孤島の六駆   作:安楽

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6話:ある終わりの開始地点・中

 綾波型駆逐艦・潮は空を見上げ、吐き出しそうになった溜め息を呑みこんだ。

 水無月島鎮守府への空襲は、数刻前に収まった。

 敵航空機は今でも島の近海を周回してはいるが、自律稼働型砲塔たちの射程に入るような動きは見せない。

 

 敵機の大半は、現在は大和の方へ集中しているはず。受信機に耳を傾ける限りでは、大和たち以外の水無月島艦隊が敵航空機に襲われた報は受け取っていない。

 まだ誰も沈んでいない。今はまだ。

 こちらが不利であることは最初からわかっていたものだから、“その時”に備える心構えは一応出来てはいる。出来てはいるが、覚悟などない。

 はやく。はやく終わってくれと、嫌気や怖気を纏って、しかし進むしかない。

 この戦いが終わって、皆無事で笑って、そして晩ご飯だ。朝ごはんになるかもしれないが。

 

 空爆の跡地、対空射撃を継続し破損した自律稼働型砲塔を爆心地から引っこ抜き、まだ動ける自律稼働型砲塔たちに運ばせる。

 島に残った戦力は、潮と、給糧艦の間宮、そして非戦装備の大淀のみ。

 陸攻の運用と砲塔たちへの対空射撃を仕切るのは大淀たちでも出来たが、潮はあえて自分からこの任を選び取った。

 大淀たちには提督の補佐をやってもらう必要があるし、何よりこの島の地下にはまだ眠り続けている仲間が居る。

 逃げ場は自ら捨て去った。逃げる気など毛頭なかったが、自分自身に念を押したかった。

 

 戦況は好転の兆しを見せてはいない。

 敵の前衛の大多数は大和たちに集中し、斬り込んでいった榛名たちも未だ“クレイン”を射程に捕らえてはいない。

 数で不利なこちらだ。時間をかければかける程、勝てる見込みは減って行く。

 だから早くと急く潮は、ふと怖気を感じて彼方を見た。

 水無月島の周辺海域が支配解除されている現状、降り注ぐ日差しは強く、風は生暖かい。

 そんな、極ありふれているはずの風景を突風が襲った。

 島に群生している木々をすべて薙ぎ払わんばかりの衝撃は、鎮守府の窓を粉々に砕き、潮の体を数メートルに渡って吹き飛ばした。

 無事だった自律稼働型砲塔たちに介添えされて起き上がれば、目に飛び込んできたのは、彼方に巨大な雲が昇る光景だ。

 

「……うそ」

 

 光はなかったはずだ。

 だからそれは、この島よりもはるか遠くで引き起こされた現象であり、たった今身に喰らったのは、その余波に過ぎないと確信する。

 この兵器を使えるのは艦娘でも深海棲艦でもない。

 自分たちが守るべきはずの者たちだ。

 打撲と擦過傷と、全身を切り刻まれたような痛みは、しばらくのあいだ、感じなかった。

 それよりも失望感の方が勝ったのだ。

 

 だが、それでも、無事だった受信機から響く声が、潮を立ち上がらせた。

 

『……すまん、水無月島。一機抜かれた! 不可能だとわかっちゃいるが、逃げてくれ! 頼む!』

 

 血を吐くような誰かの声は、一呼吸の間に雑音となり、そして消えてしまった。

 だが、その声は確かに受け取った。

 こちらを害するものは確かに居る。

 そして、守ろうとしてくれている者たちも、確かにいるのだ。

 孤立無援を経験してきた身で思うことは、こちらを案じてくれているだけでありがたいという気持ち。

 

 だから戦える。迎え撃つことが出来る。

 視認できる限界の高さに、それは迫っていた。

 支配海域の影響を考えてか、ご丁寧に二次大戦時の姿、そのままの翼だ。

 ここにいるのが自分で良かったと、潮は思う。

 あんなもの、榛名たちには見せられない。

 きっとあれは、誰かの大義なのだろう。

 だから、迎え撃つこちらにも、それは確かにあるのだ。

 

 自律稼働型砲塔たちが運んできた背部艤装を接続して、陸上運用モードで展開。自分専用の長10センチ砲を手に、砲塔で空を指す。

 投下される前に撃ち落とすことは不可能な射程。だから、長10センチ砲の最大射程距離で落とす。

 

「提督、地下へ避難してください」

 

