バカと女神とゲルテナと   作:東雲兎

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第十四画目

 

しんと静まり返った室内。絵画関連の書籍が並ぶ本棚や、小さなイスに囲まれた部屋の中心に、ポツンとソファーが孤独に存在していた。

 

そしてそのソファーには2人の人影が座っている。正確には片方の少年がもう一方の少女にもたれかかっている。

 

だが、人影はそれだけではない。もうひとつ、彼らの周辺にある小さなイスには、それに腰掛ける男がいた。その男は黙ったまま他の2人の背後にある絵画へと目を向けた。

 

3人の肖像画。これだけ見れば何の変哲もない絵画だろうが、このモデルとなったのは彼の目下にいる少年、明久の家族であるらしい。

その事が本当にショックだったのか、だだぼうっと虚空を見つめていた。

そんな彼の頭を隣の少女、イヴが抱き寄せ、優しく壊れ物を扱うが如く撫で続ける。

彼女の妖艶とも言える赤い瞳は明久のみを写している。

 

さて、どうするかな。と男——ギャリーは顎を撫でながら考える。今の明久には考えをまとめる時間がかかる必要だろう。またイヴには明久しか見えていないだろうと予測はできた。

では、どうする?とまで考え、やはりひとつの結論に至る。

 

「(この部屋を調べるべきかしらね)」

 

ギャリーの行動は早かった。明久の動揺っぷりに気を取られ過ぎ、まだ今自分たちがいる部屋の安全を確認していない為だろう。

一応は子どもふたりに気を使いつつ、そっと立ち上がり、室内の探索へと移った。

 

———明久は沈黙したままだった。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

ギャリーが席を立って数分後。

 

「イヴ、ありがと。もう落ち着いた」

「……そう。よかった」

 

明らかに不満そうなイヴから離れ、明久はソファーから立ち上がり本棚の本を読み耽っているギャリーのもとへと向かった。

 

 

「———ギャリー」

「あら、明久。もう大丈夫なの?」

「うん、もう“大丈夫”だよ。それより何してるの?」

「んーー。そうね、少しでも情報がないかなってね。やっぱり無知が一番怖いものよ」

「そういうものかな」

「そういうものよ」

 

さてと。と本を閉じたギャリーは、明久、そしてその後ろに控えているイヴへと向き直った。

 

「十分休めたかしら?」

「僕は動けるよ。イヴちゃんは?」

「私はもともと問題ないよ明久」

 

にっこりと笑うイヴを見たのちにギャリーに目を戻した明久は気付かなかったが、彼女が明久の目がそれた瞬間に俯いてしまっているのをギャリーは見た。

そんなこともつゆ知らず、明久はギャリーを急かしてこの部屋唯一の出入り口に向かった。

 

だが

 

「あら……」

「ギャリー、どうしたの?」

「トビラが開かないの——明久?」

「!、何かいる‼︎」

 

明久が気取った気配を伝えるや否や、全員がそこから飛び退る。

一番飛んだのは明久である。それまでからの経験が染み付き始めている体が勝手に安全圏まで退避したのだ。

 

だが、それが不味かった。

 

彼の着地した場所はちょうど窓の近くだったのだ。

その刹那、窓を叩き割ったゲルテナ作品の“青い服の女性が

明久の首に腕を回し、そのまま持ち上げたのだ。

 

「ッーー⁉︎グッガッ!」

 

足をバタつかせ、近くの本棚を倒して中身をばらまいてしまったが、そんなことを考える余裕が明久にはない。数秒もあれば気を失う、そう直感したからだ。

明久は最初にその腕を外そうとした。しかし、相手は大人であるギャリーすら上回る力を出すのだ。身体能力の高めである以外は一介の小学生である彼に力技でなんとか出来るはずがない。

 

ならばと指を腕と首の間に突っ込む。

指の幅という少しではあるが隙間が出来上がり、か細い気道の確保に成功した。

これによって気絶が数秒遠のいた。

 

たった数秒だ。だが充分であった。

 

前方から本が投げつけられたのだ。投げつけたのはイヴ、彼女の足元には本棚から散乱した本の数々がある。

投げつけられたことによりかは明久にはわからなかったが、腕による拘束が緩んだ。

 

肩で息をするイヴを尻目に、彼女が作り出した隙に明久は喰らい付く。

腕の中をくるりと指を潤滑剤の様に滑らせ、流れる様に肘を打ち込んだ。

 

さらに緩む拘束を無理矢理にこじ開け脱出した。

 

「ガハッ!ハッ、ハッ!」

 

咳き込む明久にギャリーが手を伸ばし、腕を取るや否や、すぐさま逃げに転じた。

それと同時に“青い服の女性”が部屋の内部に侵入を果たした。

作品の標的となったのは———

 

「イヴちゃん!さがって!」

 

明久の声で横へと走り出したイヴに欲しがりの女が迫り来る。

 

一方、ギャリーに連れられた明久もまた次なる脅威が襲いかかった。

 

彼らの背後で壁が砕けたのだ。

 

「明久っ!」

「な——⁉︎」

 

