

 

 ちゃんとわかっているぞと微笑んで見せれば、響の表情からようやく緊張が抜けていった。

 生態艤装の探照灯を使用したことで、脳機能への障害を恐れていたのだろう。

 確かにリスクは大きかっただろうが、そんなことで思い出を簡単に失ってたまるものかと、暁は思うのだ。

 眼も刀も、先に逝った仲間たちの残した力は、ちゃんと活路を切り開いてくれた。

 弔いと言う程のものではないが、「どう?」と得意げな顔で先に逝った仲間たちに問うてみたいところではあった。

 十中八九、山のようにダメ出しされるところまで想像に難くなくて、口元が引きつる思いだ。

 そして、居なくなった者よりも今居る者たちを充分に気に掛けろ、とも……。

 

「安心した?」

「ああ、安心したさ。……次は、もっと上手くやる」

 

 笑って、帰港時の暁と同じ言葉を告げる響。

 暁は満足そうに微笑んだ。

 

「なーにが上手くやる、よ! 心配かけてくれちゃって!」

 

 仕切りのカーテンが勢いよく開くと、白衣姿の雷が顔を真っ赤にして立っていた。

 暁も響も気まずそうに顔を逸らす中、雷はため息をひとつ吐いて、つかつかとベッドに歩み寄ってくる。

 その雷の表情が硬いことに、暁はすぐに気が付いた。

 頭の片隅に置いていた重要な部分がすぐに思考全体を占めてゆき、浅い微睡の中にあった意識が一気に覚醒した。

 

「……司令官と電は艦娘建造工程でドックに詰めてるし、まるゆにはいろいろ雑用任せているから……。当分、ここには誰も来ないわ?」

 

 誰も来ない。

 雷の言葉に、暁は不穏なものを感じる。

 傍らの響も表情が険しい。

 心当たりはあった。

 鎮守府に帰港してから丸1日以上は経過しているのだ。

 浜辺で拾った“あれ”が、ふたりの目に留まっても仕方がない。

 そろそろ、ふたりにも打ち明けるべきなのかも知れないと、暁はベッドの上で体を起こした。

 

「暁の服、洗濯するか修復するかで迷っていたら、ポケットの中から出てきたわ。これ、なに?」

 

 雷はあるものを、暁と響に対して掲げて見せた。

 白い腕輪だ。

 材質はシリコン、若干の伸縮性があり、一部がプレート状に平たくなっている。

 プレート部は何かに擦過して削られていたが、印字されている文字は薄っすらと残っていた。

 その文字を見た暁が、顔を伏せる。

 

 極地活動適正・甲

 

 そう、薄っすらと印字された文字が見えた。

 艦娘なら、艦娘に携わる仕事をしている者ならば、誰でもその意味を知っている。

 

「深海棲艦の支配領域における活動適正……。甲乙丙まであるその判定の中で最大が“甲”。でも、人間の適正限界は“乙”まで。10年前当時、人間の“甲”判定を得られるものは居なかった……」

 

 人間における活動適正は“乙”までであり、“甲”は有りえない。

 何故なら、適正“甲”と判断されることは、艦娘と同等の肉体と精神構造を持っていることに他ならないからだ。

 

 無言で問うように見つめてくる雷を前に、暁は観念したように、経緯を白状する。

 

「……浜辺に流れ着いた司令官を医務室に運んだあと、身の回りのものがないかと思って、また浜辺に行って、そして……」

「そこで、見つけたのね。それで、この腕輪が司令官のものじゃないかって、そう思った。そして、隠した」

 

 頷く暁から目を逸らし、雷はため息交じりに、手の中の腕輪を弄ぶ。

 

「この腕輪が司令官のものだっていうのは、暁。たぶん当たりよ? 司令官の、右腕の日焼け跡。あれ、時計の跡かなって思ってたけれど、この腕輪の跡だったのね。形状がぴったりだわ?」

 

 雷から確証が得られ、一度は顔を上げた暁だったが、深く息を吐いて、また俯いてしまった。

 自分ひとりで抱え込んでいた時点では、まだ「もしかしたら、自分の勘違いかも知れない」と、目を逸らすことも出来た。

 しかし、こうして複数人の元に晒され語られる段階になってしまっては、もう目の逸らしようがない。

 

