孤島の六駆   作:安楽

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2話:華奢な体に背負うものは

 

 

 

 艤装を纏って第二出撃場の訓練用プールに立った軽巡・阿武隈は、とにかく落ち着かない気持ちでいっぱいだった。

 自分専用の真新しい艤装を纏い、初めて水面の上に二足で立って、ようやく訓練に移れるのだと高揚していたのが、つい先ほどまでのことだ。

 今は違う。

 水面に直立した体勢で固まってしまった阿武隈に、同じくプールを遊覧していた暁と響は訝しげな顔になる。

 

「……阿武隈? どうしちゃったのよ。早く訓練したいしたいって言ってたくせに」

「もしかして、スカートが気になるのかい?」

 

 暁に次いで響が発した問いに、阿武隈は自らの制服のスカートの前を押さえ、真っ赤になって頷いた。

 

 暁や響のように補助艤装のインナースーツを着ていない阿武隈の衣装はデフォルトの状態。

 すなわち、何かの拍子にスカートが翻れば、スカートの中が丸見えになってしまう状態なのだ。

 その事実に今さらながら気付いて身動きが取れなくなっている、というのが、今の阿武隈だというわけだ。

 

「恥ずかしがり屋さんねえ。海上じゃ私たち艦娘か、敵の深海棲艦にしか見られないから大丈夫よー」

「実際、そんなところ気にしてる余裕なんてないものだからね」

「で、でも! 今は提督がー! 出撃場に居るじゃないですかー!?」

 

 阿武隈が叫んだ通り、この第二出撃場には鎮守府の全人員が集結している。

 もちろん提督もこの訓練に視察として参加していて、今は電が操作するノートPCを横から眺めているところだった。

 水上で阿武隈が叫んだ声が聞こえたせいか、顔を上げ、なんとなくと言った具合に笑って手を振ってくる。

 そんな、人の気も知らない能天気さに憤りを感じ、同時に尊さを覚える阿武隈は、自分の背後から突然上がった水音と「そーれー!」という間の抜けたまるゆの声に、思わず身を竦ませた。

 

 潜水艦・まるゆもまた、今日が初訓練の日だ。

 彼女本来の艤装は衣装を含めて規格外となってしまったため、伊号潜水艦の艦娘用の紺色のスクール水着と背部艤装を装着しての試験運用だ。

 そして、皆に先んじて装備を整え潜水していたものが、阿武隈の様子に気付いて急浮上したのだ。

 水面に上半身を吐出させると同時にまるゆが行なったのは、阿武隈のスカートの尻を盛大にめくり上げることだった。

 阿武隈が慌ててスカートの尻を押さえる頃には、犯人はすでに「もぐもぐー?」と気泡を残して水中に退避。

 阿武隈は恥ずかしさが湧き上がると同時に、潜水艦という艦種の恐ろしさを改めて実感する思いもあった。

 

 ソナーの恩恵がなければ、水面付近に浮上されるまでその存在に気付けない。

 深々度からの雷撃を回避するのも容易ではない。

 海上からの攻撃も、あちらの姿を目視できない以上、やはり外部の感覚器官に頼らざるを得ない。

 こんな潜水艦、しかも推定姫級相手に丸一日持久戦やっていたという響はどれだけの強者なのだと、感心を通り越して呆れてしまう阿武隈だったが、それは先の開発資材奪取作戦時にリスクとして顕現していた。

 ソナーが一瞬だけ敵の姿を捕らえ、ほんのわずかな時間動きを止めてしまったことが、決定的なダメージとなって返ってきた来たのだと、響は当時のことを悔しそうに語る。

 半ばトラウマとなっているにも関わらず、よく切り抜けられたものではあるが、しかしその脅威は未だに健在だ。

 