 いつの間にか、間宮たちに介添えされて外に出て来ていた提督を背中に感じ、潮は振り向きもせず、目標に対して視線を絞る。

 もし地表へ届く前に撃ち落とせたとしても、信管が作動してしまえば光と衝撃波で島は焼き払われる。

 そんな場所に提督が居て良いはずがない。

 

「大丈夫だよ、潮」

 

 しかし提督は、場違いなほどに穏やかな声で安心を口にする。

 彼方から破壊の種が投下され、いよいよ緊張で視界が狭まるなか、誰かの手が空へ向けられた気がした。

 

 空が破裂するような音が轟き、水無月島の上空は瞬時にして、鈍い曇天に覆われた。

 事態を呑み込めず固まる潮は、力を放つことを禁じられた兵器が海中に落ちて、そのまま二度と上がってくることが出来なくなった様を、横目で追った。

 砲を下ろす動きで前を見れば、見慣れた背中がそこにはあった。

 長良型軽巡六番艦、阿武隈の背中が、目の前にある。

 

 待ち望んだ金色の髪は、毛先の方から徐々に黒く染め上げられ、その衣装も黒く禍々しく塗り替えられてゆく。

 心臓が凍り付くような思いで彼女の変貌を見守る潮は、提督が重ねて「大丈夫」と告げる声に、鼻をすすって涙を呑む。

 変貌を終えてこちらへと振り向いた彼女は、かつてと変わらない笑みで潮の名を呼んだのだ。

 左袖の腕章はふたつとも健在で、両側頭部に流れる黒髪の房の中には赤と青の色が混じる。

 短く「ただいま」と告げた彼女は、再び天にその手を掲げ、号令とするように呼びかける。

 

 呼応して、地面を砕いて立ち上がるのは、自律稼働型砲塔よりもふたまわり大きな影。

 白と黒と灰色と、一門だけの砲を宿して生まれたのは、砲台小鬼。

 それが7機、次々と地中から身を起こしては、曇天に向けて砲身を、その仰角を上げて見せる。

 島の周囲、支配海域の曇天下を旋回していた敵航空機が、待っていたかのように攻撃を開始したのだ。

 それら敵機に対応すべく、砲台小鬼たちは各々勝手に対空射撃を開始してしまう。阿武隈であった深海棲艦の指示を待たずに。

 対艦用の砲塔しか持たない彼らは、それでも空を穿ち、ある個体はその辺に居た自律稼働型砲塔を頭の上に乗せて対空射撃を担わせる。

 

 耳を塞ぎつつその光景を見守る潮は、彼女が自分の指示を聞けと諸手を上げて喚く様に苦笑が浮かぶ。

 それでも相手にされなくなった彼女は拗ねたように砲台小鬼の向う脛を蹴飛ばし、思い出したかのように振り向いて、潮を抱きしめた。

 待ち望んだその時が今だ。

 出来ることならば永遠にこうしていたかったが、目覚めた彼女にはするべきことがある。

 だから、自分から身を離して、彼女を送り出すのだ。

 

「深海棲艦。離島/軽巡棲姫は、これより提督の旗下に入ります」

 

 そう、胸に手を当てて、ふたり分に反響する声質で自らを告げた彼女は、その先を提督に求めた。

 介添えしていた間宮たちを下がらせ、杖の助けなしに立つ提督は、彼女に向き合う。

 

「キミに個別コードを与える。“スプリガン”、命ずるよ」

 

 互いが互いを懐かしむも、その時間を引き伸ばそうとはしない。

 

「皆を守って」

「了解です」

 

 軽やかな敬礼ひとつ。新たに名付けられた力は、踵を返すと、二手に分かれた。

 “スプリガン”と名付けられた深海棲艦は2体に分離し、髪に青の色を残す1体は坂を駆け下り、髪に赤の色を残す1体は地中から更に小鬼を呼び起こす。

 彼女の旗下である砲台小鬼は、彼女の命令が無くとも各自の判断で敵を穿つ。

 彼女はそれらの間を走り抜け、「あ、分離出来る。分離……」と呆けている潮の隣を駆け抜け、島の斜面を中腹まで下ったところで跳躍。

 大きな弧を描いて数キロ先の海面に着水すると、フロート型へと変貌した脚部が莫大な推進力を生み、加速。

 仲間を守るための駆動を開始した。

 

 