「この腕輪通り、司令官が“甲”適正判定を持つのなら……。司令官は、艦娘と同等の体と、精神性を持ち合わせている……。ということになるわ……」

 

 雷が呟くように告げると、沈黙が下りた。

 帽子を目深に被って黙考していた響が、唐突に顔を上げる。

 眉根を寄せて口をへの字に結んだ、どこか釈然としない顔だ。

 

「……司令官、男だよね?」

「……そ、そうよね。あの骨格と胸板で女だって言われても、全然納得できないわ?」

 

 呼応した暁と頷き合った響は、揃って雷の方を向く。

 強めの視線でじっと見つめられ、雷は目を泳がせて一歩後ずさる。

 こうして見つめられる理由はわかる。

 鎮守府では雷が一番、提督の体に関して詳しい故だ。

 

「……正真正銘、男の人よ。司令官は。……ちゃんと、その、ついてたし。しっかり、おっきくもなっていたしで……」

 

 提督の姿と感触を思い出すように目を瞑った雷は、両手を宙に伸ばして、イメージする何かに振れるように動かす。

 その雷の挙動に、暁は真っ赤になってストップをかける。

 怪訝な顔で雷が問えば、響が半目になりながら「アウト。手付きが非常にいやらしい」と、人差し指で×をつくって口元に当てていた。

 雷も咳払いして「思い出す」のをストップして、両手を背中側に隠すようにした。

 

 さて、そうすると推測の範囲は絞られてくる。

 暁たちが外界と途絶された10年の間に、人間の中でも“甲”適正と判断される者が現れたか。

 もしくは――、

 

「――艦娘と同じ技術で、生み出されたか……」

 

 それは、医務室に集った3人が、一番否定したい推測だった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 建造施設。

 その3号ドックの前で、提督は立ち尽くしていた。

 顔には憔悴の色があり、気を張ってようやく立っているといった様子だ。

 開発資材を奪取して帰港した暁の姿が、まだ目に焼き付いているのだ。

 送り出した艦娘があんな風になって帰ってくるのだと思うと、確かに提督とは辛い役割だ。

 だが、前線で戦う艦娘自身はもっとつらいだろうし、何より帰って来てくれただけありがたい。

 出撃した艦娘が帰還しない可能性もある以上、どんな姿になっても帰って来てくれてよかったと、提督は考える。

 

 出来れば、すぐにでも暁のところへ見舞いに行きたかった。

 雷からは、暁の体の傷は完治し、脳機能にも異常は見られないと報告を受けている。

 その報告に安堵を得るが、やはり無事な姿を自分の眼で確かめたくもある。

 しかし、その前に提督も役割をひとつ、果たす必要があった。

 

「司令官さん、準備完了したのです!」

 

 提督の元に駆け寄ってくるのは電だ。

 奪取した開発資材の加工を完了させて、その調整を今まで行っていたのだ。

 加工済みの開発資材はすでに、提督たちが前にする3号ドックに装填されている。

 あとは、艦娘立ち合いの下、提督が建造を承認するだけだ。

 

 3号ドック手前のパネルには、ふたり分の掌紋認証機能が、手を重ねられる時を明滅して待っている。

 早速認証をと手を伸ばした電だったが、その手が止まる。

 提督が微動だにしなかったからだ。

 

「司令官さん?」

「ああ。わかってる、電。わかっているんだ……」

 

 掌紋パネルに手を伸ばす提督だったが、その動きは触れるべき部分に触れずに止まってしまう。

 

「司令官さん……」

 

 やっぱりそうかと、電は眉根を寄せた笑みを浮かべ、伸ばされたまま震えている提督の手をそっと握り、降ろした。

 

「すまない。どうしても、これに承認を与えることを躊躇ってしまう。踏ん切りがつかない」

「それは、何故……、なのです?」

 

 提督の答えはわかっていたが、電はそう問うた。

 

「電たちのことを今日まで見てきたけれど、僕には艦娘という存在が、血の通った人間のように見えるんだ。そんな艦娘を建造するということは、つまり……。命をつくる、ということ、だろう……?」

 

