孤島の六駆   作:安楽

6 / 73
5話:青年もだいぶ体力が戻ってきたようです、これより暁が孤島の鎮守府を案内します

 

 

 

「お兄さん? いるかしら?」

 

 鎮守府内。

 青年が自分に宛がわれた部屋で腕立てをしていると、扉をノックする音と暁の声が聞こえてきた。

 はーいと間延びした返事をして扉を開けると、暁が両手を後ろに回し、そわそわしながら立っていた。

 扉が開いて青年の姿が見えた瞬間びくりと肩を震わせもしているのだが、青年には何故暁がそわそわしているのか、よくわからない。

 

「暁、大丈夫? どこか落ち着きがないみたいだけど?」

「へえ!? そ、そんな事ないわ! 私はいつも通りよ!?」

 

 そのいつも通りがわかる程長く彼女を見ているわけでは無いので何とも言えないが、少なくとも今の暁の様子を見る限り、落ち着きがないのは目にも明らかだった。

 

「……トイレ、じゃないよね……」

「さっき済ませてきました」

 

 青年は小さく独り言として言ったつもりだったのだが、暁は地獄耳を発揮して聞き取ってしまう。

 そわそわから一転、今度はぷんすかといった様子で頬を膨らます暁は、後ろ手に隠していたものを青年に押し付ける。

 

「これ、雷からだって。そのうち必要になる大事なものだからって言ってたけど、何が入っているの?」

 

 暁が押し付けて来たのは茶色の包みだった。

 サイズはA4程で、厚みは週刊漫画雑誌くらいはある。

 

 青年には思い当たる節がった。

 医務室のベッドで雷が見せてきた書類、何かの問題集だったと記憶している。

 わざわざ暁に持たせてくれたのかと、包みを受け取った青年は、封を開けて中を確認しようとして、びたりと動きを止めた。

 包みの中をを覗き込み目に飛び込んで来たのは、妙に肌色の面積が多い女性が表紙の雑誌だった。

 

 ――言わずもがな。

 青年は碌に中身を改めもせずに封をし直して、部屋の中、畳まれた布団の上へと放り投げた。

 青年の流れるような動きを見守っていた暁は、一拍置いて「え?」と首を傾げた。

 

「……結局、中身はなんだったの?」

「基礎学力を計るテストみたいなものらしいんだ。あれを見た瞬間嫌な気分になったから、記憶をなくす前の僕は勉強嫌いだったのかも」

 

 嘘半分真実半分で冷や汗をかきながらやり過ごそうとすれば、暁は素直に「なるほど」と納得した様子だった。

 

「じゃあ、こっちの包みは何かしら? これも大事なものだって言ってたけど……」

 

 暁は青年の目の前でもうひとつの包みを取り出し、あろうことか開けはじめた。

 うっと息を詰まらせて動きを止めた青年は、思わぬ不意打ちに身を固くしながら、暁の動向を見守る。

 何故もうひとつある。

 何故ふたつ一緒に渡さない。

 そして何故勝手に開ける……?

 

「……あら、これも問題集? こんなに大量にあるなんて、外の学生さんたちは大変なのね?」

「……うん。そうみたいだね。うん」

 

 何とか誤魔化せただろうかと、暁からふたつ目の包みを受け取った青年は、それも封をし直して布団に放った。

 ……これは、早いうちに隠し場所を見付けなければならない。

 確か、家事全般を担当しているという電が万が一掃除しに入ってきた時に、不可抗力で見つからないような場所に隠さなければ……。

 

 焦って変な方向へ飛び始めた思考の中、ふと青年は、記憶を失う前の自分もこういった事情で困った場面があったのだろうかと思いを馳せる。

 こういうトラブルを切っ掛けにして無くした記憶を取り戻せるかも、などと考えていたが、それは甘かったようだ。

 

「ところでお兄さん、体調の方は大丈夫? もしお兄さんさえよければ、前に言ってた通り鎮守府の中や島の中を案内しようかと思ってるのだけど……」

 

 医務室から出てこの部屋を宛がわれ、もう数日が過ぎている。

 部屋で筋トレをしたり、食事時に食堂に足を運んだり、あるいは迷子にならない程度には鎮守府内を散歩していた青年だったが、一通りすべてを見て回ったわけではない。

 何より、前もって暁が案内すると言っていたので、彼女が誘いに来るのをこうして待っていたのだ。

 

