孤島の六駆   作:安楽

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2話:

 両の拳を握り開いて感触を確かめた風雲は、わきわきと自在に稼働する手指に「よし」と頷き、己の隣りに向き直った。

 そこには妹艦である清霜が、なんぞやと笑顔で座り待ち構えている。

 風雲は浅く開いた手指で、妹艦の頬に触れる。指の腹で頬の感触を確かめるように、なぞり、さすり、皮膚と肉の下にある骨格を感じ取る。

 ひとしきり表面をなぞる動きを続けると、次は指と掌とで頬を揉みほぐす動きに移る。柔らかく形を変えては戻り、頬肉と一緒に優しく引っ張られた他の皮膚が、清霜の概ね笑顔の表情を変えてゆく。

 されるがままの清霜は嫌がる様子がなければ不平を漏らすこともない。姉と妹のスキンシップだと考えているのだろうと、風雲は物わかりのいい妹に嬉しくなる。

 スキンシップ、まさに肌の触れ合いだ。意味は異なるがシップと言う響きが船のシップを掛かっていて尚良い。

 

 艦船としての風雲と清霜は当時、船体を並べて航行することはなかった。

 こうして艦娘となって共に戦えるようになったわけだが、それが果たして良かったのか、そうではないのか。

 風雲は思う。こうして愛おしい妹を撫で繰り回せるのだから、素晴らしいに決まっていると、清霜の頬を堪能する。

 指で優しく摘まむと張りのある伸びが見られ、くすぐったそうな呻きが漏れる。もっちもちだ。入渠するよりも精神的に穏やかになってゆくのを実感する。やはり妹艦はいいものだ。

 清霜の向こうで憮然としている朝霜も妹艦だが、あれはダメだ。噛むから。

 

「なんでえ、清霜ばっか。なんでえ……」

 

 あたいだって妹だいと、口の中で不平を甘噛みした朝霜は、至近距離で行われる姉妹の営みを恨めし気に見つめる。

 まあ、確かに自分が悪かったかなと、そう思う部分はある。

 今の清霜と同様のことを風雲にされた時に、恥ずかしがって思わず噛み付いてしまい、それが思いのほか深手だったがために、姉はこちらに対して警戒心を抱いてしまったのだ。

 ただ、朝霜にも弁明はある。あんなわきわきと滑らかな手指の動きを見せられてしまえば、そりゃあ噛みたくもなる。歯ごたえを確認しなくてはならないという使命感に駆られてしまうのだ。実際、人の指の硬さと柔らかさは、口寂しさを紛らわせるために甘噛みするにはちょうどいい塩梅なのだから。

 酔っぱらって提督の指を噛み千切ろうとしたこともあったが、艤装のセフティのお陰で何とか事なきを得た。

 しかし、最近は歯形が残るようにもなって来ているので、朝霜も強敵との戦いを経てパワーアップの段階に来ているのかもしれない。漣の持ってた漫画で予習したので、そのあたりはばっちりだ。

 

 ただまあ、自分にも非があるとは言え、あの空気に混ざれないのは正直悔しいところだ。ほっぺのもちもちさならば、自分も自信があるのだ。

 自らの頬を摘まんでこねる朝霜は、自分と同様の存在が居るなと、背後に感じた悪寒に振り返る。憮然とした顔の巻雲と飛龍がそこにいたからだ。

 朝霜が「なにさ」と問えば、2隻とも「べーつにー」と返す。

 まあ、気持ちは同じだとわかっているのだから聞くまでもなかったのだが、ではこのやり場のない感情をどうしたものか。と言うか、飛龍まで嫉妬させるとは、清霜が罪作りなのか、風雲がたらしなのか。

 マイナス方面にテンション上がって3隻並んでくるくる回り出したい心境だったが、変化は外よりもたらされた。

 スケッチブック小脇に抱えた秋雲が食堂の暖簾をくぐり、こちらを見付けてやって来たのだ。ここ一帯の光景を眺め見て口の端を持ち上げる。

 

「なぁにぃ風雲ぉ、まぁたスケベな手つきで妹触ってぇ」

 

 途端に顔を真っ赤にして固まる風雲に、されるがままになっていた清霜が「風雲ちゃんスケベなの?」と追撃する。

 立ち上がってオーバーな弁明を始める風雲の姿に、畳みかけるなら今だと朝霜は椅子から腰を浮かせたが、煽る言葉が咄嗟に出てこない。

 自分の語彙の足りなさを呪う朝霜は、他2隻も同様であることに半分安堵、半分がっかりといった心地で、ひとまず囃し立てるために口笛だけ吹いておく。

 巻雲と飛龍も混ざって三重奏だ。巻雲は口笛吹けていないが。

 