 海上に出れば、その潜水艦ともいずれ戦わなければならない。

 さすがに浮上ついでにスカートをめくり上げるお茶目な敵ではないだろうが、それでも気配や姿に直前まで気が付かないとなると、緊張の度合いが違ってくる。

 海上で立ち止まった瞬間に、死亡率が急激に跳ね上がるのだ。

 よって、真っ先に阿武隈に提案されたのが高速巡航と対潜警戒だ。

 高速巡航の方は海上に出なければ訓練を行うことが叶わないが、対潜警戒は別だ。

 幸い、この鎮守府では響が教鞭を取ることが出来るし、まるゆという練習相手もいる。

 まるゆにとっても、海上の標的を狙う訓練になるので有用だろうとは阿武隈も思うのだが、やはりそれよりも先にスカートが気になるのだ。

 

 どうしても動きがぎこちなくなってしまう阿武隈の様子に、ううむと唸った暁はひとつの提案をする。

 

 ――そして、10分後。

 

 再び水上に立った阿武隈は歓喜とも恍惚とも言える表情で目を輝かせていた。

 

「なんですかコレ! 超しっくり!」

 

 その身なりに変化はない。

 変化したのは、目に見えていない部分だ。

 先程と同じく海中から浮上したまるゆが不意打ち気味に阿武隈のスカートをまくり上げたが、被害を受けた阿武隈当人は泰然自若として微動だにしない。

 それもそのはず、阿武隈はスカートの下にスパッツを着用していたのだ。

 「ず、ずるいですー!」と口を尖らせ悲鳴を上げるまるゆを爆雷持って追いかける阿武隈、その様子を遠目に見ながら、暁と響は再び黙考していた。

 

「ねえ、響。スパッツって、中にパンツ履くものよね?」

「……私の記憶が確かなら、そうだね」

 

 じいっと見つめる視線の先、阿武隈のスカートが翻り中に履いているスパッツが盛大に見えているわけだが、どうにも下着の跡が観測できなかったのだ。

 

「……まあ、あれも補助艤装の内だし。いいわよね?」

「この近海じゃ、艦娘が深海棲艦か、あるいは提督にしか見られないだろうからね。大丈夫さ」

 

 そういうことにして、水上・水中組は早速訓練開始となった。

 

 

 

 ○

 

 

 

「あーあれ。阿武隈ったら、スパッツの中にパンツ履いてないわね。刷り込み情報に誤差があったのかしら?」

 

 メガネ型の補助艤装を調整していた雷がそんなことを大声で口にするものだから、休憩がてらお茶を飲んでいた提督と電は盛大に噴き出してしまった。

 目前のノートPCは無事で、その矛先は両方とも雷の顔面に向かった。

 落ち着いた動作でメガネをはずして拭きはじめるも、「……これ、自業自得なのかしら」と不服そうな表情に、提督も電も苦笑いで平謝りだ。

 

「しかし、それもそうだね。海上に出ればそれほど気にならないのかもしれないけれど、皆の衣装、下はスカートだものね。やっぱり、最初は恥ずかしいと思ったものなのかい?」

 

 何気なくそう問うた提督だったが、「あ、今のもしかしてセクハラだったかい?」と途端に不安そうになり、雷電は微笑ましげに大丈夫だと諭す。

 

「確かに最初は恥ずかしい気持ちはありましたが、それよりも“何とかしなくちゃ”って思いの方が強かったのです。後の方になると、皆が着ているようなインナースーツが実装され始めたので、それで恥ずかしいのは何とかなったのです……」

「電はほんと最初期も最初期のプロトタイプだものねー。私の方は、周りに整備の人とかいろいろいたけれど、あんまり気にならなかったわ。その時は私もまだまだ子供体型だし、眺めて欲情するような人もいなかったわ?」

「雷ちゃん雷ちゃん、世の中にはうちの鎮守府みたいにちゃんとした大人じゃない人もいるのですよ? 駆逐艦のパンツ画像を丁寧に収集している司令官さんも居た程なので……」

「……それは、電が以前所属していた鎮守府かい?」

「私ではなくて、同期の吹雪ちゃんが所属していたところなのです。報告書に載せる用の参考写真などの撮影を艤装妖精さんに任せているのですが、何故かどの写真もパンツが映っていて……」

