「ミントお姉ちゃんおはよー」
「おはようございます」
「おはよう。フェアちゃん。ナオさん」
翌朝、私たちはいつもよりかなり早くミントさんの家を訪れていた。まぁ、せいぜい『早起きしたから早めに野菜貰いに来た日』くらいだけれども。……その早起きやら寝坊やらで普段から一時間くらい振れ幅があるが。
ともかく、早く来ることによって今後のこと……特に召還術関連の相談をしに来たのだ。
そして、相談をしに来ていたのは私達だけではなかった。
「あ、グラッド兄ちゃんもいたんだ」
リビングへ通された私たちの顔をみて、グラッドさんは微妙に気まずそうな顔をした。
「お、おう! フェアも、相談か?」
「召還術のこととか色々聞きにね」
「これからちょっと大変そうですから"丁度いい"モノがないか、と」
「あ、あぁ、居ると心強いですもんね、召喚獣」
妙に動揺している。なるほど。グラッドさんは相談にのついでにミントさんと二人きりの状況を楽しんでいたワケだ。相談がついでだったかもしれないけど。
「グラッド兄ちゃんたちはさっきまで何話してたの?」
「……」
さっきとはまた別の真面目な顰め面。それにミントさんが目を合わせ、静かに頷いた。
「結構なヤバさな上、不確かな話だからあまり言いたくないんだがな……」
そして今度はグラッドさんが私たちに目を合わせる。
「召還術について色々と扱いが難しいってのは分かってるよな。多分、俺以上に。で、その『扱い辛い部分』を思いっきりやる連中が居るんだよ」
「……外道召還師、だったっけ?」
「そうだ。それで、そいつらも金の派閥や蒼の派閥みたいに組織を組んでたりするんだが、その中でも最大のやつ……『無色の派閥』があの敵の親玉かもしれない、って話になった」
「『最大』って……どのくらい?」
「国際規模……それこそ、金の派閥や蒼の派閥と同じくらいよ」
「外道ばっかりでそんなに大きな組織が作れるんですか」
「召還師自体はそれほど多くはないの。組織結成時から今まで、他の召還師たちや軍との戦いと交渉の中でどんどん抜けていったからなおさらね。でもその代わりに『紅き手袋』っていう手下の犯罪組織を強化していって……それを合わせて、国家規模の破壊活動を繰り返してるの」
「その残った召還師たちが、他所と争うことで余計に先鋭化してるらしくてなぁ。乱暴な言い方だが、本当に頭がおかしいやつばっかりなんだよ」
「それか、脅されて服従させられているか、ですね」
「どちらにしてもマトモな精神状態じゃないってことか」
残虐な性格の者はもちろん恐ろしい。だが、そういう奴は最低限自分の身は守れるように立ち回る。そこから行動を読むこともできるだろう。対して、強制されてストレスに突き動かされている者は確かに前者に比べ小物だが……発狂して自も他も無く爆発しかねない。動きが読めない点でこっちもかなり厄介だ。
「そもそも『無色の派閥』は何が目的なの?」
「『召還師による支配』だな。あいつらにとっては召還師は『選ばれた人間』で、他の全ての存在より尊いらしい。残念ながら、世間には召喚獣を見下す風潮が有る。だが、無色の派閥はそれと比べ物にならない程もっと激しく召喚獣を見下しているし、召還術が使えない人のことも馬鹿にしてる。それこそ道具以下だな」
「そういうワケで、特に帝国を目の敵にしているの。帝国のように召還術やその成果を軍人や民間に普及させてしまっては自分たちが"特別"じゃなくなってしまうから」
「まぁ最近は、戦いの内に当初の目的も見失って単に破壊衝動と嗜虐趣味に走ってるみたいだけどな」
小馬鹿にするように言ったグラッドさんだが……私はむしろ見失ったせいで余計に規模が大きくなったかもしれないと思う。目標が無くなったことで、逆に、特定の目標を共有しない者達が『破壊活動組織』という括りのみに集まることにもなるからだ。
「なるほど。じゃあ、私たちが戦った集団は下っ端の『紅き手袋』と」
と、言ってから疑問が。アイツらはそんな無目標のキチガイ集団っぽかったか?