明久はイヴに気を取られ反応が遅れたが、それをギャリーが庇い破片を受けた。

顔を苦痛に歪めつつも、前へと倒れこむ様に跳ぶ。

 

「くっ」

「グェ」

 

ギャリーの下敷きになった明久は、潰れたカエルの様な声を出しながらも這いだして破片の飛んできたほうを確認する。

そこには、新たなふたつの作品が部屋へと入り込んできたのだ。

 

「やっば……」

 

ギャリーを助け起こしたのち、走ってきたイヴを受け止める。

結果的に部屋の角へと追い詰められる形となった。

中央をソファーなどに陣取られ、近くにはこちらの動きを阻害するように小さなイスが不安定な形で固定されている。そして、前と横からそれぞれ作品が這い寄り来る。

 

明久はギャリーと目を交わし、すぐに行動を開始した。

 

明久は前に走り出し、ギャリーはイヴを抱えて、助走をつけて不安定に固定されているイスを明久の走り出した方向に蹴り飛ばした。

 

そのイスの破片は絵画たちにあたり、ほんの少しだけ明久への注意を逸らす。

 

「えいっ!」

 

瞬間、明久が走っている途中に出していたペインティングナイフをそれぞれの片腕に突き刺しながら通り過ぎる。

 

そのままスライディングで作品が壁に開けた穴を潜り抜ける。

 

そしてギャリーも、明久によって行動が制限された絵画の間を通り抜け頭からその穴へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

出るや否や、最初にギャリーが見たのは、首だけのマネキンだった。

 

「のわっ⁉︎なによ!こいつはさっき壊したはず……」

「何個かあるんでしょ。明久!この部屋に入ってきたとこまで逃げよ!」

「了…解っ!」

 

イヴが明久のほうに目を向けると、ゲルテナの作品である“無個性”を蹴飛ばしているところであった。蹴り飛ばされた作品は後ろの作品ごと床に倒れこむ。

先ほどまでボロボロだったとは思えない動きである。

 

ただ、数が多い。下手をするとこの部屋にあったゲルテナ作品が全て動いてしまっているかもしれない。

そう判断したイヴは、取り敢えず、トビラのある場所で一番安全であろう以前通った通路に逃げ込むことを指示した。

 

イヴの指示に従い、ギャリーが彼女をまた抱え、その2人を守るように明久がゲルテナ作品に注意を向ける。

 

先ほど倒れた作品が邪魔をし合い、多少の時間は稼げていたためかすぐに彼らを襲いかかる事は無かった。

2人が走り出したのを確認して明久もそのあとを追う。

 

その時、明久はチラリと背後を見て、そして後悔する。

 

命を奪おうとする沢山の手…手…手…手…手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手手———そう、手の数々。

 

今まで明久の精神の防衛機能が感情を感じなくする事で押し込めていた恐怖が一気に沸騰する。

 

一度ダムの様に、決壊してしまえばもう止める事は出来ない。

 

彼は思い出してしまった。

 

———死への恐怖を。

 

足が震えそうになる。

 

イヴと再会した時に“無個性”の手によって傷つけられた様に斬り裂かれる。

 

壁から伸びてきた黒い手の影の様に握りつぶしてこようとするかもしれない。

 

ギャリーのバラを奪った“青い服の女性”の様に手で引き裂かれる。

 

嘘つきたちの手に殺されたあの絵画の様に——自分も殺される。

 

 

「(怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)」

 

明久の心をそれが埋め尽くす。

 

彼にはイヴのように精神的な絶対の支えが存在しない。

彼にはギャリーのように精神が成熟していない。

 

「(もう諦めてしまいたい)」

 

そんな事まで頭によぎる。

 

だが、明久の脳裏にあるフレーズがよぎる。

 

———君が死ねば他の2人も死ぬ事を覚えておいて———

 

「ーーっア!」

 

足を叩いて震えを無理矢理抑える。

明久が最後の勇気を振り絞り、前に向き直る。

するとイヴとギャリーが戻ってくるのが見えた。

その背後にはまた数多の手が迫る。

悲鳴を上げそうになるのを噛み殺し、咄嗟に右手側にある一直線の通路に逃げ込んだ。

 

その先になぜか半開きになっているトビラがあった。

それ目掛けて明久は全力を振り絞って走る。

 

イヴを抱えたギャリーも追いつき、彼らは同時にトビラの中に飛び込んだ。

 

その時にギャリーの腕からいち早く抜け出したイヴによってトビラが閉められた。

 

ギャリーはすぐさま立ち上がり、明久とイヴの腕をとってトビラから距離をとった。

 

「っはぁはぁはぁ……ここまでくれば…もういいでしょっ!はっ、ザマぁ見なさい‼︎」

「騒がないでギャリー、疲れてるなら叫ばないの。ね、明久……明久?」

 

明久の視界が歪む。暗くなる。

 

「明久っ!」

「なにーーっ‼︎明久⁉︎」

 

——ふたりのこえがきこえる——

 

明久はそんな事を考えながら、目の前の世界が90度変わった事を不思議に思いながら彼は意識を失った。

 

 





明久イジメが止まんない件について。

東雲がやりたいのはハートフルボッコの方なのに……

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