「……あー、聞いたことあるわ。当時本部の方で問題になったっていうアレね? 故意ではないのにそういった写真になってしまうって頭抱えてたって……」

「今でも、本部には大量の資料が残っていると思うのですよ。……吹雪ちゃんのパンツこれくしょん」

 

 それは、本人すごく嫌なのではと苦笑いになる提督だったが、同期の電曰く「めげずに頑張る子だからたぶん大丈夫」という話を鵜呑みにして納得しておいた。

 

 

「さあ。それじゃあ、こっちも再開よ? 電、補助お願いね」

 

 席を立った雷は白衣を脱ぎ捨て肩を回すと、クレーンで運ばれてくる背部艤装の降下位置に仁王立つ。

 

「――速力系をやられている雷ちゃん用に調整した結果、かなり重めの設定になってしまいました。その代わりに、防空能力は秋月型に引けを取らないはずなのです」

「でもまあ、足が遅くなってるんだから確実にランクダウンよね? 高速巡航用に割いていた制御系の容量を完全に排除して対空兵装の制御につぎ込んでるんだし。足の速い敵や、潜水艦に狙われたらまずアウト、ね」

 

 そう言いつつ艤装を装着してゆく雷を眺めて、提督が抱いた感想はごつくて重そうというものだった。

 暁型の背部艤装に搭載されている連装高角砲を10センチから12.7センチの後期型に変更して左右二門に増設。高射装置も搭載済みだ。

 シールド付魚雷発射管を背部から脚部へ移設し、背部艤装と腰との間に秋月型のガイドフレームを噛ませている。

 自立稼働型長10センチ砲搭載のためのスペースが空白なのは、まだ調整がうまく行っていないからだと電は語っている。

 さらに上から降りてきた腕部艤装はふたつ、集中配備された25ミリ三連装機銃。通称“ハリネズミ”だ。

 両腕にマウントする形でそれらを装備すると、もはや雷の全身は頭部くらいしか生身の部分が見えなくなってしまう。

 その頭部にも、メガネをかけて覆ってしまう姿は、さながら全身甲冑のようだ。

 メガネは今しがた調整していた補助艤装のものだろう。

 電探の役割を果たすこの補助艤装は敵影を捕捉する他にも演算の補助をも引き受ける。

 無理な増設で操作性が悪化した艤装を制御するには必須なのだとは雷談。

 

「各種動作に異常無ーし。これであと三式弾とか積めたら言うことないんだけどねー」

「雷ちゃん雷ちゃん、それじゃあ重巡や戦艦なのです。今のままでも駆逐艦にとっては重量過多なのですよ? 今は弾薬未装填だからいいものの、装填済みで海上に出れば艤装の荷重軽減があっても足元がだいぶ沈むと思うのです」

「そうねー、ここにまだ自立稼働型が乗るんだもんね……。で、その自立稼働型は?」

「司令官さんの後ろで待機しているのです」

 

 電の言葉に恐る恐る背後へと振り向いた提督は、そこに気配もなく鎮座していた存在たちに驚いて、思わず仰け反って椅子から転げ落ちそうになる。

 提督の背後に居たのは、艤装の動作試験の時にクレーンで連れてこられた自立稼働型砲塔、通称“連装砲ちゃん”と呼ばれる補助兵装だった。

 あの時と異なるのは、それらが計4体も居て、2体ずつに異なった特徴が見られたことだ。

 

「4体のうち2体が島風型専用の“連装砲ちゃん”で、もう2体が秋月型専用の“長10センチ砲ちゃん”なのです。どちらも暁型にとっては規格外なので、専用のプログラムを構築する必要があるのと……」

 

 言い淀むように言葉を切った電は、鎮座する自立稼働型を見渡して、困った様な顔でため息を吐いた。

 

「全然、“起きて”くれないのです」

 

 自立稼働型砲塔は本来、その専属の艦娘が艤装を駆動させなければ目覚めないものではあるが、テスト運用のスターターは設けられていて、こうした試験運用や調整の段階で起動することは可能なはずだった。

 しかし、テストスターターを入れても、これらの自立稼働型は“起きなかった”のだ。

 

