ちょっと早めのクリスマス前のお話をば
これはタイトルにも書きましたがIFルートです。本編とは関係ありません。
後は緑茶をご用意をば……それではどうぞ。
√if クリスマス前の日に
ホゥ…、と明久は白い吐息を口から漏らした。
身長170以上はあろうかといったくらいの彼は藍色のコートを纏い、首に巻いている少しくたびれたマフラー、革の手袋をし、その手には色々と入った買い物バックが吊り下がっており、如何にも買い物帰りです。といった風貌である。
「うわ、人いっばいだ…」
彼が頭を上げて周りを見渡せば、クリスマス一色の街並みにカップルや家族連れでごった返し、英語が活発に飛び交っている。
更に上を向けばこの街のシンボルである世界的に有名な鉄塔が聳え立っている。しかし、いつもならば無骨な藍色に輝いているのだが、今はイルミネーションなどを含め、様々な飾り付けが施されている。
「……もう明日がクリスマス・イブだもんね。そりゃ人も多いか」
これ以上人が増える前に家に戻ろうと考えた明久はマフラーを口元に持ち上げ、覆う。
凍った雪をザクザクと踏み砕きながらまた歩みを始める。
明後日はクリスマス、詰まる所、聖なる夜である。
だというのに
「ああ、寒い。早く帰ろう」
ここまで冷え込むものだろうか。
◇
「“おや、アキヒサ。今帰りかい?”」
借りているアパートの鍵を取り出そうとしていたところ、ここの初老を迎えた大家に声をかけられた。当然英語でだ。
彼には色々お世話になっているので、ここで無碍には人として出来まい。しかし、まだこちらに留学して1年も経ってはいない。英語を彼女から叩き込まれた明久も完全にネイティヴな発音は出来ないのでこちらの人と話すときは、色々と齟齬が生じるのではないかと、いつもヒヤヒヤしているのだ。なのであまり込み入った会話をすべきではないと判断し、素直に答えてしまおうと考えた。
「“はい、食材の買い出し行ってましてね”」
買い物カバンを持ち上げ、大家に見せびらかす。
だが、相手の反応は芳しくない。何か失敗しただろうか?
「“ほほぅ、そうでしたか。しかし今日にですかな?別に明日でも良かったのではありませんかな?”」
どうやら杞憂のようだと内心ホッとしつつも、明久は笑顔で受け答える。
「“えぇ、なのであまり買っていません。今日の夕食分のみですよ”」
「“おっと失礼。余計なお世話でしたね”」
「“いえいえそんな事はありません、貴方はいつも気にかけてくださる。私も彼女も感謝しています”」
そういうと相手は白くなった髭を撫でながら、感慨深く目を細める。
「“そう言っていただけるなら嬉しい限りですよ。おや、そろそろ戻らなくては。また家に遊びにいらしてください。それでは”」
「“はい、ではまたの機会に……”」
大家の姿が見えなくなった瞬間、すぐに鍵を開けて中に入る。
「ぶはぁっ、良かった……」
無意識の内にかなり緊張していたのか、大きな溜息が出た。
明久は逆手で鍵を閉めながら、靴を踵で脱ぐ。
「ただいま……」
その声はただ薄暗い部屋に吸い込まれる。
今の時間帯では誰もいないので当然である。然し習慣というのは変えられないのか無意識的に口にしてしまう。
「あーさむさむ、早くストーブつけよっと」
さっさとスリッパに履き替えた明久はすぐさま防寒具を脱ぎ捨て、荷物とともにテーブルに置いておく。
キッチンで手を洗ったのちにストーブの燃料を確認し、電源をつけた。すると瞬間点火が付けっ放しだったのか、すぐに熱風を送り始めた。
「おっと、早めに食べ物、冷蔵庫に入れとかないと」
いくら冬でも暖房のつけた部屋に放置するのはまずいと考えた明久はとりあえず、野菜からしまっておく。と同時進行でコーヒー豆を棚から探り出して、豆挽き機で砕く。
適度に砕いたところで、隣のコーヒーメーカーに丸型ろ紙を敷いておき、そして水道から水を汲み取る。
最後にスイッチを入れて、牛乳などを冷蔵庫に放り込んでいく。
ふと動きを止めた明久は
「んー、パエリアでいいか。明日はチキンとか作るだろうし」
と、こめかみをぽりぽりと掻きながら、今夜の献立を考える。
と、そこで玄関からガチャリと鍵の開く音が聞こえた。
トビラを開けるや否や、ガタガタと音が鳴る。
