千倍じゃ足りない   作:野分大地

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04.戦勝祝いと反省会

GG(グッドゲーム)、翔」

「何処がだぁッ!!」

 

 紅茶を差し出しながらそういう美早に対して、俺は情けないとわかっていてもくだを巻いていた。

 

「畜生……俺の速さに俺が耐えられないってどういうことだ……」

「でも見事な逆転勝利だった」

「逆転じゃ無えよ玉砕っつーんだよアレ!!」

 

 俺のデビュー戦、《セレスト・スラッシュ》との一戦はほとんど相打ちのような形になったものの、結局先にHPを全損していたのが向こうだったおかげでなんとかある意味劇的な勝利と言えなくもないものだった。初戦で3もレベル差がある相手に勝利を収めたのだからまぁそこまで大げさな評価でもないのかもしれない。

もっともそもそもブレイン・バーストは対戦格闘ゲーム、1レベル差が圧倒的に遠いというわけではない。それが低レベル帯なら尚更だ。

 今回戦った《月光》ステージは明るく、トラップなども存在しない搦め手には向かない場所だった。これが例えば最初の鬱蒼と木々が生い茂る《原生林》ステージだったりとか、建物の中にまで入れるようなステージなら、俺が全力で隠れたスラッシュを見つけられる道理はなかっただろう。ガイドカーソルは半径10mまで近づけば消失してしまうのだ。

 ……とまぁ、謙遜染みたことを言いはするもののこれだけなら普通に勝利を喜んだだろう。それが今堂々と美早に勝利報告してふんぞり返っていられないのは、勝利した俺の有り様があまりにもあんまりだったからだ。

 

「……致命的……だよなぁ……………」

「……放置していい問題ではない」

 

 美早もそこはごまかさずに、厳しい表情で口元に手をやる。

 華々しい初戦で発覚したのは、俺ことジェミニ・ブリッツの致命的な弱点……このデュエルアバターのポテンシャルの全てがつぎ込まれた“速さ”に、アバター自体が耐え切れないという事実。

 

 ーーー単純計算で、《ラディカル・グッドスピード》のトップスピードで50秒間全力疾走すると……俺は独りでに自壊する。

 

「それも必殺技使えば減り方は二倍と……最後の部位欠損ダメージ入ってたら俺負けてたぞ……」

「追いつく前に限界が来なくてよかった。……問題は、おそらく全身をカバーするはずのアビリティが足首半ばまでしか覆えないこと」

「せめて足全部は覆わないとダメージどころか足が砕け散る、ってか」

 

 あの爆発的な加速は踵部分のピストンパーツ依存のギミックなんだろうが、それ以外の部分でもステータスに補正がかかっている感覚はあった。それはやはりスピードであり、多少の攻撃力であり……何よりプロテクター然とした見た目どおりの、防御力。

おそらくあの馬鹿げた超加速は、アビリティの完全発動前提なのだと考えれば納得がいく。というか足首以外生身で使用する方がおかしいのだろう。

音速旅客機に人間を紐で括りつけて飛んだらただで済むはず道理はない。

 

「……あのアビリティの、変換効率は?」

「必殺技ゲージフルで同じオブジェクト使ってたら、足首から脛まで足りるかどうか、ってとこだな」

 

 他に類を見ないらしいオブジェクト消費型アビリティ、《ラディカル・グッドスピード》。発動時必殺技ゲージの半分とオブジェクトという2つのコストの関係性は、おそらく単純に掛け算(・・・)だ。

具体的に親切なインフォメーションが付いているわけじゃないが、美早は「レベル」*「消費ゲージ」*「消費オブジェクト」辺りではないかと推察している。

 

「つってもなー」

「?」

「ああ、いや。完全な勘なんだけどさ……仮に俺がレベル9まで上がって、それ全部アビリティにつぎ込んだとしても……いや、そりゃそうすれば例えばちょっとの消費で足を覆えるようにとかはなるんだろうけど……なんか、足んない気がすんだよな」

