孤島の六駆   作:安楽

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2話:9ヵ月後の彼女たち②

 海底が目視できるほどの浅瀬の上。前方に目を凝らす重巡・高雄は、本作戦の目標である巨大な影を視認した。

 広大な環礁地帯にぽつんと佇む影は、周囲に縮尺を比較出来るものが何もないせいか、近付いてみて初めてその巨大さを認識することが出来る。

 水無月島第一艦隊が敵艦隊の注意を惹きつけているあいだ、高雄率いる第二艦隊がこの巨大な影を調査することこそ、本作戦における要だ。

 巨大な影。座礁横転したそれは、見上げる程に巨大な軍艦の形をしていた。

 その軍艦は大小の砲を持たず、航空機発着艦用の甲板を備えた構造をしていた。航空母艦だ。

 全長およそ260メートルを超える長大な船体は、座礁横転していることで特徴的なバルス・バウが目視で確認できた。

 第二次大戦中の日本帝国海軍所属の航空母艦、翔鶴型を再現したものだなと高雄は判断する。

 

 極地突入作戦、というものがある。深海棲艦の支配海域へ突入し、影響力を保持する敵姫・鬼級を討つ作戦だ。

 水無月島鎮守府が機能停止して敵支配下に置かれる以前から、海域奪還のために敵支配海域への侵入は計画されてきた。

 その最大の課題となったのが、電子機器や機関が原因不明の不調を生ずる海域に、どうやって艦娘を輸送し、戦闘、補給、修理などを行うかと言う点だった。

 敵支配海域にて通常運用出来得るのは、艦娘の艤装とそれに関連した施設のみであり、“例外”を探すことに数年を要している。

 度重なる検証の結果判明したのは、近代兵器より以前の技術、具体的には二次大戦中に活躍した軍艦の機構を要する船舶ならば、支配海域での安定した航行が可能だということ。

 すなわち、艦娘の元となった軍艦の構造と機能を持つ艦船こそが、その“例外”だったのだ。

 “海軍”は二次大戦中に活躍した軍艦の構造と機能を再現し、かつ鎮守府としての機能をも内包した“移動する鎮守府”の建造を進め、その計画を“装甲空母建造計画”及び“超過艤装運用計画”と名付けた。

 

 高雄の目の前に横たわる翔鶴型は、その計画によって生み出された、移動型の艦娘運用施設なのだ。

 本来は航空機を運用するはずの飛行甲板を、艦娘が運用する艦載機をはじめ、対深海棲艦用の航空機を運用するための飛行場として運用。

 また、その甲板から艦娘をカタパルトで射出するという機能をも有している。

 まるでロボットアニメの世界だねと、高雄の後方を静かに着いて来る響が苦笑交じりに告げた感想に、高雄自身も苦笑で返すことしか出来なかったことは記憶に新しい。

 

 横たわる空母のすぐ側まで主砲を指向しながら接近した高雄は、周囲に敵影なしと判断し、後続の艦娘たちへと振り返る。

 水無月島鎮守府の第二艦隊は、第一艦隊のように島生まれの艦娘ばかりではない。

 響と、そして出戻りの天津風を除けば、この第二艦隊の面々は皆、他の鎮守府所属の艦娘なのだ。

 所属を示す腕章もワッペンも、響と天津風以外の面々はふたつ、左の袖に着けている。

 元々の所属を示すものと、水無月島鎮守府のものと、ふたつだ。

 

 旗艦を務める高雄自信も、水無月島で建造された艦娘ではない。

 極地突入作戦の際、件の装甲空母部隊の一角としてこの海域に突入し、仲間を失い孤立したところを水無月島の水偵に発見・保護されたのだ。

 しかしまさか、艦艇時代に世話になった朝霜に助けられるとはどんな運命の悪戯だろうかと、苦笑し涙したものだ。

 救助・保護され、しばしの休養を取った後、高雄は水無月島の第二艦隊の旗艦を任されることとなった。

 艦娘としての稼働年数が20年を越え、かつ旗艦としての経験も豊富ということで、提督や他の艦娘たちからの推薦があったのだ。

 他の水無月島所属の艦娘を差し置いての登用に、よくも不平不満が起こらなかったものだと、当時はひどく驚いたことを覚えている。

 