 ○

 

 

「それじゃ、秋津洲、いっきまーす!」

 

 片言の英語で「せーんきゅー、ぐーっどらーっく!」と告げて(護衛の兵士たちからはサムズアップと流暢な英語が返り)、艤装状態の秋津洲は高速輸送機からパラシュート無しで降下した。支配海域外、上空からの無謀な進入だ。

 両手足を広げて落下速度を抑え、分厚い雲の中を抜け、やがて眼下には鈍色の海面を望む。砲火の音と色も。

 帰ってきたのだ。敵地であり、故郷でもあるこの場所に。

 敵側の目で見れば、突如上空に艦艇が現れ落下してくるといった、さぞ滑稽な事態に映っていることだろう。

 それでもジョークを介する器官がないためか、反応は挙っての対空砲火だ。

 一秒ごとに敵の有効射程に接近してゆくのを、ただ何もせずに待っている秋津洲ではない。

 背後、上空より分厚い雲を割って、そして加速を得て降下してきた二式大艇を、掲げた両手にキャッチ。速度を上げて対空砲火へ突入する。

 

 秋津洲の目的、そのひとつは敵の目を自分に引き付けること。

 そしてひとつは、救援物資の散布だ。

 直撃コースに収束しつつある火線、それを遮るように、格納領域からコンテナを吐出させ、下方へと投下する。

 敵の対空射撃がコンテナの外装を食い破り、内部の弾薬類を直撃し大爆発が起こる。

 濃密な黒煙が一時、空を染めた。

 秋津洲は生じた黒煙の中へと突っ込み、吹き飛んできたコンテナの残骸を盾に、そして足場にして、さらに跳躍し、再び急降下する。

 目標地点、座標が間違っていなければ、この近海で対“クレイン”強襲部隊は合流するはずなのだが、黒煙や火線が邪魔で目視は適わない。

 このまま海面に着水すれば、秋津洲は敵陣のど真ん中にただ一隻で降り立つことになる。

 その先を想像して背筋が震えるが、しかし決して自分一隻ではないぞと、喉奥で呻く。

 こちらには二式大艇がいる。そして、仲間たちは必ず合流する。

 

 海面が近い。

 秋津洲は己の格納領域に収納されていたコンテナをすべて下方へ向けて展開する。

 落下の勢いを得て射出されるように投下されたそれらは、対空射撃中の敵艦隊を直接打撃し、あるいは海面をひっぱたいて敵艦隊に混乱を引き起こす。

 無事海面に辿り着いたコンテナは衝撃吸収用のバルーンと特殊薬剤を噴出させて衝撃を殺し、そうして噴出された薬剤は霧状となって一帯を白く染め上げる。彼我の視界を一時、塞ぐ。

 敵艦隊の“目”が目視から電探に切り替わるには、それほどの時間はかからないだろう。

 その前に、秋津洲自らが海上へ復帰する。

 

 秋津洲は二式大艇に急上昇の指示を出し、自らは背部艤装のクレーンを展開。大艇の腹に設けられたU字にフックをひっかけた。

 二式大艇は指示通り海面ぎりぎりで急上昇。つられて上空へ逆戻りしそうになる秋津洲は、ウィンチを起動させてワイヤーを放出。

 脚部艤装から海面に着水してバランスを保つと、背部のクレーン丸ごとをパージして海上に復帰した。

 二式大艇に引っかかったままの艤装だったものが海面を白波立ててひっかいて、進路上に居た駆逐級をひっぱたいて行くのを見送りながら、思いの他勢いが付き過ぎたなとつま先を浮かせるようにしてブレーキの構え。

 

 だが、減速するには遅すぎた。

 まだ“目”を切り替えていないのであろう敵駆逐級と目が合う。

 進路上に居る駆逐級は、待ち受けるかのように大口を開けて見せたのだ。

 両腰の錨鎖を海中へ投じての減速も、あるいは片方だけの錨鎖を落として方向を変えるのも間に合わない。

 「最悪ラムアタックかもおぉぉ!」と目を見開くも、大口を開けていた敵駆逐級は真横から衝撃を受け、くの字に折れて海面を転がって行った。

 

 折れて転がって行った駆逐級をしばらく目で追った秋津洲は、その駆逐級が爆発した衝撃と破片から身を守らんと顔を背けた。

 そして、勢いを殺し切れず敵駆逐級が居た地点に差し掛かった時、柔らかい何かにぶつかってそのまま海面を流れ、しばらくして停止した。

 柔らかくて、そして暖かいこれは何かと顔上げれば、眼鏡越しの視線と目が合った。

 