 その間にも秋雲の煽ること煽ること。舌戦ならば圧倒的に秋雲に利があり、風雲はもはや立ち上がって威嚇するしか出来ない。

 するとまあ、秋雲は狙い澄ましたかのように小脇に抱えていたスケッチブックを展開。「私に、ひどいことする気でしょう……!」の大文字テロップが出現したかと思えば、スケッチブックを胴に当て捲り、あらかじめ描いてあった自分の衣装の破れた差分を露わにする。

 こんなことがあるはずだと、わざわざ仕込んでいたのは明白だ。隙を見て煽ろうとしていたことも。

 小破、中破、大破と、嬉々としてリズムよく差分を捲って行き、その後の次のページをちらりちらりと端だけ捲って焦らすのがいやらしい。

 これにパニックを起こしたのは風雲で、清霜への弁解もそこそこに、秋雲へと殺到して跳び付き式の膝蹴りを連打で見舞う。

 向こうのテーブルの時雨が「ムエタイだね?」などと目を光らせているのはさて置き、風雲の膝蹴りを浴びたスケッチブックにダメージが蓄積されてゆく。

 「ああもう、これもうリョナだよリョナ」と距離を取って煽る秋雲、次いで清霜に「風雲ちゃんリョナなの?」と追い打ち喰らって、風雲は食堂から逃げ出した。

 

 まあ、調子に乗り過ぎていた陽炎型のラストナンバーに関しては、風雲と入れ違いでやって来た磯風に手刀叩き込まれて黙らされた。

 それでもめげずに浜風の背中に隠れて磯風をも新ネタで煽り倒す所を見ると、もはや頼もしく思えてくる。直後、続々と食堂に入ってきた熱田の重巡勢に手刀連打で喰らってダウンしていたが。

 

 そうして食堂に集結した水無月、熱田の艦娘たちを見渡した那智は、復旧したばかりの伝声管に向かって声を張る。

 

「今から何が始まるの?」

 

 両陣営の艦娘たちが集結した壮観な景色を端のテーブルから眺める清霜は、なんとなく答えがわかっているものの、そう呟いてしまう。

 超過艤装でお留守番だった伊勢や日向まで、そして向こうの工廠や入渠ドックを取り仕切っている明石までこちらに来たとなれば、これから先の展開は明白だ。

 

 大淀やツナギ姿の天津風がスクリーンやらプロジェクター(連装砲ちゃんたちの機能を転用したものだ)を設置していき、執務室の様子を映し出す。

 

 

 ○

 

 

「向こうは皆、集まったようだな」

 

 伝声管を通じてもたらされた那智の報告に頷いた木村提督は、執務室のソファに座り直し、提督へと向き直った。

 伸び放題だった髭をしっかりと手入れ出来てご満悦、といった映像を昨日連装砲ちゃんたちが持ってきたが、そんな嬉しげな表情とは無縁の厳しい顔が、そこにはある。

 水無月島のこれからの動きを正式に通達するために、所属するすべての艦娘たちを集めたのだ。そのほとんどは食堂で執務室のやり取りを見聞きすることになるのだが、工廠にて待機中の夕張や明石などはそちらからだ。

 特に夕張はここ連日工廠に籠りきりで、提督もしばらく顔を見ていない。

 なにやら榛名の眠っていたカプセルから情報を引き出せそうだと、そう告げていたのが一週間ほど前のこと。

 超過艤装で油売っていた明石も加わっての試みはしかし、まったく経過が伺えていない。

 何か進展があれば飛んでくるくらいはする娘だと知っているが故、進展はないのだろうなと、提督はテーブルに置かれたお茶を、電に礼を言ってひと口。

 

 執務室に居るのはふたりの提督を除けば、秘書艦の2隻、電と霞だけだ。

 いつもきりりと張りつめている霞が電と小声で談笑する姿は新鮮に見えたが、この2隻はどうやら旧知の仲なのだとか。

 彼女たちの前世である艦艇時代のことかと思いきや、10年以上前に彼女たちは合同作戦に参加していたのだと言う。

 水無月島の老提督と、熱田の木村提督と、そして作戦中に急遽加わった有馬提督の艦隊が、北方海域を呑みこもうとしていた深海棲艦の一団の攻勢を未然に防いだのだ。

 途中で加わった有馬艦隊は提督、艦娘共々顔見せすることはなかったが、当時の話を聞いた榛名が声を上げて立ち上がって手を打った姿を見て、知らずのうちにニアミスしていたのだなと、当時合同作戦に参加していた艦娘たちや木村提督が不思議そうな面持ちになっていた。

 

 昔はさて置き、今からは未来における大事な話をする時間だ。

 命令ひとつ、辞令ひとつで済ませられることにこれだけの時間と用意をかけてくれたということは、木村提督はかなりこちらに対して気をつかってくれているのだなと、提督は新しく出されたお茶菓子に手を付けようと伸ばした手を、慌てて引っ込める。