 この海域では名誉や武勲などがなんの役にも立たないと言うことを、皆が知っているからだと、高雄はそう考える。

 旗艦となった名誉に浮かれるよりも、任務を成功させて次へと繋げるための思考を重視する。

 自分たちに逃げ場がないことを理解しているからこそ、誰もが自分の役割を全うしようとする。

 そのうえで、孤立した味方はおろか、沈みかけの敵艦まで助けようとするのだから、とても正気とは思えない。

 

 しかし、そうした信念の元に高雄は救われ、ここでこうして艦娘としての本分を全う出来ている。

 仲間も、命令を与えてくれる提督も失った今、高雄には水無月島が全てだ。

 彼女たちを守り、この海域の外へ無事に送り届けることこそが、今自分がこうして水面に立っている理由だと高雄は考える。

 そして、この翔鶴型の調査はそのための布石となるかもしれないのだ。

 

 

 ○

 

 

「水無月島第二艦隊、旗艦・高雄以下、響、時雨、天津風、夕張、青葉、目標地点に到着。これより調査を開始致します」

 

 後続の艦娘たちに対して、静かに、確認するように告げる高雄に、それぞれから静かな頷きが返り、いよいよ作戦開始となる。

 響、時雨、天津風、夕張がそれぞれ主砲の代わりに搭載していた自立稼働型連装砲たちを展開して海上に投下、続いて艤装の各部増設収納から妖精たちを満載した発動艇を次々に降ろしてゆく。

 自立稼働型砲塔と妖精たちを翔鶴型の艦内に送り込み、内部の探索と情報収集を行うのだ。

 艦内への侵入経路を艤装付のパネルで確認する天津風と夕張は、自立稼働型たちのカメラアイを通じて、艦内の映像を撮影・記録する。

 持ち出せる資料が焼失している場合も考え、内部の様子や手がかりになりそうなものを映像記録に残しておくのだ。

 

 発動艇にて出撃した妖精たちは、翔鶴型の装甲が剥がれたわずかな隙間から中へと身を滑り込ませていたが、やがて焦れったくなったのか、各々が鋼の装甲に染み込むようにして侵入していった。

 物質と非物質の境界がないが故の芸当だなと、高雄は次々に艦内へ消えてゆく妖精たちを見送り苦笑を浮かべる。

 妖精には物質と非物質の概念が通用しない上に、彼女たちには基本、生死の概念すら存在しない。

 彼女たちは自らが「よし、死のう」と思わない限り消失することはない。例え作戦行動中に海に放り出されても、航空機搭乗時に撃墜されても、しばらく時間が経つとひょっこり姿を見せるのだ。

 

 この敵支配海域でたった1隻取り残され通信もままならない状況にあって、高雄の心の救いだったのがこの妖精たちだ。

 艤装の中に潜り込んでいる彼女たちがいなければ、救助が現れるまで高雄の精神は持たなかっただろう。

 

 

「僕も中に入るよ。お先に」

 

 そう告げて高雄の横を通り過ぎたのは時雨だ。

 この敵支配海域で5年の時を過ごした時雨の肉体は、共に作戦行動にあたっている響同様、10代後半の女のものへと成長を遂げている。

 眼鏡で目元を覆い視線を隠し、手の甲に“27”と刻まれたタトゥーにキスする仕草は、ここにいる面々の間でもすでにお馴染だ。

 

 脚部と艤装核を内蔵する腰部艤装以外を解除した時雨がすいと海面を進み、甲板の手すりに対して背中を向けて垂直にジャンプ。片手をかけて、逆上がりの要領で身を跳ね上げて、手すりに尻から軟着陸し、ほぼ真横となっている甲板に背中を預けた。

 泥濘よりも不安定で力の掛かりにくい水面を足場にした垂直跳び。艤装の補助なしに良くやるものだと、高雄は尊敬八割呆れ二割の心地で、こちらに向かって手を振りつつ移動を開始する時雨を見送った。

 肉体面の鍛練を怠らず、鍛え上げた分を体にフィードバックしているが故の荒業だが、長期に渡って栄養も休息も満足に取れていなかった時雨がここまで持ち直したのは奇跡的だなと、高雄は以前の彼女を振り返る。

 

 今から5年ほど前、輸送船団の護衛に従事していた時雨は、その任務の最中に敵艦隊の強襲を受けた。

 護衛していた輸送船団は壊滅、護衛の艦娘たちも、時雨1隻を除いてすべて轟沈している。

 本来ならばその時点で所属鎮守府の提督に報告し帰投するべきだったところを、時雨は敵艦隊を追って単艦で追跡を開始、敵の支配海域に突入してしまう。

 通信器が故障していたことと、なにより建造されてからずっと一緒に任務に当たって来た最愛の姉を目の前で失ったことが、時雨の自制心を完全に葬り去ったのだ。

 