「弾薬が底を尽きたので直接打撃して見ましたが、使えたとしても一回きりですねこれは」

 

 高雄型重巡・鳥海だ。

 眼鏡の位置を直した鳥海は、破損した脚部艤装をパージして、インナースーツを透明化させて骨折箇所を確認。

 痛みよりもその見た目に顔を歪ませ、インナーのカラーを黒に変更して補強処置、予備の脚部艤装を格納領域から取り出した。

 脚部艤装が自動でフィッテングされてゆく様から視線を外した鳥海は、身を起こした秋津洲が眉間にしわを寄せて自らの掌を凝視する様に息を詰めて疑問する。

 

「……前より育っているかも」

「驚くべき急成長を遂げましたね。新規運用の影響でしょうか」

 

 通りがかったピンク髪の艦娘たちが「あの2隻また胸の話しているぴょん」「しっ、見ちゃいけません。巨乳がうつるから」ひそひそ呟きつつ補給して通過。

 まあ、ともあれ、と。掌を鳥海へと向けて心を落ち着けた秋津洲は、続々と合流しては敵艦隊を退ける味方艦隊に手を振りつつ、負傷艦へ肩を貸す。

 

「股関節も痛めているから、高速巡航も高機動も無理かも」

「補給しながらゆっくりと向いますよ」

 

 コンテナが次々と展開してゆき、合流を果たした各艦への燃料と弾薬の補給を開始。

 幾つかは着水の衝撃を殺し切れず破損しているが、それでも合流した艦娘へ補給して余りある。

 

「戦況は?」

「水無月島艦隊及び熱田艦隊所属の対“クレイン”部隊はほぼ合流しつつあります。一部道草食っていますが、こちらか、あるいは大和たちの方へ合流するでしょう。問題は……」

 

 敵か味方か識別不能な艦影が、幾つか確認されていると連絡があった。

 水無月島からは阿武隈がゴスロリ艤装で出撃したとあり、真実なのか冗談なのか、これまた判断に困るところだと鳥海は嘆息する。

 ちょうど、右舷側を黒っぽい阿武隈っぽい何かが通過したが、駆逐艦たちが群がって行ったので無視した。

 重要事項は二点。“クレイン”の元へと辿り着くか、大和と同様に敵艦を引き付けるか。

 

「よって私は、先ほどまでと同様に、それ以外の事態へ対応する形を取ります」

「お供するかも。というか……」

 

 補給を済ませて先に発つ仲間たちに敬礼して見送り、秋津洲は対潜装備を展開した。

 パッシブソナーは海面下に無数の敵影を捕捉している。

 

「こんなの、放っておけないかも」

「手間をかけます」

 

 

 ○

 

 

 榛名は顔を上げて空を見た。

 上空、背後から現れて先へ行くのは艦娘の艦載機。烈風はじめ、新旧の入り混じった艦載機群は、どれも艦上戦闘機。機体側面には、熱田島鎮守府のエンブレムが輝いている。

 熱田島鎮守府からの救援。皆が帰ってきたのだ。

 

 速度を落とす。左舷側より接近する艦影は、妙高型重巡・那智を旗艦とする水雷戦隊だ。

 水無月島から熱田島への帰路が最後の出撃になるかと思われていた妙高型の姉妹が、こうして旗艦を務めている。

 何らかの措置によって機能を取り戻したものか、問うよりも先に、再会を喜ぶように手を振った。

 那智が簡単な手信号の後に、敬礼して笑む。後続は足柄、巻雲、風雲、秋雲、曙と駆逐艦が続き、遠くに遅れて空母3隻が続く。飛龍に葛城、そして祥鳳だ。千歳は少しばかり離れた海域にて超過艤装を待機させ、夕張や新入りたちと共に海域の情報収集に当たっている。

 そうして熱田からの帰還組を見渡した榛名は、彼女たちの目が一様に赤い事に違和感を覚えた。何らかの改装によるものだとは思うが、どうにも悪い予感がする。

 考えが表情に出たせいか、那智が怪訝な顔で眉を寄せる。

 

「合流地点で見かけなかったが、何があった?」

 