 電は答えず、提督の言葉の続きを待つ。

 

「そう思ってしまうと、どうしてもこの建造を承認するのが、恐ろしくなってしまって……」

「命をつくることを、恐れてしまうと?」

「とても、罪深い行為に思えてしまって、ね……」

 

 そう告げて俯く提督に、電は仕方ないことだと息を詰めた。

 

 提督となった人間を多く見てきた電は、それらが大別して2種類にわけられることを知っている。

 艦娘の兵器性に偏った見方をするか、人間性に偏った見方をするか、その2種類だ。

 目の前の提督は後者の人間性に偏った見方をしているなと思うが、しかし、それらの提督とはまた違った面を持ち合わせていた。

 電の知る限り、どれほど艦娘に対して人のように接する提督でも、艦娘の建造を渋る提督は居なかった。

 艦娘を人間として、あるいは女子供として見て接する提督はいたが、命という括りでの視点は、この青年が初めてだった。

 

 彼がそう考えてしまう原因は、まだ彼に説明していない部分があるからだろうとも思うのだが、果たしてそれを話してしまっても良いのかと、電はもちろん、六駆の艦娘は迷っていたのだ。

 しかし、こうして建造を渋るような心情にしてしまったのならば、説明しなければならないなと、電は思うのだ。

 それが、提督にとって更なる重圧になるとわかっていても……。

 

 

「司令官さんは、こうして建造される艦娘が、どういった事情でこの形、人の形を取ったのか、御存じですか?」

 

 知るはずがないことを問えば、当然、提督は首を横に振って答えとする。

 そして次はこう問い返すだろう。

 

「それを僕に教えてくれるのかい? 電」

 

 怖いくらいに予想通りの言葉に、電は苦笑して頷いた。

 

「まず、こちらから質問なのです。司令官さんは、艦娘がどういった要素で構成されているのか、どれだけご存知ですか?」

 

 問いに、提督は指南書で読んだ限りの知識を引き出し、言葉にする。

 

「艦娘とは、第二次大戦中に現存した大日本帝国海軍の艦船、その魂を艤装に宿した少女たちのこと。艦船の魂は、その多くが背部艤装に艤装核として内蔵されていて、艦娘にとっての戦う力となっている。そういったオカルト染みた要素と、科学的な要素の混成がキミたちであり……」

 

 言葉をそこで止めて、提督は電を見た。

 その姿を見て、自らの手に添えられたままの、電の手を、両手で包み込むようにする。

 

「……その言行や心情は、生きた人間と大差ない。少なくとも、僕にはそう思える……」

 

 確信を込めて告げて、提督は以上だとばかりに目を伏せた。

 

「概ね、その通りなのです。では……」

 

 では、と。電は声をつくる。

 ここから、提督が知らなかった、知らされていなかった部分へ切り込むのだと、宣言する。

 

「電たちの、この体。肉体は、オカルトと科学、どちらの技に思えますか?」

 

 艦娘の肉体。

 それがオカルト方面の術によるものか、科学技術によるものか。

 提督は、科学の技だと答えた。

 電は、正解だとばかりに首肯する。

 

「艦娘の肉体は、科学技術によってつくられているのです。では、どうやってつくられているのかは?」

 

 首を横に振る提督に、電は少し言いよどむ素振りを見せつつも、答える。

 

「艦娘の体は、そのほとんどが、とある少女たちの細胞から培養された、クローン体なのです」

 

 クローン。

 その単語が理解と納得の形を取って腑に落ちる前に、電の言は続けられた。

 

「深海棲艦が正式にその存在を認められたのは、西暦2013年。しかし、目撃報告はそれより以前、2012年の段階で、数件ほど確認されていたのです」

 

 その情報は、提督も指南書を通して把握していた。

 深海棲艦の存在が正式に世界に公表されたのが、2013年。

 同時に、艦娘の存在も同年に公表され、対深海棲艦への攻略作戦が開始されている。

 しかし、目撃例自体はその前年の2012年にはあったのだという。

 

 提督は、嫌な感触が腹の底から登ってくるのを感じてた。

 公表の前年にあったのは、目撃例だけか、と。

 

