進まないったら進まない。
僕の目の前で、ギャリーと名乗った男の人は、目を伏せながら考える仕草をする。
「って事はアンタ達も なんでこんな事になってるのかは わからないワケね……」
「うん、いきなり人がいなくなったからさ よくわからないうちに、ここに誘い込まれたんだ。そっちは?」
「アタシの方も大体同じ感じよ。しかもこのバラの花びら、ちぎられると身体に痛みが出てきてさ。取り返してくれて助かったわ。ありがとう明久、イヴ」
ギャリーからお礼を言われて僕は頬を掻く。イヴちゃん以外の人から言われるのが久しぶりの様な気がしてこっぱずかしいだけなんだけど。いや、そうじゃないか…
ここで冒険してる間に話したのはイヴちゃんのみで、人と話す事がないから、すっかり、人と話す能力が衰えてるよ。
多分、さっきから黙ったままのイヴちゃんもそんな感じなんだろう。
「……で、とりあえずさ……ここから出る方法を一緒に探さない?」
ギャリーの口から出たのは、僕としても都合のいいものだ。そうすれば、イヴちゃんを守りやすくなるし、僕よりも力持ちだから、僕でも無理な事をしてくれるだろう。
だけど、ギャリーか、どこかで聞いたことあるような……忘れた。
「こんな気味の悪い場所にずっといたら、おかしくなっちゃうわ。それに子供だけじゃ危ないからね」
「そうだね。よろしくギャリー」
握手をして、友好的だと示す。恐らくそんな事を相手は考えていないだろうけど、僕としてはそういうのを毎回しておかないと、気がすまない。
もし裏切られたら、僕らは茶色の服の絵画のように殺されるだろうしね。
「イヴもよろしくね」
ギャリーはイヴとも握手しようとするけど、僕の影に隠れて彼を見つめたまま動かない。
そんな様子に苦笑いをしたギャリーは気を取り直す。
「それじゃあ、はりきっていきましょう!」
「おー!」
「おー…」
僕が拳を掲げるとイヴちゃんもそれを真似して腕を上げた。僕の服の裾をつかみながらだけど。ギャリーを警戒してるのかも。なんと言うか、こういうのは微笑ましいっていうのかな?
でも自然にこういう蟠りも消えていくだろうし、それにしっかり者のイヴちゃんなら大丈夫でしょ。
でもギャリーが付いて来てくれて本当に助かるよ。
僕が死んでもイヴちゃんを護ってくれる人がいてくれて。
◻︎ ◼︎ ◻︎ ◼︎ ◻︎
3人が花瓶の右手のトビラをくぐると、ただの通路に出た。壁に絵画がかかっているくらいで、特に異常は無いと安全を確認した後に、明久は見新しい絵画へとイヴを引き連れ近付く。
「イヴちゃんこれなんて読むの?」
「…えっと…これは……」
「抽象的な絵画って読むのよ。これ」
イヴが明久に訊かれて、必死に解読しようとしていた漢字を横からギャリーがあっさりと読み解いた。
その事に、明久は感嘆し、イヴは絶望の表情を浮かべた。明久は自らの後ろにいたイヴの顔を知る由もなかったが、しかし、ギャリーはイヴの様子を見てある推測が浮かんだ。その推測とは、イヴは明久の事が好きで、明久にカッコいいところを見せるチャンスを自分が奪ったからなのではと、今までの人生の経験から判断した。
……間違ってはないだろう、だがギャリーは知らなかった。
それはあくまで普遍的な観点からのものだ。ならばこの2人には当て嵌まらない。何故ならば、この2人は既に………
閑話休題
「スゴイね。流石大人って感じ」
「そうよ、大人を舐めない方がいいわ。覚えときなさい」
悠々と前を歩いていくギャリーが、舌を忙しなく動かしている絵画から唾の強襲に驚き、派手にこけた。それを含み笑いをしながら、心配をして声をかける。
「大丈夫?大人さん」
「ち、ちょっとビックリしただけよ!」
軽い掛け合いの後、イヴを連れて明久はギャリーを追い越した。その瞬間、見下ろす様にしながら慰めの言葉をギャリーに投げかけた
「大人(笑)」
「チョット!(笑)ってなによ!(笑)って!」
明久としては手帳に書いてあった励まし方通りにやっただけだと言うのに。と不服そうだ。
そんな事など与り知らぬギャリーは明久のプニプニの頬を左右に引っ張る。