 こんなところまで普段通りではいけないなと口元を引き締めて、向かい合う形となった木村提督の方を盗み見れば、その挙動に明らかな違和を覚えた。

 テーブルの下を気遣うように片足を上げ、降ろしたかと思えばもう片方を上げて。

 下に何かいるのかとそちらを盗み見ても、そうした行動を取らせるようなものはそこには存在しなかった。

 不思議そうな顔で眉をひそめる提督に、木村提督は気まずそうに「いや、猫がな……」と呟き咳払いする。

 

「さて、改めて。熱田島鎮守府を仕切っている木村だ。まずは俺の復帰に時間をかけてしまったことを詫びよう」

 

 木村提督は語りつつ、傍らに寄ってきた連装砲ちゃんの頭部モニターから食堂の様子をちらりと窺い、しかしすぐに提督へと視線を戻して表情を引き締める。

 彼の背後に控える霞も、目を伏せ表情を消して木村提督の発する言葉に聞き入っている。ここ1ヵ月の間、何かと口やかましくアドバイスをくれた彼女だが、やはり本来の主の下に居るからだろうか、落ち着き払った佇まいだ。

 きっと良い提督と秘書艦の関係なのだなと小さく頷いた提督の、その後頭部を、後ろに控えた電ががすがすと小突いてくるのは、どうしたことか。

 

「よく聞け、水無月島。貴様らはこれから超過艤装・伊勢型に搭乗し、一度熱田島を目指す。そこから陸路・空路を経由して本土へと移送され、全艦オーバーホールを行う。その後、戦線に復帰出来る艦娘は希望する鎮守府・泊地への転属だ。希望はなるべく、拾い上げるつもりだ」

 

 昨夜前もって聞いていた内容を、提督は噛みしめる。

 食堂で待機している艦娘たちの反応を目にすることが出来ないのが気掛かりだが、今は木村提督の言葉の先を待つ。

 

「熱田までの道行、その指揮は貴様が取れ。霞を秘書艦に着ける」

 

 真っ直ぐ正面から目を見て告げられた言葉に、提督は反応できなかった。

 何故自分が、と言うよりは、何故木村提督自らが指揮を取らないのかと、そう疑念が湧く。秘書艦の彼女までこちらに補佐として着けて、だ。

 

「俺はここに留まる。それが、海軍本部の下した命令だ」

 

 

 ○

 

 

「足柄さん、どういうこと?」

 

 喧騒が静かに広がるなか、雷はテーブルの向かいに座る足柄に問う。

 水無月勢の中に木村提督の言葉を予想通りだと受け止める者が居れば、熱田勢の中にも聞いていない、どういうことだと声を上げる者もいる。

 雷とてなんとなく事情は察しているが、自分の考えが当たっているかどうかの答え合わせを求めているのだ。

 

「例えば、大きな犠牲を払っても成果を上げられないとわかっていたとしたら、人はそれを行うと思う?」

「昔の話? もうそういう時代じゃないのよ。当時とは全然違う。思想も多様になって、戦っている相手も異なるわ」

「だからこそよ。だからこそ、少ない犠牲で多くを救えるのだとしたら、その行為には大義が生まれてしまうわ。思わぬところから可能性の芽が生じてしまったのだから」

 

 憂いの眼差しで告げる足柄。

 雷は答えが合っていたことに胃が痛くなる思いだ。

 だから、素直にどういうことかと聞いてくる酒匂にだいぶ癒される。

 利根と筑摩も自分は知っているという素振りを見せずに素直に聞けばいいのに、とも。

 

「人が留まる必要があるのよ。この島に」

 

 雷が告げた通りのことを、モニターの向こうで木村提督も発する。

 

 

 ○

 

 

 水無月島が再稼働したことによってもたらされた恩恵は、提督やこの島の艦娘たちが考えているよりも遥かに大きいものだった。

 それは補給路の回復や経済の立て直しだけに留まらず、無期限延期とされていた反攻作戦の見直しにまで及ぶこととなる。

 

「その反抗作戦が、実行されると?」

「兆し有りだ。だが、そう簡単にはいくまい。各地もこの1年足らずでようやく足場固めを始めたばかりだからな。俺がこの島に留まるのは、そのための時間稼ぎである、というところが大きい」

 

 支配海域の中心部にあって敵の目を惹きつけることとなった水無月島だ。

 敵の襲来はこれからも続く。それどころか、本格化されるだろうというのが、木村提督の睨みだ。

 水無月島の側でもそういった予測は以前から行われていて、そのための対策も微力ながら行われてはいたのだ。

 今回の敵襲でそのほとんどが霧散してしまったのだが、だからこそ、ここから先この島に留まることがどれ程無謀か、提督は痛いほど理解している。

 しかし、木村提督はそうする必要があると語るのだ。

 

「ここに人間が、提督としての役割を果たせる存在が居るということに、どういうわけか敵の統率者はご執心だ。それこそ、拡大した支配海域を縮めてまで戦力を補強しようとしているのだからな」

 

 そうして敵の目をひきつける。

 その意図は提督も理解しているが、だからこそ聞き捨てならない部分がある。

 