明久はそれを聞き取り、食材を全て仕舞ってしまい、キッチンからリビングに出た。
廊下からバタバタと走ってくる音に振り返り、突っ込んでくる影を視認する。
「あーきひさっ!」
「ぐふっ!」
ドスッ。
と明久に突き刺さってきたのは、茶色の長い髪をハーフアップにしている女性、イヴであった。
「うりうりうりうり」
突撃の衝撃に硬直している明久の胸に髪が崩れるのも構わずに顔を擦り付けるイヴ。
ぴたりと止まってそのまま深呼吸、そして再スタート。
また停止、で顔を上げる。それは何かをせがんでいるようにも見える。
「む〜〜」
「あーはいはい、ごめんって」
何か察した明久は左腕をイヴの腰に回し、右手を彼女の頭に乗せた。
そして髪を梳くように撫でてから顔を近づけ、イヴのうなじに口付けする。
それからやっとのことで
「おかえり、イヴ」
そう愛しい彼女に囁いた。
「ふにゅう」
幸せそうに顔を緩める彼女は明久の耳たぶを咥えた。
はむはむとイヴに甘噛みされるのを堪能したのちに明久は名残惜しそうに離れる。
「ほら、手洗って来て。お茶にしよう」
「ん〜」
生返事を返した彼女がフラフラと洗面所に向かうのを見届けた後、コーヒーメーカーの様子を確認してからクッキーなどの入った缶詰を出す。
それを皿に盛り、リビングのテーブルに置いた。
丁度そこにイヴがやって来た。彼女は明久が放っておいた防寒具を見つけ、溜息をつく。が明久にはそれが嬉しい事を隠す為であると判っている。
「もう、帰ったらすぐに片付けなよ。汚れちゃう」
と言いながらテキパキと慣れた様子でコート掛けに防寒具をかけたり、部屋の隅にあるタンスの上に置いたりする。
イヴは明久を世話する事にとんでもないほどの意義を見出している。彼女にとって明久の役に立つということは至上の喜びに直結している。その喜びこそが明久にとっての幸福であり、彼女に細かな部分で世話を受ける事により彼女の幸福を味わう事が最近の趣味である。
だからこそ、明久は家事を大雑把にするのだ。イヴの喜びを感じる為に……
明久はそっと、タンスを向くイヴの背後に近づき、肩から右腕を、腹部には左腕をまわして抱きしめる。
そして耳元を吐息で撫でるように囁く。
「イヴ、いつもありがとう」
最後に愛しい彼女の頬へキスをする。最近はこういったことを口実にキスする事が多い。何故かというと、元を辿れば明久が所構わず、いつ何時もキスしてこようとするので抑える為にイヴからキスなどには理由をつけるといった約束事を決められているのだ。
しかし、明久だってしたいのだ。
「ふふ、したいのだとか思ってるでしょ?」
「キスをね、その言い方だと誤解が生まれるから」
「でもそっちもしたいんでしょ?」
「まぁそうだけどね」
即答である。
イヴはその答えに満足したのか、明久の腕の中でスルリと振り返り、手早く明久の頭を寄せて相手の渇いている唇に自分の潤った唇を重ねて湿らせた。
2、3分は互いにそのまま、相手の存在を確かめ合っていたが、コーヒーメーカーの蒸気音を皮切りに名残惜しそうに銀の線を引きながら唇を離した。
どちらからともなく笑いが溢れる。2人は間違いなく今、幸せなのだ。
◆
「あ、このクッキーちょっと湿気ってる」
明久はその事実にしまったと頭を掻いた。湿気ってるも美味しいものは美味しいが、風味は失われるのでイヴに食べて貰うわけにはいかないと、右腕を皿に伸ばして下げようとする。
「ん、大丈夫。まだ美味しい」
しかしイヴは言外に気にするなと告げ、左腕を伸ばしてクッキーの盛られた皿を抑え込む。
クッキーを頬張り、明久のと色違いのマグカップに入ったコーヒーを口に含む。
明久はこうなると彼女が引かないのはよく知っている。ので早々に諦めて自分が処理してしまおうと4枚ほど同時に掴み取り口に放り込む。
「むぅ」
「ああ、蜂蜜でいい?」
「うん」
イヴが何か甘い物をかけたいと思ったので明久は冷蔵庫に残っていた蜂蜜の入った瓶を取りに向かった。
「はい」
「ありがとう、んー」
明久が戻るとそれを口実にまたキスする。
それが終わると、明久はまた元の位置に———イヴと背中合わせになるようにソファーに座った。
付けっ放しのテレビから明日がクリスマスイブであるからなのかイベントを特集していた。
「行く?」
「むー、わかんない」