 

 まだ片手の指にも見たない回数の使用ではあるが、何か確信に近いものがあった。

このアビリティの真髄は、例えばとんでもない大きさのオブジェクトを消費したりだとか、そういうことで完成するものでは……無い。

 

「……でも、上げるんでしょう?」

「おう!つかこれで俺が急に防御力上げて壁役目指すわとか言い出したら引くだろ」

「……ん……………いや………………」

「いいよめっちゃ伝わってるから気ぃ使わなくても!!」

 

 あの言い淀みなんかとは無縁な美早が、あそこまで言葉を選び悩む辺り俺の評価は推して知るべしである。

 

「とりあえず、翔」

「ん?」

「……あのスタートダッシュは、決め技限定にすること」

「だーよなぁ、まぁ了解。見てろよ、俺がもともと最速なのは知ってんだろ?」

 

 ニッと笑ってみせれば、美早も以外にも好戦的な笑み。

 

「今は、私のほうが速い」

「……へーぇ……俺についてくるのに必死で、ぜーぜー息荒らげてた子猫ちゃん(キティ)が言うようになったじゃんかよ」

「それは気づいててやってた、って自供と取っても?」

「だったらどうする?」

「デリカシーの無い駄犬には、お仕置き」

「上等ォ!!」

 

 別に本気でいがみ合っているわけではないものの、売り言葉に買い言葉でそういう(・・・・)流れになり……どちらともなくコマンドを口にした。

 

 

 ーーーバースト・リンク!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「バラバラと、底なしかよ」

 

 一発一発の精度を度外視してばら撒かれる弾幕の内、自分に当たるものを前進しながら回避する。間隔の問題でどうしても躱しきれずにかすった弾丸は、それだけで俺のHPを目に見えるほど持っていく。脆いにも程があんだろ、ったく!

 

「くっそ、なんで距離が……!」

「隙ありィ!」

 

 着実に距離を詰める俺にほんの一瞬敵手がすくんだ、隙とも言えない間隙に踵のピストンがしたたかに地面を撃つ。まだ8割強HPゲージを残す敵に比べて、俺のそれは残り5割を切っていたが……

 

「(遠距離向けの“赤”の装甲なら、この一瞬の加速でも抜ける!)」

 

 ギャリギャリと音を立てて加速度的に減っていく自分のHPゲージを気に留めず、一瞬でトップスピードに乗った体をゼロ距離で炸裂させる。

 

「衝撃の《ファースト・ブリット》!!」

「がはっ……!!」

 

 俺の必殺技、必殺技ゲージとは別の制限でほとんど一試合一回しか使えない最速の蹴りを受けて、目の前の赤系アバターのHPが潰える。

 

「……じゅ、銃弾をかいくぐりながら近づいてくるだけでもふざけてるってのに……なんだその技、威力の割りにモーションも貯めも無さ過ぎだろ……ぐふっ」

「はっはっは!俺に言わせりゃまだ遅いよ。早打ち練習しろ、グッドゲーム!」

 

 次は勝つ、と悔しげにぼやきながら消えていく相手に手を振りながら、賑やかなギャラリーにも前時代のプロレスラーのように、人差し指を伸ばした手をピンと掲げてポーズを決めてみせる。

 

 

 あの初戦から早4日、俺は暇を見つけては対戦に勤しんでいた。

ファイトスタイルは速さと反射神経に頼りきっての蹴り主体のインファイト、勝率は7割5分といった所。

必殺技なんかをまともに喰らえばひとたまりもない紙装甲と、決まれば彩度の高い緑系統だろうとほぼ一撃で沈める一撃。自分より高レベルの相手を瞬殺(わかりやすい近接戦闘タイプで、速さのゴリ押しで全部躱して押し切った)することもあれば、同レベルに手も足も出ずに負ける(早かろうが意味が無い、といった類の飽和攻撃は俺の天敵といってもいい。あとは搦め手に綺麗に引っかかりすぎると美早にバカにされることもしょっちゅうだ)こともある、勝つにしても負けるにしてもサッパリ決まる俺の対戦は、手前味噌ではあるものの結構人気らしい。目立つのも嫌いじゃない、パフォーマンスなんかもかかさずにやるようにしている。