「失礼ながら、木村提督の極地活動適正は……」

「乙判定だ。投薬してぎりぎり甲判定の端っこに引っかかる程度だな。これ以降、艦隊司令部施設を運用しなければという条件付きならば、半年は持たせられる」

 

 半年と言う期間を聞いて、提督は即座にダメだと呟いた。

 失言を隠そうともしない態度。発言も向こう側に筒抜けではあったが、熱田側はそれを重々理解しているからだろうか、提督を咎める素振りは見せない。

 

「半年もあれば交代の者がここまでたどり着く可能が生ずる。もし万が一俺が再起不能となっても、戦況は1年前よりかはだいぶ好転しているはずだろう」

「しかしそれでは木村提督が……!」

「その先の世界を、貴様らに任せたい」

 

 提督は「不可能だ」という言葉を吐き出す前に呑みこんだ。

 問題はそこではない。何故彼が、自分たちに先を任せるかだ。

 

「理由か。貴様らに任せたい理由。ひとつは若さ。ひとつは特異性。そしてひとつは、貴様らが希望だからだ」

 

 言葉を切って、木村提督は内ポケットを手で弄る。

 しかし、一向に何かを取り出す素振りがなく、髭を蓄えた顔に疑問を浮かべていると、傍らに霞に小さく小突かれ始めた。

 疑問する提督は、背後の電が「煙草を取り上げられているみたいなのです」と苦笑する声を聞く。

 やがて諦めたように盛大にため息を吐いた木村提督に、提督は茶菓子の中にあったココアシガレットを勧める。背後の電も得意げにサムズアップだ。

 困り果てたように眉を寄せた木村提督は渋々と言った様子でココアシガレット唇に食み、眉を上げて小さく幾度も頷く。感触は悪くないらしい。

 

「……本土に渡れば、貴様等は英雄だ。たったひとりで反抗を開始した提督と、その艦娘たち。その報は多くを勇気づけ、誰もが忘れかけていた希望という言葉を思い出させる。いいか、希望だ。生きてゆくうえでは必要不可欠なもののひとつだ」

 

 ココアシガレットを咥えた語り口が熱を帯びる。

 昨夜も聞いた通り、提督にはすでに仮の戸籍まで用意されていて、受け入れ態勢は万全の状態。

 艦娘も可能な限り希望する転属先へ振り分けられることになっている。

 気が引けるほどの好待遇。元々脱出を考えていた提督にとって、今のところ断る要素はひとつしかない。

 

「木村提督の安否が、唯一最大の気掛かりです」

「命令だ。余程のことがない限り、今さらどうにもできん」

「それでは彼女たちが……」

「納得出来ないかも知れないな。しかし、俺は旗下の納得を求めてはいないぞ」

 

 告げた木村提督がちらりとモニターに視線を向ける。

 食堂の方で動きがあったのだ。

 

 

 ○

 

 

 磯風は携えていた軍刀をひっつかんで席を立った。

 隣りに座っていた浜風は「親父に、物申してくる」と、震え押し殺したような声で告げる磯風を止めようと、自らも席を立つ。

 木村提督が告げた「余程のこと」を起こしてやろうという意思を持つものと、それを諌めようとするものと。

 そうした動きが食堂のあちこちで生ずるなか、伝声管を通じての一言が下りた。

 

『全艦娘は直ちに、その反抗の意志と動作を治めよ』

 

 木村提督の声だ。

 それは絶対の強制力を持って、まず磯風の足を止めた。体の動きを。そして、手にした軍刀が滑り落ちる。

 磯風を止めようとしていた浜風も同様にその動きを制限された。

 見れば、食堂内で起ころうとしていた動きが、緩やかに停止する方向に傾いてゆく。

 艦娘たちは誰もが理解する。これが、自分たちが人ではなく艦娘であるという、最大の差異。

 

『俺も出来ればこんな真似はしたくなかった。こんなことを言いたくはなかったよ。だが、気持ちはありがたい。感謝する』

 

 反抗の遺志が萎んでゆく。

 声に反して動けてしまったものも、周囲の様子を見ていそいそとその動きを抑え、再び席に着く。

 そして一度座ってしまえば、後は悶々と考える時間だ。

 どうにか木村提督に命を掛けさせることを止められないか、そう思考する時間がやってくる。

 執務室では提督が雲をつかむかのような問答を繰り返し、木村提督の宣告の、その先を言わせまいと時間を稼いでいる。

 頭を抱える磯風の背を撫でながら、浜風はそう判断した。

 

 一を聞いて十を知ると言えるほど、自分たちの提督は頭が良いとは、浜風とて考えていない。

 しかし、だからと言って、こんな重要な話を中断させるような問いを繰り返すとも思えない。

 恐らくは木村提督が痺れを切らして提督の言葉を遮るまで、この無意味な問答は続くはずだ。

 ならばと、浜風が視線を向ける先は、自分が所属する水無月島鎮守府は第三艦隊の面々だ。

 すでに皆、どうすればその「余程のこと」が起こせるかを考え始めている。

 漣と卯月の口から突拍子もない意見が次から次へと発せられ、叢雲と初春が選定……、と言うよりはほとんど却下している。

 それらを口元で手を組み黙して聞いていた熊野が、ふと顔を上げる姿を浜風は見る。

 

