メレアリスがアスランと対話してからおよそ20分後。コロニーの地表から数キロ先の宇宙は不気味なほどの静寂に包まれていた。
それ自体は当たり前だ。何せ宇宙には音の振動を伝えるための空気がないのだから。
ただそこに人に『不気味である』と思わせるほどの何かがあるのは確実だった。一種のプレッシャーとも表現できるソレを纏っていたのは、ヘリオポリスへ向かうべくスラスターを噴射する一機のモビルスーツであり、それに搭乗する一人の男であった。
「……」
無言のまま男はスラスターを吹かし続ける。機体の速度は見る見るうちに上がっていくが、当の男は意に介した様子もない。
ラウ・ル・クルーゼ。それが彼の名だった。
「……ふん」
彼が駆るモビルスーツはジンの後継機とされる『シグー』。その機体にはZ.A.F.T.のマークがハッキリとペイントされていた。
そんな彼のシグーの進路上に存在していたのは、地球連合の主力とも言われる宇宙
だが、それすらクルーゼは意に介す様子もない。彼のシグーは2機から放たれる弾幕を難なく回避し、すれ違いざまに右手の突撃銃で片方を撃墜する。
「弱いな」
そう呟いたクルーゼがシグーを反転させる。未だ旋回すら出来ていない残りの一機が真正面のモニターに表示されていた。
シグーの突撃銃から数十発の弾丸が発射される。そのうちの数発がメビウスに着弾し、威力に耐えきれなかった機体が爆散する。
無表情でそれを見つめていたクルーゼだったが、突如何かを感じ取ったかのように口元を歪ませる。
「……来るか!」
言い切るのが先か、彼が機体を動かしたのが先か。先程までシグーが存在していた場所と進行方向にリニアガンの弾が放たれていた。
そして回避行動をとったシグーに向けても別方向からの砲撃が迫る。
シグーはそれすら最小限の動きで躱すが、それを狙ったかのような、いや、初めからそうすることを知っていたような絶妙なタイミングで、またも別方向からリニアガンの砲撃が迫る。
「チィ……ッ」
クルーゼは舌打ちするが早いか、機体をその場でロールさせる。急激な移動による強烈なGが彼の体を襲うが、それを耐えきった彼は虚空へと向けて突撃銃のトリガーを引く。
すると、それに吸い寄せられるように一機の戦闘機――いや、バルカンポッドのような物体が射線へとその身を晒す。当然の結果としてソレは銃撃を受けて四散する。
クルーゼはその光景を尻目に、今までも何度か交戦し、その度に落としそこなった宿敵とも呼べる相手に呼びかける。
「お前はいつでも邪魔だな、ムウ・ラ・フラガ!」
シグーのモノアイが向かう先、オレンジ色の戦闘機が高速で向かってきていた。
「くっ、貴様、やはりラウ・ル・クルーゼか!?」
通信が繋がっていないにもかかわらず、クルーゼの言葉に反応したかのように声を上げたのはムウ・ラ・フラガ。彼もまたZ.A.F.T.の襲撃に際し己の愛機で戦闘に参加していたのだ。
もっとも戦闘機とモビルスーツでは地力で差がありすぎるために、彼の味方は先にラウが落としたもので全滅。ほんの数十分前に会話していた艦長が居た母艦すらも轟沈して孤立無援の状態ではあったが。
「もっとも、お前にも私がご同様かな!?」
「……このッ」
直接聞いているわけではないのに何か言われていることが判る。ムウとクルーゼの間におけるこの不思議な現象がどんな理由で起こっているのか、ムウには皆目見当もつかなかった。ただ、コレのおかげで相手がどのような行動をとってくるかが朧気にわかるという点についてはこれほど便利なものは無いとも思っていた。執拗に狙われることになるというデメリットを考えなければではあるが。
ムウが駆るMA『メビウス・ゼロ』は所謂エースパイロット用の機体である。操作難度はベースとなっているメビウスの比ではないものの、搭載された有線誘導式の無人兵器である『ガンバレル』4基による多角的な攻撃はいかにコーディネーターの駆るジンであっても回避が難しいとされていた。事実彼はこのガンバレルによって幾多の戦績を上げていたし、以前より通り名として知られていた『エンデュミオンの鷹』は更に有名になった。
