千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか 作:ネメシスQ
そして、次で第1巻分が終了予定(あくまで予定)です。ここまで長かっ(ry
時を少し遡る――
「ロキ!」
「おっ? ティオナ達か。よう来たな」
慌ただしく行動する【ガネーシャ・ファミリア】を不審に思ったティオナ達は、闘技場の前で指示を飛ばすロキの姿を発見した。
同じように、ティオナ達に気づいたロキが手を上げる。
何が起こったのか尋ねるティオナ達に、ロキは状況をかいつまんで説明する。
「簡単に言うと、モンスターが檻から脱走しおってな。今も街ん中さまよっとるらしい」
「ちょっ、不味いじゃん!」
「ん、不味いなぁ」
「何を暢気に……まあ、いいわ。私達はどうすればいいの?」
ただならない状況にも関わらず平然としているロキに呆れつつ、ティオネが指示を仰ぐ。
「せやな、自分らはアイズがモンスターを討ち漏らしたら叩いてくれ」
「アイズさんはもうモンスターの元に向かったんですか?」
「いや、まだや」
「はあ? じゃあどこにいるのよ?」
レフィーヤとティオナの疑問に、ロキは人差し指を立てて答えた。
「
頭上を見上げる。遥か高い闘技場の天頂部分。そこに、美しい金の髪を揺らす剣士が立っていた。
「……見つけた」
地上を闇雲に走り回っても効率が悪い、と高所からの敵位置の掌握、即時討伐を命じられたアイズ。
間もなく、逃げ出した九匹のモンスターのうち、八匹までは補足できた。しかし、残りの一匹が見つからない。
あまり時間をかけてもいられないため、一先ずその八匹を討ち取ろうと、腰のレイピアを抜こうとしたその時、補足していたうちの二匹、『トロール』と『ソードスタッグ』が撃破された。
(今のは――)
視線を向け、モンスターを倒した者の正体を確認する。
(やっぱり、ナギ……)
二匹を倒したのは、自分のよく知る赤毛の少年。アイズから見ても鮮やかな手並みだった。
もっとその実力を見てみたい衝動に駆られるも、状況はそんな悠長なことを許してはくれない。
一刻も早くモンスターを討ち取らねば、どんな被害が起こるかわからないのだ。
もう一度ナギのいる場所を確認する。どうやら、彼の近場にはもうモンスターはいないようだ。
ならば、残りのモンスターは自分の手で殲滅する。
「【
◇
「うわー、本当に出番なさそー」
次々とモンスターを屠っていくアイズを、ティオナ達は家屋の屋根の上から見つめていた。
討ち漏らしの対処を命じられたティオナ達だったが、これでは援護も不要であろう。
餌を目の前にして取り上げられた気分だとティオナとティオネがぼやく。
レフィーヤはというと、武器もないのによく言えるものだ、そんな二人に空笑いをしていた。
「……ねえ、なんか地面揺れてない?」
「え?」
訝しげな表情を浮かべ、周囲を見回すティオナの言葉に、ティオネとレフィーヤは感覚を研ぎ澄ませる。
「確かに、揺れてるわね」
「地震……じゃないですよね」
地震というにはあまりにお粗末な揺れに、不穏なものを感じる。
――何かが起こる。
自然と身構えるティオナ達。
直後、すぐ近くの通りから、爆音とともに膨大な土煙が立ち上がった。
「!?」
一斉に視線を飛ばす。
晴れた煙の奥から、地中から体を伸ばす、蛇に酷似したモンスターの姿があらわになる。
その姿を確認した瞬間、首筋に寒気が走る。
「何あれ……また新種!?」
「あいつ、やばい! ティオナ、レフィーヤ、私達で叩くわよ!」
「は、はい!」
直感に従い、瞬時に行動に移す。
あれは、単なるモンスターとは全く異なる存在であると。
「ひっ!」
「う――うわぁああああああああああああ!!」
悲鳴をあげ、逃げ惑う市民達。
モンスターは、そんな獲物達を逃がすまいと、うねるように体を走らせる。