「僕の方からお願いしに行くべきだったよね」

「いいのいいの。それじゃあ行きましょう? 今日は暁がお兄さんをエスコートするわ」

 

 スカートの端をつまんでお辞儀した暁は、「さあどうぞ?」とばかりに、青年に手を差し伸べた。

 普通は逆なんじゃなかろうかと苦笑いしそうになった青年だが、ならばいつか、暁をエスコートすることがあればいいなと、その手を取った。

 

 

 

 ○

 

 

 

 そうして暁に連れられて、青年は改めてこの島の鎮守府を案内されることになった。

 とはいえ、そのほとんどがもうすでに顔を出したり通りかかったりした場所だったのだが、暁の得意げな説明に先回りする事無く頷いていた。

 

 電が担当する厨房から晩御飯のおかずをくすねたり(あとすっごいで怒られた)。

 雷が担当する医務室に顔を出したら、危うく膝枕で耳かきの刑に処されそうになったり。

 響が担当するボイラー室では響の姿が見えず、どこに居るのかと探してみれば、空のドラム缶の中でうたたねしていたり。

 姉妹たちの生活がおぼろげに垣間見えるような、そうでもないような案内ではあったが、青年はどこか微笑ましい気持ちになる自分を自覚していた。

 同時に、心苦しさも。

 

 島の警邏を担当する暁をはじめ、姉妹たちは4人だけで助け合って暮らしてきた。

 一見和気あいあいとしていて、この生活が普通なのだと振る舞っているが、その裏には様々な苦難があるのだろうことを察することは難しくなかった。

 

 たとえば、厨房や食料の管理を担当している電は、在庫の減り具合を見て毎食の献立を考えていた。

 この島の環境で自給自足は不可能であり、口に入れることの出来る食料は、無事に漂着物したものに限られる。

 次に物資が流れ着くのがいつになるのかわからない以上、無計画に飲み食いすることはできないのだ。

 

 医務室の雷などは、空いた時間を常に分厚い医学書を読むことに費やしている。

 この島に漂着して1週間ほどは医務室が寝床だった青年は、雷が知識の蓄積にどれだけの時間を掛けているかを知っている。

 あるときなどは大量の書類の山に上体を突っ伏して眠っていたこともある程だ。

 

 響は地下室でボイラーをはじめとする設備類を監視するため、ほとんどの時間を地下室で過ごしている。

 電気関係は重油炊きの発電機に頼り切っていて、それも型式が10年以上も前のものなので、いつ故障を起こしてもおかしくはない。

 説明書片手にメンテナンスに挑む響ではあるが、そこは本職ではないのでどれだけ手を着けられるかは定かではない。

 

 そして、暁もそういった辛い役目というものを担っている。

 

 

 

 ○

 

 

 

 青年は、自分が漂着した浜辺に来ていた。

 鎮守府を出て、少し坂を下れば件の浜辺だ。

 白い砂浜には、巨大なコンテナの残骸や、元は船舶の一部であったのだろう木片や鋼辺、その他、嗜好品や武器弾薬といったものまでが流れ着いていた。

 そして、人間だったものも……。

 

「――お兄さん、ここで待っていて!」

 

 暁は青年にその場で待つよう言って、波打ち際に向かって駆け出した。

 青年が遠目に見る限りでは、誰か人間が倒れているように見える。

 果たしてその人物が生きているのか否か。

 暁の反応を見守る限り、否だった。

 漂着者の前でしゃがみ込んだ暁は合掌すると、背嚢の中から使い古しのシーツを取り出して、漂着者の体を包み始めた。

 

 その作業を漠然と見守っていた青年は、暁が何故、青年の時のように蘇生を行わなかったかを知る。

 遠目に見る限り、漂着者には下半身がなかった。

 サメに襲われたのだろうかと考える青年だったが、この海域であれば深海棲艦に襲われたという可能性も充分にあり得る。

 もしかしたら自分がああなっていたのかもしれないと、青年は自分の運の良さを自覚せざるを得ない。

 