「司令官さんもお察しの通り、目撃例だけではなかったのです。深海棲艦との接触で、実際に命を落とした方も、たくさんいたのですよ。……乗っていた船と、衝突して、海に投げ出されてしまった娘たちが……」

 

 提督はまさかと、しかし半ば確信を持って電を見た。

 

「艦娘の、その肉体の元となった少女たちは、深海棲艦が絡んだ海難事故で亡くなった少女たちなのです。電も、暁ちゃんたちも、現存する艦娘すべてが、かつて実在した“誰か”のクローン、なのです」

 

 

 

 ○

 

 

 

 暁型・艦娘の素体となった少女たちは事故当時、太平洋上の客船に乗船していた。

 暁・響の元となった姉妹と、雷・電の元となった姉妹とは、従姉妹同士だった。

 彼女たちはYDKRテクノロジーの重役の娘たちであり、なんらかの式典に参加するところだったのだと、記録上の情報を電は語る。

 その式典には、艦娘の艤装開発に携わっている各企業たちが名を連ねていて、その親族も多くが同船していたのだという。

 

 具体的にどういった催しだったかのは電自身も知るところではないが、“事故”はその式典の最中に起こったのだ。

 なんらかのトラブルが発生し、各企業の重役筋が急遽、ヘリで海上を離れるという事態が起きた。

 深海棲艦が出現したのは、その直後だった。

 おそらくは世界発となる深海棲艦の出現は、巨大な客船の沈没という結果を引き起こした。

 生存者は全体の一割にも満たず、乗船していた各企業重役の娘たちも、そのほとんどが帰らぬ人となった。

 事故当時はまだ春を待つ季節、海の水はさぞ冷たかったろうと、電は体験してきたかのような顔で語った。

 

 そこからの動きは迅速の一言に尽きた。

 各企業が合同で対深海棲艦専門の研究機関“海軍”を設立し、当時の日本政府の“協力”を取り付けた。

 海の見える領土から国民を内陸に避難させ、人の失せた海岸線には堅牢な堤防と研究施設群を建造。

 ちょうど一周忌となる翌年の春には、日本政府が深海棲艦の存在を公表。

 そして、5隻の艦娘が即座に実戦投入された。

 5隻の中には、ここにいる電の姿もあった。

 

 

「クローンで、しかも兵器だなんて……。そう、思いますか? 倫理的な面で、理解が得られるはずがない、と?」

 

 電はそう言うが、彼女が目の前にこうして立っているということは、理解が得られたか、得られずとも強引に進められたかのどちらかなのだろうと、提督は苦い顔をする。

 

「結論から言うと、世論の理解はもちろん、得られていないのです。なので、これは秘匿情報。艦娘に関係する人員しか知らないことなのです。これらの、艦娘関連の技術に関する情報統制には莫大な額のお金と、そして口止め料が手渡されました」

 

 その口止め料とは、艦娘の肉体を構成する技術を医療に転用したものや、補助艤装の技術転用のことを指すのだという。

 

「深海棲艦に対抗するために、願掛けの意味も込め“海軍”という名称で立ちあげられた組織には、多くの企業が艤装開発のため参加しているのです。この各企業が、艦娘の研究にて生じた技術を一般に普及させたことで、各国各機関への口止め料としたのです」

 

 転用された技術は主に肉体面、医療に関する部門だったという。

 艦娘の肉体修復技術を用いて、四肢の欠損や臓器の不調を癒すという試みだ。

 頭部を含め元の体の3割近くが残ってさえいれば、ひと月と経たずに肉体を元通りにするという技術は、世界を驚嘆させた。

 患者当人の細胞を用いて合成たんぱく質で構成された肉体は、失った器官の役割を本物以上に果たし、何より安価だった。

 宗教の都合上に問題がなければ低所得層の者でも再生治療が受けることが可能で、たとえ問題があったとしても、補助艤装のインナースーツや艤装開発の産物で生み出された義肢が、欠損箇所の役割を果たした。

 

 これらの技術転用は、電にとっては嬉しいものなのだという。

 自分たち艦娘が生まれたことで、手足と共に夢を断たれてしまった子供たちに、再び夢を取り戻させることが出来たからだと、照れくさそうな顔をして言うのだ。

 

