千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ネメシスQ
ようやくリアルが落ち着いたので、これからは執筆に集中したいと思います。
あと、タイトルをほんのちょっとだけ変えました(千の呪文の男がダンジョンにいるのは『間違いだろうか』→『間違っているだろうか』)。微妙に原作タイトルとズレていたので。
「おい、ロキ!
ある意味伝説となった『神の宴』から二日が過ぎた日の朝、ナギは唐突にロキを捕まえてそう尋ねた。
「……どっから聞いてきたんや、その話?」
「さっき食堂で話してんの聞いた! それより早く教えろって!」
教えるまで離さないとばかりに詰め寄ってくるナギに、ロキは内心で舌打ちする。
できることなら、怪物祭のことはナギには内緒にしておきたかったのだ。その理由は先日の事件に起因しているのだが、今は置いておこう。
ともあれ、既に知られてしまった以上、隠していても仕方がない、と怪物祭の概要を話していく。
怪物祭とは、年に一度【ガネーシャ・ファミリア】の全面協力のもとに開かれる、ギルド主催の催しである。その規模は都市外からわざわざ観光に訪れる者がいるほどだ。
祭りのメインイベントは、怪物祭の名が示すように【ガネーシャ・ファミリア】の調教師によるモンスターの調教である。
調教は闘技場を丸々貸し切って使用するため、その周囲には出店などが立ち並び、毎年盛大な盛り上がりを見せている。
つまりは、迷宮都市でも屈指の規模を誇る大イベントという訳だ。
そうしてロキが祭りの概要を話していくうちに、ナギの瞳はみるみる輝いていった。
「おいおい、そんな面白そうな祭りがあったのかよ!? こりゃあもう明日行ってみるしかねえな!」
未知のお祭りを前にして、興奮を隠せない様子のナギ。すでに頭の中は怪物祭の事で頭が一杯になっている。
しかし、次のロキの一言がナギを凍りつかせた。
「まだ謹慎続いとるからアカンぞ」
「………………ん?」
ナギは何を言われたか理解出来ないという表情で小首を傾げた後、小指で自分の耳を穿り、爪の先についた耳垢を息で飛ばした。
「おい、ロキ。俺、ちょっと疲れてんのかな……幻聴が聞こえたみてえだ。もう一回言ってくれねえか?」
顔を引きつらせて問いかけるナギに、ロキはわざわざ言葉を区切って強調して告げる。
「自分は、自宅謹慎中やから、祭りには、行かせん」
「そうかそうか、俺は祭りには行けないと……」
ふむふむなるほど、とナギは首を縦に振って頷くと、次の瞬間、叫んだ。
「っざけんなー! そんな面白そうな祭りを目の前にして部屋に閉じ籠ってろってのかよ!? 絶対ぇ認めねえぞ、そんな横暴!!」
「自分がいつまでたっても反省せえへんからやろうが! 『宴』であんだけ騒ぎ起こしたやつが、怪物祭で大人しくしていられる訳ないやろ!」
声を荒げて抗議するナギに、ロキも負けじと言い返す。
そう、ロキの言うように、ナギは『神の宴』があった夜から謹慎処分を受けていた。
理由はやはり、先の『神の宴』で騒動を起こしたことへの罰である。
しかし、ナギ本人に反省の色は全く見られず、このままではまた同じことを繰り返すであろうことは容易に想像できた。
これ以上余計な騒ぎを起こされてはたまらない。そう考えたロキは、できることなら怪物祭のことを秘匿しておき、知られたら謹慎を理由に本拠に縫い付けておこうと画策していたのである。
もちろん、ナギがそんなことを受け入れられるはずもなく、
「へんっ! いいぜ、こうなったら意地でも抜け出して祭に行ってやらぁ!」
ナギは堂々と謹慎を言いつけた本人の前で脱走を宣言する。
これまで幾度となく行われたリヴェリアとの追走劇を制してきたナギである。その気になれば脱走くらいはこなすだろう。
ため息を一つ吐き、ロキは言った。
「わかった。そこまで言うなら許可したるわ」
「おっ! なんだよ、話わかるじゃねえか」
「ただし!」
許可が出て態度を一変させたナギに釘を刺すように、ロキは続ける。
「うちの出す条件を飲んだらや。それが呑めんなら、外出許可は出さん」
有無を言わさぬ態度で条件を出すロキに、ナギは思案する。
抜け出してでも行くと言ったが、これでもリヴェリアなどの追跡を振り切るのは骨が折れるのだ。
仮に脱出できたとしても、追っ手を警戒しながらでは祭りも十分に楽しめない。
邪魔されずに祭りに行くことができるのなら、それが一番なのである。
「んー、まあ、面倒がない分こっちのがマシか。しゃーねえ、それでいいぜ」
(計画通り……!)