だが、目の前のシグーを駆る敵――ラウ・ル・クルーゼは別格だった。前回遭遇した時も同僚を失い、今回もそれなりに親しくしていた部下2名が僅か一瞬のうちに撃墜され、ムウ自身も既にガンバレルの内1基が破壊されている。
今までも苦難続きだったが、今回のは一段とヤバい。ムウの軍人としての勘が彼の頭の中で警鐘を鳴らしていた。
「やれるか……ッ!?」
呟きと同時に再度ガンバレルを射出する。瞬く間にワイヤーは伸び切り、ゼロ自身に搭載されたリニアガンも含めて計4門の銃口がシグーへと向けられる。
そして、それは短い時間の中でもかなり精密に計算された偏差射撃を行う。だが、シグーはそれらをすべて避けきってしまう。
「ふん、貴様も落とさなければならないのは確かだがね。今はそれよりも優先しなければならない物がある」
「……何っ!?」
クルーゼがヘリオポリスの搬出口に視線を向けたと同時に、ムウは自身が彼のターゲットから外れた事を察知する。破壊されてはならないとワイヤーを巻き取っていた途中であるガンバレルは使用できないが、今が好機とばかりにゼロ自身のリニアガンを発砲する。
が、シグーはそれを難なく回避した後、ヘリオポリス内部へと侵入すべく搬出口へと向かっていく。
「チィッ、ヘリオポリスの中に!」
何をするつもりかはわからないが、ヤツを止めなければ。
直感的にそう感じたムウはクルーゼのシグーを追うべくゼロを回頭させた。
時は少し遡り、ヘリオポリス内部。
モビルスーツ同士の戦闘を勝利という形で終えたストライク2号機とイージスから辛くも逃れることのできた1号機は、一時的にZ.A.F.T.の脅威が認められなくなったために改めて合流していた。
1号機が周囲の警戒のために内蔵されているセンサー類をフル稼働している一方で、戦闘を終えたばかりの2号機は内蔵されたメインバッテリー内の電力が尽きてしまうほどに消耗が激しかったため、今は地表に片膝をついて待機状態になっている。
そんな中、地上ではサイとカズイがそれぞれ別の大型トラックをストライクの近くに運び込んできていた。
「戻りました!」
「オリノさん、これでいいんですか?」
「ああ、アーガイル君とバスカーク君か。どうだった?」
オリノが顔を向けた先でサイとカズイが声を上げていた。
足を引きずったオリノが2人の方へ歩み寄ろうとするが、その動作に慌てた2人の方からオリノの方へと向かって走ってきた。
「見てきた感じ、8割方は大丈夫でした」
「お、俺が指定されてた1番は問題なく持ってこれたんですけど。サイが指定されてた4番はエンジンがかからなかったから、5番のを持ってきました」
「ありがとう。それじゃ、5番は2号機……ああ、片膝ついている方。1番は1号機の足元に持って行ってくれ」
「「わかりました!」」
オリノの指示に従って、再びトラックへと乗り込んでいく二人。その姿をオリノは無言で見つめていた。
イージスが2機のストライクから離れていった後。メレアリスとオリノが乗る1号機の脚部に内蔵されているカメラが、近寄ってくる4人の学生たち――メレアリスのよく知るカトウゼミの面々だった――を捉えた。
どうやらビル陰で爆風からうまく免れた彼らは、メレアリスがストライクのコクピットから出てきていたのも目撃したらしかった。
状況的に仕方のなかったメレアリスやキラはともかく、他の一般人が
彼女ら二人は実際に搭乗してしまっているためにそうしてもらう他ないが、今なら君達だけは見逃してやれる、とオリノは学生たちに告げた。
『……友達を見捨てて逃げるなんて、私にはできません』
言い切ったのはその中の紅一点だった少女。ミリアリア・ハウと名乗ったその少女の言葉に全員が同意したのはそれから1秒も経たずしての事だった。
オリノにとってそれは意外だった。ラミアスに救助された少年の方は見た目では分からないが、軍の機密であるモビルスーツを初見で操作できるところを見ると、恐らくコーディネーターなのだろう。自分が救助した少女――メレアリス・オウルベルに至っては一発で判断がつく。遺伝子レベルでの調整が行われなければ緑髪赤眼など到底ありえないのだから。
