千倍じゃ足りない   作:野分大地

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05.速さの可能性を

 全力で傍らの建物を蹴り壊すと同時に、アビリティが発動する。ぶち壊した建物がそのまま赤紫のスパイクになるーーーよくよく見ればアバターの足の部分も一緒に塵になっているように見えなくもなかったーーー間に、対する相手の姿も様変わりしていた。

 

 アバターと同じ白銀色の流線型のボディ、全体としてのフォルムはスマートだというのにその“顔”は厳つく、ギラギラと光りながらその双眼で俺を睨みつける。

雷鳴のように胸を打つ重低音の排気音(エキゾーストノート)は、現代の主流であるEV車の涼やかな擬似走行音とは似ても似つかない……はるか昔に法整備によって絶滅した、今やVRのレースゲームでしか見られない化石燃料を食い潰して爆走する鉄塊!

 俺も使ったことが在る、こっちからは見えない背面(リア)はこれまた異形をしていることだろう。

 

「……シボレーか、いい趣味してるじゃんかよ!」

「車型強化外装、《ヒドリド・シェビー》。ベースはシボレー・コルベット!6リッターオーバーのV8直噴エンジンの加速力は、ストレートじゃ敵なしさ!」

「ハッ、足がベダルに届くのか心配ってなもんだ!」

 

 爆音にかき消されないように大声で怒鳴りあう。マッシブなアメ車には場違いとも言える少年の声の主は、あの強化外装に乗っているらしい。向かって右側……ご丁寧に左ハンドルだ。

 

「ま、そりゃ結構なことだけどよ……それで?そのモンスターマシンでひき逃げ戦法でもやるつもりか!?」

「当たり、だよっ!!」

 

 言うが早いか、一際強くマフラーが唸り爆音が轟く。だがあのデカイ図体だ、いくら馬鹿でかいエンジン積んでようと初速、は……

 

 ……瞬間。車体の間後ろに朱色の爆炎が煌めきーーー白銀の車体が眼前に迫る。

 

「いっ……きなり、トップスピードだぁ!?」

 

 咄嗟になりふり構わず横っ飛びで躱すも、わずかに掠めた部分が火花を散らす。それでも相当持って行かれたかと思えば……減少したのは二割強、と言ったところか?

 

「……何だ?意外と……しっかし驚いたな、まぁそりゃ強化外装なんだからただの車だとは思っちゃいなかったが。俺の速さで避け切れないとは思ってなかったよ」

 

 俺が尊び、愛し求める“速さ”の力。こうして敵として立ち向かうことになると、その恐ろしさに混じって確かな嬉しさも感じてしまう。

 

「へぇ、今ので仕留めようと思ってたんだけど。さすが傲るくらいの速さはあるんだね!」

 

 と、言葉の割には弾む声音のリチウム・ブースター。おそらくアイツも同じような感慨を抱いているのだろう。

 アスファルトに真っ黒いラインを残し、焦げ臭い匂いといくつかの破壊したオブジェクトの残骸をまき散らしながら白銀の車は俺の後方で数度スピンして止まる。その時見えた背面にあったのは特徴的な丸目ライト、ではなく……ブースター?

 

「対戦格闘ゲームで車なんて使うんだ、ちんたら加速するわけ無いじゃん……リチウムは、水素結合してロケットエンジンの推進剤にも使われるヒドリド錯体になるのさ。コイツを使えば、静止状態からトップスピードなんてお手の物。そいつを維持するエンジン(タフネス)だって十分!」

 

 ドヤ顔が目に浮かぶような小難しい種明かしに、思わず苦笑する。

 

「V8エンジン云々と声高に自慢したのはわざとか」

「それも、当たり!」

 

 再び炸裂、突撃してくる車体。だがこの至近距離だ、爆発の瞬間に飛び退いてもまた掠めてしまうだろう。《ラディカル・グッドスピード》の超加速を使えば話は別だが、躱すためにダメージを受けているのではジリ貧だ。