これがロキの狙いだった。
初めから外出を許可していたら、条件をつけることに文句を言っていただろう。
しかし、外出許可と引き換えならば反感は少なくなる。
案の定、ナギは渋々ながら条件を受け入れた。狙い通りの展開にほくそ笑む。
とはいえ、ロキもそこまでひどい条件をつける気はない。素直に祭りを楽しんでほしいという気持ちもあるのだ。
「ほな、その条件についてなんやけど……」
「――――ほほう」
取り決めた条件を耳打ちするロキ。それを聞いたナギは、初めは顔をしかめていたものの、話が後半になるにつれ、次第にイイ笑顔を見せていった。
そして翌朝――
「行くぜラウル!」
「うう、何で自分が……」
ナギは悲観するラウルを引き連れ、『黄昏の館』を出発した。
◇
「よし、うちらも行くで、アイズたん」
ロキの呼び掛けに躊躇いがちに頷いたアイズは、それまで座っていたソファから腰を上げる。
しかし、その視線はある一点から動かずにいた。
ロキもそれに気づいたのだろう。同じように視線を向けると、気まずそうにしながら言った。
「あー、あれは無視しとき。今はどうにもならんし、刺激しない方がええ」
二人の視線の先にいるのは、膝を抱えて暗く澱んだオーラを醸し出すリヴェリアだった。
焦点の合わない目で虚空を見つめ、時折うわ言のように「何故だ……どうしてこんな……」とこぼしている。
いつも冷静沈着な彼女がこのような姿を見せていることに驚きを隠せないアイズだが、ロキがそう言うなら、と触れないでおくことに決めた。
「ほな、行くとしよか。実は他の奴とも待ち合わせしとるんや。すまんけど、ちょっと寄り道させてもらうな」
「わかりました」
その後本拠を出立した二人は、東のメインストリートを目指して歩を進める。
闘技場に繋がる東のメインストリートには既に多くの人で賑わっていた。
同時に、ずらりと立ち並んだ多くの出店も、少しでも多くの客を呼び込もうと活気に溢れている。
「ここや、ここ」
祭りに沸き立つ群衆の間を縫って進んで行くと、やがて大通り沿いに建つ喫茶店の前に躍り出た。
店の中に足を踏み入れるロキ。すぐに店員が対応に来て、二人を二階へと通す。
その場に足を踏み入れたアイズが感じたのは、時が止まったような静寂だった。
その場の全員が心を奪われたかのように一人の神物を見つめている。
「よぉー、待たせたか?」
「いいえ、少し前に来たばかりよ」
気さくに声をかけるロキに、視線を集めていた相手もまた、微笑を浮かべて答えた。
どうやらこの神物が待ち合わせの相手らしい。
「暑苦しそうな格好やな」
「こうでもしないと碌に道を歩けないもの。仕方ないわ」
「カッ、嫌みかコラ」
紺色のローブを纏い、フードを深く被った目の前の女神。ロキと話すその様子から古い付き合いを感じさせる。
フードの奥から見えた銀の髪からアイズは初めて会った女神の正体を察した。
「ところで、その子を紹介してはくれないのかしら?」
「なんや、紹介がいるんか?」
「一応、彼女と私は初対面よ」
自身に向けられたその女神の美貌に、アイズは一瞬引き込まれそうになった。それほどの魅力が彼女の美貌には備わっていた。
【ロキ・ファミリア】と並び称される都市最強の一角を担う【ファミリア】の主神。
美の女神、フレイヤ。それが目の前の女神の名である。
「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ? アイズ、こんなんでも神やから、一応挨拶しとき」
「……初めまして」
小さくお辞儀をするアイズ。「座ってええで」とロキに促され、隣に腰を下ろす。
そんなアイズを見つめるフレイヤは形のいい唇を開いて何事かを言おうとするが、それよりも早くロキが動いた。
「さて」
その一言を皮切りに、ロキの雰囲気が豹変した。それに合わせて、フレイヤの雰囲気もまた一変する。その圧力に、その場の人間達は逃げるように店を後にして行く。
「前置きはなしや。単刀直入に聞く。何をやらかす気や」
有無を言わせない強い口調で、ロキはフレイヤに問う。
「何の事かしら」
「とぼけても無駄や」
依然涼しい顔をしているフレイヤに、ロキは射抜くような視線をぶつける。
「最近動きすぎやろ、自分。興味ないとかほざいとった『宴』に急に顔を出すわ、
