千倍じゃ足りない   作:野分大地

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02.グッドスピード

 その日一日の授業を終え、陸上部の練習をこなす。しかしその間すこし上の空だったことは否定出来ないだろう。

寝覚めこそ最悪だったものの、喉元すぎればなんとやら。昨日美早からもらったアプリケーション《ブレイン・バースト》……加速世界の説明とやらが気になって、入学二日目からさっさと学校終わらないかななんて生意気なことを考えてしまっていた。

 

 美早の通っている学校は全寮制であり、門限が有る。放課後からそれまでの時間を店で過ごしている彼女の時間を割いてもらうのだからと、授業が終わってから急いで(最も昨日すっぽかしかけた俺が白々しいことではあるが)連絡のメールを送り、店へとダッシュする。

 

「こんにちはー、と。薫さん?美早はー……」

「いらっしゃいませ、ミャアはさっき上がったよ。着替えて来ると思うからそっちで待ってて」

「うっす」

 

 カウンターに出ていた薫さんとやりとりをしつつ、言われたとおり奥で待たせてもらう。出してもらった紅茶を頂いて(やはりこっちも美早のものより美味しかった、さすがプロである)いるうちに、制服を着た美早がやってきた。

 

「今日は早いんだな、終わるの」

「シフトを調整してもらった。ん」

 

 事も無げに言ってのけながら差し出されるのはやはり直結ケーブル。しかし昨日とは状況が違う。

 

「……や、あの、美早?今カウンターに薫さんが……」

NP(ノープロブレム)、速く」

「……お、お前なぁ……」

 

 カウンターからの生暖かい視線にはとんでもなく居心地の悪い気分にされつつも、どうせ一度やってしまったのだしと半ば開き直ってケーブルをつなぐ。テーブル越しには微妙に頼りない長さのそれは、急に首を動かすと相手まで引っ張ってしまいそうだ。

 

『それじゃ、昨日の要領で。合わせて、2、1』

 

 

 ーーーバースト・リンク

 

 

 昨日と同じ、静止した青い世界ーーー初期加速空間(ブルーワールド)と呼ぶらしいーーーに、アバター姿で降り立つ。……すぐに気づいた。視界の左端に見慣れないアイコン。

 

「これは?」

「《ブレイン・バースト》のメニュー画面」

「なんで一晩置きに……?」

 

 首をひねりつつタップすると、見覚えのあるレイアウトのメニュー画面が広がった。ステータスに、戦績。それにマッチメイキングのボタンまで有る。

 

「……これ、まさか…………」

「Y。ブレイン・バーストのメニュー画面」

「フルダイブの格ゲーか……やったことあるけど、なんでわざわざ加速……?」

「多くのプレイヤーは、加速し続けるために……さっきの、思考一千倍の世界や、他にもいくつか有るコマンドの恩恵を失わないために戦い続けている。……でも、きっと翔はこのゲームを気にいると思う。……マッチメイキングから、《ブラッド・レパード》に対戦を申し込んでみて」

「いきなり対戦?俺まだキャラとかコンボとか調べてないんだけど」

 

 ともかく言われるがままにマッチメイキングのボタンを押す。といっても今は直結環境下だから、サーチに引っかかるとしたら美早のアカウントだけのはずだ。

 ネームリストには名前が2つ……さっき言っていた《ブラッド・レパード》、おそらく美早のアカウントと……消去法で俺のモノであろう、《ジェミニ・ブリッツ》という名前が並んでいた。

 ーーー大仰な名前だがかっこいいな、響きが。

 ちょっと嬉しくなりつつも、手早く名前をタップし、【DUEL】を択ぶ。確認ダイアログに【YES】と入れれば、青い世界が一変する。

 

 それまで居た店の面影はわずかに残っているものの、コンクリートやガラスなんかは綺麗さっぱり消え去り、代わりに節くれだった巨大な樹や奇岩、緑一色の草原、そして真っ青な空が視界の果てまで広がっている……思わず深呼吸して、駈け出してしまいたくなるような清々しいステージだ。

 

「…………すっ……げー……」

 

 風が運ぶ土や草の匂い、そのへんの石ころにまで及ぶ精細な描画。リアル志向のフルダイブ型ゲームもこれに比べればちゃちなものだろう、五感の全てを鮮やかに刺激する、まさしくそこに広がっている世界は現実と比べても遜色ない。

 

「《原生林》ステージ…………偶然?」

 

 どこか嬉しそうにつぶやく美早の姿は、先程までのアバターの姿とも変わっていた。

 プラスチックほど安っぽくはなく、しかしガラスほどの繊細さも感じられないクリアレッドの装甲に身を包んだ獣人……それも豹とは、全くリアルの面影は無いというのに、何故か一目で美早だとわかるのはやはり特徴を掴んでいるからだろうか?