 高雄とほぼ同時期に水無月島に拾われた時雨ではあったが、こうして共に任務に当たれるようになるまでにはかなりの時間を要したものだ。

 肝心の仇討ちの方は、水無月島の面々の協力もあり、およそ3ヶ月ほど前に、時雨自身の手による決着を高雄たちは見届けている。

 今ではすっかり気も抜けて穏やかになり、同室の龍鳳にべったりとくっつかれる姿をよく目にするようになった。他の艦娘たちと食事したり話しているところもだ。

 それ以前は常に張りつめた雰囲気を身に纏っていて、誰も彼もを近付けなかったというのに。

 

 

 時雨の姿が艦内に消えると「では自分も」とばかりに響が進み出て、競うように手すりに向かってジャンプするが、まったく届く気配がない。

 響とて10代後半の少女の肉体を得てはいるが、それはせいぜい学校の体育で良い成績を収める程度の身体能力に過ぎない。

 時雨のような、オーバーワークを体にフィードバックしていない艦娘では、到底届かない距離なのだ。

 無理な三角跳びに失敗して海面に背中を打ち付けた響は結局、夕張の艤装に搭載されたアンカーを甲板の手すりにひっかけ、チェーンを腕力で持って登攀する形に落ち着いた。

 しかし、それを見送る高雄が解せなかったのは、響は腕だけでチェーンをよじ登り辛そうにしている様子だった。

 てっきりまだ時雨の腕力に張り合っているのかとも思ったが、苦笑いの天津風が「違う違う」と口を挿む。

 高雄よりかは少し背が低いくらいの“この”天津風の存在にもようやく慣れてきたところだが、それでもまだまだ彼女を駆逐艦・天津風として認識してよいものか、やはり疑問が生じてしまう。

 

 響や時雨たちと同じく10代後半の少女のものに成長した体を補助艤装のインナーで包み、その上から彼女本来の衣装である陽炎型テスト機の制服を上だけ羽織った姿は、なんとも目のやり場に困るものだった。

 デフォルトの天津風の身長ならば太腿の中ほどまでを隠す上着の丈は、今の彼女が着ると臍がぎりぎり見えるか否かといった丈でしかない。

 インナーを着ているのだから問題ないとのたまう天津風ではあるが、それはすなわち、くっきりと浮き出た下半身のラインを人目に晒しても構わないということに他ならない。

 彼女の妹艦の浜風がしきりに自分と同じ陽炎型の制服を勧める光景は幾度も目にしてはいるが、どちらにしろ天津風はスカートを履くつもりが微塵もないのだろうというのが高雄の見立てだ。

 

 彼女、陽炎型駆逐艦9番艦・天津風は、元々は水無月島鎮守府に所属していた艦娘だった。

 鎮守府最後の出撃時に戦艦・大和をはじめとする艦娘たちと共に出撃し、そして帰らぬ人となったはずの艦娘のうち1隻だ。

 実際に天津風も戦闘中に負傷して艤装に深刻なダメージを負ったものの、奇跡的に生き延びて、当時はまだぎりぎり敵の支配海域ではなかった諸島の片隅に流れ着いたのだ。

 天津風の場合はそこからが地獄だった。

 

 艤装の通信器は破損していたものの、携行していた連装砲くんの救難信号は無事に発せられた。

 しかし、友軍の救援はいつまでたっても彼女の元に訪れなかった。

 その時の水無月島は鎮守府としての機能が完全にダウンしており、通信器も損壊していたのだ。

 もし仮に、通信器が無事で連装砲くんからの救難信号を受け取ることが出来たとしても、その時の水無月島には提督が不在であり、六駆の姉妹たちは艤装を纏うこともままならなかったはずだ。

 

 その間にも敵の支配海域は徐々にその勢力を拡大し、ついには天津風の身を置くエリアまでもが影響下となってしまう。

 長いサバイバル生活で精神は徐々に擦り切れ、唯一の話し相手だった連装砲くんの故障もあって、天津風は一時廃人のような状態に陥っている。

 もしも、敵支配海域で単独実験中だった夕張が天津風を発見しなければ、彼女は今でも物言わぬ抜け殻のままでいただろうとは、容易に想像がつく。

 今現在は天津風自身も、相棒の連装砲くんも限定的な作戦には参加できるまでに復帰している。

 