 暁は慣れた手つきで漂着者を布に包んで行き、ものの数分で作業を終えてしまう。

 もう幾度もこうした処置を行っているのだろう、暁の手元に迷いはなく、迅速だった。

 

 作業を終えた暁は、気まずそうな顔で青年を呼ぶ。

 

「ごめんね、お兄さん。……だけどね、重要なことなの。この人に見覚えはない? 何か、思い出さない?」

 

 漂着者の身元の確認だ。

 もしかしたら青年の関係者であり、何かを思い出すかもしれないと考えたのだろう。

 恐る恐る、漂着者の顔を覗き込んだ青年は、しかし何も思い出すことはなかった。

 

 

 

 ○

 

 

 

 遺体は念のため雷が検死を行い、火葬の後、島の共同墓地に葬られた。

 生前に信仰していた宗教が判れば葬儀の方法も変わってくるのだが、残念ながらこの遺体からはそういった情報を得ることは出来なかった。

 それでも、遺品となるものがあっただけまだマシな方だと、暁は残念そうに笑う。

 火葬を終えた遺体の中から指輪が見つかったのだ。

 この指輪が果たして、この遺体のものだったのか、それとも他人のものだったのかはわからない。

 だがこうして、遺骨の他に残るものがあったのだ。

 

「……もし、もしもよ? 私たちがこの島から出られるようになって、それで、この人たちを家族のところに送り返すことが出来るようになれば……。その人の生きた証が少しでも残っていれば、私たちがこうして生きていることに、ちゃんと意味があるんじゃないかな、って……」

 

 そう告げる暁の顔は、どこか疲れたような笑顔をしていた。

 生きることに疲れた顔。

 来る日も来る日も、繰り返し無力さを噛みしめて、擦り切れてしまった顔。

 妹たちの前では絶対に見せない顔なのだと、青年は察する。

 

 暁だけではない。

 おそらくは、ひとりきりになると、みんながこういった顔をしているのではないだろうか。

 青年はそう考えて、背筋が寒くなる。

 暁たち姉妹の絆を疑っているわけではない。

 だが、互いが互いに、このような顔を見せたくないと、誰かと一緒にいる時は無理してでも笑顔を保とうとしていたのではないか。

 他の姉妹たちに気を使ってか、あるいは元気付けるためだったはずの笑顔のせいで、自らの弱さをさらけ出す機会を遠ざけてしまっている。

 辛さを、自分ひとりで抱え込んでいるのだ。

 

 

 

 ○

 

 

 

「暁、聞いてもいいかい?」

 

 青年がそう言葉を発したのは、島の高台に案内された時のことだった。

 高台から見渡す風景は、お世辞にも絶景とは言えないものだった。

 空はどこまでも灰色の曇天で。

 海はどこまでも鉛色の海面で。

 この島にしても、生命の息吹のようなものは薄らいでいる気さえする。

 動植物にも元気がないどころか、動物に関してはほとんど姿を見かけない。

 

 こんなところに何年も居たら、きっと気が滅入ってしまうだろうと考える青年は、ここが本来、人間が生きていける環境下ではないと、まだ知らない。

 

「……なあに? お兄さん」

 

 暁は笑顔でそう聞き返す。

 青年にはもう、この笑顔が無理をしてつくっているものだと、わかってしまう。

 

「僕が“提督”になるには、何が必要か教えてくれないか?」

 

 暁の顔から表情が消えた。

 「どうしてそれを?」と、言葉もなく問いかけられたような気がした。

 

「……雷から聞いていたの? お兄さんが“提督”の素質がある人だって……」

「そうなのかい? それなら好都合だね」

 

 好都合。そう言った青年を、暁は信じられないものを見るような目で睨む。

 

「お兄さん、提督になることがどういうことか、わかってるの!?」

「わからないね。教えてくれるかい?」

「……提督になること自体は、全然難しくないわ。こんな状況で、辞令を持ってくる人も承認する人もいないけど、お兄さんは“無許可”で提督として活動することが出来る。提督になって、活動すること自体は、可能なの」

 

 言葉を止めた暁は青年の反応を見る。

 ここまでを理解しているかの確認だったが、青年は先を促すようにひとつ頷いた。

 