 

「だったら……上!」

 

 上昇するための時間をコンマ一秒でも稼ぐために、後方斜め上へバックステップ。その空気抵抗を減らした低い車高のために、左右に避けるのに比べれば必要な移動量は少なくなるはずだ。

爪先が掠め、ボンネットに傷を付ける。躱しきれるか?足りなきゃフロントガラスに足を持って行かれてしまうだろう。

もはや自由の効かない空中で、それでも俺は足を引き寄せるように上げ……車は真下を一瞬で通過し、また背後でドリフトからのスピン停止。車が静止し切る頃に、俺もその眼前に落下し着地する。

 

「くっ……二回も、避けたね」

「ヘコむ必要は無いぜ、俺はちっとばかし早過ぎるからよ」

 

 今度はこっちがバイザーの下でドヤ顔をかましてやるものの、内心さほど余裕が有るわけではなかった。依然としてHP差は縮まっていないし、何より……

 

「だけどそれじゃ、躱せたって意味が無い!時間切れまで負けを引き延ばしたいっていうなら別だけどさぁ!」

「ぐっ……!」

 

 すかさず迫る追撃を、同じ要領のバク転で回避するも……体勢を持ち直す頃には向こうも追撃をかけてくる。これでは反撃にかかる隙がない……!

 

「てンめ、バカの一つ覚え見たいに……!」

「悔しかったら空気蹴ってみなよ!」

「くっそぉぉぉ!!」

 

 いくら俺が最速といえども、まだそんな芸当は出来ない。つまり一度飛んでしまえば自由落下するのを待つことしか出来ず、そのタイムラグで攻撃を外したアイツは次の攻撃の準備を完遂できる。

それをタイムアップまで続ければ、奴の言うとおり最初の一撃分で俺の負けだ。

 

 ……もちろん、そんなの机上の空論だ。強化外装とはいえ無限にあの車が走り続けられるわけがないし、ブーストは必殺技の類だろう。車の突撃で破壊したオブジェクトはゲージの足しにはなっているだろうが、それで永久機関とまではいくまい。どちらかが止まれば、その瞬間俺は反撃する間もなく攻め続ける。

 

「……んなことは、負けも同然だろうがよぉ!!」

 

 ほんの僅かなラグも許されない紙一重の回避を続けながら、吠える。

それは逃げだ。アイツのスピードには勝てないと、負けを認めることになる。そんな安い勝利を拾っちまえば、俺はきっと、そこからもう進めねぇ……

 

「(どうすりゃいい、考えろ!トップスピードはこっちが勝ってるんだそうに決まってる!問題は、そいつをどう使うか……)」

 

 あの鉄塊を軋ませる強引なブーストを見ても、逃げ続けるしか無い現状でも、その信頼、信仰……狂信だけは、僅かも揺るがない。

 

 ーーー最速は俺だ。俺より速い奴なんて居ない!

 

 その俺が勝てないならそれはそれ以外の何かが悪いんだ、それは何だ!どうすれば俺の速さはアイツに通じる……!

 

「もう吠える元気も無いのかい!?」

「うっせぇな黙ってろ、すぐにそのデカイ図体ひっくり返し、て…………」

 

 瞬間、いくつかのキーワードが結びつく。

覚悟していたほど減らなかったHPゲージ、アレだけ大きな車体を一瞬で最速まで持っていくブースト。そして……

 

 

『デュエルアバターは、それぞれ色によって特徴を大別できる。赤系は遠隔に、青系は近接に、緑系は防御に、黄系は間接技に、そして中間色はその色毎を折衷した適性を持つ。彩度の高低はそのまま特殊性になる』

『ん、じゃあ俺みたいな灰色や……あとは白黒は?あと金属カラーもちらほら見たけど』

『……その三色は、不明。メタルカラーはまた別系統、貴金属であれば高い特殊攻撃耐性、卑金属であれば高い通常攻撃耐性を持っている。また、元になった金属の特性も引き継ぐ場合が多い。どちらにせよーーー』