 さて、その天津風が言うことには――、

 

「ほら、内腿が擦れるでしょう? 弱点なの。響の」

 

 言われて、高雄は「ああ」と納得し、赤面した。

 艦娘の衣装というものは露出度が高いものが多く、高雄の衣装とてガーターベルトを装着した太腿を外気に晒している。

 響や天津風のような艤装の操作性に問題のある艦娘は補助艤装のインナースーツを着込んでいるわけだが、このインナーは頑丈な割にかなりの薄さを誇る。

 夕張をして「なんですこの超薄型は……、感度ばっちりじゃないですか……!」と戦慄させる程の代物で、体感としてはほぼ着用していないに等しいのだ。

 その夕張が、眉をひそめて首を傾げる。

 

「あれえ? インナー感度設定出来ない? この前の鬼退治で一時解除した時に、芝生重工のデータダウンロードしたでしょう? その元データ使って改良しておいたはずなんだけど……」

 

 共に響の登攀を見守っていた面々に対して不思議そうにそんなことを呟くが、高雄は件のインナーを着たことが無いのでさっぱりだ。

 支配海域の一時解除時に人工衛星経由で“海軍”本部から情報をダウンロードすることが定番となって久しいが、高雄とてそのすべてを把握しているわけではない。

 特に艤装関連は夕張や天津風の領分で、以前はそこに響も関わっていたはずだ。

 しかし響の方は第三艦隊の面々の訓練役として現場に出ることが増えたため、そのあたりは出戻りと新参の2隻に任せきりだったようだ。

 まあ、天津風が口元に指を当てて「しー!」と口止めしようとしているということは、そのあたりの情報を響には内緒にしておきたかったと言うことなのだろう。古馴染の悪戯心か。

 登攀途中で動きを止めた響が「今に見てろ?」と言わんばかりに笑みを浮かべ、手首の操作スイッチをいくつか弄り始めていたので、この問題は解決だ。

 

 響に続いて天津風がアンカーの鎖をよじ登って行く。

 その背中には自立稼働型連装砲の搭載スロットを保持したままで、ちょうど天津風の専用機である“連装砲くん”が居座ったままだ。

 非武装化して他の自立型砲塔たちの統括機として運用されている“彼”は、天津風と共に10年間、この敵支配海域を彷徨い続けた戦友だ。

 故障のため一時的に機能を停止していたが、夕張と合流した後、他の自立稼働型の遺品ともいえるパーツを継ぎ接ぎして応急修理され、復旧を果たしている。

 ボディの溶接跡や不揃いのパーツは痛々しくも見えるが、“彼”にとってはこの姿こそが誇りであり、同じ戦場で散って行った同型機たちへの敬意と弔いの意もあるのだと、内臓AIは新しいボディへの換装を頑なに拒否し続けているのだ。

 ……という面があったかと思えば、鎖をよじ登る主が重そうにしているのをその背中で煽ったりもしているもので、大概いい性格だなと、下から見上げる高雄たちの表情は微笑ましい。

 まあ、天津風が登りきった後の夕張が、チェーンの巻き上げ機能を隠していたことも大概だったが。

 

 

 そうして、海上には高雄ともう1隻が残され、内部へ侵入した面々が探索を切り上げるまで周囲を警戒することとなる。

 高雄としては、この片割れこそが最も気を揉む存在なのだ。

 

「ああああー、私も艦内に侵入してー、情報収集したいですぅー。うううう……」

 

 隣り、落ち着かない様子でそんなことをのたまうのは重巡・青葉。

 半年前に決行された極地突入作戦にぎりぎりで参加が決まり、高雄とは別の装甲空母に配属され、高雄たちと同じく1隻だけ生き残り、水無月島の水偵に発見・保護された艦娘だ。

 体の成長等はなく性格や思考もデフォルトに近いもので、高雄としては一番自分に近いタイプの艦娘だなとは考えているが、どうにもこの青葉に対しては苦手意識が拭えない。

 

「貴女は私と周囲を警戒よ、青葉。……青葉? さっきからもじもじして、まさか……」

 

 高雄の訝る視線の先、青葉は内股気味の姿勢でもじもじと体を震わせながら照れくさそうに頭をかいた。

 これ見よがしに盛大にため息を吐いた高雄は、額に手を当て横転空母の向こう側を指さす。

 