「医療面に転用され、安価であることからも察してもらえる思うのですが、艦娘の体は、その、言ってはなんですが……、かなりお安く出来ているのです」

 

 素体の遺伝情報を内包した合成たんぱく質の肉体は、艦娘が纏う艤装よりもはるかに安価だった。

 例として電が口にしたのは駆逐艦1隻分の値段だったが、それを聞いた提督は自分の耳がおかしくなってしまったのだと、耳を塞ぎたくなった。

 いくら修復可能で替えが利く肉体であるとはいえ、あまりにも安価過ぎたのだ。

 目の前でこうして話をしている彼女に“コスト”という概念を当てはめることが、堪らなく悍ましい考えではないかと、そう感じたのだ。

 

 だからこそ、強く疑問する。

 

「……何故、亡くなった娘たちのクローンを、艦娘の肉体として?」

「理由は、いろいろあるのだと思います。まず、ジンクス的な面、オカルト方面で言えば、かつての軍艦と同じく、無念と共に海中に没したという背景が、艦の魂を呼び降ろすには適しているのだとか。気持ち、巫女さんのようなものなのです」

 

 艦娘を巫女に見立てると違和を感じてしまうあたり、自分にはオカルト方面の素養はないのだろうなと、提督は頭をかく。

 この巫女の概念はオカルト方面でのアプローチを重視する研究者たちに支持されていて、開発最初期の艦娘には巫女の装束を纏った者たちも少なくはないのだという。

 深海棲艦を“ケガレ”であると見なし、それらを巫女たる艦娘が砲や雷撃によって“払う”という考え方も支持されているそうだ。

 

「……何より、親御さんたちの意志が強く働いた結果なのだと思います」

 

 親御さんたち、というのは、彼女たちの元となった少女たちの親。

 各企業の重役筋のことだ。

 

「自分の娘が元気に走り回って、お話する姿をもう一度見たい。最初はそんな気持ちで、彼女たちを素体にすることを選んだのだと思います。でも、私たち艦娘は、ただ誰かの傍にいて、お話しするだけの存在ではありません」

 

 その通りだと、提督は息を詰める。

 彼女たちは戦う者だ。

 海上や海中を駆け、敵を穿つ者。

 娘の元気な姿を再び見たいと願い、そして叶えた者たちは、叶った願いの続きに、何を思ったのだろうか。

 

「性質が悪いことに、私たち艦娘の性格や考え方のパターン等は、元となった彼女たちのものを大幅に引き継いでいるのです。10年を人として過ごした電たちには、成長による“誤差”が生まれていますが、他の鎮守府で運用されている艦娘は、元の彼女たちと瓜二つだと言って過言無いと思うのです」

 

 そんな彼女たちが戦い傷つく姿を、娘を失った親たちはどういった心境で見ていたのかと、提督は理解に苦しむ。

 苦悩と共に見続けたのか。

 それとも、目を逸らしてしまったのか。

 

「そして、最も推されている説が、クローンには人の魂が宿らないから、なのだそうですよ」

「クローンに、人の魂が宿らない? それは……?」

「人の腹から生まれた子にだけ、人の魂が宿るという考え方なのだそうです。クローンは、元の人間から細胞を採取・培養してつくられた体。だから人の魂が宿らず、しかしそれ故に、艦船の魂を宿すための“容器”と成り得る。という考えなのです」

 

 そうは言うが、電自身はこの説をまったく信じていないのだそうだ。

 珍しく断定する電に理由を問えば、はにかんだように「なんとなく」と返すだけだった。

 

「司令官さんは、分霊という言葉をご存じですか?」

「ああ、聞き覚えがあるよ」

「艦娘の体は、素体情報と設備、資金さえあれば、いくらでもつくることが出来ます。もちろん、そこには開発資材という鍵が必要にはなります。そうやって形作られた肉体には、艦船の魂が呼び降ろされることになるのですが……。たとえばもしも、電を建造出来る開発資材がふたつあったとして、どちらも電を建造するように仕込んだ場合、どうなると思いますか?」

「それは、どちらかが……。いや、それで、分霊なのか……」

 