 

 

「(ーーー得てして、近接型が多い。……だがアレはなんだ、明らかに殴り合いにゃ弱そうな華奢なメタルカラー……そういうことか!)」

 

 着地際を狙う爆走(スコーチ)に合わせ、また右足で踏み切ったバックステップーーーしかし今度の狙いは逃げじゃない。軌道は右斜め(・・・)後ろだ。

 

「跳びそこねたね!集中力が切れたのかい?なんでもいいけど……もらった!」

「勝ち誇るのは、勝ってからにしやがれッ!!」

 

 真上なら躱せる。真横ならギリギリ掠める。ならば斜めなんて中途半端な方向に行けば……丁度左前輪の前に、自分の左足をまるまる一本残していく形になってしまう。

爪先が高速回転するタイヤに触れ、白熱。脛にバンパーが触れる。あと半秒もしないうちにへし折れ、タイヤ巻き込まれて潰れるだろう。

 

「(まだか、まだなのか……!!)」

 

 あの思考が加速した青い世界のような、まるで全てが静止したかのような錯覚。焦れるような速さでHPが削れ、極限まで研ぎ澄まされた集中に引き伸ばされた痛みが、ビリビリと足を焼く。

それでもそれだけが俺の勝機だ。その痛みから逃げること無く、その時(・・・)を待つ…………

 

「ーーーっらァァッ!!」

 

 ……待ちに待った瞬間。踵が地面に接するか否かというタイミングで、踵のピストンが青緑の閃炎を吐き散らしながら地面を捉える!

 秒速300mの世界……誰にだって、この車にだって負けないとただ信じるこの一瞬の切り札を、しかし俺は攻撃に使うわけではなかった。

 

「っ……出したね、ついに!だけどそれは残りの猶予を縮めただけだよっ!」

 

 ーーーアイツの言うとおり。これで逃げ切ろうとすれば独りでにHPが潰えるか、それより先に足が砕け散る。

 

 ーーー正面から蹴り砕く?向こうの速度と相まって車はもちろん一撃でぶっ潰せるだろうが、防御機構がないとは思えない。強化外装と相打ちになったって、相手を仕留めきれなきゃドローにすらもっていけない。

 

 ーーーならば、何故?

 

「ーーー俺は、最速なんだよ……だから、一瞬ならこんなことも出来るんだ」

「なっ……?」

 

 向かって右側の左ハンドルを握るリチウム・ブースター。たった一枚の車窓越しの至近距離で、ニヤリと笑いかける……俺は猛スピードで走る奴のスピードに合わせ、並走していた。

相手より上ってことは、相手に合わせてやる事もできるってことだ。だから……

 

「だっ、だからなんだって言うんだ!一回きりの切り札で、そんなことしたかったのかい?お生憎様、僕のシェビーは君と違って何度でもこのスピードを……!」

「なわけねーだろ、こうするんだっ……」

 

 ほんの僅かにスピードを上げ……段差なら擦りかねないような低い車高のステップに足の甲を合わせる。動作によるラグも差っ引いて……スピードは丁度等速ってところだろう。

超スピードで走る車に触れば、それこそダメージ判定と取られかねない。しかし……相手よりも速い状態で、余裕を持って合わせてやれば話は別だ。

 

「まさ、か」

「当たりッ、だよォ!!」

 

 ……そのまま、車体を掬い上げるようにサッカーボールキックをぶちかます!