 ああ、自分の知る那智だと、安堵を得た榛名は事情を話そうと一拍息を置き、その間に役目を霧島に取られた。

 

「深海忌雷です。目標地点の半径数十キロに渡って設置されていました」

「超高速巡航形態でも突破は困難か」

「突破すれば戻れなくなり、足並みが崩れます」

 

 本作戦の標的である“クレイン”を中心として同心円状に設置された深海忌雷は、互いの触腕を連結させて海面に顔を出し、「そこにいる」事を主張するようにひしめき合っていた。接触すれば連結した忌雷たちに誘爆して広範囲を爆破する。

 

「おそらくは、“クレイン”はそれを合図にするはずです」

「忌雷への接触をトリガーにして、守りの為に残しておいた艦載機を展開するつもりか」

 

 “クレイン”が膨大な数の空母型深海棲艦を己の周囲に集めている事は、まるゆが残したデータから確証が得られている。その大部分は大和たちの布陣に向けて展開しているはずだが、自分たちの守りを疎かにするほど、敵はこちらを侮ってはいないはずだ。問題は、それらの守りをいつ、どのタイミングで運用するかだったが、敵の現状の布陣を見て、霧島はそう結論付けた。

 深海忌雷を設置した範囲は、“クレイン”側がこちらを撃沈出来るだけの艦載機を展開する為には充分な範囲なのだろう。金剛型2隻が超高速で突っ込んだとしても、空母を護衛する敵艦は盾の様に、山の様に布陣しているはずだ。離脱は可能だろうが、再突入時には、敵の攻撃が三次元化する。

 だからと言って、現状の合流した戦力での突破も困難だ。高速巡航可能な艦娘による水雷戦隊とは言え、艦隊運動していればそれだけ被弾する確率は上がる。

 そして、こちらの航空戦力では敵戦力と拮抗しえない。飛龍たちが展開した艦載機はどれも艦上戦闘機。制空権を確保する事はまず不可能だと予想されるため、艦爆、艦攻の展開はない。敵に空を自由にさせない為の、苦し紛れの防御に過ぎない。

 

「最前の手は、忌雷を無力化して進軍。“クレイン”側の艦載機発艦のタイミングを少しでも遅滞させる事です」

 

 それには駆逐艦による掃海作業が必須となるが、その行為を敵艦隊が見逃すとは考えにくい。加えて、深海忌雷は自律稼働する。自爆してこちらの存在を知らせるような行動を取ってもおかしくはない。

 霧島の説明を隣で聞く榛名は、いよいよ手詰まりではないかと息を詰める。もっと味方の数を増やして、対等な物量で挑めば勝機はあるかもしれない。だが、敵の物量に匹敵できるだけの艦娘を確保するのは、この時点に至っては不可能だ。深海棲艦の支配海域にて活動経験のある艦娘の数が少なすぎる。通常海域との狭間での交戦経験がある艦娘は数多いが、この支配海域の中心部で立ち回れる艦娘となると、数が限られてくる。ただ数だけを投入したところで、戦力として数えられるものではない。

 だからこそ、水無月島・熱田島の所属艦隊がこの戦いに臨んでいる。現運用にて最も支配海域での活動経験を有する艦娘たちが集結しているのだ。

 

 黙して歯噛みして、何か良い考えはないかと唸る榛名は、那智が僅かな時間思案して、すぐに耳元の通信機に手を当てる姿を見る。

 

「霞、そちらの状況はどうだ」

『は!? 何よ余裕よ! 余裕!』

「時間はないか」

 

 なおも喧しく騒ぎ立てる霞との通信を即座に切断した那智は、単艦で先行する。

 

「ならば私が道を付けよう。最後の仕事だ」

「那智姉さん! ここで使うのね!?」

 

 使うさと発した那智から、旗艦権限が足柄に移譲される。

 いったい何を使う。黙せず言葉にした榛名には、巻雲がわたわたと手を振りながら口早に説明する。

 

「白化(ホワイトアウト)! 一時的に深海棲艦になる使い切り最後の手段です! 使ったらもうそこでお終い! 艤装核が損傷して艦娘としての形を保持できなくなります!」

 

 皆の赤い目はそれかと息を呑んだ榛名は、何故今ここでと、口に出す事はしなかった。この状況を打開できるからだ。

 一時的に深海棲艦と化すとして、ならば鬼姫級に匹敵する格を得る事が出来るのだろう。それは、階級の低い他の深海棲艦に命令できる事を意味する。

 榛名たちを目指して進行中の敵艦を下がらせる事が叶い、深海忌雷たちを無力化する事も可能なはずだ。

 