「そっか、行きたいけど人多いね…」
イヴがあまり人の多い場所が苦手であるので明久に判断を委ねたのだ。
「じゃあ買い物」
「うん」
明久はイヴが嫌いな場所には基本的には行く事をしないようにしている。
ということで買い物を提案した。イヴも買い物名目のデートの誘いを即座に承諾した。
「そういえば」
「ん?なぁに?」
「クリスマスプレゼントは何がいい?」
「明久」
「……善処するよ」
ゆるゆると、時は過ぎてゆく。その時間を互いに共に入れる事が途方もなく幸せであった。ただそれだけの話だ。
◇
白濁色の雲から深々と雪が降り積もる。イヴは明久と共に商店街に足を運んでいた。ひとつの傘に身を寄せ合い、互いに存在を確認し合う。これは恒例行事なのだ。
互いにかけてはいけない。そうすれば壊れてしまうから……
「あ」
「ダメだよ?」
「わかってる」
蜂蜜瓶を見つけたであろうイヴに明久は予め釘を刺しておく。こうでもしないと明久が目を離した隙にホクホク顏で買ってくる。
明久もイヴが欲しい物は極力買ってあげたいと思ってはいるのだが、彼らの家に蜂蜜瓶は3つくらいストックされているのだから、せめて2つ消費してしまわないと買うことができない。
———そういえば、イヴが蜂蜜を買うようになったのって僕が徹夜をする様になってからだよね。蜂蜜には疲労回復の効果があるけど……もしかするとイヴは僕の為にかうようになったのかな?
なんて明久のピンク思考がそんな予想を弾き出す。
そしてあながち間違っていないのが彼らのタチの悪さを示している……
「イヴ」
「なぁに?」
「そろそろ昼だし、何処かで食べてしまおうか」
「うんわかった、どこ行くの?」
いつもこういった判断は明久がする。
しかし、今回はそうはいかない。
「イヴが決めて?」
「……え?」
本当に困惑した様子で明久を見つめ返すイヴ、明久は捨てられた子犬の様な雰囲気を醸し出している。路頭に迷った小動物みたいな目をする彼女に明久の嗜虐心が唆られる。
——かわいいなぁほんと。でも写真撮っちゃうと怒られるし、写真なんかより実物を飾りたいくらいだし、でもそれだとイヴが喜ばなくなるし。……ああ、儘ならないなぁ……
この男隠れSである。
ハッと気づき、内心から湧き出てくる恍惚の表情を抑え込む。トリップしていた様だと自分を戒める。そんな感情を浮かべている事をイヴが知れば、暴走しかねないからだ。いろんな意味で……
そしてその件のイヴは、
「“あのー、すいません。ここら辺で美味しいお店ってありますか?”」
近くの店の男に話しかけていた。
無意識的に殺意を覚えたのは自然の摂理である。明久に限っての話だが
傘を持っていない方の手を爪が食い込むくらい握りしめ、イヴと話している有象無象に青筋を立てていると、彼女は早々に話を切り上げ笑顔で戻ってきた。
「明久ーあそこのお店が美味しいんだって!あそこに「イヴ」し…よう……」
明久は嬉しそうなイヴが話を続けようとするのを遮って、彼女の顎を上げ、彼女の紅い目を真っ直ぐに見つめて言い放つ。
「帰ったらお仕置き」
「はぅっ」
途端に真っ赤になってボンッと爆発し、トリップを始めるイヴ。しかし、ハッと意識を取り戻し一度自分の痴態が見られていないかと周りを見渡して、目立たない所まで明久をひっぱってから向き直る。
「こ、公然の場でそんな事言わないでよっ。と、というかなに?何に嫉妬したの?」
小声でしっかりと伝えられたそれに明久はにっこりと笑って(ただし目は笑っていない)耳元でささやく。
「身に覚えはない?」
「そんなのある訳——あ。もしかしてさっきの店員さん?ごめん認識してなかった」
「へぇ?」
「だって私が好きなのは明久だし、むしろ明久以外にいらないし、認識する必要すらないし、あ、でも嫉妬してくれたって事は私の事をまだ必要にしてくれてるって事だよね?それなら私嬉しいな、私役に立ってるって事だし。
明久が私がいらないっていうなら私いなくなるけど「そんな事は絶対に言わないよ」…捨てないでくれるんだ。ありがとう、どうかお願い、あなたに尽くさせて」
明久の耳元で濁流の如く呟かれるそれに一種の満足感を得ながら、イヴを離す。
彼女の目の奥を見ながら
「ダメ」
明久の一言に沈み込もうとするイヴの意識を無理矢理起こしながら愛おしげに語る。