「企むだなんて……人聞きの悪いこと言わないで?」
「じゃかあしい。昔から自分が妙な真似をすると碌なことが起きん。さあ、とっとと吐かんかい」
ロキの言葉の端々から、自分達に面倒ごとを持ち込むなと告げてくる。それは、二大派閥の主神であり、勢力争いをしている身からすれば当たり前の反応だろう。
しかし、今のロキからはそれ以外の意思も見えている。
そう、それはまるで、何かを牽制するかのような――
(ああ、そういうこと)
そこまで考えて、フレイヤはロキの思考を読み取った。
「安心して。あなたの子には手を出す気はないわ。先日『宴』で見たあの子にもね」
ピクリ、傍目にはわからないほど僅かだが、ロキの目蓋が動いた。どうやら当たりを引いたようだ、とフレイヤは自身の考えに確信を持つ。
「今日は随分強引だと思ったけれど……ふふっ、相当大事にしてるのね、あの子のこと。わざわざ私を呼び出してまで」
天界でのロキの破天荒ぶりを知るフレイヤは、本当に変わったものだと肩を竦めた。
同時に、ロキもまた長いため息を吐いた。
脱力し、緊迫していた雰囲気を霧散させる。
「ま、目ェつけてたのがナギでなかったんなら、もうええわ。『宴』ん時の反応を見るに、可能性は低いと思っとったけどな」
「ええ。あの子の魂もすごく魅力的だったけれど、あまりにも輝きが強くて眩しすぎる。遠くから眺めるぐらいがちょうどいいわ」
ナギの名前が出たことに反応するアイズ。どうやら、ナギに手を出さないように釘を刺すのがロキの目的だったらしい。
確かに、ナギの特異性は目を引く。警戒しすぎることはないということなのだろう。
何せ、自分の【ファミリア】の眷族にまでナギの素性について秘密にしているほどなのだから。
【ロキ・ファミリア】の庇護下にあれば、大抵の【ファミリア】は手出しできないが、同等の力をもつフレイヤに手出しされてはたまらないと思ったのだろう。
しかし、フレイヤも手出しする気はないとわかったので、ロキは空気を和らげた。
アイズも、まだ付き合いが短いとはいえ、自分の仲間に危害が及ぶようなら、と警戒していたが、杞憂であったようだ。
「でも、そうね……少しだけちょっかいかけてみようかしら」
「うおい!」
「冗談よ」
言った側から言い分を覆そうとするフレイヤに突っ込みを入れるロキだが、フレイヤはしれっと躱す。
「あの子の魂はありのままの姿が一番美しい。自分でその輝きを汚すようなことはしないわ。けれど、もしあなたがあの子の光を鈍らせるようなことがあれば、その時はあの子は私のものにするから」
「ハッ、そんなことには絶対ならへんから、安心しとき」
「そう。なら、大人しく見守ることにするわ」
再び神威による威圧が放たれ、場の空気が冷たさを帯びる。が、それも一瞬。すぐに元の空気に戻ると、今度は呆れたような声音でロキが言った。
「せやけど、やっぱり自分が動いてた理由は男やろ。どこぞの【ファミリア】の子供を気に入った……そういうことやろ。ったく、年がら年中盛りおって。この色ボケ女神が」
確信を持ったロキのその言葉を、フレイヤは否定しなかった。
今一話の要領を掴めないでいるアイズだが、少ない情報をまとめて考えてみると、どうやらフレイヤは、他派閥の眷族を見初めてしまったようだ。情報を集めていたのはそのためらしい。
しかも、ロキの言葉から察するに、一度や二度のことではないのだろう。それなりの人数が彼女の
なるほど、ロキが警戒する訳だ、とアイズはこれまでのやり取りを思い返し、納得した。
「で、どんな奴や。今度自分の目にとまった子供ってのは?」
「…………」
「そっちのせいで余計な気を使わされたんや。聞く権利くらいあるやろ」
野次馬根性丸出しで要求するロキ。言うまで帰さない、とその興味津々な目が告げている。
ロキの隣に座るアイズも、興味をそそられていた。
フレイヤは窓に顔を向け、あたかも過ぎ去った光景を思い浮かべるかのように、遠い目をして言った。
「強くは、ないわ。貴方や私の【ファミリア】の子と比べても、今はまだとても頼りない。少しのことで傷ついて、簡単に泣いてしまう……そんな子」
でも、とその流麗な唇が動く。
「綺麗だった。透き通っていた。今まで見たことのない色をしていたわ。だから目を奪われたの。見惚れてしまった」