「肝心の自立回路、内臓AIが完全に眠ってしまっているのです。経年劣化によるものなのか、何かしらのロックがかかってしまっているのか……。それがまだ探れていないのです」

「ロックが掛かっているなら……。ここが一番長い電が知らないなら、あとは響?」

 

 面々が水上へ視線を向けると、こちらの会話を聞いたかのような的確なタイミングで水上の響が「私も知らないよー」と手を振った。

 

「自立稼働型の内臓AIは、どちらかというと艤装核などと同じくブラックボックス寄りの部門なのです。私も齧った程度のなので、どこまで突っ込めるか……」

「ま、ダメなときはその時よね? 弱点がおっきくなったけど、要はその弱点を晒さなきゃいいのよね?」

 

 案のひとつがダメになりそうだというのに、雷は気落ちする素振りを見せない。

 最低限、海上に出て行う役割があることにほっとしているなというのが、提督の見立てだ。

 

「私は防空専念。他の皆は、鎮守府近海に敵を近付け無いようにしてくれれば、これで大丈夫じゃない? そもそも連装砲ちゃんたちは、速力落ちちゃった私が撤退行動を取る時のための砲撃支援ってところが大きいんでしょう?」

「それはそうなのですが、何事も想定外なことの方が多いのですよ? 制御系を対空兵装に多く割いているので、速力・砲雷撃能力はもちろん、対潜能力も若干落ちているのです。爆雷のストックスペースは充分以上に確保してはいるのですが、今の雷ちゃんだと通常の潜水艦でも後れを取る可能性の方が高いのですよ?」

「う。痛いとこ突かれちゃったなあ……。でも、潜水艦は怖いけれど、中途半端な防空能力じゃ意味ないし……」

 

 そうして電と雷が問答するのを横に、提督は待機状態で静止している連装砲ちゃんの1体の前にしゃがみ込んだ。

 提督の腰までの大きさしかないこれらの兵器が、自我を持って艦娘に着いて歩いていたとは、にわかに信じがたかった。

 砲口にキャップが掛けられた砲身に振れ、伝って砲塔部に触れる。

 冷たく無機質な温度と感触は、これが確かに彼女たちの艤装なのだと伝えてくれる。

 ここに並ぶのこれらは、かつてこの鎮守府で運用されていた艦娘たちの用いていた艤装のスペアだという。

 本来の主人でなければ起動しないとばかりに臍を曲げているのだとすれば、それはどこか物悲しくも、そして微笑ましくも思えてしまうなと、提督が顔にあたる部分……、コミュニケーション用の投影パネルに触れた時だ。

 

 低い駆動音が静かに響き、パネルが点灯し文字の羅列が生まれた。

 びくりと手を引っ込めて事態を見守る提督の目の前で、連装砲ちゃんは起動完了し、コミュニケーション用パネルに表情が灯った。

 そのパネルが、連装砲ちゃんが浮かべるのは疑問。

 首を傾げての(ほぼ砲塔全体を傾ける形になるが)疑問だ。

 

「……ねえ、雷? 電? これは……?」

 

 ぎこちなく振り向いた提督は、ぴたりと表情と動きを止めて固まってしまっている雷と電の姿を目にする。

 その無表情ぶりに少々恐怖を感じたものの、次の瞬間にはテーブルをひっくり返さんばかりの勢いで詰め寄って来た。

 

「うっそ、なんで起動したの……!? 司令官、いったい何したの……!?」

「いや何も、何も……! ああ、パネルに触れたよ。そうしたら急に起動したんだ」

「……パネルに掌紋認証が? ……でも、誰がそんな設定を……。そもそも鎮守府所属ではない部外者が触れたところで……」

 

 掴みかからん勢いで問答する雷と提督を余所に、ぶつぶつと呟き始めた電はひとりテーブルに戻ってノートPCを操作し始める。

 なにやら鬼気迫る表情で、提督はおろか雷も声を掛け辛そうにしている。

 