「……うーん………?」
「あのおじさん、そういう雰囲気じゃないけど……」
「やっぱり、そこなんだよなぁ」
『将軍』は崩れてはいるが騎士らしい誇りやら意志やらを感じさせる佇まいだった。ただ単に他人に迷惑をかけたいだけには見えないし、金稼ぎのために動いているようでもない。
「うん……いや……でも、最初戦った方はたしかにそれっぽかった。……けどやっぱりちぐはぐですよね」
「ああ。それに、詰め所で資料を見てみても、無色が動く兆候っぽい情報は無かったしな」
「じゃあ違うんじゃないの? びっくりさせないでよ」
「って済めば良かったんだけどな」
「え゛、まだ何か有るの?」
「大戦の少し前に、最有力だった一族が壊滅してるんだ」
「? なおさら良いじゃない。……良いんじゃないの?」
『どういうことが分かる?』と、私の顔を見るフェア。
「纏りが無くなって面倒なことになってる……?」
なんとか答えをひねり出す。
「そう。それまで『無色の派閥』として動いていたのが、○○家、××家っていう単位で動き始めるようになって、半分独立したみたいになった紅き手袋がその手助けをする……っていう関係なんじゃないかな」
「そうなると……手広さ、素早さ、不可解さに説明がつくかな………」
「つくの?」
「……つけようと思えば」
つまり、だ。
『無色の派閥』としては理想も無くなってほぼ瓦解した。しかし、それにより各召還師の一族の目的や思想が表面化し、それに沿って動くようになった。紅き手袋は紅き手袋で存続し、元 無色の派閥の召還師向けの暗殺者派遣会社のようになった、と。
そして今回の敵。
初めに戦った奴らが紅き手袋の下っ端なのだろう。そして、おっさん率いる『鋼の軍団』は相手の一族の私兵だ。
あくまで『無色の派閥が関連しているとするならば』の話だけど。
「もちろん、グラッドさんが最初に言った通り確かな話じゃないし、私の偏見も大きいんだけど。……なんでもかんでも『無色の派閥の仕業だ!』って言うのが帝国に住む召還師の悪癖と言いますし」
「いえいえ! ミントさんの推理は見事ですよ。それに相手を大きく想定しておいて損をすることはありません!」
ここぞとばかりにフォローするグラッドさん。
イキイキしてるなぁ。
「(調子良いんだから……)」
「(あれで隠してるつもりらしいのが笑える)」
「(それもそうだけどお姉ちゃんも気付かないものなのかなぁ……)」
「(物心ついた頃から皆ああいう扱いなんじゃない?)」
「(なるほど……)」
昔っから当たり前に愛されて過ごしたのなら、今更ちやほやと太鼓持ちされたところで心に響こうはずもない。
となると、このトレイユで密かに渦巻くミントさん争奪戦は誰が勝者となるのだろうか。仮定を適応するなら、争奪戦に参加している時点で勝ちは無いのだろう。美女に興味を示さない枯れた男に熱を上げるミントさんを見て血涙を流す様が頭に浮かんだ。哀れだ。
「どうしたんだ? 二人とも」
そうとも知らずグラッドさんは呑気な顔をしている。いや、単に私が悲観的な予想をしているだけだからそれでかまわないんだけど。
何かアドバイスをしてやった方が良いのだろうか。……いや、この好青年のことだ。上手く駆け引きなんて出来るわけがない。
適当に話を逸らせておこう。
「いえ、やっぱりこっちもある程度備えとかないと、って」
「そう! それでなんだけど……ミントお姉ちゃん、また良さそうな召喚獣教えてくれないかな?」
……すっかり忘れていたけど、そう言えば私達の本題はそれだった。
「もちろん良いけど、戦って特別強いっていうような召喚獣は専門外だから、期待に応えられるか分からないよ?」
「むしろ丁度良いです。こっちがゴツいのを出したら向こうも構えるでしょうから」
「自滅も怖いしね」
「欲を言うと相手の動きを抑えるようなことができれば」
「うーん……ちょっと待っててね」
そう言い残して席を立つミントさん。その背をグラッドさんの目が追う。私も恋愛には疎いから偉そうなことは言えないが……童貞くさくておもしろいと思う。
「こういうのなんてどうかな」
さて暇つぶしに何か話そうかと口を開きかけた丁度そのとき、ミントさんが二種類の召喚獣の資料を手に戻ってきた。
「スライムポット……タマヒポ……?」
「うん。スライムポットは敵に纏わりついて動きを鈍くできるし、普通のスライムと違って壺や鍋なんかに入りたがる性質が有るから持ち運びしやすくて乾燥にも強いの。戦いのときだけ呼ぶのなら、あまり関係ないことだけどね」
スライムなら街の外で割とよく見る。小動物なんかを丸々取り込んで吸収する肉食の生物だ。色は有るものの基本的に透明だから消化途中のヤツに出くわすとそこそこのグロシーンを見せられることになる。纏わりつかれてしまうと厄介らしいが、その前に叩いてバラバラにすると呆気なく死ぬ。そして、リィンバウムにおけるゼリーの主な材料である。寒天とゼラチンとナタデココを足して割ったような食感。……ということから察するに、植物と動物の中間のような組成なのかもしれない。茶色や緑のものは光合成なんかもしているかも。身近でおもしろい生き物だ。
「なるほど」
結論を言うと割と乗り気だ。もう一つの召喚獣にも期待が持てる。
「じゃあ、こっちは?」
『名も無き世界』には偶に流行っては一年ほどで忘れ去られる丸っこい動物のキャラクターグッズがよく有ったが、それを骸骨顔でやったような生き物。明らかにおもしろい。
「息が臭いの」
「え?」
「タマヒポは息が臭いことが最大の特徴よ」
採用決定。