その声音が、次第に熱を孕んでいく。
その魂の持ち主を見つけた時のことを思い返しながら、フレイヤは窓から外を見下ろす。
「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。あの時も、こんな風に……」
その時、紡がれていた言葉が不意に途切れた。
女神の銀瞳は、まるで縫い付けられたかのように、ある一点を捉えて離さないでいる。
アイズは反射的にその視線の先を追った。
「――――!」
いた。大通りの人込みの中を駆け抜ける、真っ白な頭髪。知らぬ内に、アイズはその白色の行く先を追っていた。
「ごめんなさい、急用ができたわ」
「はぁ!?」
「また今度会いましょう」
ポカンとしているロキを置いて、唐突に立ち去るフレイヤ。
何やアイツ、とロキが首を傾げる中、アイズは雑踏の奥に消えていく白兎を追い続ける。
「ん? どうした、アイズ? 何かあったん?」
「……いえ」
アイズの様子に気づいたロキが声をかけるが、アイズはおざなりに返事をするだけで、窓から視線を移そうとしない。
(見間違いかもしれない。でも、あの男の子も来てるかもしれない)
会えるかもしれない、とアイズは期待していた。あの日、自分が傷つけてしまった、謝ることができなかった、白い髪の少年に。
(もしも会うことが出来たなら……)
その時は、精一杯に謝ろう。
そう、自分にできることから少しずつやっていけばいい。
「なんや機嫌良さそうやな、アイズたん」
「そう、ですか?」
「おお、なんや雰囲気がいつもより柔らかいで。クールなアイズたんもたまらんけど、今のアイズたんもうち好きやでー!」
どさくさ紛れにセクハラしようと抱き着いてくるロキを躱しながら、アイズは思い返す。
(そういえば、あの子とナギは友達なんだっけ。今頃、何してるんだろう)
帰ったら、ナギからもう一度、ちゃんとあの子の話を聞かせてもらおう。そう心に決めながら、アイズはロキと二人、店を後にした。
◇
「そこだ! よっしゃ、いっけぇ! って、あーもー、何やってんだよ! しっかりしやがれ!」
「ちょっ、ナギ君! 少し落ち着いて! 危ないっすから!」
大歓声が響き渡る
現在、闘技場の中心では虎のモンスター『ライガーファング』の
華美な衣装を身に纏い、たった一人でモンスターと相対する
しかし、そんな動きをナギはじれったく思っているのか、頻りに体を動かしながら叫んでいる。
『おーっと! これは大ピーンチ! 壁際に追い込まれてしまったぞぉー!!』
いよいよ最大の見せ場とばかりに演出を重ねる調教師。誰もがここからの逆転劇を期待する中、とうとうナギが我慢の限界を迎えた。
「だぁー、もう! じれってぇな、このっ!」
その時、一筋の光が闘技場を駆け抜けた。
「あ」
「へ?」
ナギの口から間抜けな音が漏れる。
何が起こったのか把握する間もなく、その光は闘技場の真ん中に立つモンスターの巨躯を撃ち抜いていた。
体を貫かれたライガーファングは痛みに悶え、断末魔の叫びをあげると、そのまま地に倒れ伏した。
その予想もしなかった光景に、誰一人として声を出すことができないでいる。
「な……な……な……!!」
闘技場の空気が凍りつく中、ラウルは口を大きく開けて絶句していた。
そして次の瞬間、下手人の方へ向き直り、思いの丈を叫んだ。
「一体何をやってるんすかぁ━━━━━っ!?」
「やっべ、つい撃っちまった」
あちゃー、と頭を掻くナギに、そんな呑気なことを言ってる場合じゃないとラウルの怒声が降りかかる。
そんなに怒るなよ、と全く悪びれないナギに、ラウルはどうしたものかと頭を抱える。
と、その時、仮面をつけた男数人がナギの背後に忍び寄った。言うまでもなく、【ガネーシャ・ファミリア】の構成員である。
「おわっ!? 何だてめえら!? 離しやがれこのっ!!」
「ああ……胃が痛い……」
構成員達に捉えられ、連行されていくナギ。お目付け役のラウルは、恐らくは自分の監督不行き届きとして責任を負わせられるだろう未来を想像し、キリキリと痛む胃を押さえながらもその後を追っていった。
「まったく、何やってるんだか」
「あはは、客席から魔法撃っちゃったのはやりすぎだよね」
「何というか……ラウルさんが気の毒ですね」
