孤島の六駆   作:安楽

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3話:二姫が深層を疾走し、喪失した痩身は再び輝き

 降りしきる爆弾が要塞島の天蓋を叩き、轟音と震動は内部へと伝導する。

 専用改修を受けた連装砲を手に、仮設ハッチから身を乗り出した浜風は、砲身を空へ向けるよりも先に、急いで身を要塞の中へと身を戻した。

 こちらが出るタイミングを計っていたものか。仮設ハッチが展開して数秒後に、敵機より投下された爆弾が足場に到達したのだ。

 こちらの動きを読んでいるのだろうか。試しに、とばかりに身を乗り出そうとした浜風は、やはりすぐに身を隠す。

 炸裂が連打で来た。破片が盾にした背部艤装の表面に届く。

 身を乗り出した瞬間に死ぬ。感触としてわかる。

 

 動きを読まれているのではなく、いつ身を乗り出しても当たるように爆弾を投下しているのだ。

 数と練度、そして何より執拗さが圧となって押し寄せてくる。

 今すぐにこちらを殺し切ろうという動きではなく、制圧射撃に近い。

 要塞島の中から戦力を出さないようにするための攻撃。

 浜風を、と言うよりも大和をここから出さないようにするための攻撃だろう。

 こうして制圧行動が行われていると言うことは、次は増援が大挙して押し寄せ、本当に要塞島を制圧するはずだ。

 

 どうするべきかを浜風は考える。

 この爆撃の意図が破壊ではなく制圧ならば、今はまだ大丈夫だ。こちらが沈むまでに時間はある。

 その間に脱出するのは可能か。結論から言えば、不可能だ。

 浜風1隻なら、あるいは明石1隻ならば可能だが、大和は駄目だ。

 火器系統を優先して修復を行って来た今の大和には、この要塞島を脱出して水無月島に帰り着くだけの航行能力はない。

 例え航行能力を取り戻していたとしても、艤装核の取り出しが完全ではない今、大和はこの要塞島から離れることが出来ない。

 

 仮設ハッチの脇に身を寄せ息を整える浜風は、手にした武装の確認をすることしか今は叶わないことに苛立ちを募らせる。

 自分1隻が単艦で突出して事態が好転するのならば、なんの躊躇もなくそれを行うだろう。深海棲艦化が進んだ今の浜風ならば、それが可能なのだ。

 しかし、そう都合よく事態を動かせるわけがない。駆逐艦が1隻、無意味に沈むだけだ。

 沈むのは駄目だ。意味や価値と言った彼是に関わらず。

 身を削って次へ繋げるやり方を推す気持ちは浜風にもあるが、それはあくまで最後の手段だ。

 短絡的になってはならない。

 今のこの身は艦であり人。思考能力と戦闘能力と、そして感情を併せ持った生命だ。

 己の考え得る限りを考え、出来得る限りを尽くす。

 それが、二度と失わせないと誓った自分たちの在り方だ。

 

「その通りだ、浜風」

 

 背部艤装に内蔵された“艦隊司令部施設”の駆動音は、提督の声と合わせて安心感をもたらしてくれた。

 

「僕とまるゆで出る。援護を頼む」

 

 要塞の奥に向けた視線は、出撃準備を整えたまるゆの姿を映し出す。

 空からの打撃を回避するために、たった1隻の潜航輸送艇で行くのだ。

 

「榛名と霧島が向かっている。彼女たちが到着するまでの時間を稼ぐよ」

「りょうかいです……!」

 

 従来の潜水艦たちの装備を流用した姿がクラウチングスタートの体勢を取り、短く敬礼した浜風が笑顔で「ご武運を」と告げて、仮設ハッチの外へと躍り出る。

 まるで棺桶のようだと揶揄された背部艤装をアームで頭上へ掲げて盾として、両の手の連装砲と増設された機銃で天を撃つ。

 度重なる爆撃は浅瀬の水面をかき乱し、満足に足場を整えることが出来ない。

 己への直撃コースへ投下される爆撃は無視し、まるゆが走るコースを確保。

 輸送艇の巨体が脇を滑らかに駆け抜け、無事に水中へ消えてゆくのを見届けた瞬間、盾にした背部艤装に致命打が叩きこまれた。

 仮想スクリューが途切れ荷重軽減が解除され、半身が海中へ没した浜風へと、爆撃は降り注ぐ。

 それらの破壊の力は、艦娘が居た地点へと吸い込まれて性能通りの爆発を見せた。

 仮設ハッチの影から身を乗り出した明石が、クレーンを射出して浜風を緊急回収していなければ、その爆発に巻き込まれて木端微塵になっていただろう。

 