 

「すっげー!ブリッツ今ので5連勝!」

「その前3連敗してたじゃん。今のやつも惜しかったけど、飽和攻撃っていうにはちと弾幕が薄かったのかねー」

「青系の天敵だよな。トップスピードがよく話題になるけど、反射神経も異様だぜアレ。見てから反応って、現実で《フィジカルバースト》使ってるスポーツ選手みたいだった」

 

 湧くギャラリーにバイザーの下でしたり顔をしながらも、ポイントを確認する。

今のでちょうど302ポイント……レベル2に上がるために必要なポイントは300で、ならばもう上がれるのではないかというとそういうわけではない。その点については《親》である美早に耳にタコが出来るほど言い含められている。

 

『レベルアップに使用したポイントは完全に消滅する。ギリギリのところでレベル上げたところを敗北でもすれば、全損してしまいかねない。必ず十分なマージンをとること』

 

 善は急げ派の俺がすぐにポイント稼いで、300に達してすぐに上げたりしないようにと初戦のあとすぐに教わったことだ。事実4日でもうこれだけのポイントがたまっているし、言われてなければすぐに上げてしまっていただろう。美早様様だ。

 

「あと、まぁ少なくとも100は欲しいってとこだよなー。勝てない時は結構ころっと負けるし……っしゃ!次だ次!」

 

 そもそもポイントを貯める必要がなかろうとも、俺はこのブレイン・バーストにハマってしまっていた。4日間で時折連敗しつつもすでに300もバーストポイントがたまっているのは、純粋に回数の問題だ。

 

「まだやる気かよ、スピードジャンキーにしてバトルジャンキー。救いようがねぇのな」

「さすが《零戦》」

「そのアダ名やめろよ!!つかいいだろ別に!せっかく現実時間をさほど気にせず来れるんだからよ!」

 

 茶化してくるギャラリーに怒鳴り返しながらもまた対戦相手を探そうとして、その前に《乱入》される感覚。

 

「ヘヘ、丁度良かった。お次は何方?」

 

 浮かぶアバター名を確認する……《リチウム・ブースター》

 

「…………ブースター……」

「やっと捕まえた……ジェミニ・ブリッツ」

 

 初対面だ、相手は俺を知っているらしいが、俺は相手の名前すら聞いたことはなかった。

頭の位置が俺の胸程もない、華奢なメタルカラー。ギャラリーで見た記憶もない……だが、何なのだろう、このこみ上げてくる気持ちは。

 

「……へぇー。なに、俺のファン?サインでもやろうか」

「わぁい、いいの?欲しいなぁ。すごく欲しい」

 

 白々しい棒読みでそう言うと、あちらも負けず劣らず薄っぺらい感謝を返してくる。

 

「ーーー僕が居るっていうのに最速なんて囀る井の中の蛙がドヤ顔で書いたサイン、是非欲しいなぁ。持って帰って飾ったら見る度に笑えそう」

「オーケイ買ったぜその喧嘩」

 

 ……後にとても大きな絆に変わってゆく繋がり、その発端は。

 

「そのちびた頭部位欠損させてサッカーボールにしてやらァ!《ラディカル・グッドスピード》ッ!!」

「《世紀末》ステージのアスファルトの染みエフェクトにしてやるッ!《ヒドリド・シェビー》!!」

 

 親の敵とばかりに相容れないという確信に基づく、喧嘩じみた対戦だったのである。




子供っぽいクーガーっていうか半分カズマになってる気がしないでもげふんげふん

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