「……木村提督が残るという事は、残って戦うという意味ですの?」

 

 発せられた言葉の意味を、浜風は即座に呑みこむことが出来なかった。

 しかし、隣りの磯風はすぐにその意図に気付いた様子だ。

 

「島に残って敵を惹きつけると言うのならば、こちらの戦力が健在であると、敵に示す必要がある。ならば、私たちとて親父と共にあることが出来るということではないのか?」

 

 もはや木村提督の呼び方を訂正すらしなくなった磯風が必死の形相で周囲に同意を求める。

 木村提督がこの島に留まることが覆らないというのならば、せめて最後まで傍に居たいと、そう考えたのだろう。

 すでに第二艦隊の面々から同様の意見が出ていたのか、那智を中継してその問いは執務室へと届けられる。

 返答は、少しの間を置いてあった。

 

『俺がこの島に留まる以上、確かに何隻かの艦娘にも残ってもらうことになるだろう。しかし、その選抜は熱田を出る時に、すでに決めてある』

 

 判断材料に乏しい情報に磯風の表情が曇る。

 そして、木村提督の続ける言葉によって、さらに陰る。

 

『敵の艤装核を用いて建造された艦娘及び、敵支配海域で3ヵ月以上の期間運用された艦娘は、その選抜の限りではない』

 

 

 ○

 

 

 何故と、提督は今度こそ無意味ではない問いかけをする。

 木村提督とこの島に留まる艦娘、その選抜基準の話だ。

 

「“白落”というワードがここ最近のうちに、新たに海軍本部の用語に加わった。何かわかるか」

 

 問いに、提督は頷く。

 そんな用語など聞いたこともないが、この海域で彼女たちの戦いを目の当たりにしていれば容易に想像が付く。

 

「艦娘の、深海棲艦化のことですね?」

 

 肯定は目を伏せたしばしの沈黙。

 語り出す合図は小さなため息と、そして苦笑だ。

 

「……艦娘への基礎教育は、しっかり教本通りにやっているようだな。最近建造されたばかりの艦娘に抜き打ちで問うてみたが、しっかりと理解している様子だった」

 

 恐らくそれは、ここ3ヵ月の間に建造された第三艦隊の面々や、酒匂、飛龍と言った艦娘たちのことだろうなと提督は察する。

 それらの艦娘たちが食堂で焦り出したりほっと胸を撫で下ろす様が、しっかりと想像できる。

 

「これは貴様らの方がよく理解しているだろう。艤装状態で長期間が経過すると、艦娘はかつての鋼に近い存在になる。艤装解除状態が長ければ、その逆で人になる」

 

 もちろん理解の及ぶところだと考える提督ではあったが、同時に不穏なものが胸中に生ずる。

 まだ言葉にされていないパターンがある。新たな用語が生ずる原因となったパターンが。

 それに、自分たちが関わっていることも。

 

「では、艦娘としての運用を継続した場合は?」

「それは、経年や戦闘ダメージの蓄積によって、徐々に艤装の操作性に支障が生じます」

「そうだ。想定される運用限界は、年数にしておよそ23年程だと言われている。もちろんこれは、艤装核へのダメージを加味せず、かつ日に12時間以内と言う限定された条件下でのことだがな」

 

 戦場に身を置くのが艦娘だ。

 つまりは、運用限界はそれよりもだいぶ短く設定されているのだろう。

 その年数を超過すると、艤装の操作性が悪化することはもちろん、入渠時に負傷が回復しにくくなるなどの症状が出始める。

 水無月島の面々にも同様の症状を得ているものがいるなと傍らを気にすると、こっちを見るなと専属秘書艦に小突かれた。

 

「さて、問題は、だ。敵の支配海域において、つまり、この海域において運用され続けた艦娘がどうなるかだ」

 

 その宣言が、すでに答えと同義だった。

 

「……3ヵ月以上と言う期間は」

「第一段階が発症するか否かのぎりぎりの時間だ。症状は、軽い肉体の変異や入渠後も癒すことの出来ない精神の不調。貴様のところでは、こういった症例は見られなかった様子だな」

 

 暁や時雨の例があったが、それ以外では特にそういった不調の報告は受けていない。

 雷が内々に握りつぶしているのかもしれないが、もしそうだとしても、なんの考えもなく彼女がそんなことをするはずがないという信頼がある。

 

「第二段階では、こちらの命令を無視する、と言う行動が可能となる。先程も、俺の命令を無視してしばらくの間動いていたものがいたな?」

 

 「いたのですね?」と、モニターを見ることが出来ない提督は表情に出し、「いたのだ」と木村提督が表情で返す様を見る。

 