 だがそれは、重巡1隻の喪失と釣り合うか。親しい仲間の喪失と、秤にかけられるか。

 提督の命令なしに行動できるまでに劣化した自分たちを止められる者はいない。

 自らで選択を覆さない限りは。

 

「案ずるな。10秒も持たない。その後は塵も残さず泡となって消える。これ以上、敵は増えない」

『ならば、その白化、あと10秒待とう。那智』

 

 榛名の肩に妖精化した提督が顕現した。一同は幽霊でも見たかのような面持ちで黙した後、病院からふらりと抜け出す老人を見つけたかの様に焦り出した。

 

「なんで艦隊司令部施設使っているんですか提督!? もう持たないって言われているんですよ!?」

『今日は午後から曇り空になったから、調子がいいんだ』

「あ、秋雲さん知ってる。これ絶対大丈夫じゃないやつだ」

「自分の手首切っておいて、あ、今日はいつもより出血量が少ないから大丈夫よ、て言っているようなものでしょこれ。私もよくやる」

「風雲!? いつも切っているのは手首じゃなくて指だよ指! お料理全然上達しないからお姉ちゃん心配だよ!?」

「ハローハロー、生き急ぎクッソ提督」

『皆、10秒ありがとう。“スプリガン”』

「あたし、寝起きなんですけどぉ……!」

 

 水雷戦隊の脇を、誰かによく似た軽巡棲姫が通過。深海忌雷の輪に向かって一直線に向かう。

 誰が止める間もなく、軽巡棲姫は海面を強く踏んで跳躍。忌雷群の頭を飛び越えて着水し、その先へと加速した。

 何事かと、ようやく砲塔を旋回させた艦娘たちは、忌雷の群れが動く様を見る。

 互いを強固に繋いでいた触腕を解いて、思い思いの方へ漂い出した。まだ近接距離に艦娘がいるというのに、課されていた命令から解放されたかのような姿に、榛名は那智がしようとしていた事を先の軽巡棲姫がやってのけたと確信する。

 

「榛名の見間違いじゃなければ、今の阿武隈ですよね?」

『寝起きで髪型をセットする間もなかったから。顔を合わせるのが恥ずかしいんだよ』

「……深海忌雷なら言う事聞いて貰えるんですね彼女」

 

 眼鏡の位置を直ししみじみと頷いた霧島は、艤装が合体状態継続の榛名と頷き合って、阿武隈の後を追った。

 死に場所を取り上げられた那智は呆然とそれを見送り、背後から接近してきた曙に思い切り尻を引っぱたかれた。

 

「作戦続行! 警戒陣!」

 

 旗艦を無視して先頭を行く曙に習い、駆逐艦たちは那智の尻を叩いて彼女に続く。

 

「駄目よ、那智姉。きゃっ、とか声出さなきゃ」

 

 足柄だけ尻を叩かず、ひと撫でしてから警戒陣に加わった。

 

「き、貴様らあぁぁ!」

 

 哀れみの情を感じて近寄って来た忌雷たちを蹴散らすように、那智は速度を上げて旗下を追った。

 

 

 ○

 

 

 大和は損壊した一番砲塔をパージして、傾いた体の重心を立て直す。

 すぐにバランサーが働いて左右の重量差を均一に保つが、それでも徐々に、右に傾斜を続けてしまう。

 集中配備された機銃群は大きく抉られてしまい、砲塔も三番砲塔を残すのみ。

 明石の戦線離脱が大きな痛手だった。負傷艦を複数同時に修復しながら、自らも機銃で対空防御に参加。燃料弾薬にはまだ余裕があったものの、明石自体が修復不能の疲労破損で戦線を離脱せざるを得なかったのだ。今は初春と初霜と、涼月と、そして天津風の連れてきた自律稼働型砲塔たちが、彼女の守りに着く。

 明石の離脱で今まで保たれていた布陣は崩壊。

 各艦は分散して確固撃破されるよりも、大和を中心に密集して対空砲火の密度を上げた。

 悪手中の悪手。自分が指揮を取れと言われれば絶対に許可しない愚策。足を止めたこちらは最早、狙い撃ちの的にしかならない。

 空に対してだけではない。海上からの、海中からの打撃も一か所に集中する形となる。

 響が、霞と朝霜が、大型のバルジを艤装していなければ、もっと早く全滅していただろう。

 