 艦船の神霊が祭られている本社から分霊されたとて、元の神霊が消滅するわけではない。

 この分霊を“魂”だとするのならば、電が問うたこの場合、建造によって2隻の艦娘・電が生まれることになる。

 

「性格や性能は、開発資材の状態にもよりますが、ほとんど同じ電が建造されるはずなのです。でも、それから先は、艦娘次第。その後に得たもの失ったものによって、艦娘の考え方や捉え方は、ベースとなったものからどんどんズレていくのです。この島で10年を過ごした、電たちのように……」

 

 そう、最初期から活動し、現在まで稼働を続ける艦娘・電は、話を締めくくった。

 

 

「ここまで聞いてもらってなんですが、司令官さんは困惑していると思うのです。艦娘の建造を承認させるための説明だったはずなのに、って……」

 

 提督はその言葉に頷いた。

 電がこうして秘匿情報を明かしてくれたこと、その意味を理解出来たからだ。

 

「……この話は、本来、提督となる人物ならば、誰しも知っておくべきことだったんだよね?」

「申し訳ありません……。司令官さんは、海軍所属ではない、臨時の司令官さんです。知らなくてもいい情報は、なるべくなら明かさない方がいいのではないかと考えて、あえて黙っていました。でも、それは……」

 

 それは、侮りだったと、電は深く頭を下げた。

 

「気遣ってくれたんだね、電。知ってしまえば、いよいよ後戻りできなくなるって。それに、僕がより一層考え込むようになってしまうって」

「それも、あるのですが……」

 

 電は歯切れ悪く言い淀む。

 

「司令官さんなら、そんなことはないって、わかっているはずなのに……。艦娘の“本当”を知ってしまったら、電たちへの見方が変わってしまうんじゃないかって……。そう考えると、怖かったのです」

「そうだね。確かに、ちょっと見方が変わったかな」

 

 提督のはっきりとした言葉に、俯いていた電の肩が震える。

 

「電も、他の彼女たちも、誰かに存在を望まれて、こうしてここにいるんだね。決して戦うためだけにつくられた命じゃない。少なくとも、僕にはそう思えたよ」

 

 笑んで告げる提督に、電はほっと緊張を緩め、そして罪悪感に襲われた。

 共にこの島を脱っする運命共同体に対して、隠し事はまだまだあるのだ。

 そのすべてをこの青年提督が知る必要はないし、彼とて理解に苦しむ部分は多いだろう。

 今回のような話をしたのは、提督にとって、これから艦娘と付き合ってゆくうえで必須だと電が判断したからだ。

 

 電たち六駆の姉妹や、すでに建造済みだったまるゆとは違い、これから建造する艦娘は、この提督の手によるものだ。

 この先何があろうと、彼女を生み出したことに対する結果を、提督は背負うことになる。

 良きことであれ、悪しきことであれ、だ。

 艦娘を一個の命として見ているのならば、尚更だ。

 

「話してくれてありがとう、電。僕の考えは変わらなかったけれど、そうだね……。少しだけ、前向きに考えてみようって、そう思えるようになったよ」

 

 提督は3号ドックを、その中に誕生するであろう、未だ見ぬ艦娘の姿を幻視する。

 

「この娘は、自分が生まれたことを、誇ってくれるかな?」

 

 提督は、待機状態の3号ドックを前に、電に問うた。

 電は「わからないのです」と応えつつも、「でも」と、続けた。

 

「生まれてきて良かったって、そう思ってもらえるように、していきたいのです……」

 

 果たして、そう思ってくれるかと、提督は黙して思案する。

 孤立無援の拠点から脱出するために建造されることになる彼女に、それ以外の意味と価値があったと、そう思ってもらえるには、どうしたら良いものか。

 方法はすぐには思いつかないが、それは今いる彼女たちと一緒に考えて行こう。

 彼女が少しでも幸福を感じてくれるようにと。

 

 提督は右手を上げる。

 電も同じように手を挙げて。

 そして、パネルに触れると“承認”の文字と共に、建造が開始された。

 

 

 

 ○

 

 

 

「――司令官には、これのこと、話すべきかな? それとも、黙っておくべき?」

 

 雷がそう告げた時、暁は肩の荷がまだ完全に降りていないことを、感触として得ていた。

 提督の出自に関わるかもしれない情報を、今まで皆に秘密にしていた。

 それが響と雷に発覚してしまったものの、当の提督に明かして良いかどうか。

 