 

 ずっしりと重厚な構えの、メタルカラーに身を包んだその車体は……いとも簡単に、宙を舞った。

 

「うわああああっ!?」

 

 トップスピードからの急激な方向転換、さらにはそこから着地を決めるための急ブレーキ。ほんの数秒で俺のHPは半分を割ったものの……数度空中でバレルロールを決めた銀色の車は、その繁雑な腹をむき出しにして、真っ逆さまに落下していた。

大仰な排気音も回り続ける車輪も、こうなってしまえば無力なものだ。

 

「く、そ……なんで……」

 

 同じく半分ほどまでにHPゲージを減らしたリチウム・ブースターが這い出してくる。メタルカラーにもかかわらず、その脆弱と言っていいまでの耐久性に、やはりかといった感想を抱きつつ俺は対峙した。

 

「最初に疑問に思ったのは、お前の車を躱し損ねた時だ。あんだけのスピードでぶっ飛んでくる鉄塊、直撃ならひとたまりもない。掠めたって、俺の紙装甲なら半分くらいは減ってもおかしくなかった」

 

 しかし事実として、減ったのは二割と少し。もちろん大打撃ではあるものの、状況から考えれば軽傷に他ならない。

 

「んで次に。いくらブースターつったってそんなモンをビュンビュン一瞬で飛ばせんのはいくらなんでもおかしい!ロケットエンジン並だ、同レベル同ポテンシャルの原則がある以上、見るからにポテンシャル全振りのその車とそいつが両立してるのは妙だ」

「……」

「んで、それがなんでだって考えた時に3つ目」

 

 傷だらけの小柄なデュエルアバター、ほとんど外装が本体と言っていいだろうそのスタイルで、最大の武器を失いながらも戦意を微塵も失っていないその立ち姿に、敬意を感じながらも最後の一つを口にする。

 

「そもそも、近接向けのはずのメタルカラーが、なんでそんな戦法つかってんだってことだ。まぁ、要するに……軽いんだろう、お前も。その車も」

「……当たりだよ。リチウムは同じ体積の水よりも軽い。近接戦闘なんてもっての外さ」

 

 やれやれと肩をすくめてみせるその姿に、不貞腐れた空気は微塵も感じられなかった。

だからどうした、と……持てる力の全てを尽くした結果が、あの戦法なんだろう。

 

「リチウム・ブースターなんてわかり易い名前のお陰で、初見で特徴を見ぬかれることも偶にあるしね。工夫には苦労したよ……君はリチウムの特性を知らなかったみたいだけど」

「高校入ったら科学真面目に勉強することにするぜ、ったく。見た目じゃ重さなんか解かんねぇからな……んで、工夫した結果が……」

「速さだ」

 

 ぎこちないファイティングポーズを取りながら、リチウム・ブースターは笑う。

 

「そうとも僕の拳は軽い。だけどそれは弱点だなんて一度も思ったことはないよ。お陰で僕は速い、それこそ僕の唯一無二の武器。どんな質量だって、速さを一点に集中させて突破すれば砕け散るんだ。僕はそれを証明してみせる!」

「……いいね、実に俺好みの答えだ!刻んだぜ、その熱いの。俺もこの先に持っていく」

 

 対する俺も、半歩引いて構えた。万に一つも負けることは無いこの状況で、それでも俺達は最後まで全力で戦い、全力で勝利し、敗北しなければならなかった。

速さの可能性を信じた俺が……同じ道を行くコイツをどうして侮れるというのか?

 

「勝ち誇るのは……勝ってからに、しなよっ!」

「そうさせて、もらうぜっ!」 

 

 肘から小規模ながらも車のものと同じ炎を噴射し、加速された拳を打ち砕くがために、俺は全力の回し蹴りを放ちーーー

 

 

 

「……次は、負けない」

「いつでも来いよ、次も勝つ」

 

 悔しげに、それでも誇らしげにそういって消えていくブースターに、サムズアップしながらそう返す。

接戦を称えるギャラリーの声援に、極限まで盛り上がった気分が更に引き上げられるようだった。

 移動してきた14点のバーストポイントがとても重いものに感じて、なんだか自分がひとつの契機を迎えたような気がして。その衝動に命じられるままーーー俺はダイアログを開き、デュエルアバターをレベル2に上げた。

 

 

 

 その日、今度こそ誰憚ること無い誇らしい凱旋をした後の、現実世界での美早の制裁を……俺は忘れることはないだろう。

 




残バーストポイント、16。

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