「あちゃあ……。電のアレ、久しぶりに見たわ」

「以前にもあんなふうに?」

「そ。うちの電ってドジッ娘のくせして、だいたいあらゆる事態を想定して対策を練っている節があるんだけれど、その分想定外のことが起こった時はそっちに注意が掛かりきりになっちゃうのよね」

「さっきも、想定外がと、いろいろ言っていたね。しかし、この鎮守府が一番長い電でも“これ”は知らなかったのだね?」

「実際、まるゆ建造の件も立ち会った艦娘が不明なままだし、言っちゃあもう想定外だらけよね?」

 

 艤装状態の雷がため息交じりに肩を竦めて見せると、起きたばかりの連装砲ちゃんもそれにならってリアクションを取って見せた。

 モーショントレースは正常に動作しているらしい。

 表情まで「やれやれ」と言いたげだ。

 

「もー! プロテクト掛けるならマニュアル残しておいて欲しいのです! 司令官さん、他の子たちにも触ってみて下さい! 端末に接続して検証を……」

「いやあ、それがね? 電……」

 

 電が表情で「まさか?」と問い、提督が表情と首肯で「うん、まさか」と答える。

 提督が触れていない他の個体たちも“起きて”いて、砲塔同士でわきわきと動いてコミュニケーションを取り始めていたのだ。

 

「あっちゃあ……。どうするー電? 起動条件再現するために一度眠らせる?」

「ううう、一旦落としちゃったら、また起動するかどうかわからないのです……。このままテスト起動状態で様子を見るしかないのです。明らかにマニュアルにはない、仕様外のプログラムが組み込まれているので……。それを解析しないことには、実戦に投入するにはあまりにも危険すぎます……」

 

 電は言いながら、連装砲ちゃんのうち1体を手招きして呼び寄せ、複数のコードでノートPCと接続し、そのまま解析作業を始めてしまう。

 そのあいだ、提督と雷で連装砲ちゃんたちとあれこれやり取りしていたのだが、少しの間も置かずに電がテーブルに突っ伏す大きな音が聞こえてきた。

 

「何かわかった……、ような感じではないよね?」

「いいえ、司令官さん。ひとつだけわかったのです。これは電には絶対にわからないどころか、手を出せないということが……」

 

 消沈する電が提督たちにノートPCの画面を向けて見せる。

 画面上にはなんらかの認証コードの入力画面となっていたのだが、どうにも提督には釈然としない感触が残った。

 このようなパスワードの類ならば、電が何とかしてしまうのではないかという思い込みがあったのだ。

 AI内臓の自立稼働兵装とはいえ艦娘の艤装自体に多くの制限が効いている以上、ここまで厳重なロックを掛けるものなのだろうかという疑問もだ。

 

「……この認証コードは研究者のものが必要なのです。艤装のブラックボックスを開放するのと同等の権限。電たちはもちろん、この鎮守府の誰もが、連装砲ちゃんの再設定を出来ない。それが、現状なのです……」

 

 

 

 ○

 

 

 

 4機の自立稼働型砲塔は雷と共に水上に出て訓練組と合流した。

 しかし、艦娘が訓練指示を出すも言うことを聞かず勝手に遊び回り、もはや訓練というよりは水遊びの様相を呈しているのが現状だ。

 火器管制のロックは有効であり、弾薬も装填していないので暴発の危険はない。

 また、人間や艦娘に対して敵対行動を取れないようにプログラムされているのため、現状は好きなようにさせている。

 連装砲ちゃんと長10センチ砲ちゃんを雷の直援にする計画は、認証コードという最大の壁が立ちはだかったため、計画は保留。

 結局、何故予備であるこの砲塔たちに研究者レベルのロックが掛かっていたかは、ついにわからず仕舞いだった。

 

 雷の艤装は秋月型のガイドフレームを除外して、自立稼働型の制御に回すはずだった容量を対潜系につぎ込むことで暫定とした。

 対空・対潜に特化させる形となったわけだが、速力系に難がある以上、誰かひとりを補助につけるべきではないかいう意見が出たが、これも保留して後々に先送りする形となった。