「「そぉ――らっ!!」」
市民に向かって体当たりをかまそうとしていたモンスターに、双子による死角からの一撃が叩き込まれた。
しかし、その結果驚愕したのは、モンスターの方ではなかった。
「っ!?」
「かったぁー!?」
叩き込んだ渾身の一撃は、凄まじいまでの硬い体皮に阻まれた。
その硬度は、逆にティオナ達の拳にダメージを与えてきたほどだ。
『――――――――――――!!』
ティオナ達の攻撃を受けたモンスターは標的をティオナ達へと変更したのか、より苛烈な攻撃を仕掛けてきた。
打撃こそ通用しないものの、敵の攻撃は特別速い訳ではない。
余裕をもって躱し、拳打を見舞うが、やはり効いている様子はなかった。
武器を用意しておけばよかった、ティオナがそう愚痴った直後、更なる爆音が遠方から鳴り響いた。
視線を音の発信源へ向けると、そこには同種のモンスターの別個体が出現しているのが遠目から確認できた。
「嘘、あっちにも!? あたし、行ってくる!」
「待ちなさい、ティオナ!」
こうしてはいられない、ともう一方のモンスターの元へ向かおうとする妹を呼び止めるティオネ。
何故止める、と振り返るティオナに、ティオネが間髪入れずに理由を説明する。
「打撃が効かない以上、こいつを倒せる可能性があるのはレフィーヤの魔法だけよ! あっちはアイズに任せて、私達はこっちに集中しなさい! レフィーヤ、頼んだわよ!」
「は、はい!」
武器がない現状、ティオナだけが抜けたとしても、単独であのモンスターは倒せない。
ならば、武器を持ち、今街を跳び回っているアイズに任せた方が建設的である。
今、自分達にできることは、協力してできるだけ早く目の前のモンスターを倒すこと。
ティオネの言い分を理解したティオナは、複雑な表情を浮かべながらも、眼前のモンスターに意識を集中させた。
暴れ狂うように全身を鞭のように振るって叩きつけるモンスター。
ティオナ達は、軽やかにその攻撃を躱し、敵の注意を引き付ける。
そして、この戦闘の要を担うレフィーヤが、ティオナ達が時間を稼いでいる間に詠唱を進めた。
「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」
杖がないため、片腕を突き出しながら詠唱を紡ぐ。
高速戦闘にも対応可能な、速度重視の短文詠唱。出力は控えめだが、高い魔力を誇るレフィーヤからすれば、それで十分だった。
ティオナ達にかかりっきりのモンスターに目標を定める。
山吹色の
「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」
そして詠唱を紡ぎ終え、魔力を収束させたその瞬間だった。
異常な速度でレフィーヤの方を振り向いたモンスターを視認し、心臓に悪寒が走る。
今の今までレフィーヤを無視していた筈のモンスターが見せた異常な反応に、レフィーヤは敵が『魔力』に反応したのだと直感した。
その直後、
「レフィーヤ!」
地面から突如として生えた黄緑色の突起物が、レフィーヤに向かって突き出された。
◇
ティオナ達が戦闘を行っている場所から幾分か離れた通りの一角。
そこに、別の固体の黄緑色の新種モンスターが出現していた。
相対するのは、【ロキ・ファミリア】の若手、ラウル・ノールド。
そして、もう一人は――
「ナギ君!」
砂煙を上げる建物の残骸に向けて、ラウルが仲間の名を呼び掛ける。
未知のモンスターの放った一撃は並の冒険者では一撃で致命傷となるほどの威力を誇っていた。
そんな攻撃をまともに食らってしまえば、さすがのナギといえど……
ラウルがナギの身を案じていると、ナギの身が埋もれていた瓦礫の山が、勢いよく吹き飛んだ。
「っ
声に怒りを滲ませながらモンスターを睨みつける無傷のナギが、そこに立っていた。