「どこぞの時雨が命令違反した時は、ちょうどのその状態だったのだろうな。敵の支配海域付近での任務を継続して行っていたというのもその要因のひとつだろう」

 

 名前が出た時雨だが、彼女は食堂で注目を集めつつも飄々としている姿が想像できる。

 

「このころから入渠時の回復力が格段に上昇する。より短時間で戦線に復帰できるようになるのだ。超過艤装に収容された貴様らの記録で、この説が確定された」

 

 そして第三段階で、深海棲艦と同様の発光パターンを帯びるようになる。

 青白い燐光を、提督は幾度も彼女に見ている。

 

「これが事実上の最終段階だ。そうなってしまえば、もはやオーバーホールすら不可能だ。艤装を侵蝕し変異させ、最悪艦娘自体を食い潰すだろう」

 

 では、暁は?

 提督の言葉を出さずの問いに、木村提督も言葉を発すること無く肯定する。

 食堂で聞いている暁の様子が心配で、木村提督の方を向いている連装砲ちゃんをこちらに向けんと立ち上がろうとする提督を、電が肩に手を置いて止める。

 話はまだ終わっていないのだ。

 

「しかし、深海棲艦化をぎりぎりのところで食い止める方法が、現状3つある」

 

 ひとつは、単に艤装を纏って出撃しないというもの。

 聞くまでも語るまでもない方法を脇に流し、木村提督が語るふたつめの方法は“艦隊司令部施設”を同時運用するというもの。

 

「艦娘と深海棲艦との、一番決定的な差は?」

「妖精が艤装の操作に関与していないことだと考えています」

 

 多々ある彼我の差異の中で、それが一番決定的だと提督は考えている。

 その考えが正解ならば、提督が妖精として“乗船”している状態の艦娘は、深海棲艦にならないと言える。

 ならば自分が艦娘たちと共に戦う限り、彼女たちがあちら側に行くことはない。

 もたらされた情報に震えと言う形で高揚を感じる提督は、しかし、すぐにその気持ちが裏切られることを遠くない未来に知る。

 

 伝声管を通じて工廠の夕張が発言を求め、木村提督の下と食堂のスクリーンに、新たにワイプが出現する。

 映し出されたのは真っ青な顔の夕張で、何があったのかを問い詰めたい衝動を抑え、提督は発言を促す。

 

『あの、言うべきことはたくさんあって、まだ全然纏まりきっていないのですが、早急にお耳に入れておきたいことが、ふたつほど……』

 

 提督たちの無言での催促に、夕張は震える唇で声をつくる。

 

『まず、提督はこれ以上の“艦隊司令部施設”の運用を控えて下さい。そして、この海域の外に、敵支配海域の外に出てはいけません。そのどちらか片方でも破られた場合、提督の命に関わります』

 

 

 ○

 

 

 榛名の眠らされていたカプセルから夕張たちがサルベージした情報は、装甲空母零番艦にて行われていた実験の記録だ。

 その中に、提督の出自に関する項が見つかったのだ。

 

「装甲空母零番艦の研究員の手記。暗号化され保存されていたそれを、復元することに成功しました」

 

 手記によれば、今現在提督と呼ばれている彼は、厳密には人間ではない。

 人間の細胞から精製した精子と、艦娘の卵子を使って誕生した、新たな種なのだという。

 その、たったひとつの成功例。極地活動適正が甲判定であったのは、水無月島に流れ着いた彼、ただひとりだけだった。

 

「培養カプセル内での急成長と刷り込み短期学習によって、肉体面でも教養面でも成人男性の基準を満たしていますが、彼が生命として誕生してから実時間で5年ほどの年月しか経っていません」

 

 夕張の目にする食堂内の風景が一気に慌ただしくなったが、その様子に心動かされる余裕は、彼女にはもう残されていなかった。報告を続ける。

 

「たった5年で成人していることからも理解してもらえると思いますが、彼の寿命は人間のおよそ五分の一から四分の一。この島ですでに1年程の時間を過ごしているため、提督の寿命はあと10余年ほどと推定されます」

 

 食堂からも、執務室からも音が消えた。

 この静寂の中でさらに言葉を続けなければならないことに夕張はひどい吐き気を覚えたが、心配そうにしている明石にこの役目を譲ることは、絶対に憚られた。

 

「そしてこの寿命は、あくまで人として、この敵支配海域において生活していればの話です。“艦隊司令部施設”を運用する度に、提督の寿命は大きく損なわれます。そして……」

 

 敵支配海域を脱し通常海域へ出た瞬間、彼の死亡リスクは跳ね上がる。

 彼の免疫系は、通常海域では正常に機能しないのだ。

 彼はこの海域でしか生きられない。

 

「以上の情報から、軽巡・夕張は、提督の支配海域脱出作戦・参加への反対を進言します」

 