「バルジで砲弾逸らすなんざ、まるで艦の戦いじゃねえよな」

「私たちは艦娘なの!」

 

 大和の演算機構を有線接続して、敵砲弾の直撃コースを予測。バルジの傾斜で砲弾を反らす。

 艦娘の艤装でなければ出来なかったやり方だが、こんなものはセオリーにはない。こんなやり方を思いつかざるを得ないほどに追い詰められた。

 

 敵の砲火が来る。

 はるか遠方に、こちらを狙う姿を見る。

 戦艦棲姫。背後に巨体な雄体型生体艤装を従えた一対の姿。

 放たれた砲弾の行き先は容易に予測できた。こちらの頭部を奇麗にそぎ落とす弾道を。

 迎え撃つ。三番砲塔を旋回、最後の一式徹甲弾を装填する。

 時間がかかる。艤装に残存している妖精たちが減ってしまったから。初霜や雪風の艤装妖精を借り受けて何とか艤装を運用している体たらくだ。文句どころか、感謝しか出てこない。

 だがその間に、敵側は砲撃を開始する。

 身を堅くしたその一瞬、急速後退した酒匂と響がこちらに衝突、大和の巨体をわずかに後方へ押し流した。

 砲撃は酒匂に直撃した。敵の徹甲弾は響が咄嗟に展開した大型バルジを貫通、その内側位置する軽巡のバルジを深々と貫通し、酒匂が膝蹴り気味に蹴り上げた脚部艤装で止まった。

 

「被害は!?」

「膝をやりました……」

 

 砲弾こそ体に届かなかったものの、破損した脚部艤装の破片が大腿から膝にかけて突き刺さっていた。大量の出血は止まらない。インナーの破損で止血能力が喪失している。

 響が大穴の開いたままのバルジを傾斜させ、酒匂と共にゆっくりと前に出る。下がりはしない。

 

『霞、朝霜、ダズル迷彩展開』

 

 響の肩上、妖精化した提督の指示に、両艦は即座に対応。敵の射線上に新たな防壁を急造する。

 もうわずかも残っていない余力をここに集中する。終わりが見えない戦況の中、この一撃に掛ける価値は薄いというのに。

 

「いやあでもよ、一太刀返して欲しいじゃん」

「私たちの砲撃じゃ傷ひとつ付けられないでしょ。悔しいわけじゃないけれど」

 

 大和のこの砲撃を最後にするのではなく、一時の到達点とする事を皆は望んだ。

 

「大和は次の攻撃に集中してください」

「撃った後の事は、撃ってから考えればいい」

 

 両翼を支える浜風と磯風は告げて、最後の爆雷を海中に投じた。

 同時に、後方で海面が破裂する。大和へ向かっていた魚雷を、時雨が震脚気味に踏み砕いた音だ。水煙に赤の色が混じる。悲鳴は聞こえなかったが、時雨が片足を喪失したことは容易に想像がついた。

 

「右足喪失っと」

 

 大した事はないとばかりに告げた時雨は海面に片膝を付くようにして体勢を整えると、手持ちの爆雷を一度に海中へと放り「ほら、あっちへ行きなよ」と、まるで虫でも追い払うかのようにして脅威を遠ざける。

 

「応急修理! 入ります!」

 

 雪風の元気な声が砲火の声をかき消すように響く。

 砲の代わりに雪風が手にしたのは、掌サイズ程の消火器型艤装。ホースの代わりに如雨露状の噴出口を備えたそれは、緑色の本体の側面に「高速修復材」の文字がある。

 艤装妖精が2体がかりで安全ピンを引き抜くと、雪風は如雨露状の噴出口を時雨に向けてレバーを握り込み、泡状の修復材が負傷した時雨の背中に降りかかった。

 

「違うよ雪風、もうちょっと下」

「背中の火傷も一緒に修復です!」

 

 「気付かれていたよ」と罰が悪そうな顔をする時雨は、皮膚が剥がれ落ちるかのようなむず痒さを経て、負傷した患部が修復されてゆく感触に肩を竦める。背中から下って、負傷箇所の右足を重点的に塗布し、残りは後頭部に向けて放出された。

 