それを見たラウルは喜色を露にしながらナギに駆け寄る。
「ナギ君、無事だったんすね! よかった!」
「無事じゃねえよ! よく見ろ、たん瘤できてんだろうが!」
ナギの無事を喜ぶラウルだったが、ナギは頭のてっぺんを指し示すと、自身の負った怪我を主張した。
(あんな攻撃食らってたん瘤だけで済むナギ君の方がよっぽど化け物っす……)
ナギの異常な打たれ強さに呆然としていたラウルだが、状況はそんな余裕さえ許さない。
「っ! 避けろ、ラウル!」
「えっ、うわぁっ!?」
急に頭上に影ができたかと思うと、即座に新たな一撃が降り下ろされる。
ナギの声に従い、ラウルは横っ飛びで攻撃を回避した。
「こいつはどうだ!」
足に魔力を込め、高速で敵の懐に飛び込むナギ。その右腕には、雷属性の魔法の矢が装填されていた。
唸りをあげて振るわれた拳は、過剰なまでに反応した敵の触手が間に入り、本体にまでは届かなかった。
しかし、やはり魔法効果を付加した恩恵か、それまでビクともしていなかった食人花の体に損傷を与えていた。
ナギの攻撃を防御した箇所は、もはや使い物にはならないだろう。
しかし、ナギの表情は曇ったままだ。
(防御ごと吹っ飛ばすぐらいのつもりだったんだけどな……やっぱ打撃じゃ微妙か)
本来なら勝負が決まるほどの一撃を決めたつもりだった。
しかし、敵が犠牲にしたのは数本の触手のみ。今も元気に怒りをあらわにして咆哮している。
それどころか、新たに別の触手が地面から生えてきている。どうやら今の攻撃で相当な怒りを感じているようだ。
激しく振り回される触手を掻い潜って距離をとったナギは、隣にいるラウルに声をかける。
「ラウル、お前武器は?」
「持ってないっす。まさかこんなことになると思ってもみなかったんで」
顔をしかめて答えるラウル。何もできないことがもどかしいのだろう。
ナギの打撃が効かない以上、ラウルが同じことをしても無駄なのはわかりきっている。
「なら下がっとけ。あいつ、打撃にめっぽう強ぇみたいだからな」
「けど、ナギ君一人に戦わせるなんて……!」
仲間を、何より年下の少年を一人だけ戦わせるような真似をするなど、倫理的にも、そして何より自分の矜持からも許されることではない。
しかし、それも次のナギの言葉で意味をなくす。
「おいおい、俺を誰だと思ってんだ?」
ナギは不遜ともとれる態度で言い切った。
「俺は最強の魔法使いだぜ? あの程度の相手なんざ、屁でもねえよ」
――だから安心してそこで見てな、と。
その自信に満ち溢れる姿に、ラウルは何故だか無条件で従ってしまった。
ラウルが下がったのを確認し、ナギは自身の杖を呼び寄せる。
何もないところから突然杖が現れたことに、ラウルが目を見開いた。
それを他所に、ナギは改めて目の前の食人花とでも形容詞すべきモンスターを見つめ、考えを巡らせる。
先の攻防で敵が打撃に強いことはわかっている。ならば、自身の真骨頂である魔法の出番だ。
今は敵が自分のみを標的に定めているが、周囲には未だ逃げ遅れている市民がちらほら見受けられる。
いつ、その矛先が彼らに向けられるか分からない。
彼らを巻き込まないためにも、即行で勝負を決めなければならない。
「行くぜ!」
ナギは速度を重視し、光属性の魔法の矢を数本放って牽制する。
放たれた光の矢は、これまでの攻防がまるで嘘だったかのように、固い表皮で覆われた敵の体を撃ち抜いた。
悲鳴をあげ、悶え苦しむモンスター。本体だけは守ろうと触手が身代わりになったようだが、もう遅い。
ナギは自身の勝利を確信しながら呪文の詠唱を開始する。
「
練り上げられたナギの魔力に反応するかのように、食人花が幾多の蔓をナギに向けて伸ばす。
ナギはその攻撃を最小限の動きで躱しつつ、懐に潜り込んだ。
「これでも食らっとけ!