「いひゃい!いひゃい!」と抗議する明久を無視して、お仕置きするギャリーを見ながら、イヴはドロリとした感情を募らせる。
ーーずるい、なんでさっきあった人が明久を笑わせる事が出来るの?ずるい、ずるいよーー
ぎゅっと裾を握りしめ、これが醜い嫉妬だと理性が理解していても、自らで止めることができない。
でもこれでいいのかもしれない。そう考えてしまった。
自分よりも色んな事が出来る人なら明久を私より助けられる。守れる。私なんかより……とギャリーとの知識の差を先程の事で思い知らされたイヴはどうやったら明久が傷つかずにいられるか、必死で頭をひねる。自分で足りない頭だと蔑みつつ、明久がギャリーと一緒にいれば彼の生存率が上がると考え付く。
ーーその時、私は要らない。ならすぐに死ぬべきかと問われれば疑問が浮かぶ。なにせ私はまだ明久の壁になれる。彼の役に立てる事は出来る。
そうイヴは結論づけ顔をあげる。目の前に明久の顔がある……
「っ!明久⁉︎」
「あれ?驚かせちゃった?」
先ほどまで彼女の頭の中の大半が彼によって埋め尽くされていたためか、イヴの声が裏返った。その事実を恥ずかしいと感じずにはいられなかった。
「な、なに?」
イヴは顔を赤くしながら、そしてしどろもどろになりながらも返せた。
「いや、黙ったままだったからさ。どこか怪我したのかなって」
そう笑いかけて、明久は告げる。
「イヴちゃんが怪我すると、僕も悲しいし。イヴちゃんが辛い思いをするのは、僕も辛いからさ」
イヴにとって嬉しくも辛い事を…
「だからさ、僕に頼って?僕もイヴちゃんみたいにはいかないけど、頑張るから…ね?」
ーー違う、そうじゃない。私のほうが何も出来てない。貴方に何もしてあげられてない。
彼女は自分の心を伝えられない事がこんなにも歯痒いとは知らなかった。だが彼女に、全てを相手に伝えるほどの語彙や能力はない。 いや、資格が無い。
貴方を守る壁でありたいと思っていた。
だがイヴは自分が壁になる事を封じられ、愕然とした。
ーーなら私は何の為にここにいるんだろう?
イヴはただひたすらに彼の役に立ちたいと願っていたのに、なのに、自分より凄く頭のいい人が現れて。
ならば次は彼を守る壁に成ろうとして、行動に移す前に彼自身に封じられて…なんでここにいるんだろう。と
ただイヴは自問し続ける。壊れた機械の様に……
◇◆◇
「「いっせぇのぉせ!」」
明久はギャリーとタイミングを合わせて、頭の無い像に当てている腕に力を込めた。
すると、像は音を立てて横へとずれる、そして像のあった後ろからトビラが現れた。2人はトビラを遮っていた表情を持てない像をどかそうと試みていたのだ。
イヴが息を吐く明久に駆け寄ってハンカチを渡した。
これはイヴの親からプレゼントされたものだ。彼女は美術館に行く時にこれを持つように親から言われて服のポケットに入れてはいたのだが、ハンカチを与えられた時から大切にし過ぎてまだ一度も使ったことはない。
イヴは、明久にハンカチを渡した後にギャリーへと一応労いの言葉をかけておく。こうでもしておかないと彼が気にするとこれまでの付き合いで理解しているからだ。
そんな事もつゆ知らず、ギャリーは「大丈夫よ」と返してから明久に手伝ってくれた事にお礼を告げる。
「ありがとね、一緒に押してくれたお陰で随分と楽に出来たわ」
明久は確かに誰かの役に立てたと実感でき、少し顔を綻ばせながら答えた。
それにイヴが目を伏せるのをギャリーは目撃し、少し罪悪感を感じる。また恋する少女の頑張りを無碍にしてしまった気がしたのだ。
ギャリーからすれば、イヴは明久に恋心を抱き、肝心の明久はそれに気付いていない。幼い子どもの微笑ましい光景に見えていた。
実際はもっと歪なものなのだが……
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
トビラの先には灰色の世界が広がっていた。
さめざめと嘆く2つの絵画、そのそれぞれの正面には黒い手が指を動かしている。
ギャリーが片方の絵画へと近付き、そのタイトルを読み上げる。
「《嘆きの花嫁》?ってことはあっちは《嘆きの花婿》かしら?」