 そもそも、雷の出撃が必須となる状況というのは、もうこの鎮守府に敵艦載機が迫り、空襲を警戒しなければならない段階だ。

 その状況をシミュレートしてからでないと作戦を立て難いということもあり、今日のところは先に水上に出ていた組も訓練を切り上げて水遊びになってしまっているのだ。

 

 いろいろテストしたい艤装があったし、進めている改装計画もあったのだが、まあしょうがないかと、ノートPCを畳む電の表情は疲れ切っている。

 テーブルに突っ伏してマニュアルの再構築がどうのと呟いている様子には、なかなか声を掛け辛いものがある。

 その向こう、水上ではしゃぎまわる艦娘たちに視線を向ければ、提督の顔に浮かぶのは微笑ましげな笑みが8割、苦笑い2割といったところ。

 

「随分と人懐っこいAIたちなんだね? ああしているのを見ていると、とても兵器とは思えないよ……」

「島津研究所の艤装はどれもピーキーで他企業との互換性がないので厄介なのです。特に、ああいった自立稼働する艤装は他の企業機関では開発が進んでいないので、島津の専売特許となっているのです」

 

 電が言うには、あのようなマスコットのような外見や仕草にも意味があるのだという。

 深海棲艦の支配海域では物理現象がねじ曲がり、生き物の活動に適さない環境になるのだが、人間と動植物とではその効果範囲が極端に違うのだ。

 実質の支配海域外であっても、動植物たちはその異常を敏感に察知してしまい、人間より先に駄目になってしまうのだという。

 

「なるほどそうか……。ああいった外見や仕草は、愛玩動物の、ペットロイドの代わりも果たしているということなんだね」

「はい。さすがにこういった任務に動物は連れていけないのですよ。植物なども枯れてしまうか変質してしまって、逆に乗員の精神を病むという報告は、幾度か目にしたことがあるのです……」

 

 顔を伏せるようにして電は語る。

 彼女の長い艦娘としての生の中で、報告書の他に、そう言った光景を実際に見てきたのだろう。

 奇行に走る動物や奇形に成長する植物は、それだけで不安を掻き立てるものなのだと言う。

 そしてそれは、人間とて同じなのだ。

 

 自分はそのようにならぬよう気をつけねばと気を入れる提督ではあったが、先に話があった極地活動適正のことを思いだし、少しだけ陰鬱な気持ちになってしまう。

 人間では有り得ないと言われている甲適正者。

 自分がそうであると告げられたところで何ら実感は得られなかった。

 体や精神に変調を起こして彼女たちを不安がらせることはないだろうと安堵を得るが、自分という人間が異質なものであると事実を突き付けられたようで、心に霧が掛かったような感触が残った。

 記憶がないことを今まで以上に不安に感じる反面、だからこそ、それを振り払う意味も込めて、彼女たちの手助けにと没頭する原動力にもなった。

 

 指南書をはじめとする資料類の読み込みの他にも、暁などに戦術面での判断を仰いだり、響に艤装関連の講義を受けたりと、書だけではなく人からも教えを乞うことも始めている。

 実際に海上に出て立ち回る彼女たちの考え方や癖を、出来るだけ把握して覚えておきたいという考えもあったし、共にある彼女たちのことをもっと知らねばという思いもあった。

 特に、新入りふたりについては尚更だと視線を水上へ向けた矢先、阿武隈が浮上したまるゆにつまずいて盛大に転倒する場面を目の当たりにしてしまった。

 

「……失礼かなとは思うけれど、そう言った意味では艦娘の存在も、そうなのかな」

「はい? 何が、ですか?」

「癒されるよね」

 

 提督に笑顔で言われた電は照れて一瞬で真っ赤になり、すぐに「あ、阿武隈ちゃんとかですよね!? そうなのですよね!?」とあわあわし始め、ばしばしとテーブルを叩いた。

 

