千倍じゃ足りない   作:野分大地

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12.セカンド

 《ターコイズ・ハンガー》……水色に近い青緑色の重厚な装甲を持つそのデュエルアバターは、いっそ清々しい程に見た目通りの近接格闘タイプだ。

 リアルでの柔道の技量と、掴み属性や投げ属性の必殺技が合わさった完全一致(パーフェクトマッチ)は、自らの間合いにおいて他の追随を許さない。……当然といえば当然だろう。同レベル同ポテンシャルの原則下、プレイヤーの殆どが小~中学生という前提において、「戦い方」への習熟というのは他者を差をつけて然るべき要素である。

 

 対して《ジェミニ・ブリッツ()》のアドバンテージとは何か? 当然、速さだ。

 自己申告だが、俺だって完全一致(パーフェクトマッチ)のアバターだと思っているほどには、俺はこのアバターの、他の全てを犠牲にした唯一の強みに信頼を抱いていた。

 

「《ラディカル・グッドスピード》、っと……さぁて、いつぞやはやたらわかりづらい助言ありがとよ。あれからウダウダ迷走しちまった気もするが、おかげで俺も『剣』をしっかり見つけられた」

 

 互いに必殺技ゲージを溜めきって、俺はアビリティを発動する。対峙する碧い武人は静かに脱力して構えているが、その威圧感は前回以上のものがあった。奴もまたあれから毎日のように研鑽に励んできたのであろう……男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものだ。やはり故事成語というのは後の時代だろうと、否。後の時代にまで残されるほどに的を射ている……温故知新、文化の基本だ。

 

「そこんとこしっかり見届けな、って言いたいとこだが……宣言だ。目で追わせもしねぇ」

 

 挑発的に言い放つ。表情など変えようもない無機的なデュエルアバター、それも堅物糞真面目の擬人化のようなハンガーの、低く泰然とした声音であったが、それでも奴もまた笑ったような気がした。

 

「……来い」

 

 雷鳴が鳴り響く中、けして大きくもないその一言がしっかりと俺の耳に届き……瞬間、全力で踏み込んだ。出し惜しみは無く、その一歩で踵のピストンギミックを噛み合わせる。

 まずは正面突破……地に根を張ったように安定した体幹は、半端なことでは揺らぐまい。だからこそ胸を借りるつもりで、その中心を全力でブチ抜きにかかった。

 

「衝撃の《ファースト・ブリット》ォ!!」

「ムン……!」

 

 動体視力の限界などとうに振り切ったはずのその一撃に、見事掌を合わせてみせるターコイズ・ハンガー。触れた端から火花のようなライトエフェクトが飛び散り、その直後。

 

「……う、おっ……おぉぉ!?」

 

 感覚を狂わせる浮遊感。目はすぐに慣れたものの、理解が追いつくまでの一瞬で、俺は何かに着弾した。一瞬で周囲を確認……これは、ビル?

 

「真空、投げ……? コイツマジかよ」

 

 頬がひくついたような錯覚(無論、今の俺の「頬」は無機的なジェミニグレーのバイザーでしか無いのだが)を覚えながら、対敵を見下ろした。ゼロ距離で俺の速さを目で追えたはずがない、恐るべきは慣れと勘、か。

 体が落ちるよりも早く、ビルの壁面を駆け下りる。落下ダメージが発生する条件を厳密に把握しているわけではなかったが、為す術無く落ちるくらいならば位置エネルギーも速さの糧にするべきだと判断したのだ。

 落下しながら互いのHPバーを確認する。俺の加速が乗り切った投げ攻撃は俺のHPバーを大きく削り取っていたが、向こうも当然無傷で済むはずもなく、お互い残りは7割ほど……直撃すれば赤系アバターを一撃で仕留めることもある技だ、必殺技も強化外装も無しにここまで減衰させた技量には感嘆するしかない。

 

「やっぱ腕上げてやがる……ま、そうでなきゃ張り合いが無いね!」

 

 地面が近づいてきたところで、所謂壁キックの逆回しのように斜めに跳ぶ。片足が地面に触れ、可能な限り踏みしめず(・・・・・)に滑らせ、次の一歩。もう一歩……

 

「(ダメージは)」

 

 極限の集中の中、視界の端でHPバーを確認し。

 

「(無いッ!)」

 

 速さが速さだ、もう目の前には構えた奴がいる。接触まで一秒にも満たないその時間を引き伸ばすように、集中する……あたかも、現実世界から初期加速空間(ブルーワールド)へ移行する時のように、近づけば近づくほどに時間が遅くなるような錯覚。

 直線状にハンガーを捉え、再び最高速に入れようとし……しかし、直感がそれを止めた。

 

「(今の感覚だ。体に乗った加速が膝にでもひっかかれば(・・・・・・)、自分のダメージになっちまう。スピードを殺さないブレーキ……違う、スピードを身体の中に『活かした』ままのブレーキ!)」

 

 度重なる練習で、曲がりなりにも形にはなった《セレスト・スラッシュ》対策。しかしさらなる答えがこの先にあるように感じる。

 間合いまで後一歩。その瞬間に、大きな歩幅(ストライド)から小さな歩幅(ピッチ)へと切り替えた。大切なのは最初の一歩だ、可能な限り緻密に、且つ素早く鋭く繰り出す―――

 

「―――ふ、はっ」

 

 ……まるで、世界が切り替わったように思えた。

 漠然と意識し目指してきた、敵眼前での再スタート……俺のスピードで(・・・・・・・)、そうできるという事。その恩恵が今なら本当の意味でわかる。直線的な動きの改善、などというものではない。