「間に合った! 秋津洲流デリック運用術!」

「……あの飛行艇母艦は幾つ技を?」

「そんなことより修復です!」

 

 明石のクレーンにひっかけられたまま要塞島内部へと引きずられてゆく浜風は、ゆっくりと閉じて行くハッチの向こうへと、たった今喪失したばかりの右手を掲げて敬礼し続けた。

 

 

 ●

 

 

 爆撃機の影を頭上、海面のさらに上に感じつつ、まるゆは単艦で海中を潜行する。

 要塞島への爆撃は継続中であり、その内訳の一部がまるゆを狙う動きを見せはじめていた。

 比較的安全な深度を保ちつつ提督と共に頷き合う。敵は今海上にあるこちらの戦力を確実に沈めようとしていると。

 

 そうはさせない。

 眉を立てた視線の向ける先は、要塞島へ向けて真っ直ぐに航行する敵艦隊の姿を捕らえた。

 

「まるゆ、敵を足止めするよ。こちらのダメージは最小限に。そして、敵は沈める必要はない」

「航行不能か攻撃不能な状態に追い込むんですね?」

「その通りだ。敵“統率者”はそうして消耗した艦を捨て駒として運用するだろうが……」

「海中のまるゆには、体当たりは出来ませんよね」

 

 まるゆの本体が海中にある以上、これまでの敵の様に後続の盾とする事も出来はしないだろう。

 だからしばらくは、こちらが一方的に敵を叩くことが出来る。

 ソナー情報が視覚化されると、敵艦隊の前衛である駆逐級が単横陣にて迫るところだった。

 こちらの逃げ場を絶って爆雷で沈めようと言う意図。わかり易過ぎて、そして避けがたい。

 逃げるだけの速度もないまるゆは、早速奥の手を切ってゆくことにする。

 

 増設した格納領域から顔を出すのは大型運貨筒。

 要塞島への物資輸送のために複数個を内蔵していたもので、荷卸し下ばかりの中身は空だ。

 密閉された大型の張りぼては多量の空気を内蔵し、その全長が海中に姿を現した瞬間、急速に浮上を開始した。

 海上にあった敵駆逐級たちにはそれが、急速浮上を開始した潜行輸送艇に見えただろうか。

 即座に爆雷は投射され、海中を掻き回すようにして炸裂。

 爆圧の中を浮上する大型運貨筒は損傷を得ながらも海面に到達。逃げ遅れた駆逐級の腹を打撃し、それを押し上げ、姿を現した。

 

 転覆した駆逐級が復帰する間もなく、彼方から砲弾が叩き込まれ、彼女たちの味方ごと大型運貨筒をただの鉄くずに変えた。

 まるゆは深度をそのままにして、砲弾の飛来した方角へと舵を切る。

 ソナーにはまだ反応がない。かなり遠方からの砲撃だが、戦艦級の敵も控えているのだと確信は得られた。

 先行していた航空機の爆撃に、戦艦級も合流して砲撃を行う手筈なのだろう。

 前衛の駆逐級は進行方向への露払いだ。

 いくらでも代わりが居る、欠けてもいい壁。

 ならば、それらを欠くことなく、敵の本体に届いてやる。

 

 道行に空っぽの運貨筒を浮上させて囮とし、まるゆは敵戦艦級の布陣を目指す。

 足止めの目的は変わらず、次点で要塞島にとって脅威と成り得る戦艦級を押さえるのだ。

 方法は簡単。戦艦級には対潜能力が備わっていない。

 護衛の駆逐級たちは先と同様に運貨筒を浮上させて物理的に無力化出来る。

 頭の中で手順を反芻するまるゆは、提督の警戒を促す声にすべての思考を一時停止した。

 

 敵の主力である複数の戦艦級。それを護衛する駆逐級や軽巡級の数はその2倍か3倍といったところだが、それ以外の艦種がこの海域には存在した。

 それらは今まで機関を落として身を潜め、まるゆの接近に際して再び動きを取り戻す。

 同じ領域で活動するものたち。複数の敵潜水級がまるゆに向かって吶喊して来たのだ。

 