闘技場の反対側にいたティオネ、ティオナ、レフィーヤの三人は、その様子を心底呆れたように眺めていた。
「それにしても、ナギの起こした件を抜きにしても、何だか【ガネーシャ・ファミリア】の連中が慌ただしいわね」
「あ、やっぱりそう思う?」
彼女達の視線の先には、主神であるガネーシャがいるであろう最上部の賓客席に代わる代わる足を運ぶ構成員の姿がある。
その上、観客席の神や冒険者へ耳打ちし、何かを要請しているようにも見えた。
明らかに何かが起こっている。
「どうしますか?」
「もちろん」
「行くに決まってるでしょ」
客席から立ち上がった三人は、観客の間を抜けて、何が起きたのかを探り始めた。
◇
「あんにゃろーども……容赦なく外に放り出しやがって。ちょっとお茶目しただけじゃねーか」
「いや、どう考えてもナギ君が悪いっすよ。むしろ出禁だけで済んで、運が良かったくらいっす」
闘技場を追い出され、【ガネーシャ・ファミリア】から出禁をくらってしまったナギは、ブツブツと文句を言いながら大通りを歩いていた。
手には露天で買ったジャガ丸くんが握られている。ちなみに、ラウルの奢りである(強制)。
先程からやけ食いを続けているナギのせいで、ラウルの財布は軽くなる一方だ。
「ほらほら、モンスターの調教だけがお祭りな訳じゃないっすし、もっと楽しむっすよ」
「――ちぇっ、しゃあねえなー」
せっかくの祭に、いつまでも不機嫌でいるのも勿体無い。腹がふくれたこともあり、ナギは機嫌を治して、改めて祭りを楽しむことに決める。
「そんじゃ、一度ぐるっと回って――っ!」
そこまで言いかけて、ナギは唐突に背後を振り返った。
「ナギ君……?」
(何だ? 今、気色悪ぃ視線を感じた……)
まるで観察されているような、無遠慮にすぎる視線。視線を感じた方へ目を向けるも、そこには誰もいなかった。
(気のせい……じゃねえな。けど、一体誰だ……?)
この世界に来て、まだ日が浅い。誰かに恨まれるような事をした覚えはないし、このような視線を向けられる心当たりなどまるでなかった。
せっかく治りかけていた機嫌は急降下し、視線の主に対して苛立ちを覚える。
「ナギ君、どうしたんすか?」
「……いや、何でもねえ。行こうぜ、もっと色々見て回りたいしよ」
「……そうっすね」
急に振り返ったかと思えば、再び不機嫌になったナギを訝しげに見ていたラウルだったが、結局何も聞かないことに決めた。
こういう時はそっとしておくに限る。
「それじゃ、あっちの方なんてどうすか? 武器とか、モンスターの
「おっ、いいな。見に行こうぜ!」
深く追求しなかった事が功を奏したのか、ナギも気持ちを切り替えたようだ。
好奇心に目を輝かせながら、大通りを進んでいく。
そうして露店を回ること数分、不意に辺りが騒然とし始めた。
「何か、妙な騒ぎ方っすね。祭りとは別の、どこか切迫したような……」
「なあ、ラウル」
「何すか?」
違和感を感じ取ったラウルが周囲の様子を探っていると、ナギが真剣な顔つきで尋ねた。
「モンスターの調教って、
「へ?」
ナギからの予想外の質問に、ラウルが呆けた直後だった。
「モ、モンスターだぁああああっ!!」
「モンスターが逃げ出したぞぉおおお!!」
「は、早くっ、早く逃げろ!!」
絶叫を放ち、一斉に逃げ惑う人々。絡み合う怒号と悲鳴の中、ナギは冷静に事態を把握する。
「やっぱ異常事態だったのか。よし、行くぜラウル!」
「え、あっ、了解っす! けど、何で街中にモンスターが……」
「んなこと今はどうでもいい! とりあえず逃げたっていうモンスターをぶっ飛ばすぞ!」
人込みを嫌い、屋根の上へ跳躍したナギは、そのままモンスターの居所を探る。
「そこか!」
比較的近くに二体のモンスターを発見。ラウルを置き去りにし、そのまま特攻する。
「くらいやがれ!」
モンスターの近くに降り立ったナギは、瞬動を駆使し、目にも止まらぬ速さで醜悪な巨体のモンスター『トロール』の懐に入り込む。
魔力によって強化された拳がトロールの胸元を魔石ごと貫く。醜悪なモンスターは悲鳴をあげる間もなく、灰に帰した。
感慨に更けることもせずにそのまま反転したナギは、十数
ソードスタッグは反応することもできないまま、雷の矢に貫かれ、肉片へと姿を変えた。
先程までの悲鳴が一転、歓声へと変わる。
(強い……!!)