一閃。ナギの強大な魔力が込められた雷の斧が、食人花を頭部から真っ二つに切り裂いた。
魔石ごと両断され、灰へと帰した食人花を尻目に、それを為した魔法使いの少年は不敵に笑った。
「へ、この程度か。他愛ねえぜ」
◇
「はあっ……はあっ……」
繰り出される数多の触手を前に、レフィーヤは息を切らしながらも、両の足で立っていた。
花弁を開き、その正体をあらわにした食人花のモンスターを前に、レフィーヤの脈打つ鼓動が加速する。
(危なかった――!)
ここ数日、少しでもアイズに追いつこうと、並行詠唱を重点的に鍛練していたことが功を奏した。
不意を突かれた地中からの敵の一撃は、直前で詠唱を破棄し、体を捻ることでなんとか脇腹を掠めただけに留めた。
しかし、敵の攻撃はそれだけでは終わらない。
回避に専念し、迫り来る触手を避け続ける。その間にも、攻撃が掠めた脇腹に痛みが走り、レフィーヤの顔が苦痛に歪む。
掠っただけでもダメージを負わせる一撃の重さ。まともに食らえば、それだけで致命傷となるであろう。絶え間なく降り注ぐ敵の攻撃に、焦りが募る。
それでも、自分がやらなければならない。武器を持たず素手で戦うしかないティオナ達の攻撃は、目の前のモンスターには通用しない。
さらに、こことは違う別の場所にも同型のモンスターが出現している。そちらには今頃アイズが向かっていることだろう。
だというのに、この中でただ一人、モンスターを倒すのに必要な攻撃魔法を使える自分が何もしないでいるなど、許されない。
アイズ達の足枷になる訳にはいかないのだ。
「【解き放つ一条の……ッッ!】」
再び詠唱を開始するレフィーヤ。しかし、先程同様に、魔力に反応した食人花がレフィーヤを襲う。
すぐに詠唱を中断し、その場を飛び退くことで事なきを得たが、また振り出しに戻ってしまった。
いや、負傷している分、悪化しているとも言える。
(ダメだ……詠唱する暇がない……!)
好転しない状況に、レフィーヤは歯噛みする。
レフィーヤの持つ魔法で一番詠唱が短いものでも、この敵を相手にしていては時間がかかりすぎる。
未だ並行詠唱を会得していないレフィーヤでは、魔法を放つことすらできなかった。
せめて、ナギほどの超短文詠唱魔法を持っていれば……
いや、違う。
首を振って余計な思考を追い払う。
無い物ねだりしていても意味はない。
今、己が為すべき事は、どうにかして魔法を完成させること。
(私だってやれるんだ! 私だって――)
そんな決意を砕くかのように、何もできない時間が続く。
そして、それから間もない内に、ついに均衡が崩れた。
「いっ――!」
負傷した脇腹の痛みに、集中を乱すレフィーヤ。
その隙を突くかのように、地中から新たな触手が生え、レフィーヤ目掛けて一直線に伸びる。
咄嗟に横に跳ぶことで、かろうじて難を逃れる。
「!」
しかし、すぐに追撃とばかりに頭上から別の触手が降り下ろされた。
倒れ込むようにして軌道から体をずらすも、打ち付けられた地面から弾けとんだ瓦礫が華奢な少女の体を打ち据え、レフィーヤはたまらず地面に倒れ伏した。
「レフィーヤ!」
「ああ、もうっ! 邪魔ぁ!」
仲間の元へ駆け寄ろうとするティオナ達だが、触手の群れに阻まれ、近寄ることができない。
地に蹲ったまま動けないレフィーヤの眼前に、食人花の醜い大口が迫り来る。
(立ち、上がらなきゃ…………)
今、ここで仲間の役に立てないでどうするというのだ。
動け、動け、動け。
レフィーヤは必死に自身の体に命じる。
しかし、そんな少女の意思に反して、体は言うことを聞いてくれない。
足手まといにはなりたくないのに、無力な自分は、またしても――
「ぁ――」
銀色の閃光が駆け抜け、目の前で金の長髪が風に揺れる。
切り離された食人花の首と胴を見て、レフィーヤの視界が滲んでいく。
「レフィーヤ、大丈夫?」
「ッ、はい……」
優しくかけられる声が、今はただ辛い。
自分を助けるために、もう一方のモンスターを放って自分を助けに来たのだろう。そうでなければ、間に合わないであろうタイミングだった。
自分は、足手まといにしかなっていない。
(弱い自分が、こんなにも悔しい……!!)