それをかばったミリアリアを含む4人は全員ナチュラルなのだという。ヘリオポリスの外の世界ではその二種類の人間が争い合っているというのに、平和の揺り籠の中ではそれらが手を取り合って生きていた。
「オリノさん」
「……ああ、君か」
考えにふける彼に声をかけてきたのは件の少女であるメレアリス。
「ラミアスさんが目を覚ましたみたいです」
「本当か! 良かった」
彼がメレアリスの背後を見ると、そこには茶髪の優しげな少年――トール・ケーニヒに補助されながら起き上がり、ミリアリアから水を受け取っている上司の姿があった。
「ラミアス大尉!」
オリノは上司の名を呼びながら足を引き摺って近づいていく。
「あ、オリノ少尉……この子たちは?」
「ヘリオポリスの工業カレッジに在籍する学生達です。自ら手伝いを志願してきましたので、機密保持のためしかるべき場所と連絡が取れ、処置が決まるまで同行するという条件で許可しました」
「そう……」
話しながら近づくオリノは、ラミアスの眼に浮かんでいた何かが消えていくのに気が付いた。もし彼が学生たちに条件を提示していなかったら、彼女が無理やりにでも学生たちを同行させようとしたのかもしれない。一般人から見れば理不尽なことではあるかもしれないが、それでも機密は機密だ。どこから敵側へと情報が漏れるかわからない現状では、そうする他に方法がない。たとえ彼女自身がそれを望んでいなかったとしても。
「……状況は?」
「2号機がジンを撃破した後、303は後退。1号機のセンサー類をフルに使用して周囲の索敵を行いつつ、アークエンジェルと連絡を取るため通信を試みていますが……」
「ちょっと待って、1号機で? 誰が……いえ、なるほど」
「お察しの通り、あの少年……キラ・ヤマト君が。私も、コクピットに座るだけならまだしも次に戦闘がおこるとなると」
「無理、でしょうね……」
ラミアスの視線がオリノの足へと向けられる。掠めた銃弾が肉を抉ったらしいその傷は、巻かれた包帯によって辛うじて出血を防いでいた。これではコクピットのフットペダルを踏むどころか、立っているだけでも苦痛だろう。
また仮に怪我がなかったとしても、ラミアスやオリノといったナチュラルには到底戦闘など行えるはずもなかった。その証拠が現在1号機を操縦しているという少年――キラ・ヤマトの存在なのだから。
「っ、ということは、1号機のOSも?」
「いえ、そのままの設定で行ってもらっています。……にしても驚きました。まさかあの少年がGのOSを書き換えるなんて」
「そうね……」
オリノの言葉にマリューはキラが操縦するストライク1号機を見やる。どうやら、既に彼――キラは自身がOSを書き換えたことをオリノに話したようだ。
「アークエンジェルとの通信は?」
「未だ電波妨害の影響が酷く、繋がらないようです。また、1号機はともかく2号機はバッテリーに余裕が無かったため、工場区からストライカーパックを運び込みました」
「ストライカーパック……どれを?」
「1号機にはエールストライカー、2号機にはランチャーストライカーです」
マリューの視線は各機体の側に停まったトラクターに移る。
GAT-X105 STRIKEは汎用性を重視した機体だ。と言っても単体ですべてを補える万能機ではなく、状況に適した装備へと換装することで戦闘におけるアドバンテージを得るというコンセプトを持っている。
そのコンセプトに則って造られたのが105専用装備群「ストライカーパック」であり、これは現時点で3種類――機動性重視のエールストライカー、遠距離攻撃を重視したランチャーストライカー、近接戦闘を重視したソードストライカーだ――の運用が決定している。
「OSが元のままで機動性に難がある1号機にエールストライカーというのは理解できるけど……ランチャー? アレをコロニー内で?」
「主武装のアグニは確かにコロニーで使用するには火力が高すぎるため問題がありますが、肩部のコンボウェポンポッドは問題ないと判断しました。イーゲルシュテルンより遥かに信頼できます」