 奇襲に泡を食うまるゆは魚雷で応戦するが、あらゆる方向から襲い来る敵は1隻、また1隻と組み付いてくる。

 装備を物理的に破損させる気かと焦りを帯びるが、敵は組み付く以上の行動を取ろうとはしなかった。

 それで充分だったのだ。あとは、浮上するだけ。海上、敵駆逐級たちが投射する爆雷の、その炸裂深度までまるゆを運ぶだけだ。

 

 このままでは組み付いて来た敵潜水級ごと爆破される。

 潜航輸送艇であるまるゆには、水無月島の駆逐艦たちが持つような掃海具等の近接兵装は搭載されていない。

 しかし代わりに、まるゆには彼女専用とも言える兵装が残されている。

 右手首の増設装甲をパージし、内蔵されていた九四式37ミリ砲を手に収める。

 グリップに握力を込め、こちらの首を絞めるようにして組み付いていた潜水級の頭部に砲口を押し当て引き金を絞った。

 本来は対艦装備のこの砲だが、接触状態ならば威力の減衰も最低限に抑えられる。

 

 ちかちかと閃光。海中に一瞬だけ、墨を流したような黒が混じり、正面の敵が力を失ってゆっくりと海底に落ちてゆく。

 即座に砲を捨て、次を取り出すまるゆ。抵抗の意志と動きを止めない艦娘に対し、潜水級たちも黙っているわけにはいかない。

 各々が搭載していた対艦装備の機銃類を指向し、それらを接射。

 光と黒い色に赤が混じり始め、しかし浮上は止められない。

 内臓されていた最後の砲を握り、背中に回して最後の1隻を撃ち抜く頃には、海上から投射されていた爆雷がそこら中に漂っていた。

 逃げ場はない。

 

 

 ●

 

 

 損害を確認し終えたまるゆは、ため息を小さな気泡として吐き出した。

 元々無い方であった航行能力を著しく損ない、兵装もほとんどが使用不能。

 “艦隊司令部施設”にも異常が生じ、妖精化した提督の姿は砂嵐の蠢く輪郭だけとなってしまっていた。

 指示はノイズ交じりだがかろうじで聞こえ、榛名と霧島が到着し海上の制圧を開始したことを伝えてくれる。

 自分の役割はここで終わりかと思うまるゆだが、戦況が好転したわけではない。

 

 対艦戦闘ならばこちら側に利があるが、敵は航空機を大量に投入して来ているのだ。

 情報収集用の索敵装備で出撃した熊野では対空戦を行えない。

 榛名たちの水戦でもまだ足りない。

 島の陸攻が参加してようやく五分。

 幾ら水上艦の動きを止めようとも、制空権を奪われれば元も子もない。

 

 空を取れない水無月島側は、榛名、霧島の両名が敵へと潜行して敵“統率者”を叩く案が進言されているが、提督や大淀たちが待ったをかけて協議中。

 幾ら超高速巡航形態があろうとも、その策を遂行する金剛型の消耗は計り知れない。

 最悪、敵の本隊に辿り着く前に轟沈する可能性が高いと出て、回避を優先とした消極的な戦いが新たに提案されたところだ。

 

 ならばとばかりに声を上げるのは、要塞島の巨大な殻を破ろうとする大和だ。

 まだ艤装核の切り離しが完了しておらず、かつ彼女の航行能力は著しく損なわれたまま。

 戦えたとしても、浮き砲台どころか歩く砲塔。敵にとってはいい的でしかない。

 

 まるゆはといえば、提督からは救援が来るまで生存を最優先とする指示が与えられているが、そうしているうちに戦況が悪化するのは目に見えていた。

 自分に出来ることはもうないのかと、そう眉根を寄せるまるゆは、ひとつの考えに至る。

 敵の“統率者”に、直に接触することを。

 

「それは危険だ。キミを1隻で行かせるわけにはいかない。第一、まるゆ。キミの航行能力はもう……」

 

 足の裏に生ずる仮想スクリューは不安定な明滅で、回転しようとも推進力を生ずることはない。

 どの道もう出来ることはないかと海中で仰向けになるが、それを否と振り払うことが出来た。

 

「まるゆは1隻じゃないです。隊長が一緒です。そして……」

 

 海中の音を映像に変換するゴーグルは、キャビテーションを纏って海中を高速で行く艦影をはっきりと視認する。

 彼女は生きていると、信じていた。

 そして、この海域へと戻って来たのだ。

 モールス信号を介してのやり取りで、こちらの意志は伝わった。

 直角にターンしてこちらへと急速接近する影は、すれ違いざまにまるゆを確保し、そのまま目的地へ向かって高速巡航を開始した。

 