やはり、駄目なのか。こんなに弱い自分がアイズの役に立とうなど、思い上がりも甚だしかったのではないのか。
ふと、あの赤毛の少年の顔が目に浮かんだ。
あの少年ならば、今の自分のような醜態は晒していなかっただろう。
それに比べて、私は――
「アイズ!」
「何でこっちに……別の場所にいたモンスターは?」
触手の群れから解放され、アイズの元へ駆け寄るティオナ達。
別個体のモンスターを倒しにいったものだと思っていた彼女らの問いに、アイズは言葉少なに答えた。
「あっちは、ナギが倒してたから」
「!」
「えっ、ナギが!? あ、本当だ」
いつの間にかいなくなってる、とモンスターがいた場所を見つめるティオナ。
もう一方を心配する必要がなくなったことで、命の危機にあったレフィーヤの元へ真っ直ぐに来ることができたのだと納得する。
「っ……!」
その横で、レフィーヤは自身とナギとの差に歯噛みしていた。
自分は足手まといにしかなっていないというのに……
丁度ナギのことを考えていたからか、余計に意識してしまう。
そんなレフィーヤの様子に、怪我が痛むのだろうかと勘違いするアイズ。
近くのギルド職員を呼びに行こうと足を踏み出した、その時、再び地面が揺れ動いた。
「これって……」
「まさか、まだ来るの!?」
小さな揺れは、すぐに大きな鳴動へと変わり、辺りの石畳が隆起する。
『アアアアアアアアアアアア!!』
耳をつんざくような咆哮とともに、三匹の食人花が新たに現れる。
アイズを取り囲むような形でその巨大な口を向ける食人花。
アイズは鋭く敵を睨み付けると、その手に持ったレイピアを振るい、斬りかかろうとした。
その瞬間。
ビキッ、となんの前触れもなくレイピアの刀身に亀裂が走り抜け、高い音を奏でて破砕した。
得物が壊れるという事態に、アイズだけでなく、ティオナ達も絶句した。
今のアイズが使っていたレイピアは、代用品だ。普段愛用している不壊属性が付与された細剣《デスペレート》は、現在整備に出している。
今の今まで愛剣と同じように、景気よく振るっていたレイピアは、アイズの激しい剣技に耐えられなかったのだ。
――いけない、怒られる。
武器が壊れたこの状況でアイズの脳裏に浮かんだのは、整備を依頼した工房の主神の怒り顔だった。
「アイズさん!」
レフィーヤの声に、意識を引き戻すアイズ。
三匹の食人花が、一斉にアイズ目掛けて突撃する。
跳躍して回避したアイズは、刀身を失ったレイピアの柄を食人花の頭部に叩きつける。
(【
風を付与していても、敵の硬質な体皮に傷がつくことはなかった。
追撃を諦め、回避に移行する。
「こいつ……何でこっちには見向きもしないの!? レフィーヤの次はアイズ狙い!?」
「レフィーヤ……アイズ……まさか、魔法に反応してる!?」
動けないレフィーヤを庇いつつ食人花に攻撃を加える双子の姉妹。
しかし、その矛先は常にアイズに向けられ、変えようとしない。
魔力に反応していることが判明し、アイズは食人花をレフィーヤから引き離すべく、後退する。
アイズの意図を汲み取ったティオナ達は、迅速に行動を開始した。
そして、三匹を引き付けるアイズは、総出で繰り出される触手の鞭を紙一重で避けていく。
しかし、あまりの手数の多さに、捕まるのも時間の問題だと悟る。
「アイズ、もう十分よ! 魔法を解きなさい!」
「でも……」
「レフィーヤなら少し離れたところに避難させたし、あたし達も一人一匹くらい何とかするって!」
攻撃手段がなく、防戦を強いられる中呼びかけられたティオナ達の声に、アイズはやむを得ず魔法を解こうとする。
その瞬間だった。
今日、何度も耳にした爆音がまたも響き渡り、この場から離れた通りの一角に土煙が舞い上がった。
(ナギの方にも新手が――!?)