「でも、それならソードストライカーでも……いえ、近距離用の武装しかないあのパックは適切ではないわね」
「同感です」
ストライクの操縦に慣れたパイロットであれば近接武器だけでもジンを排除できるだろうが、現在のところそのような人物はここにはいない。距離をとりながらの重火器による集中砲火であっけなくパワーダウンする可能性の方が高い。
「1号機は私が乗るとして、動けるようになった2号機は……あの少年……キラ君といったわね。彼にまた乗ってもらうしかないのかしら」
「……それが現実的でしょう。少なくとも私にはあのOSで105を動かせる技量はありません」
「そんな!? まだキラは
二人の軍人の会話に割り込んだのはミリアリア。どうやらマリューが目を覚ました時点でキラの役目は終わると考えていたようだった。
「……ごめんなさい。でも、コレがこの状況で打てる最善の手なの」
ミリアリアの言葉に、マリューはただ謝ることしかできない。
本来は彼女の言うとおり、民間人のキラは降ろして軍人であるマリューとオリノが両機を操縦するべきなのだ。軍人である上に、連合軍製のモビルスーツの開発――主にPS装甲に関してだが――に関わっていたのだから、当然、その内の1機であるGAT-X105という機体についての知識は相応に持っている。
ただ、知識だけで身を守れるかと問われれば、この状況では無理だと言わざるを得ない。
「納得は出来ないかもしれないけど理解だけはして頂戴。現状での最高戦力は彼で、その彼に守ってもらわなければ私達軍人だけじゃなく、貴女達の生存確率も下がるのよ」
「それは……っ」
頭では解かってしまっても、感情は抑えきれないのだろう。ミリアリアは言い返そうとして、けれども言い返せずに黙ってうつむいてしまう。
「ほ、ほら。元気出せって」
「でも……」
「さっきの赤いのが逃げてから一度も襲撃なんてなかったんだ、きっと大丈夫さ。敵が来なければ、キラだって戦わなくて済むんだし」
「それは、そうだけど……」
補助の後もマリューの後ろに立っていたトールがミリアリアを励まそうと明るい声で話しかける。
実際、トールの言っていることに間違いはない。彼曰くの赤い奴――イージスが2機のストライクの元を離れてから一度もZ.A.F.T.の襲撃を受けていないし、そもそも敵が居なければキラは状況が改善されるまでレーダーを確認しているだけでいいのだから。
(普段なら楽観的過ぎる考えだって切り捨てるけど……今は、本当にそうなることを祈りたいわね)
トールとミリアリアの会話を聞きながら、マリューはちらりと1号機を見やる。
機械の巨人はその体を動かさず、姿勢良く直立したまま沈黙していた。コクピットの中では、自分の代わりに2号機を操縦したあの少年がセンサーと睨めっこしているのだろう。
「……そういえばオリノ。貴方が救助した女の子は?」
「ああ、彼女ならあそこに」
マリューがオリノと同じ方向へと視線を向けると、緑髪の少女が一号機へと何やら大声で話しかけているのが見えた。どうやら中にいるキラ・ヤマトに
「メレアリス・オウルベル。彼らの同級生だそうです」
「ねえオリノ。あの髪……」
「……ええ、恐らくは。というより間違いないでしょう」
言葉にはしなくとも二人の間で意味は通じ合った。メレアリスがコーディネーターであるかどうかという話だ。これに関してはほぼ間違いないと二人は確信している。戦闘中の行動から察するに、キラもまたそうなのだろうとも。
ヘリオポリスが中立コロニーである以上、ナチュラルの他にも争いを好まないコーディネーターが移住してきているということも十分あり得るため、ここにコーディネーターが居ること自体には何ら問題はなかった。だから、二人が気にしているのは今後のことだ。今回の戦争に人種が絡んできている以上、ナチュラルである味方と合流した際に何かしらのいざこざが起きてもおかしくはない。
(頭の固い連中が絡まなければいいのだけど……)
後の事を憂いながらも、マリューは立ち上がるべく全身に力を入れた。
戦闘もわりかし難しい……
不明な点があればどうぞご質問ください。