 久しぶりに見る“ルサールカ”の姿は痛々しいものだった。

 白いザラついた肌はところどころが亀裂がはしり、剥離して黒い下地がむき出しとなった部分が見られる。

 とくに右側の損傷が激しく、その側の手足は欠損している。

 自己再生が追い付いていない。というよりは、もうそれを行えるだけの余力が残されていないのだろう。

 高速巡航する“かまちゃん”も装甲が剥がれている箇所が多く、キャビテーションを纏っての加速力も以前より格段に衰えている。

 無理はさせられないなと頷くまるゆは、白黒ノイズの姿となった提督がぺしぺしと頬を叩く様に、ぎくりと肩を震わせる。

 

 提督の命令。その強制力が弱まっている。

 まだ赤目になってはいないが、新運用の適応が間に合わなかったのだろう。

 深海棲艦化は確実に進行しているが、以前の暁の様に、それを力とする段階には至っていないのだ。

 

「まるゆは、自分が居なくなることで誰かが悲しむって、知ってます。だから、大丈夫」

 

 苦しい言い訳だと、提督は思っただろうか。

 今すぐ島には戻らない。

 敵の姿を明かしに行くのだ。

 本当は帰りたくて仕方がないが、そうすることによって、今まで皆で積み上げて来たものが、すべて終わってしまう。

 それがわからないくらいに頭が悪ければと、そして、もっといいやり方を見付けられるくらいに頭が良ければなと、そう思わずにはいられない。

 だが、自らの死を確実とするわけでは、決して無い。

 

 “統率者”を、その姿を光学画像に残すだけでも収穫だ。

 それを行ったなら、すぐに“ルサールカ”に離脱してもらおう。

 最悪の場合、艤装核内臓ユニットだけでも切り離して島に返す。

 “このまるゆ”は居なくなるかもしれないが、艤装核は残る。

 

 色々と吹っ切れたと思っていたが、まだ自分の在り方に不満や未練があったのだなと、こんな状況で自覚させられた。

 しかし、やはり思うのだ。

 こうして戦っていて、己が失われることがあろうとも、艦娘は何かを残して逝ける。

 居なくならないのが一番なのは、身を持って知ってはいるのだ。

 それでも、どうしようもない時だって必ずある。

 そこに保険が掛けられていることに、どうしようもなく安心を得てしまうのは、自分が弱いからだとまるゆは思う。

 

 それでも、ただ弱いだけではない。

 先に提督に告げたように、まるゆは1隻で戦っているわけではない。

 提督が居て、水無月島の仲間たちが居て、そして今は“ルサールカ”が味方に居て。

 彼女に希望を託して建造を行った者たちがいて、そしてまるゆ自身の中には在りし日の自分たち、38隻の記憶すべてがある。

 充分だと思う。

 決して孤独ではないとわかった今は、以前よりもずっと心強い。

 

 

 ●

 

 

 自力では到底出せない速度で海中を行くまるゆは、頭上が暗くなったことに、いよいよ息を詰めていた。

 鈍い陽の光が海中まで届かないのは、海上を無数の敵艦が覆っているからに他ならない。

 水上艦であれば、空を覆う航空機の群れに対して恐怖を抱くのだろうが、まるゆにとっては今がそれだ。

 ざっと数えただけでも、今この時海上に展開している敵艦は、水無月島の総戦力の10倍以上。

 水上艦だけならば、対等どころか戦力差をものともしない自分たちだとまるゆは自覚しているが、敵航空機の存在はそれを覆す。

 空を取られている現状、勝ちの目ははるか遠くにある。

 

 だからとでも言うように、自らの自立稼働型生態艤装を駆る“ルサールカ”は、敵空母を探して海中を行く。

 敵駆逐級たちが展開する爆雷の檻。その炸裂を回避し続け、滅茶苦茶な軌道を描いて敵艦隊のさらに懐へと入り込んでゆく。

 魚雷は使わない。それは倒すべき敵のために確保しているのだと、その横顔を眺めるまるゆは彼女から言語化されない意志を感じ取った。

 代わりとばかりに空っぽの運貨筒を浮上させてささやかな邪魔をする。

 “統率者”の姿を収めるだけのつもりだったが、こうして空母狩りのために標的を探しているとは、おかしな気分だ。

 