 アバターに溜まりに溜まった、文字通り爆発的な運動エネルギー。それをどう使おうと自由自在なのだ。限界に近い集中力を発揮している今、俺の研ぎ澄まされた反応速度も相まって……俺が抱く感慨は、もはや万能感に等しいものだった。

 ここでまた飛び蹴りをすれば先程の焼き増しになるだろう、いや。さっきほど速度が出てない二番煎じなど完璧に対応されるに違いない。だからこそ……

 

 それまでの滑るような足運びから一転、力強く左足で踏みしめる。

 

()()のォ」

 

 セレスト対策その2、改。

 

「《セカンド・ブリット》ォォォ!!」

 

 開いた脚甲(グリーヴ)のスリットから溢れる《過剰光(オーバーレイ)》。左足を軸に、右足を鞭のようにしならせて顎を蹴り上げる一撃は、軽いブリッツのデュエルアバターを用意に浮き上がらせる……所謂、サマーソルト・キックだ。

 

「ぐ、ぉ―――」

 

 投げ技の基本は相手の勢いも使った受け流し、しかしこの蹴り方ならば先程のように後ろに流すことは出来ない。無論体当たりに近いファーストと違い、一点集中のセカンドは躱しやすい技だが……ここで活きるのは速度差と、奴の当たり判定の大きさ。

 唸り声も続かない。ターコイズ・ハンガーの巨体が僅かに浮き上がり……バク転の形で着地して見やると、仰向けに倒れたその頭部は、ひしゃげ潰れていた。

 ゲージを見る……やはり、最後の一撃も含め、自分のアバターで速度を殺さなかった影響だろう。二度も必殺技を使ったにしては、ゲージの減りが少なかった。

 

 また一歩、俺は俺の速度を制したのだ。

 

GG(グッドゲーム)、ハンガー。修行の成果を見せ付けるつもりが、またデケェこと学んじまったな」

 

 初手からの経過時間にして30秒弱の、激闘であった。

 

 

 

 

 

「……GG(グッドゲーム)、翔」

 

 現実の肉体で一息ついた頃を見計らって、目の前の美早がそう言った。あれ、なんでいるんだっけ……あぁ、そっか。反省会の途中だった。

 

「おう。掛け値なしにいい試合だったな、今のは……」

 

 渾身のしたり顔をかましてしまうがこれは仕方ないだろう。例えば将棋など、レベルの高い棋士同士の一局は、棋譜すら美しさを孕むという。今の一試合はそういうものだったと自負している。

 

「でも、驚いた。レベル3のボーナス、必殺技とったの」

「ん? あー」

 

 一瞬首を傾げ、得心が行くと苦笑して訂正にかかる。

 

「いーや、またアビリティ強化。俺の必殺技は《ファースト・ブリット》だけだ」

「《セカンド》っていうのは?」

 

 間髪入れずに質問してくる美早。これもまたせっかちさの賜物だが、こいつは基本的に戸惑ったりということをほとんどしない。実際自分で考えるより、答えを知っている相手に聞いたほうが早いのは確かだが。

 

「気分だよ、気分。今まで付けてた『衝撃の』ーとか、そういう修飾と一緒だ。そうした方が気分が乗る。それだけ……他に必殺技が無いからこそ出来ることだな、システム的に混線しないし」

「……」

「おいおい、気分を馬鹿にすんなよ? お前もレベル5になった時にあきらに習ったろ、《心意》」

 

 俺がそう言うと、美早は少し目を細めた。さっきの《セカンド・ブリット》の時も相変わらず《過剰光(オーバーレイ)》が漏れていたことを見咎めたのだろう。

 

 美早は俺がレベル3に上がるより少し早く、レベル5に達していた。それをきっかけにあきらに呼び出され、俺抜きで《心意(インカーネイト)システム》についての講習を受けたのだという。

 ついでに俺にも詳しく教えてくれればいいじゃないかと思わなくもなかったが、そこはあきらの意向で先延ばしである。練馬と渋谷に離れた2人が、どうにかして講習できた背景なんかもその辺りに関わっているらしい……本来は、そのあたりの判断も《親》がするものなのだと、あきらは自分が出張ることが少し心苦しいようだった。俺は(多分美早も)気にしていないのだが。

 

「気分が乗りすぎるのも問題、翔の問題の原因は間違いなくそこにある」

「だからってBBを楽しまない(・・・・・)なんてナシだ、だろ?」

ND(当たり前)

 

 美早は半ば反射的に即答し、その後ため息を付いた。

 

「……レベル4になったら、教える」

「おう、それじゃ尚更ガンガン対戦しねーとな。目標は都総体まで、だ」

「マージン」

「わかってるって、しつこ……く、ないな。すみません、ホントごめんって……」

 

 条件反射的に、噛み跡のように点々と痛む肩をさすりながら、絶対零度の視線から逃げるために時計を見やった。17:30、美早の寮の門限の30分前である。

 

「ほら、門限だろ。送ってくぜ」

「……THX(ありがとう)

 

 呆れたように嘆息してから、そう言って立ち上がる美早に続く。伝票を手にしようとすると、美早にそれを制された。

 

「送迎代、ってことで。ね」

 

 食器を片付けにきた薫さんが、そう笑った。




古典格ゲー技の応酬

必殺技の名前云々については、シルバー・クロウのヘッドバットとか発声なしでも必殺技使える描写があるので、違う名前叫んで使うのもありかなーって……駄目だったら二次創作ということで勘弁してください(土下座

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