一拍遅れてナギに追いついたラウルは、直に目にしたナギの実力に戦慄していた。
ベートとの喧嘩、そして17階層での一件から、尋常でない強さなのは判っていた。
しかし、それでも今の手並みは十歳の子供にできる範疇を越えている。
その異常さに、ラウルはナギとどう接していいのかわからなくなった。
「遅ぇよ、ラウル。もう終わっちまったぜ?」
少し離れた場所で立ち尽くしているラウルに気づき、屈託ない笑顔を向けるナギ。
それを見たラウルは、ナギに恐れを抱いた自分を戒める。
かつてアイズに対しても同じ思いを抱いたこともある自分に、成長してないなぁ、と苦笑しながら、ナギの元へ歩み寄る。
「お疲れ様っす、ナギ君。いやー、強いっすね、本当に」
「へ、これくらい朝飯前だぜ」
そう言って得意気に笑うナギの姿に、やはりまだ子供なんだな、と微笑ましげな目を向けるラウル。
それに気づいたナギが、何だよ、と文句を言いたげな目を向け、ラウルは慌てて何でもない、と弁明する。
「そんじゃ、モンスターも片付けたことだし、祭りの続きと――」
瞬間、前触れもなく何かが爆発したような轟音が届き、遠方の通りの一角から膨大な土煙が立ち込めているのを発見した。
土煙が晴れていき、そこからわずかに見えた影から、今まで感じていたのとは異質な気配を感じ取る。
「面白そうな奴がいるじゃねえか……俺らも行くぞ!」
身体強化に回す魔力の比率を上げ、現場に向かおうと足を踏み出すナギ。
その直後、背後から同じ異質な気配が上ってくるのを感じた。
(この感じは……)
感じた気配は、どんどん地上に、今自分達のいるこの場所へ向かって上ってきている。
「全員こっから離れろ!!」
野次馬となっている人間達に向かって叫ぶナギ。しかし、何故そんなことを言われるのか理解できない彼らは、顔を見合わせ、その場を動かずにいた。
理解の遅い周囲の人間達に舌打ちする。
その後間もなく、先程の再現をするかのように、目の前の舗装された道路が隆起し、爆音とともに
風を起こして土煙を吹き飛ばし、この現象の正体を暴く。
晴れた視界から露になったのは、地中から出現した、蛇に酷似した長大なモンスターだった。
その姿を確認した瞬間、周りにいた野次馬達は一転して悲鳴をあげながら、踵を返して一斉に逃げていった。
それをため息まじりに見送りつつ、ナギは正体不明のモンスターと相対する。
細長い胴体に滑らかな皮膚、目や鼻といった器官が何一つ存在しない頭部が、その不気味さを際立たせている。
全身の淡い黄緑色が、ラウルに一つの
「これは……また新種が!?」
「! 来るか!」
顔のない蛇、とでも形容すべきそのモンスターは、一切の迷いなく、一直線にナギに向かって襲いかかる。
「面白ぇ、がっかりさせんなよ!」
自分に挑戦するかのように迫って来るモンスターを、ナギは正面から迎え撃つ。
全身を鞭のようにしならせて放たれた体当たりを、ナギは余裕をもってかわした。そして、そのまま街道沿いの建物を足場にして、モンスターに向かって跳躍。
攻撃直後の隙をついたその動きは、モンスターの対応の上を行き、ナギの強大な魔力が込もった拳がモンスターの胴体に突き刺さった。
大岩をも砕くナギの拳である。並みのモンスターでは骨まで砕け散るだろう。
しかし、
(っ、固ぇ!?)