 しかし果たして、敵艦隊の編成に空母系の姿は見られなかった。

 ならば、答えはひとつだ。

 今、頭上にしている敵艦隊は、要塞島を襲う後衛部隊。

 本隊を後方に据えたアウトレンジ戦法。

 かつての戦いの変遷に乏しいまるゆではあったが、艦娘としてその戦い方に固執する傾向が強いとされていた個体の話は聞かされていた。

 そう、聞かされていたのだ。

 榛名がかつて共に戦った、有馬艦隊の両翼がそうだったと。

 何故と疑問するも、その答えをまるゆは得ることが出来ない。

 “統率者”に直接問えば、明らかになるだろうかと、進行方向を向いた時だ。

 

 自立稼働型生態艤装の速度が落ちて、挙動が大きく傾いだ。

 体表を覆っていた気泡が一気にはじけ、それでもまるゆたちを前へ押し出そうと、彼女たちが乗っている背中側を前へと傾ける。

 “ルサールカ”が自らと生態艤装を繋ぐコードを無理やりに引き抜き、それをまるゆに向けて差し出す。

 まるゆはそれら複数のコードを受け取ると己の体に巻き付け、半壊した“ルサールカ”の本体を引き寄せる。

 互いに体をたわめ、膝を曲げ、生態艤装を足場に、思い切り蹴り出す。

 

 背後、長い付き合いだった彼が砕ける音がする。

 振り払うように、右足の裏に復帰した仮想スクリューが駆動。

 “ルサールカ”の左足のスクリューと合わせてようやく一対の推進力となり、頭上の敵艦隊から逃れんと進む。

 ダメージの蓄積した体では、深みに逃れてやり過ごすことも叶わず、すぐ目の前にまで迫る生態爆雷に怯えながら行くしかない。

 恐ろしさよりも焦りを強く感じるまるゆは、爆雷の炸裂で掻き回される海中で、再び敵潜水級の姿を目の当たりにする。

 向こうの速度は脅威にはなり得ず、容易に接触されることはないだろうが、捕まれば今度こそ終わりだ。

 

 詰みが近い。退路がどんどん断たれてゆく現状に、呼吸が絞られるような感触すら覚える。

 そうして視野が狭まっていたせいか、こちらに追いついてきた仲間たちの存在に、しばらく気が付かなかった。

 頭上を行くのは敵だけではない。

 水無月島の駆逐隊。改良型タービン搭載の高速対潜仕様だ。

 

『皆、速度は?』

『――ここに!』

 

 旗艦を務める若葉の横に綾波型と夕雲型が並び、背後に白波を上げる速度を持って、密集する敵艦隊に吶喊。

 間近に迫る敵の砲火を確実に回避して、展開した爆雷を次々と海中に投じて行く。

 迫る敵潜水級を退け、まるゆたちの進路を確保する動きだ。

 

『空からは爆撃、海上からは砲雷撃と逃げ場がないけれど、だからこそ密集している敵艦隊に突っ込んだ』

 

 ノイズ交じりの姿の言に、なんて無茶なと呟きが漏れる。

 度胸というより無謀そのもの。

 人のことを言えたものではないが、ならば礼以外は口にしない。

 わかっていたはずだ。次に誰かが無茶をする時は、皆がそうする時だと。

 誰かひとりに負荷が掛かって潰れないよう、皆で無茶をするのだ。

 そのきっかけを作ってしまったことに目を背けていたが、提督を通じて伝え聞く皆の言葉は、陰りひとつない。

 

『あら、もうはじまってます? 空の喧嘩、水戦でちょっとだけ混ざれます?』

『筑摩ダメ! 熊野んがスツーカ積んで若葉たちの援護に行くから、そっちをサポートだよ!』

『ちょっとそこのプリンツ・オイゲン! わたくし今は索敵機しか積んでいませんのよ!? 陸攻の到着を待ちなさいな!』

『残念だったな。陸攻隊は要塞島の守りに付く為、そちらには不参加だ。後発の駆逐隊はこの磯風に続け! 先行した酒匂に追いつき、要塞島を中心に輪形陣を敷く……!』

 

 皆、嬉々とし過ぎではないだろうか。

 そもそも通信フルオープンで、敵にこちらの動きを隠すつもりもない。

 陽動なのか開き直りなのか、その意図まで説明はされなかったが、皆の肉声がリアルタイムで耳に届く。

 苦笑するまるゆだが、この方が断然いい。

 敵が悲哀と憤怒に駆られて戦うならば、自分たちは気楽に迎え撃てばいい。

 提督が推し進めるこのやり方を、先に行った彼女たちはどう思うだろうか。

 