 震える声のままに言い切った夕張は、執務室の木村提督が血相を変えて立ち上がり、傍らの霞に強い口調で諌められる様を目にする。

 それはそうだろう。木村提督は最初から、自らがこの島に留まり、伊勢型の指揮を彼に任せるつもりだったのだから。

 それが叶わなくなったどころか、彼をこの海域から連れ出すことすら困難と発覚した。

 作戦の変更を余儀なくされる。先程皆が頭を抱えていた「余程のこと」が、こうしてもたらされてしまったのだ。

 

 言うべきことを終えてなお気が重くなってゆくのを感じる夕張は、執務室モニターの提督が呼びかけている声に、我に返る。

 

『夕張。気分は? 大丈夫かい?』

 

 即座に返事をと思うが、なかなか意志を言葉に変換することが出来ない。

 たっぷり時間をかけて待たせておいて、ついに首を横に振ることしか出来なかった。

 

『ありがとう夕張。僕が何者なのか、ようやく知ることが出来たよ。感謝しきれない』

 

 彼にとっては悲願のひとつがようやく叶ったのだ。

 しかし、これはあんまりではないかと顔を上げ、モニターを見るも、提督の表情は穏やかだ。

 恐れや不安よりも、純粋に興味を満たすことが出来たことへの満足。

 その表情に、夕張はぎりりと奥歯を噛みしめる。

 彼は、自己保存への執着が圧倒的に欠けている。

 自らが損なわれ失われることに対して、何も感じていないのだ。

 そう、怒りすら込めて見つめる先、穏やかな表情の中にわずかな変化を見付ける。

 写真や映像などで日に何度も見ていた彼のことだ。夕張にはそれがどういった変化であるか、即座に理解出来た。

 

『あとで、もっと多くのことを教えてくれるかい?』

 

 憑き物が落ちたように強い感情が萎んでしまった夕張は、頷き、敬礼して、連装砲ちゃんのモニター部を明石の方へと向けた。

 

 

 ○

 

 

 執務室では木村提督が頭を抱えていた。

 食堂と工廠の様子を映す連装砲ちゃんは、もはや木村提督の方だけを向いていない。

 提督は言うべきことがあるとばかりに木村提督を呼ぶが、「待て」とばかりに大きな掌を向けられる。

 こちらの言わんとしていることは木村提督もわかっているのだ。だからこその「待て」だ。

 提督の背後に控えている電も、今は傍らに来て彼の肩に手を置いている。

 それを言ってはならないとばかりの表情に、心配されているのだなと、嬉しさと気恥ずかしさを覚える。

 

 しかし、言わねばならない。

 木村提督にそれを命令させるのは憚られる。それが彼の役目だとしても、これは自分で告げるべきだと、提督はそう考える。

 命令されるよりも自分から名乗り出た方が良いだろうとも。

 その役目を、自分の意志で選びたかった。

 

「僕が留まります。僕なら、10年もたせることが出来ます」

 

 一度顔を上げた木村提督は、大きな手で顔を覆うと項垂れてしまう。

 木村提督の傍らに控える霞も表情が険しく、それは提督の肩に手を置いている電とて同じだろう。

 食堂の方も、提督の出自が明かされ騒然としていたところに、動きがひとつ加わる。

 暁が立ち上がって、駆け出したのだ。

 向かう先はここ、執務室だろうと容易に想像が付く。

 彼女の行動を止めようとする動きと、こちらに向かわせるためにそれらを阻止しようという、ふたつの動きが起こる。

 

 何か呼びかけようとするも、首謀者がすでに食堂を脱してしまった後だ。

 食堂に残った面々はと言えば、取っ組み合いが始まってしまい、とても話を聞いてくれそうにない。

 まずいことになったな思う反面、それでも自分から言わなければならなかったという思いは変わらない。

 あとは、木村提督がどういった判断を下すのかだ。

 

「……希望を連れ帰ることが叶わないとはな。無念でならない」

 

 掌で顔を覆ったままに告げられる言葉は、それだけで木村提督の答えを現していた。

 納得など出来ないであろうことは、その渋面から見ても確かだ。確かだが、彼は提督の提案を是とした。

 そう判断せざるを得ないか、あるいはその方が都合の良いことが多いと、彼の持つ諸々の情報を繋ぎ合わせた結果が告げているのだ。

 

「しかし、いいか? 念を押しておくぞ。貴様は10年もたせるなどと吹いてくれたが、それはあくまで貴様が負傷しなかった場合、病に掛からなかった場合に限られる。不慮の事故は、不測の事態はいつ何時でも起こり得るということを努々忘れるな」

「はい、充分に」

「それに、“艦隊司令部施設”を運用した後遺症は貴様を確実に蝕む。今はまだ問題ない様子だが、猫の気配を感じるようになったら、努々気を付けることだ」

 