「頭は大丈夫だよ」

「念の為です!」

「顔も可愛いから大丈夫だよ」

「雪風の方が可愛いです!」

 

 「あ、このやろう」とばかりに振り向いた時雨の顔面に多量の泡が降り注いだ。

 思わず笑みがこぼれそうなやり取りを耳に、ようやく徹甲弾の装填が完了したことで、大和は表情を引き締める。照準をと、身構える視線の先、敵の砲弾が再度こちらに飛来した。酒匂が対応に動こうとするが間に合わない。大丈夫だと、彼女に掛けた声は届いただろうか。

 敵の砲弾はやはり、大和の頭部を削ぎ落す直撃コース。好都合だとばかりに、大和は右手を掲げてその時を待つ。瞬時にして敵の砲弾は飛来し、大和が掲げた右手に直撃した。掌が爆ぜ、腕の肉が徐々に削がれて行く様をゆっくりと知覚しながら、肘の骨に引っ掛けるようにして無理やり右後方へと角度を変えた。

 一拍遅れて衝撃波が全身を叩き、結い上げていた髪がばらばらと解け、自分から噴き出した流血が周囲に撒かれる。

 周囲が上げる悲鳴の声は、片耳が逝かれてしまったせいで良く聞こえない。だから重ねて、大丈夫と声を作った。

 狙いは定まった。右半身が後方に引っ張られるようにして傾斜する中、それを勢いとするようにして左腕を前方へと掲げた。

 最後の徹甲弾は放たれた。それは、惚れ惚れするような奇麗な弧を描き、いずれにも防がれる事無く、戦艦棲姫の頭部へと吸い込まれ、その背後に控えていた雄体型生体艤装が彼女に覆いかぶさるようにして庇った事で、彼の頭部を吹き飛ばした。

 

 砲火は止まないが、大和は少しばかり音が止まってしまったかのように感じていた。

 遥か彼方にて、被弾するはずだった戦艦棲姫が泣き叫んでいる。自分の身代わりとなって爆ぜ砕けた雄体を抱きかかえて、沈まないようにと必死に抱き上げようとする。彼女と目が合った。その目には憎しみなど欠片もなく、大切な伴侶を失ったかのような悲しみがあるばかりだった。

 10年前に、同じような光景に覚えがあった。同じように徹甲弾で、戦艦棲姫を砲撃した時だ。その時も此度と同様に雄体が盾となって、戦艦棲姫本体は永らえたが、沈みゆく自らの半身に興味もなく、こちらに憎悪を向けるばかりだったと記憶している。

 当然、今目の前にしているのはあの時の彼女ではない。艦種こそ同じだが、まったく別の個体だろう。だから、個体差だと断じる事も出来たはずだ。

 しかし、大和はそうは思わなかった。年月を得て、彼女たちにも新しい在り方が生じたのだ。元々持ちえたものを再認識したのか、あるいは外部からの影響を受けたのか。いずれにせよ、彼女たちは自分たちや人間たちと、そう変わらない存在になりつつあるのだ。

 

 そう考え至った時、大和は自分の役割が終わったかのような心地になっていた。まだ敵の砲火は止まず、1秒気を許せば仲間がいなくなる事に変わりはないが、どこか憑き物が落ちて体が軽くなってしまった気さえするのだ。

 手は止めずに、対空砲火を再開し、頭は三式弾の残数をすぐに弾き出すが、大和は最早、自分が海上において果たす役割を終えたのだと悟る。戦艦・大和の再現行動の完了。自分の納得が、自分の望まない形で訪れた。不思議と嫌な気分ではなかったが、敵の損失を悼む気持ちは確かに心に生じていた。

 あんなに戦う事を楽しみにしていたのに、楽しかったのに、今は早く終わってしまえと願うなど、なんという我侭だ。だから、その我侭を全力で果たそうと、余力を惜しまず使い切る術をと、演算を開始した時だ。

 

 急に、視界の右側が暗くなった。損傷によるものかと思われたが、皆も同様に右舷側を気にかけているので原因は別かと息を呑む。この期に及んでまだ敵は隠し玉を仕込んでいたのかと、そう歯噛みするも、どうやらそうではないらしい。

 敵艦隊の攻撃が止んだ。右舷に暗さを感じたその時から、暗がりの方角から、徐々に砲火も音も消えて静寂が来る。

 右舷側から夜が来る。夜を纏って何かが来る。

 

 

 

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