孤島の六駆   作:安楽

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波間⑥

 戦艦レ級、個別コード“バンシィ”は、“隼”の瓦礫の上に膝を抱えて座り、海上を慣性のままに流されていた。かの交戦より半日が経過し、周囲は鈍い暗闇に包まれている。すでに本体や生態艤装の修復は完了していて、いつでも再出撃可能な構えではあるが、“指揮者”から追撃の指示は受信していない。そもそも、“バンシィ”の自我はしばらく動きたくないと、そういった感情を得ていた。

 上位種より与えられた指示のままに敵を打撃することは、この10年で幾度もあった。しかし、今回は何かが違った。蓄積したセオリー以外の動きばかりされて、久しく使っていなかったはずの領域ばかりを稼働していた気さえする。“指揮者”がこちらに航空機を差し向けなければ、あのまま削り切られていた可能性が高いと判断できる。単独での運用における限界を、“バンシィ”は感じていた。

 これが、駆逐・軽巡級などを複数伴っていれば、結果は少しだけ違ったものになったかもしれないが、他の艦種では速度の乗った“バンシィ”に追いつけず、連携も何もない。かといって、速度を殺して連携を取ったところで、あの敵は逃げるという選択肢を取るだろう。自他の損害を考える限り、それが妥当な判断だと、“バンシィ”は彼我の思考にそれほど差がなかったはずだと確信を得る。

 

 さて、何故、あのよう結果となったのか。再思考する。こちらは単艦運用であり、向こうは艦娘たちに加えて深海棲艦・姫級を要する艦隊での運用だった。そして、提督という要素がそこに加わった。提督に変わる存在ならば、こちらには“指揮者”が居るが、向こうとは条件が別だろうなと察する。

 では、敗因はやはりこちらが単艦であったことか。しかし、そうなると“バンシィ”には今回の敗走が必然であったと認めなくてはならなくなる。認めること自体は構わない。構わないが、そうなるとこれ以降も自らの敗走が確定することになる。個々を潰すことに、それ程の労力がかからないことは確かだが、此度の敵は中々“個”にならない。常に艦隊として動いて来るし、互いが互いの動きを察して予測不能の動きを取ってくる。そこに、提督だ。彼の指示が下り、敵は一見して奇策とも思える動きで、こちらを詰めてきた。いくら高度な演算能力があろうと、最初から除外している領域で攻められては対処が間に合わない。

 

 ならば、こちらも艦隊で行くのが最良だと、“バンシィ”は己の内側に声を響かせる。“指揮者”の命のままに動き、想定外の消耗を経て、“バンシィ”はようやく模倣ではなく模索することに思考を伸ばす。“バンシィ”はこの10年の間に、3隻分の艦娘の艤装核を鹵獲し、体内に保有している。普段は尾の増設及び火器管制に当てているそれらの核。その残存メモリから元の艦娘の人格を再構成して、自らの補助ブレインとして設定する。彼女たちに対抗するためには、彼女たちのパターンを学習する必要がある。

 “指揮者”からの指示はしばらくは来ない。北からの増援のせいか、戦力を再編成する動きが共有情報から確定している。しばらくの間、時間にして5184052秒は余白が出来る。その間にサブブレインをどれだけ構築できるかが鍵となる。

 そして、攻め方も変えていかなければならない。自らがしてやられたように、一を多で攻める。なかなか単艦行動を取らない彼女たちではあるが、振り返ると要所要所で単艦行動が見られたのも確かだ。その隙を、確実に狙う。そのためには、“指揮者”の指示が来ないこの期間にどれだけ情報収集出来るかで出来が決まってくる。

 

 方針を決定した“バンシィ”は即座に行動に移った。






第3章『想い人の似姿』完

第4章『かえりみち』へ、つづく

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