——女の話をしよう。
女はいつも父の
父や兄姉から色々な物をなに不自由なく与えられた。
楽しげな絵本を、色とりどりなクレヨンを、かわいらしい人形を。
しかし、そんな彼女にもただ一つの不自由があった。
父の
それゆえか彼女は外を渇望した。しかしそれは叶わない。
だがやはり、彼女の不自由と同じようにただ一つの例外は存在するものだ。
彼女は必死にそれを探し、そして見つけた。
今の彼女は正しく籠の鳥。外を知らぬ鳥が空へと羽ばたこうとも、残酷な世界では生きられない。
だが、女の結末がどの様になるかは、まだ誰にも分からない。
人は一流の悲劇よりも三流の喜劇というが、さて……
◇◆◆◆◆◆◇
さて……弱った。と内心ごちる。
ギャリー、イヴと分断されてしまったからだ。いや、これは自業自得であるけど。
とはいえ、意気揚々と本の部屋から出たは良いが、途中、ギャリーが何かに驚いた拍子に押し出され、偶然よろけた先が罠のある場所で、しかも引っかかったのが柵が出てくるという分断には最適の罠であったとかもう何かに呪われているとしか思えない。
「明久、大丈夫なの?」
「うん。だけど出口ないんだよねー。どうしよ」
笑顔で、しかし困ったフリをする。話し相手であるイヴちゃんの後ろには申し訳なさそうに正座しているギャリーの姿があった。
「ご、ゴメンね明久。アタシったらゴミがあの口にしてはいけない虫だと思って……」
「いやいや、別に良いよ。ても、これはどうやって出るんだろ?」
「何処かにスイッチがあるとかかな?」
「そんな単純かしらね……」
「でもそれくらいしか無いと思うんだけど」
イヴちゃんの憶測に慎重な態勢のギャリー。やっぱり良いコンビだと思う。イヴちゃんが危険な行動をしようとすればギャリーが制止か、もしくは庇ってくれるだろうし。
イヴちゃんの柔軟な発想がギャリーの考えの隙間を埋めてくれる。
しかし、早くこの2人をこの場から離さないとな。
「もしかしたらこの先にイヴちゃんのいうスイッチがあるかもしれないからさ、見てきてくれない?どうせ僕はここから動けないしさ」
話に割り込み、にこやかに今来た方向の反対を指差した。
それに2人が食いつく事は分かりきっている。
「いや!明久は目を離すとすぐ無茶するから!」
「ここで本当に分かれるのも得策とは言えないと思うけど?」
ほら、食いついてきた。だからこそ対処しやすい。早く行かせないと、そろそろ奴らの我慢も限界が近いな。
「僕が動けない状態で分かれるもなにも無い。何よりここにいたって事態は変わらないから。少しでも事態を動かさないとさ。大丈夫、もし襲われても俺は強いからさ」
ニコリと笑顔を作り、渋々と動き始めたふたりを見送り、角を曲がったところで、ポケットの中にあるペインティングナイフを取り出した。
「さてと、そろそろいいよ」
直後、突然現れた首から上が無い像“無個性”。
その黒い腕が鞭の様に振るわれる。けど、構わずに懐に飛び込んでペインティングナイフを突き刺す。どうやらハズレの様だ。“無個性”が動きを止めない。魂が込められている場所をキチンと刺さないと殺せない。次からは攻撃してくる時も僕のナイフに気を配るんだろう。だけど、
「大丈夫さ、俺は強い。僕なんかよりずっと強いからな」
自然と笑みがこぼれるのが自分でもわかる。殴られたところがジンジンと痛む。ただ、それ以上に気分が高揚している。あれに一回当てた。それだけでなんとも言えない感覚に陥る。なんとも言えない全能感に浸れる。
「さ、行くよ?実験台になってね。君と同じ様な作品の魂がどこにあるのかを確認したいんだ。だから斬り刻ませてね?ゴメンよ。けどこれは必要な事なんだ。僕にはできない。俺にしかできない事だから」
◆◇◇◇◇◇◆
男の話をしよう。
男はどこか普通ではなかった。
男には世界が灰色に見えたのだ。
なにもない平坦な世界。
だから逃げたのだ。なにもない世界から。
男はどこか欠落していたが、幸いにも
だから世界を創りあげたのだ。自分だけの美しい世界を。
なればこそ、そこには住人が必要だ。と男は更に造り始めた。
自分の思うままに造り、育んだ。
だが、ふと気づけばそこには空虚な世界しかなかった。
何かが足りないと、男は更に造り始めた。
歳を重ね、彼にも家族が出来た。だが、あまり興味はなかった。妻が先立ってからは精々孫と遊ぶほどだ。
しかし、孫と遊ぶその時だけ空虚な世界が少し埋まった。
男は悟った。自分の世界には明るい子どもが必要なのだと。
だから造る。その空虚を埋めるために。
その後、男がどうなったのかは誰も知らない。
◇◆◆◆◆◆◇
イヴとギャリーは廊下を進む。互いに色々な場所を調べながら進む。何もない場合は相手に知らせる事はない。ふたりの間にあるのは信頼ではなく信用だ。
相手が今の間は裏切る事はない事を信用しているのだ。