「さっきはこれが司令官のものだって言っちゃったけど、日焼け跡だけで確定とするのにはちょっと足りな過ぎる。この島に流れ着いた時に、実際に司令官がこれをつけていたわけじゃないし、これを司令官のものだって断定は出来ない。……“甲”適正だって、そう言われても納得できるだけの精神状態ではあるんだけどね? うちの司令官は……」

 

 断定できないからこそ、悪戯に話すべきではないと、雷は秘匿に一票を投じる。

 

「それに、例え艦娘と同じような原理でクローン体をつくれたとしても、そこに人の魂は宿らないわ。私たちは、クローンの体と、オカルトの技で呼び降ろされた艦船の魂が合わさって、初めて精神、心が宿っているもの。性格や考え方のベース自体は、私たちの元になった人間の少女よ。けれど、そこに艦船としての記憶が上書きされるから、まったく別の存在になる。自分を“在りし日の艦船”だと考えている、戦う娘が……」

「でも、司令官の場合は、そうじゃないって?」

 

 響の問いに、雷は頷きを返す。

 

「まず、魂が宿らない体には、精神は生まれない。司令官が艦娘と同じようにクローン体だったとしたら、私たちのベース体のように深海棲艦絡みの海難事故で亡くなった背景を持っているか、何らかの艦船の魂が宿っているはず。でも、だとしたら男性なのは有り得ない。オカルト的に言えば、巫女としての役割を果たせないのよ……」

 

 そう語る雷が現状最も濃厚だとする推測が、肉体のほとんどを……、特に、頭部、脳機能を、再生治療によって修復されているのではないか、というものだ。

 

「……そう考えると、司令官の記憶喪失に、ようやく納得することが出来るわ。人間じゃあり得ないくらいに高い、極地活動適正も。頭部や脳機能の再生に関する症例は、こっちにまでデータが回って来てないから確証、というわけにはいかないんだけどね?」

 

 一息に言って肩を竦めた雷に、暁は目を伏せた顔でひとつ問う。

 

「ねえ、それって。司令官は、体のほとんどを再生治療しなきゃいけないくらいの大怪我をしてた。……って、ことかな……」

 

 まるで自分のせいでそうなったとでも言いたげな暁に、響も雷もそうじゃないと宥めるように告げる。

 

「艦娘が誕生したことで、司令官の大怪我……、したかどうかはわからないけれど、それを治す方法が確立された。そう考えても、いいんじゃないのかな?」

「そうよ。それに、暁は一度司令官を助けてるんだから。はっきりしないことでそんなに落ち込むんじゃないの!」

 

 ふたりの言葉に、噛みしめるように幾度も頷く暁だったが、そんな心情だったからこそ、響と雷が深刻そうな表情で顔を見合わせているのには、気が付かなかった。

 暁には思い至らなかった可能性に、ふたりは辿り着いていた。

 暁が見つけた白い腕輪、それがどう見ても医療用のものだとは思えなかったのだ。

 思い至るのは、実験動物に付与される“タグ”。

 艦娘の研究そのものが、そもそもそうではないかと、ふたりは歯を噛む思いだった。

 

 人体実験。

 

 それこそ確証もない推測だが、だからこそ有り得ないと一笑に伏すこともできなかった。

 手がかりを掴みはしたが、それはほとんど何もない段階から、多くの選択肢が存在する段階に来たに過ぎない。

 しかし、それでも一歩だ。

 

 腕輪のことを提督に明かすかどうかは、響が明かすに1票。

 暁は今まで腕輪を隠していたからと、票を放棄。

 医務室の扉の前でちゃっかり盗み聞きしていたまるゆは明かす方に1票を。

 明かす側に2票が入り、あとは電の判断を待つのみとなった。

 彼女はおそらく、明かす方に票を入れるだろうなと、暁は考える。

 

 そうして、この可能性の話を提督がどう受け止めるのか。

 暁は、それが気掛かりで仕方がなかった。

 

 

 







第1章『開発資材の獲得』完

第2章『雲の上の世界は』へ、つづく

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。