 猫。先ほど木村提督も口にした単語だ。

 その気配を感じるようになれば、いよいよ不味いということか。

 漣や卯月に動画で見せてもらったことがあるので、その存在や姿形、鳴き声は知っている。ただ、実物に触れたことがなく、その感触を知らない。

 そんな提督を心配してか、木村提督は真面目な顔のまま身振り手振りで「いいか、猫と言うのはだな?」と始まってしまい、傍らの霞に「落ち着け木村」と強い口調で諌められている。

 

「……必ずだ」

 

 一通り提督に対してあれこれとまくし立てた木村提督は、しばらく息を整えるために黙した後、そう呟いた。

 

「貴様の命を繋ぐ方法を見付け、貴様の艦娘等を送り届けよう。約束する」

 

 ここまでの道中ですら難儀したというのに、今からそんな約束をされてもと困り果てる提督ではあったが、訝る気持ちはまったくなかった。

 彼は約束を守るのだろうと、そう確信する。

 もしかしたら本当に提督が延命出来る方法を見付けてくれるかもしれないし、以前よりも元気になった彼女たちを連れて来てくれる気もするのだ。

 楽観だなとも思うが、それが大事だとも確かに思う。

 

「司令官さん? 楽観するのもいいのですが、これからが一番厳しい所なのですよ?」

 

 電がいつもの調子でそう告げて、肩に置いた手に徐々に力を込めてくる。

 少し痛いくらいの力加減に、怒っているのだろうかと思い顔色を伺えば、その色もあり。

 

「ごねる皆をどうなだめすかすか、今からしっかり考えるのです」

「どうしようね? ひとまずは暁かなあ……」

 

 食堂を飛び出したにしてはまだ現れないなと、つい背後の扉の方を見てしまう。

 途中で思い留まったのか、それとも誰かに足止めされて、ここまでたどり着けないのか。

 どちらにせよ今のうちに暁を落ち着かせる方法を思い付かなくてはならない。

 

 ソファに座り直して、さてどうしたものかと息を詰めれば、突如対面の木村提督が己の額を打った。

 

「ひとつ言い忘れていたことがあったな。艦娘の深海棲艦化を食い止める方法、その3つ目だ」

 

 すっかり抜け落ちていた項に、提督も電も、そして霞までもが、声を上げて木村提督の方を向いた。

 

 

 ○

 

 

 暁は満身創痍の体を引きずって歩み、執務室の扉を開いた。

 開くというよりも叩き割るという感触に近い当たり、相当参っているのだなと、心身の状態をそう自覚する。

 まあ、腰に風雲やら鳳翔やら、おまけにプリンツやまるゆなどがぶら下がっていては、それはそれは、疲れもする。

 

 提督が島に残ると発すると同時、体が勝手に動いて走り出していた。

 食堂の入り口に立ちふさがった那智を避けるため、コース変更し窓から脱出して、正面玄関から鎮守府内に再突入。

 響や雷、阿武隈たちや、皆が脱走を阻む勢力を食い止めてくれたことが嬉しかった。

 だが、「へいへい、眼鏡はすっこんでな!」と熱田側の約3隻に対して喧嘩売った漣はどうあっても庇いきれない。ただただ、命が無事であることを祈るばかりだ。

 

 そうしてもつれる足で廊下を駆け抜ける途中、なぜか階段のところで膝抱えてしょぼくれていた風雲とぶつかって転倒した。

 2隻揃って状況が呑み込めずにわたわたしている間に、なぜか薙刀持った鳳翔が追って来たので、隠し持っていた天龍刀を伸長展開して応戦。

 風雲まで敵に回っていよいよ追い詰められそうになったところで、なぜかプリンツがこちらに加勢。

 以降、十数分に渡る白兵戦の後に、こうして執務室に辿り着くことが叶った。

 まるゆがどのあたりで参戦したのかまったく覚えていないあたりが厄介だ。今までどこに居たのだこいつは。

 

 しかしいざこうして提督の下にやってきたものの、なんと言うべきかが全く頭の中から抜け落ちている。

 感情的に動いて言葉を置き去りにし過ぎだとは思うが、ここは感情に任せて突っ走っても許されるべきだと理性を退ける。

 提督がこの島に留まるのだ。

 自分たちだけここを離れて。

 嫌だ、ダメだと、涙と共にようやく言葉を発することが出来そうだと見つめる先、提督はこちらを迎え入れるように立ち上がっていた。

 その手には見慣れないものがあり、なぜか電が口に手を当てて、顔は真っ赤に、小さく飛び跳ねて興奮している。

 

「暁、これを受け取ってくれないかな」

 

 提督は掌に載せた小箱を開く。

 中に入っていたのは照明の灯りを反射して輝く指輪だ。

 

「ええ? あ、ありがと……」

 

 頭の中が真っ白になったままそれを受け取って。

 連装砲ちゃんのモニターを通じて食堂からの驚きの声が吐き出されたのと、腰にぶら下がっていた連中の思わずといった心地の拍手も頭に入って来ない。

 ひとまずは、提督に礼を言えたことは褒めてもらうべきだなと、暁は未だ混乱覚めぬ心地で頷いた。

 

 

 

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