「イヴは僕を愛せ、僕は君を愛するから。前にも約束したよね?君が尽くすんじゃない、僕らが互いに尽くし合うんだよ。それを破るんなら」
イヴが顔を上げるのに合わせてキスをした。
「僕は君を
明久は壮絶な笑みを浮かべていた。
◆
雰囲気のある喫茶店で明久たちの前に湯気のたつ出来立ての料理が並ぶ。
「美味しいね、この店」
「うん、あ、これも美味しい。イヴ、あーん」
「…あ、あーん」
頬を朱に染めるイヴだが、明久には何故外と中での反応がこうも違うのかと不思議に思えて仕方がない。まあ彼にとっても可愛らしいイヴの姿が見れるので悪い事ばかりだけではない。
側から見ればラブラブのカップルである。しかも他のカップルでさえ赤面するレベルの。
妙なところでヘタレなイヴからすればたまったもんではない。穴があったら入りたいくらいである。だがそんなレベルでもまだ序の口である。ひとえにイヴの首の皮が繋がっているのは序の口以降が家のみでやられているからである。
家ならば人に見られる心配は無いからだが、今のような公然の場では途端にいつもの行動が恥ずかしくなる。先ほどの行為も散々悶えてから応じたのだ。
しかし明久はそんなことを考慮するつもりはない。
「ほらこれも」
「むぁう…あ、あーん」
この場所だけ他と2、3度程気温が違うのは錯覚では無いと思ったイヴであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帰宅後、イヴは玄関で手で顔を覆い、しゃがみこんで悶絶していた。
「こ、公然の場であ、あんなことを……うだー!」
「イヴ、何にはずかしかってるの?」
「元凶がそれ言うの⁉︎」
解せぬといったのちに明久は荷物を持って奥へといってしまう。
残されたのはまだ頬が火照っているイヴのみだ。
しばらく座り込んでいると、何やら奥で料理を開始する音が聞こえてきた。
その音に反応して、一度洗面所によってからキッチンへと向かう。
「もうご飯の準備?」
「んーいや、下準備とケーキを作ってしまおうかと思ってね。ほら明日はさ……何も出来そうも無いし」
「……あう」
明久の言葉の意味を理解し、真っ赤になるイヴ。
その真意はわからない。
◆
数刻後、食事も終わり、シャワーを浴び寝巻きに着替えた後、2人はソファーでくつろいでいた。
近くのテーブルにはカップに入った紅茶が湯気を立てていた。
「あー明後日は大学だぁ」
「…そっか明久、雑用とかもしなきゃいけないんだっけ?」
「そうなんだよ。数学や物理とかの授業を大目に見てもらってるとはいえ、あーめんどくさい。というわけで慰めて」
イヴは抱きついてくる明久を撫でながらふとテレビの時刻を見た。
もうすぐ日の入りの時間帯である。
イヴは恐怖にかられる。明久がいなくなってしまわないか。もしかしたらこれは夢で目を覚ませば明久はいないのでは無いのかと。
未だに夢で見るあの美しく、儚く、そして怖ろしい美術館で失ってしまったのでは無いかと。
2人が狂ったあの美術館で…
「大丈夫…大丈夫だよイヴ。僕はここにいる」
明久がイヴの白露のような手を自身の胸に持っていく。そこからドクンドクンと、愛しい鼓動を感じ取れた。
「僕らは生きてる。それは変わらない。僕らは紡いでいるんだ。誰かに描かれたものじゃない僕らって言う物語をね、だから生きてる。だから感じてる。ゲルテナが描いた世界とは違う世界で」
「……うん」
「僕らの世界を創ろう。僕らが
「うん……うんっ」
イヴから泪が溢れる。そんな彼女を明久はそっと抱きしめる。
ゲルテナは彼らに呪いを遺した。しかし明久は
「けどそれがどうした。僕らは今を精一杯生き抜くだけだ」
それに反応してイヴは顔を上げた。外を見るとすっかり日が落ちてしまった。
世界は安らかに眠りに落ち始める。
落ち着いたイヴは明久に向き合う。明久も同様だ。そして2人は一緒に呟いた。
「「 I wish you a merry Christmas(楽しいクリスマスでありますように)」」
とキスをした。
本場だとクリスマスは前日の日の入りからだそうで……
というかまだまだ甘くないな……精進せねば…。
甘く仕上げたいものです。
では早めですが良いクリスマスを