「……適正さえあれば誰でも提督になれるわ。でも、それはあくまで、人事部が許可した場合の話よ。いくら緊急事態とは言っても、お兄さんが辞令無しに提督として艦娘の指揮を執るってことは、許されないの。犯罪と同じなのよ」

「そうだろうね。それは、わかるよ。でも、それは咎められた時に考えよう。この島じゃ、咎める人はいないよね?」

「でも……!」

「心配してくれてありがとう。暁は優しいんだね」

 

 文句を言ってやろうと肩をいからせ意気込んでいた暁は、青年の言葉ですっかりその意気が引っ込んでしまった。

 

「僕のことを心配してくれていたんだね。巻き込まないように、犯罪者にしないようにって、考えてくれたんだろう?」

 

 重ねてありがとうと告げる青年に、暁はむぐぐと口をつむぐ。

 考えをきれいに言い当てられたことと、礼を言われたことで、悔しいやら恥ずかしいやらで顔が赤くなってしまい、青年から目を逸らす。

 

「でもね、暁。僕はやっぱり、この島を出なきゃ駄目だと思う。みんな無理して笑って、いろんな辛いこと抱え込んでいて……」

「わ、私たちのことは、私たちで何とかするわ!」

「じゃあ、僕は? 僕もずっと、死ぬまでこの島に居ろって?」

「そうは言ってない! 言ってないけど……!」

 

 暁の反論はすぐに消沈してしまう。

 島を出ることに異論はない。

 しかし、そのために青年を提督にするのは、駄目なのだ。

 青年に提督をさせて、もしも無事に人間の活動圏に脱出できたとしても、青年は法で裁かれることになってしまうのだから……。

 

 かと言って、このままこの島で無為に時間を過ごすことにも、暁は賛成ではない。

 雷が医学書を読みふけっているとはいえ、その知識や技術は本職の医師には程遠いし、島の設備も万全とは言い難い。

 青年が何らかの事故や疾病に掛かった時、対応できない可能性の方が遥かに高いのだ。

 

 ジレンマに頭を抱える暁に、青年は語りかける。

 

「僕がこの島に流れ着いたのには、何か意味があるんじゃないかって、ずっと考えていたんだ。月並みな考えなんだろうけれど……。きっと、みんなをこの島から連れ出すことが、僕がここに流れ着いた意味なんじゃないかな、って……」

「……私たちにだって、この島を出てやりたいことはある。やらなきゃいけないことがある。けれど、でも……!」

「僕を巻き込むわけにはいかない? 暁たちの背負っているものを、僕に背負わせるわけには、いかない?」

 

 言葉を先回りされて、真っ赤になって睨んでくる暁に、青年は安堵する。

 まだこんな顔も出来るのだと。

 

「ちょっとだけでも、僕に背負わせてよ。今の僕には記憶がない。背景がないし、抱えていたはずの問題や課題も忘れてしまっているから、今なら暁たちの荷を、ちょっとは背負えるんだ」

「お兄さんの記憶を取り戻すことはどうなったの? 諦めちゃったの?」

「諦めてはいないさ。ただ、それよりも暁たちの助けになるべきだなって、そう思っただけだよ」

 

 そして、少しでも暁たちの荷を軽くすることが出来たのなら、姉妹たちが再び作り笑顔でなく笑いあえる時が来るかもしれないから……。

 

 

 

「青い海を見せたい人がいる」

 

 青年が言うと、暁の肩がびくりと震えた。

 医務室で寝起きしていた時に雷から聞いていた話だ。

 それが、この島の、この鎮守府の今は亡き提督のことだと、青年は察していた。

 

 ――散歩の途中で迷い込んだ部屋。

 元は提督の執務室であった場所に迷い込んだとき、机の上に伏せられていた写真を、青年は目にしている。

 今よりも若い、というよりは幼い姿の暁たちと。

 暁たちに囲まれて、真ん中で笑みを浮かべている提督の姿。

 もう還暦を迎えているであろう老体で、背も青年よりは頭ひとつ低かったが、背筋がしゃんとしていて、何より優しそうな笑顔を浮かべている人だった。

 

 きっといい人だったのだ。

 きっと優しい人だったのだ。

 今の暁たちを見ていると、そう確信が持てる。

 

 

「……司令官のね、遺言なの」

 