思わず、土煙の上がった方向を注視してしまったアイズを、食人花の振るった触手が捉えた。
咄嗟に風を前面に集中させることで威力を軽減したが、慣性の法則には逆らえず、アイズの細身は吹き飛ばされてしまう。
なんとか体勢を建て直そうとしたその時、視界の端に人影が映り込んだ。
(子供!? まずい、このままじゃ――)
進行方向の先に、獣人の子供が屋台の影にかくれるようにして座り込んでいた。
恐怖に震える少女の視線がアイズと重なる。
このままでは、食人花の長大な体躯に屋台ごと押し潰されてしまうだろう。
加え、今アイズは空中にいるために、方向転換することができない。アイズの超人的な
(何か、何か手は――)
自分はまだいい。風が身を守ってくれる。だが、後方に座り込む少女は助からない。
必死に思考を巡らせ、打開策を模索する。
しかしそんな努力も虚しく、食人花の凶刃は無情にもアイズの眼前にまで迫っていた。
絶望の二文字が、アイズの表情を彩った。
◇
(くっそ! まだか、ラウル!)
夥しい数の触手の嵐の中、ナギは苛立たしげに舌打ちをする。
「
激しい攻撃の間隙を縫って、体勢が不十分の中苦し紛れに放った11本の雷の矢が敵を貫かんとする。
しかし、同数の触手を犠牲にしてそれを防ぎ、技後硬直を狙って新たな触手を振るう。
体を捻り、触手の刺突をやり過ごしたナギだが、体勢を建て直す暇もなく、追撃の振り下ろしが迫っていた。
「このっ!」
障壁を張って攻撃を弾き返し、反撃を試みるが、敵の手数が多すぎて、中々攻撃の機会を作ることができない。
心底鬱陶しいものを見る目で、目前に生える食人花を睨みつけるナギ。
「わらわら沸いてきやがって!」
最初に現れた食人花に勝利した後、さらに別の食人花が出現した。
その数、五匹。通りは最早食人花とその触手で埋め尽くされていると言っても過言ではなかった。
四方八方から襲いかかる無数の触手。
広い空間ならまだしも、道路という狭い場所での戦闘に、ナギは苦戦していた。
いや、ただそれだけならば、ナギにとっては障害でもなんでもなかっただろう。
問題は――
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「ちっ、またかよ!」
沸き上がる悲鳴。食人花が動き回る際の衝撃で吹き飛ばされた屋台が、ヒューマンの男性に降りかかっている。
ナギは触手の群れを掻い潜り、男性の元まで辿り着くと、魔法障壁を広げてそれを防いだ。
「あ……あ、ありが」
「んなこたいいから、さっさと逃げやがれ! 戦いにくくて仕方がねえ!」
己に向かって伸びてくる触手を打ち払いながら、男性に檄を飛ばす。
魔力を全力で放出しながら、ナギはモンスターを引き寄せるように男性から離れていく。
「そこの人、こっちっす! 他の方々も、彼がモンスターを引きつけているうちに、早く!」
「は、はいぃいいいいいいいいい!!」
ナギの作った隙を使い、ラウルが住民の避難を誘導する。
(あともう少し……あともう少しで、全員の避難が完了する。それまでなんとか耐えてくださいっす、ナギ君!)