イヴはギャリーが敢えて近付くことを避けた巨大な手へと果敢にも歩み寄る。彼女の行動に明久は慌てて止めようとするが、既にイヴは作品の題名を読み上げようとしていた。
「《悲しみの向こうへ……じゃなくて悲しき花嫁の左手》と読むんだよね……確か」
女の人が男の人を刺すヴィジョンを脳裏によぎらせつつも、今度こそきちんと読めた。と内心喜びながら振り返った彼女に、明久はデコピンをした。
「ダメじゃないか!安全を確認出来てないところに一人で行くなんて!何かあったらどうするんだ!」
怒鳴るとまでは行かないが、声を荒げてイヴを叱った。
その剣幕にイヴは縮こまる。危険だというのことは彼女も理解はしている。だが、こうでもしなければ、ギャリーに負けてしまうからだ。
「今度はひとりでいかないの。僕か、ギャリーを連れて行ってね」
明久はやはりギャリーという名に引っかかりを覚えつつも、イヴへの注意を終えたところで、ギャリーに声をかけられたので、隣の彼女の腕を引っ張り進むことした。
廊下を歩いていると、大きな部屋へと出た。3人は警戒を忘れずに辺りを見回す。取り敢えずとギャリーが近くのトビラに行くことを提案してきたので、イヴと明久は顔を見合わせた後で承諾した。
明久がギャリーの指さしたトビラに手をかけ、そろっと開けるが、中に二体の《無個性》が覗いていたことに気がついたギャリーの手によって閉められた。
明久は冷や汗を流す彼の肩に手をおき、
「後回しにしようよ」
「そうねそうしましょ!」
その案に同意するギャリーに苦笑しながらもどこに行くかをイヴに指示を仰いだ。
彼女は少しの間考える仕草をしたのちに、反対方向の廊下に指を向けた。
その指示通りの場所に向かうと、いきなり床に異変が起きた。目だ目の群れが彼らを見据えてきたのだ。
「な、なによこれ⁉︎気持ち悪い!」
ギャリーの率直過ぎる感想でイヴは我に返って明久を見やった。だが明久は何かを感じた様も無く、ただ一点を見つめていた。
その先には、目の群の中のたった一つ、充血した目が存在していた。
ふむ、と足を踏み出した明久は他の目を踏まない様にしながらその赤い目の元へとたどり着く。しかし、何もないと分かるとその目をじっと見つめる。何かあるかなと彼は期待していたが、別段何も無く、ただその様子に他の2人が和んだくらいだ。
「この目は引っかかるけど、ここには何もないや、行こうか」
明久は未だに廊下の端にいるイヴとギャリーに声をかけてスイスイと先に進んでいく。
「ちょっと明久、待ちなさい!ってイヴも⁉︎速すぎるわよ!」
明久の行動に慌てて、ギャリーは明久に静止を呼びかけるが、それ以上に慌てていたがイヴは走って明久を追いかける。明久以上に速くだ。何故ならば……
ーー明久の通ったところは憶えてる。
一番の近道である彼が動いたところを辿って追いすがるのをギャリーがヒィコラヒィコラとついていく。ギャリーはグロテスクなものが苦手なのだろうとイヴは判断し、そして……置いて行く。
何とか明久に追いつくと、彼は虚ろな目の白い蛇の絵画を見上げていたところだった。
「……どうしたの?」
イヴには彼が何かに気がついた事は察しがつく。だが何に気がついたかだ。それを聞こうと問いかけたのだ。
すると明久は蛇の目を指し、その部分を強調する様にしながら
「ここ、窪んでるんだ……何か嵌めるみたいに」
そこまで言われてやっとイヴは、その蛇の虚ろな目だと思っていたものが本当に凹んでいた事に気が付いた。そして
「良く気づいたわね明久」
背後にいたギャリーにも今気が付いた。
「あれ?ギャリーいつの間に?」
明久も気が付いていなかったらしく、無邪気に問いかけるがギャリーはキッと恨みがましく睨んできた
「ふたりに置いてかれてから必死になって今抜け出してきたところよ!」
ギャリー迫真の叫びに思わずプッと明久が吹き出し、イヴも、それに釣られて笑みが零れる。
「ちょっと笑わないでよ!アタシお化けとかグロテスクなものが苦手なんだから!」
少し涙目になりながら詰め寄ってくるギャリーに明久は更に吹き出した。
とても楽しそうに彼は笑った……作った顔で……
なんと言うか中途半端なとこで終わっちゃった。
だが私は謝らない。