「終わっちまえば、呆気なかったな」
Fクラス対Dクラスの試召戦争は姫路によって平賀が討ち取られた事で終わりを迎えた。
正直に言うと拍子抜けである。姫路を投下しただけで瓦解するDクラスに対して、明久は軽く失望していた。しかしそれだけだ。それ以上はなにも感じない。
「ま、作戦通りって言えばそうなのかね?」
油絵具をパレットの上で混ぜ合わせながら、明久は目の前のキャンパスを睨みつける。
パレットの上で真っ黒になった絵具をキャンパスに乗せ始める。
一心不乱に塗りたくる。一見真っ黒に見えるそれは、完全に混じりきっていない部分がコントラストを生み出してキャンパスを混沌へと塗り替える。
自身の失望を絵へと押し固める。
「〜♫」
イヴが好きな歌を口ずさみながらどんどんと真っ白なキャンパスを黒く染めていく。
その代わりに明久の中の失望という感情がどんどんと欠けていくのがわかった。
彼はそう、かつてゲルテナが絵に魂を込めて生み出した様に、持った感情を引き換えに絵を生み出す。
それが明久がゲルテナを殺した事で与えられた力だった。
その時、他の椅子の上に置いてあった手帳が風もないのに、パラパラと勝手に捲れ始める。
「なに?ゲルテナ」
『いや、なんでもないよ。ただ、難航してるね。僕の最後の試練に』
「黙れよ。殺すぞ」
『残念!もう殺されてます』
心底嫌そうに明久は突如として聞こえてきた声に反応する。何せ反応しなかったらこちらが反応してくるまで耳元で大声で叫んでくるのだ。
それは嫌だと明久は面倒くさげに声と話す。
もちろん、目はキャンパスに釘付けのままだ。
「死人がいつまで俺に纏わりつくつもりだ」
『うん、そうだね。僕は君が試練を達成するまで見届けようと思ってるよ』
「ならすぐにでも達成してやるよ」
『そんな風に言ってるうちは無理だね』
ムッとする明久、しかしこいつ相手に怒っても疲れるだけだとすぐに怒りを呑み込んだ。
『君が知らなきゃいけないのは人生そのものだよ』
「死と絶望の物語かよ?」
『いいや、愛と希望の物語さ』
「うそくせ」
ふん、と声……ゲルテナの意見を斬り捨てる。この世は総じて儘ならないと知っていたから、そして、彼の心に希望なんてものは存在しなかったから。
『君はまだ世界を知らない。きちんと見てみなさい』
「ギャリーとメアリーを奪った世界をか?」
明久の目にはもう世界の色彩は失われている。唯一あるのは真っ黒な薔薇と真紅の薔薇だけだ。
『そうだよ。君はね、目を逸らし続けてるんだ。世界からね』
「……」
『知りなさい。そして感じてみなさい。世界をね』
「もう知ってる。世界は残酷なんだってことを」
『もう、意固地だねぇ。だからこそ後継者に選んだんだけど』
じゃあねと、手帳が閉じる。それと同時に絵も完成した。
目を伏せて、その絵の最後の仕上げをやらない明久の耳に声ではなく音が入ってきた。
それは扉のノック音だ。
「いいよ」
「明久。また絵を描いてたの?」
そんな事を言いながら入ってきたのはイヴだ。綺麗な髪を後ろで束ねて、深紅の瞳を向けてきた。
「ああ、もう完成したよ」
「……見せて」
「どうぞ」
覗き込んでくる。その時に見えた透き通るほどのうなじにヒヤリとするほどの感情を持った明久はゴクリと生唾を飲んだ。
「蝶?」
「うん。なんだか無性に描きたくなってね。で?ご飯?」
「うん、そうだよ」
「そっか、ならいこう。せっかくのご飯が冷めちゃう」
ふたりはそうしてその場を後にした。
するとキャンパスの蝶は、少しずつ羽を広げ、パタパタと他の絵に向かって羽ばたき始めた。
しかし、明久が世界に向かって羽ばたくのは、まだ先のことである。
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