「ねぇ、ギャリー」
「なぁに?明久なら大丈夫よ。幸い、あの柵の中に無個性とか色んな服の女の絵は無かったし」
「隠れているかもしれないじゃない。けど、そんな事じゃなくて……」
「じゃあなによ?」
「……明久って一人称が俺だったっけ?」
「……憶測でいいなら話すけど、いいかしら?」
「……うん。はやく」
「多分だけど自分を奮い立たせてるんだと思うのよ。怖くてもへっちゃらだって、自分に言い聞かせているんだと思うのよ」
自信なさげに話すギャリーだったが、イヴには核心を突いているのではと思えた。
「……私がもう少ししっかりしておけば、明久もそんなに追い詰められなかったのかな?」
彼女にも何度目になるか分からないが、手に爪が食い込み、また痛みを感じる。
「悔やんでる暇があるなら先進む!それが明久を助ける回り道で近道なんだから、ね?」
子どもに言い聞かせるように、いやまさしく言い聞かせながらイヴの頭を撫でる。しかしイヴはふくれっ面になってそっぽを向いた。
「……そこは明久専用のところ。気安く触らないで」
「あら、ゴメンなさいね?」
イヴなりの照れ隠しをたやすく見破り、くすくすと含み笑いをしているギャリー。それにイヴは更に恥ずかしくなり、歩くのを速めた。
すると行き止まりまでたどり着く。その左右には扉があった。
「……どっち行く?」
「そうね……あえて左にしましょう」
「……どうして?」
「女の勘よ」
「あなた男でしょ?」
「…………そこはツッコまないでよ」
肩を落としたギャリーを横目に扉を開くが、その先には狭い部屋に“無個性”の像が佇んでいた。
イヴは体を強張らせたが、幸いにもその像が動くような事はなく、只ひたすらに立ち尽くすのみだった。
ふと、視線をずらせば天井から垂れ下がる糸。
「また、謎のもの……」
何度目かわからない謎解きに、本当に億劫になるとイヴは思った。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆
「はは……少し疲れたなぁ……」
3体目の“無個性”からペインティングナイフを引き抜く。こいつらからわかった事といえば、作品に込められている魂がある場所が、少しずつ違うと言う事だ。同じ場所を何度も刺し方を変えて突き続けた結果だ。
一体を殺すのにこんなに体力を使うんなら素直に逃げた方が得策だと思う。
ついでに汗で湿った服が気持ち悪い。
せっかく見つけた本が湿っちゃうよ。
「『日誌』で良いよね?間違ってないと良いけど」
若干の不安も残しつつ、1ページ目をめくる。
『ヒトの想いがこもった物には魂が宿ると言われている。それならば作品でも同じ事ができるのでは…と私は常に考えている。そして今日も私は、自分の魂を分けるつもりで作品作りに没頭している。』
「って、所々読めないや……なになにあたま?どういう事?」
あ、手帳が震えてる。あいつか。
『やあやあ、明久。その本を読んだんだね?』
「なに?今忙しいんだけど」
『いや、その本を書いた人の事を教えてあげようかなってさ』
「別に良い。誰かはもうわかってる」
『へぇ、誰だい?』
「ゲルテナさん。だよね」
『正解。お見事』
浮かび上がる文字に、白々しいなぁ。と思いながらジト目を手帳に向ける。あっちに見えてるかはわからないけど。
「君は僕じゃなくて、ゲルテナさんの味方なんでしょ?」
『いやいや、僕は君の味方さ。アレは関係ないよ。僕は僕のやりたい事をする。だから君のことを応援するんだ』
「言ってなよ。嘘かどうかはすぐにわかる。けど、裏切った時は、俺は容赦しないから」
『ふふ、頑張ってね』
乱暴に手帳を閉じる。もう、ひとりで考えたかった。本当はアレが誰の味方でもどうでも良かった。興味を持てなかった。どうでもいい。けど。
「さて、行こうか……」
けど、俺は強いから。そういうのも考えないといけないんだ。
◇◆◇◆◇
「“深海の世”でいいわよね?」
「うん。私の記憶が正しければ」
間違えようものがあるか。これは初めて明久の役に立てた事柄に関わっていたものだ。
途端に明久に早く会いたい気持ちが奔る。
しかしここはグッと堪えた。何故ならばここで堪えなければ明久の為にならないから。
明久に頼まれた事を完遂する事こそが明久にとってプラスに成ると知っていたからだ。
だからこの狂おしい程の感情を抑え込む。
「(私ってどれだけ明久に依存してるんだろ……)」
ちょっと自己嫌悪。そしてギャリーがパネルに入力を終えたところでドアノブに手を伸ばす。
開け放つと、そこには何の変哲もない部屋にポツンと絵がかけられていた。
「……見事に何もない」
「……本当ね」
パスワードが必要な部屋であっただけに期待が大きかった。その分落胆を隠せない。
しかし彼女はめげない。
「……調べよ、何かあるかもしれない」