「きっと笑って、しょうがないなって……」

 

 思ってくれている。そう願う。

 そしていよいよ、敵本隊の影を間近に捉えた。

 

 

 ●

 

 

 敵空母部隊は、30隻以上の空母級、軽空母級を中心に置き、その倍数以上ある駆逐、軽巡級が輪形陣を組んで護衛していた。

 中心部には一際巨大な反応があり、姫、鬼級が複数体、その傍らに寄り添っている。

 海中からの接近に対して駆逐級や軽巡級が動くが、ここぞとばかりに搭載していた大型運貨筒を全展開。

 浮上する多量の囮に敵が気を取られている間に、まるゆたちは敵空母級たちの下へと辿り着いた。

 

 彼女たちの頭部に接続されている、あるいは頭部そのものとなっている甲殻部が、獣が大口を開くかのようにして開放。

 開放角度は後頭部側180°に至り、まるで舌を突きだすかのように滑走路が延長される。

 次の攻撃隊の発艦準備が整わんとしているだ。

 

 まるゆは即座に動き、“ルサールカ”はそれに答えた。

 互いを繋いでいたコードを解き、“ルサールカ”は海底側に頭頂を、足先を海面側に向けて、身をたわめる。

 まるゆは彼女の足裏に己の足裏を合わせるようにして、彼女の体から延びたコードを手繰って自らも身をたわめる。

 互いを引き寄せるように力を溜めた後、まるゆがコードを手放した動きを合図に、それぞれの力を開放させた。

 “ルサールカ”は海中へ、そしてまるゆは反動で海上へと昇る。

 

 海上へ躍り出たまるゆは、敵の姿をよく確認もせずに、唯一無事であったWG42を全弾ばら撒く。

 見もせずに放って直撃するくらいには、今の彼女たちは密集しすぎていて、こちらへの対応など出来ようはずもなかったのだ。

 致命打には成り得ないが、敵艦載機発艦の妨害は成った。

 発着艦機能を損なった空母級たちは、その修復に時間を奪われるはずだ。

 

 そしてまるゆは、敵“統率者”と正面から対峙する。

 その姿は記録にあった空母水鬼のものに近いが、衣装や生態艤装の形状などは大きく異なっていた。

 禍々しく見えるその姿は力強く、綺麗で、そして哀愁が全身を覆っていた。

 白く長い髪は怒りに逆立つように波打っているが、その表情は今にも泣き出しそうだ。

 だが、それももうじき終わる。

 

「きっと皆が、貴女を救いに行きますから……!」

 

 直後、護衛の戦艦棲鬼たちの機銃が火を吹き、まるゆは再び海中に沈んでいった。

 

 

 ○

 

 

 鎮守府に帰投した艦娘たちの、その魂の抜けたような雰囲気に、提督は体の力が抜け落ちる感触を味わっていた。

 妖精化していた後遺症がまだ抜けていないが、そんなものとは到底度合いの違う喪失感だ。

 もう二度と立ち上がることが出来ないかもしれない。

 そう頭の片隅で思いつつ、皆から一歩進み出る若葉に発言を促す。

 

「三式潜航輸送艇・まるゆの轟沈を確認した。艤装核も回収できなかった。回収できたのは、これだけだ……」

 

 そう言って差し出された品に、提督は目を離せなくなる。

 杖に体重を預けながらふらふらと歩み、そうして彼女の残したものへとたどり着く。

 まるゆの正式装備である、あのゴーグルだ。

 外観の状態から戦闘の激しさが伺えるが、奇跡的に内部に保存されたデータは無事であり、それらはすでに解析に回されていると若葉は告げる。

 

 だから、ここにあるのは完全に役目を終えた彼女の抜け殻だ。

 叱ってやりたいし、褒めてもあげたいのに、それを聞くべき彼女はここにはいない。

 

「少し、ふたりきりにしてくれるかい?」

 

 提督は何を言っているのだ、などと顔を歪ませたのは、まだ日の浅い艦娘たちだけ。

 駆逐艦たちは破損したゴーグルを提督に預けると、敬礼ひとつして無言でその場を後にした。

 残された提督は出撃場の通路に座り込み、手前に置いたゴーグルを指ではじき続ける。

 モールス信号となって送られるメッセージにはしかし、いつまで経っても応答はなかった。

 

 

 


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