 暁は高台から、遠くの海を眺める。

 水平線の向こうまで鉛色の海の、その向こうを見るように。

 

「“僕が死んだら、遺灰の半分をこの島に埋めてくれ。そしてもう半分を、故郷の海に撒いてくれ”って……」

 

 その言葉に、青年は先ほどの暁の言葉を思い出す。

 だとすれば、暁たちは、今は亡き提督の遺言を糧に、今日まで生きて来たというのだろうか。

 

「私たちは、人でもあるけど、艦でもあるから……。命令がないと戦えないし、行動の自由だってない。10年前の待機命令は今でも有効だけど……。でも、司令官の遺言も、ずっとずっと、有効なの。私たちが、生きている限り……!」

 

 強さを湛えた瞳で、暁は海を睨む。

 片方だけではあるが、その瞳には一点の曇りもない。

 

「暁は、偉いね」

 

 青年が何気なくそう言うと、暁はびっくりして言葉を失ってしまった。

 見開かれた暁の目が、青年を通じて誰かを見ている。

 提督なのだろう。

 そう確信する青年は、暁の目がじわりと涙を溜めるのを見とめた。

 

「……昔はね。子ども扱いされるのが嫌で、強がってばかりだったの……。子供扱いしないでって、頭を撫でないでって……」

 

 声に力がない。

 もう泣き出してしまう寸前で、それを堪えるために、全身の力を使って感情を押し留めているのだ。

 

「もっと、頭を撫でて貰えば良かったなんて……! 今さら……!」

 

 

 その日、暁は10年ぶりに人前で涙を流した。

 青年は何も言わず、子供の様に泣きじゃくる暁を見守っていた。

 頭を撫でてやれればとも考えたが、青年はそうはしなかった。

 それは暁の“司令官”だけのものだからだ。

 彼女の“司令官”ではない、まして提督でもない青年に、暁を慰めてやることはできない。

 

 

「海を見に行こう、暁。青い海を……」

 

 だから、青年は海へ誘う。

 もちろん、暁だけに向けた言葉ではない。

 

 鎮守府で待っている暁の妹たち。

 彼女たちにも問わなければならない。

 青年が提督として、彼女たちと共に戦っても良いかどうかを。

 

 

「お兄さんは、耐えられる? 自分の采配で、私たちが命を落とすかもしれないってことを……。人の形をした兵器に指示与えることを……。もし沈めてしまった時、それでも先へ進める?」

 

 涙を拭いた暁からの問い。

 それは、提督として振る舞う上で最も重要な心構えだ。

 

「誰も沈めたりしない。みんなで青い海を見に行くんだ」

 

 青年の言葉は綺麗事にも、無責任な物言いにも聞こえるだろう。

 根拠のない自信を、虚勢を張っているように見えたかもしれない。

 それでも、暁は青年を信じることにした。

 

 孤島に流れ着いた青年は提督になる資質を持った人物で、暁たちの現状を憂いて島を出ようと言ってくれた。

 運命にしては都合が良すぎるし、それに浜辺で拾った“あるもの”も気掛かりではある。

 だが、今を逃せば、もう外海にでるチャンスは二度と巡って来ないかもしれない。

 亡き提督の遺言を果たすには、もうこの青年に賭けるしかない。

 

 青年の善意に甘えよう。

 その好意に甘えよう。

 子供扱いを良しとせずにいた暁にとって、甘やかされることは多々あっても、自分から甘えるようなことは一度もなかった。

 なので、正しく甘えることが出来るかわからない。

 不安だが、よくよく人を甘やかしたがる雷に助けて貰おうと、漠然と考えていた。

 

 そして、もしも青年が罪人として裁かれる時が来るのなら、暁はその共犯者として名乗りを上げるつもりだ。

 青年を連れて追ってくる勢力から逃げ出すのもいいだろう。

 艦娘と提督は一蓮托生、……とまで言うつもりは、暁にはない。

 だが、巻き込んだ以上、せめてそれくらいはしないと気が済まなかった。

 

 この青年が自分たちの提督となるのならば、何があっても守りきる。

 提督に先立たれるなんて、二度と御免なのだ。

 もう二度と、別たれることなどあってたまるか。

 暁は決意を固めた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。