明久のために彼女は奮闘する。何かを得るためにではなく。何かを与えるために。
本棚を調べて、花占いの本を見つけていつか明久とやってみたいと思ったり、その最中、絵を調べていると突然灯りが消えた。
「え⁉︎なに?イヴ!大丈夫⁉︎」
「うるさい。大声を出さなくても聞こえる。しかし、なんで灯りが消えたんだろう……」
「わからないわ、でもこう暗くっちゃなにも出きないわね……あ、そうだ。確かライターがあったはず……」
ゴソゴソという音がイヴの耳を刺激する。ギャリーも暗いため手間取っている様だ。
「あ、あったあった」
ライターをつけると同時に照明が点灯する。
すると世界が一変していた。
壁や床じゅうにクレヨンの様な筆跡で“死にたくない”や“やめて”などと書き殴られていた。
「え……」
「……っ」
狂気すら感じるそれにイヴは眩暈を感じた。それをギャリーが横から支える。
「……ごめん」
「それが普通の反応よ。でも、これはキッツイわね……」
こういうところで冷静に対処できるのは、やはり頼りになる男ではある。
「早く出ましょ、気が触れそうよ」
「……うん」
ふらつきながら部屋を出るが、そこにもまた同じように変化があった。
「……こっちも」
「何よホント、気が滅入るわ」
イヴは頭痛を感じながら床に書かれた文字の一文をなぞる。
「火器厳禁……この美術館は火が嫌いとか?」
「そうね……でも一概にそう決めつけるのは早計よ。ブラフかもしれないわ」
ギャリーの言うことは尤もだ、この美術館の作品たちはどんな手を使ってでも私たちの薔薇を狙ってくる。だからこういったことも嘘の情報なのかもしれない。
しかしイヴの中に納得できない部分があるのもまた事実。
自分が勝手に試すのは別に良いだろうと考え始めたその時、ギャリーから釘をさされる。
「明久を危険にさらすつもり?」
「む……」
反則だ。とイヴは思った。ここで彼の名を出されてはグゥの音も出ない。1番嫌なタイミングだろう。それを理解した上でギャリーはその名を告げたのだ。
「さ、行きましょう。明久が待ってるだろうし」
「むぅ……」
渋々といった様子でギャリーに続くイヴ、そんなイヴの手綱をしっかりと握っているギャリー。
そんなふたりの前に不意を現れたのは……
「あ!ふたりとも!」
明久と彼が連れた金髪の少女であった。
◆◇◆◇◆◇◆
這々の体で歩く明久の目の前に赤い足跡の続く扉が現れた。
今まで何もなかったそこに、目を離した途端に現れた扉。不審ではあるが調べないわけにはいかない。
すぐさま行動に移す彼はペインティングナイフを握りしめ、ゆっくりと忍び足で扉へと近づく。そっとドアノブに手を伸ばし、一気に開け放つ。
と同時に明久の胸に誰かが飛び込んできた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
正面衝突したそれらは明久が背後に倒れこむことで終わる……わけではなく更にそこへと誰かの肘が腹へと突き刺さる。
「うげっ⁉︎」
とどめの一撃に潰れたカエルのような声を発する明久。それに気づいた誰かは慌てて明久から距離を取る。だが相手は明久の様子に気が付いたのか、ゆっくりと近づき一言。
「……大丈夫?」
「ダイジョバナイ」
これがふたりのファーストコンタクトである。
「で、君もここに迷い込んだと……」
「うん」
意識を取り戻した明久は金髪の少女と一緒に床へと座り込み彼女の話を聞いていた。
「私、ここから出たい」
「僕もだよ。一緒だね」
あはは。と笑う明久。それを驚いたように見ていた少女も同じように笑い始めた。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕は吉井明久」
「わたしメアリー。よろしくアキ!」
「うんよろしく、メアリー……アキ?」
「うん!アキヒサだからアキ!」
「アキ……うん、いいじゃん」
そしてふたりはまた笑い出した。そのうちにメアリーは明久の手を取り、引っ張り始める
「早くいこ!ここから出て、アキといろんなことしたい!」
「ちょ、ちょっと待って、実は僕の友達があっちにいるんだ。だからそっちに行きたいんだ」
「……ともだち?」
「うん、ともだち」
「わたしもともだちになれる?」
「もちろんだよ。ふたりともとっても優しいから」
ともだち、ともだち。と口の中でもごもごさせるメアリー。それを不審に思った明久は問いかける。
「どうしたの?」
「アキはわたしとともだちになってくれる?」
「え?もうなってるんじゃないの?もしかして僕の早とちりだった?」
「……ともだち!アキとともだち!」
また笑いあう明久とメアリー。ここが分岐点。物語はここから変革を始めた。
それが良い方向か、悪い方向であるかはさておき。
明久の一人称視点のチャレンジ。
そしてギャリーとイヴの関係も表した結果が今回です。