とてつもない硬度を誇るそのモンスターの外皮は、ナギの打撃を無効化していた。もし、魔法障壁により肉体を保護していなかったら、ナギの拳の方がダメージを負っていただろう。
自らの力に自信を持っていたナギは、予想していた未来との差異に一瞬硬直してしまう。
「ナギ君ッ!」
ラウルの叫びも虚しく、新たに地面から伸びた黄緑色の突起物が、ナギに向けて振るわれる。
その一撃をもろにくらったナギは、頭から建物に突っ込み、瓦礫の中にその身を
地面から生えた謎の物体が不気味に蠢く中、蛇型モンスターの方にも変化が現れる。
ビクン、と一瞬痙攣を見せた後、頭部と思しき部分に幾筋かの亀裂が走る。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
やがてそれは、けたたましい咆哮とともに開かれる。
悪意を孕んだ巨大な食人花が、陽の当たる地上の下、咲き誇った。
ナギは映画とか静かに見れないタイプ(確信)
ちなみに、冒頭でロキの提示した条件は以下の五つ。
・監視としてラウルをつける
・騒ぎを起こすことを禁じる
・単独行動の禁止
・小遣いなし
・ただし、すべてラウルのおごり
おまけ
~その頃のリヴェリアさん~
(どうしてこんなことに……)
リヴェリアは落ち込んでいた。暗く濁ったオーラが、周囲の目に見えるほどに気落ちしていた。
「ナギ……」
リヴェリアは、この世界でナギと一番長く一緒にいたのは自分だと自負していた。同時に、一番ナギと親しいのも自分であると思っていた。
しかし今日、初めてナギから(勉強以外で)一緒にいることを拒まれたのだ。
それは、いつも通り【ファミリア】全体での朝食を終えた直後の事だった。ロキからナギが祭りに行くという話を聞いたリヴェリアは、食堂を出ようとするナギを呼び止めた。
『ナギ、今日は怪物祭に行くそうだな。初めての祭り見物だ、案内役も必要だろう。私でよければ同行するが……』
『いや、リヴェリアは来なくていいぜ』
『なっ……!?』
その一言は、限りなくリヴェリアに衝撃を与えた。それはまるで雷のごとき衝撃であり、リヴェリアは動揺を隠せないまま、ナギに理由を聞き返した。
『な、ななな……何故だ!? まさか私と一緒にいるのが嫌だと……!?』
『いや、そんなこたねえけどよ……だって苦手なんだろ?』
『な、何がだ?』
『祭り。騒がしいのは苦手だってロキから聞いたぞ。だから無理しなくていいって』
(あ、あの駄女神め……! 余計な事を……!)
ナギは何も自分の事が嫌いで同行を拒否したのではないとわかり、安堵の息を漏らすリヴェリアだが、同時に余計な情報を与えたロキに八つ当たりに近い感情を向けていた。
しかし、どうすればいいのか。
ナギが好意で言ってくれているのが伝わってくるため、それを無下にするのは忍びない。しかし、ナギと一緒に祭りには行きたい。
リヴェリアが唸っているのを余所に、一刻も早く祭りに繰り出したいナギは、そのまま話を打ち切り、出口へ向かう。
『案内役はラウルがいるし、問題ねえよ。それじゃ、楽しんでくるぜ。じゃあな!』
『あ、ああ…………いや待てっ、ナ、ギ……』
思考の渦に囚われていたせいで反応が遅れたリヴェリアは、去っていくナギを引き止めようとするも間に合わず。
すでにナギの姿は視界から消えてしまっていた。
(何故あそこで引き下がった……! 私の大馬鹿者……!)
下手に色々考えずに素直に自分の気持ちを吐露しておけばよかったのだ。そうすれば今頃はナギと二人で楽しく……
ふと、そこでリヴェリアは思い至る。
そもそも、自分がナギを誘ったのは、ナギが初めての祭りに困惑しないようにという目的だった。しかし、それは他に案内役がいるから大丈夫だと言われてしまった。
つまり、この状況に陥ったのはその案内役の存在にある。
自分の記憶を手繰り寄せ、ナギの案内役を務める人物の名前を思い出す。そして、一人のヒューマンの顔が浮かび上がった。
「貴様か、ラウル……!!」
その時、ラウルの身に凄まじいまでの寒気が走ったのだが、関連性は不明である。