 こうして艦娘を“癒し”として見てしまうのは偏見かなと提督は思うが、周囲がそれを許してくれる環境であると再確認させられ、神妙な気持ちになる。

 そういった環境は、彼女たちの意識的な、あるいは無意識的な気遣いで成り立っている。

 もしもこの鎮守府以外で同じようなことを提督が言えば、即更迭という可能性も充分に有り得ると、指南書に添付されてた事件記録にはあった。

 皆の大らかさに感謝しなければなと思う反面、欲を言えば一緒に風呂に入れられたり寝落ちしてしまった時に添い寝されているのもどうにかならないかと思うのだが、そこまでは欲張りすぎかなと頭をかく。

 

 

「癒し、というのならば、連装砲ちゃんたちはこのままにしておきましょうか? 作戦時に運用することは出来ませんが、身の回りのお手伝いなどしてもらう分には、テスト起動状態でも問題無いはずなのです」

「そうなのかい? 兵器としての本分を果たしたいと言って、臍を曲げられないかな?」

「それは、どうなのでしょうね……。こうして“起きた”からには、何らかの役割を果たすためだとは思うのですが……」

「彼らの考えを聞いてみないとね。エネルギーはどれくらい持つんだい?」

「100%充填状態からならば、非戦時モードでの連続稼働は72時間程。およそ3日は持つので、その都度補給という形になりますね。専用の燃料タンクを増設すれば、更に長期間の連続稼働が可能になるのですが、これは認証コードがないと、なんとも……」

 

 艦娘から離れて稼働するタイプの自立稼働型は、その個体独自の燃料タンクを持つ。

 艤装本体から離れて作戦行動にあたるために必須であり、万が一海上で艦娘とはぐれた場合に自力で帰投できるようにと、燃料タンクを増設できる仕様にもなっているのだ。

 電の話を聞く限り、このままのテスト起動状態でも問題はないなと頷いた提督は、差し出されたノートPCのキーを叩いて許可証等に承認を与えてゆく。

 

 そんな提督の横顔を眺める電の表情は優しげで、先ほどの疲れ切った様子は成りを潜めていた。

 

「……私たち艦娘にとっては、司令官さんも癒し、なのですよ……?」

 

 電としては、口の中でもごもごと呟く程度の言葉だったのだろうが、提督は作業の手を止めて、しっかりと一言一句を聞き届けていた。

 無言の笑みで「それは?」と意味を問うてくる提督に、電は真っ赤にした顔を俯かせて、消え入りそうな声で応える。

 

「私たち艦娘は、司令官さんを通じて人を見るものなのです。なので、自分たちの司令官さんが無病息災であれば嬉しいですし、私たちの存在意義を再確認して安心もするのです。こうして指示を出してくれる人がいるということは、私たちは人を守れているのですね、って……」

 

 なるほど、艦娘の立場ではそう考えているのかと、提督は黙して頷く。

 悪い方に転べば依存の心理になってしまうような考えだが、それも彼女たちの仕様の内なのかと考えると、どうにも釈然としないものが腹の中に残ってしまう。

 提督を失い、この孤島で10年を過ごして来た六駆の艦娘たちが、そういった心理に傾かなかったわけがない。

 しかし、未だ誰もが依存の気配を見せないのは、彼女たちが努めてそうならないようにと自分を保ち続けてきたからに他ならない。

 彼女たちのそうした強さと、抱えて隠し続けてきた弱さの姿を、提督は知っている。

 

「……しかし、雷や響は攻めすぎだと思うのだよね? 抑圧からの解放を求める気持ちは、わからなくはないのだけれど……。さすがに、スキンシップが強烈すぎると言うか……」

「は、はわわわー……。す、ストレスを溜めこむのもあまり良くはないと思うのと、私以外は人間で言うと思春期真っただ中で多感な時期ということで、司令官さんに負担にならない程度で見逃して頂けるとありがたいのですが……」

「電も充分思春期していると思うけれどね?」

 

 非常に匙加減の難しい注文が来たなと、提督は苦笑いせざるを得ない。

 困った様に目を泳がせる電に善処するよと声を掛け、さあこれはいよいよ慣れるしかないのだなと、気持ちを切り替えるためにノートPCの画面に向き直った。

 

 

 


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