 見下ろせば自分の姿も変わっていた。全部を見られるわけではないが、ジェミニグレー(くすんだ灰色)のライダースーツのような意匠に最低限のプロテクターが要所を保護している。頭部はこれまた無難なデザインのジェットヘルメットのような形……良く言えばスマート、悪く言えば華やかさに欠けるデザインだ。ぶっちゃけると量産型仮○ライダーみたい。

 

「《ジェミニ・ブリッツ》……灰色とは珍しい。それに閃光(ブリッツ)なんて、おあつらえ向き」

「まぁ、俺は速いからな!……しっかし、ちょっと地味だなこれ。悪くないけど、俺ならもうちょっとプロテクターとかさ……エディットとかってやり直せないのか?」

「N、デュエルアバターは自動生成。プログラムが深層イメージにアクセスして、コンプレックスや願望、強迫観念が汲み取られて造られる。翔のそれはまず間違いなく……」

「願望であり、強迫観念であり、劣等感……だろうな。心当たりなんてひとつしかねぇや」

 

 速く在りたい、速くならなくてはならない、もっと速くなりたい……四六時中そればかりだ。仮にそれだけじゃないとしても、絶対値は圧倒的だろう。

 デザインも特別早そう、という様子ではないが無駄にゴテゴテとしていないのは重くならないためだとわかる。このアバターは、素早い。

 

「K、まずはそのアバターのポテンシャルを見てみよう。体力ゲージの下の自分の名前を押してみて」

 

 言われたとおりにすれば、半透明のウィンドウにデュエルアバターに設定されたコマンドがリストアップされる。

……レベル1だから当然なのかもしれないが、少ない。

 

「……《パンチ》、《キック》……あ、必殺技。……《ファースト・ブリット》。キックじゃねえか!」

 

 遠距離技ねーのかよ、いやまぁ明らかに銃とか持ってないけど。気弾とかも打てそうにはないけど。

必殺技は高威力の飛び蹴りらしい。の割には1/3ゲージほどで済むし燃費は良さげだ。

 

「しかし地味だな……必殺技なのに名前も挙動も……」

「デュエルアバターにはそれぞれ個性はあるけれど、同レベル同ポテンシャルの法則がある。特別な武器がなかったり、見るからに膂力が強かったり、防御力が高そうだったりしないならおそらく必殺技かアビリティにポテンシャルが極振りされていると思う」

「ほー、またピーキーな。そういうの好きだぜ」

 

 好奇心に急き立てられてアビリティのタブを見れば……

 

「……《ラディカル・グッドスピード》」

「DEX特化」

「知ってるよ!!」

 

 想像していた、とばかりに頷く美早には全く同意だがどこか釈然としない思いを抱えつつ、インフォメーションを見てみる。

 どうにも、必殺技ゲージとオブジェクトを消費して乗り物やアバターを高速化するものらしかった。

 

「……オブジェクト消費型?珍しい」

「そうなのか?ま、とりあえずやれることは確認したわけだし……試運転、やってみるか」

「K、レクチャーする」

「サンキュ……んじゃ、行くぞォ!」

 

 レベル1の俺に対して、美早の《ブラッド・レパード》はレベル4。まともにやれば勝負にはならないが、むしろ胸を借りるつもりで行ける現状はレクチャーには持って来いだ。

 

 軽くスパーリングのようなことをした後、珍しく美早の頼みでこの《原生林》ステージを駆け巡る事になった。

この新しい体は想像していたとおり素早く、さらにスパーリングで溜まった必殺技ゲージとアビリティの効果もあり……気が付けば真紅の豹に姿を変えていた美早、否、ブラッド・レパードと超スピードで全力疾走する羽目になる。

レベル差もあって先にバテたのは俺だったし、レパードはまだ本気を出していなかったらしいのがものすごく悔しかったが……ものすごくいい気分だった。これだけの早さで尚追い越せない奴が居るなんて!

時間切れまでの数秒、大の字になって突き抜けるような青空を見上げながら誓った。

 

 

 ーーー俺は、この加速世界でも最速を目指してみせる。

 


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