「……私はこちら側を警戒しますので、青葉はあちらを」

「いやあ助かります! 恩に着ます!」

 

 困り顔で頭をかいた青葉は踵を返し、内股気味の姿勢のまますいすいと艦の向こう側へと消えてゆく。

 食えない女だと、高雄はその後ろ姿に警戒を帯びた視線を向けた。

 

 “この”青葉がそうだという確証はどこにもないという前提の話だが、“海軍”において重巡・青葉と言う艦娘は、本部直属の間諜であるという噂を良く耳にする。

 曰く、青葉が着任した数ヶ月後に、提督が更迭され不正の記録が明らかになった。

 曰く、青葉が編成に組み込まれた艦隊が彼女を残して全滅し、彼女だけが敵の重要な情報を持って帰ってきた。

 曰く、艦娘・青葉には、最初から特殊な刷り込みが掛けられていて、本人の意思に関係なく、海軍本部の思惑を果たすような立ち回りを促されている。

 どれも噂の域を出ないこと、と言うわけではない。実際に起こった事件から発生した噂話。根も葉もないと言うわけでは、決してないものだ。

 艤装も彼女のものは特注品で、夕張でも弄れないと嘆いていたことも、その可能性を後押しする。

 

 この青葉も“そう”だとは、高雄とて断定出来ない。

 私生活や任務中の行動などを観察したうえで、確かに何やらきな臭いと感じる部分は山ほどある。疑う方に思考が傾いていれば、なんでもそう見えるのかも知れないが。

 しかし、そういった噂や疑念を無視して余りある程、高雄には青葉を疑いきれない気持ちもあるのだ。疑いきれないというよりも、憎めないというべきか。

 件の、時雨の仇討ちの時のことだ。一緒に出撃した青葉が、高雄を庇って轟沈寸前の重傷を負ったことが、そう思ってしまう原因かも知れない。

 どうかそれが致命的な隙にならなければ良いがと、ため息を吐く高雄の耳に、あまりこの場では聞きたくなかった水音が飛び込んでくる。

 

「ちょっとお! ちょっと青葉あ!?」

「わあわあわあ!? ちょっと高雄さん!? 脅かさないで下さいよう……! 変なところにひっかかっちゃいますから!! もう!」

 

 ビンゴだった。高雄は盛大にため息を吐いて、額を掌で打つ。

 今のこの有り様だって、青葉が本当にお花を摘んでいるのか否かは、実際に回り込んで確認しなければわからない。

 例え高雄の想像通りの光景が広がっていたとしても、その行為に偽装して何かをしているのかもしれない。

 ……と言うところまで考えて、やめたやめたと、高雄は苦笑交じりに肩を竦める。

 

「……お馬鹿、と言って差し上げますわ?」

「わわわ! ちょっと妖精さん! 撮っちゃダメ! ダメですー! 写真ダメダメええって、ああああ!?」

 

 まるで人体が水面に倒れ込んだような水音を努めて無視するように、高雄は翔鶴型の装甲に注視する。

 “装甲空母計画”で建造された移動型鎮守府は、高雄が知る限りでは計12隻。

 一番艦から十二番艦まである装甲空母は、その半数の6隻が、半年前の極地突入作戦でこの海域に侵入している。

 当然、作戦に参加する艦や、それに登場する顔ぶれは覚えているが、目の前の艦はそれらの記憶には含まれないものだった。

 初めて見る装甲空母。

 艦の番号を示す数字は剥がれ落ちてしまっていたが、日焼け跡はくっきりと残っていた。

 その番号は“0”。零番艦。高雄の知る“装甲空母計画”には存在しないはずの艦だ。

 

 艦内に侵入せずに外観を調査している妖精たちの見立てでは、この翔鶴型が座礁した時期は、ここ1年前後なのだという。

 当然、その頃には高雄が参加した突入作戦は計画されておらず、それどころか突入作戦そのものが見直されようとしていた段階だったはずだ。

 それが一転、突入作戦決行側に動きが傾いたのは、9ヶ月前。熱田島鎮守府が水無月島鎮守府のSOSを受信したことがきっかけだ。

 この翔鶴型が座礁した1年前と、水無月島からSOSが発信された9ヶ月前。

 そのあいだの3ヵ月間に何があったかを考えると、高雄は自分が険しい顔になるのを自覚せざるを得なかった。

 偶然の産物かと思われていた諸々の事象に、何者かの意図があったのではないかと、そう疑心が湧きはじめていたのだ。

 


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