再び食人花の群れに突っ込んでいくナギを見送り、ラウルは一刻も早く住民の避難を終わらせようと、自身の仕事を遂行していく。
この通り、ナギがここまで苦戦していたのは、モンスターとの戦闘に住民達が巻き込まれていたからである。
檻から逃げ出した二体のモンスターも、最初に現れた食人花も、さほど苦労せずに倒したことが災いした。
モンスターが倒されたことで、逃げ遅れていた住民達は、安堵してその場に留まってしまったのだ。
そんな中で、新たに五匹の食人花が一斉に現れ、ナギは住民達を守るために、守勢に入らざるを得なくなったのである。
(あの時、明らかにあのモンスターは、魔力を放出したナギ君に反応していた)
新たに地中から出現した食人花の前に多くの人間達が隙だらけの姿を晒していた。
だというのに、食人花は周りの人間達には目もくれず、一直線にナギを目指していた。
その反応に、ナギは敵が自分の魔力に反応していることを悟り、ラウルに指示を出した。
『ラウル! お前はまだ取り残されてるやつらを避難させろ! それまでこいつは俺が引きつけてやる!』
『なっ、そんなの無茶っすよ!』
『こいつは魔力に反応してんだ! 今ここでこいつを引きつけられんのは俺だけだ! 早く行け、ラウル!』
『ッ、わかったっす! すぐに周りの人達を避難させてくるっす!』
『頼んだぞ!』
そうしてラウルは取り残されている住人の避難に奔走することとなった。
ナギの尽力により、敵の攻撃を己に集中させることには成功した。
しかし、敵を引きつけることはできても、敵の動きによって派生する二次災害を完全に防ぐことはできなかった。
吹き飛ばされた屋台や石礫が住民達に襲いかかったのである。
ナギはその対処に追われ、同時に五倍という数の暴力により、碌に攻勢に出ることも叶わなかった。
(ナギ君……)
今も一人で戦うナギを不安げに見つめるラウル。
しかし、すぐに頭を振って余計な思考を追い払う。
(今自分がすべきことは、一刻も早く住民の避難を完了させること。それが一番ナギ君の助けになる)
ラウルは声を張り上げ、残り僅かとなった住民の誘導のため、全力で足を動かした。
「オラァ!」
魔法の矢を乗せた拳で触手を打ち払うナギ。
少しずつ隙の少ない魔法の矢を撃ち込むなど、反撃を試みてはいるが、敵を倒すまでには至らない。
一匹目の食人花を翳した雷の斧も、いざ繰り出そうとすると、敵が危険を察知したかのように全力をもって妨害しにかかるので、決定打を与えられずにいた。
雷の斧の性質上、相手に接近する必要があるのだが、障壁があるとはいえ攻撃を受けてしまえば、その衝撃で体勢を崩してしまう。
避けながらでも放てはするが、姿勢が不安定な上に触手の防御が間に入ってしまうため、急所に当たらない。そもそも、周囲の人のフォローのために食人花の懐に入りすぎる訳にもいかない。
それでも、威力の高い魔法を中、遠距離から一発放てばそれで勝負はつく。
だが、それには巻き添えを食らわないように住民たちの避難が完了しなければならない。
結局、ラウルが住人を避難し終わるのを待つ以外に手はないのである。
(ちくしょう、だんだんムカついてきたぜ……! 何でこの程度のやつらにチマチマ戦わなきゃなんねぇんだ……!)
フラストレーションが貯まり、我慢の限界を迎えるナギ。
もはや周囲の被害など知ったことか、と。
影分身を囮にして場を離脱し、大魔法の詠唱を紡ぎ始める。
『次に街を壊そうとしたら……どうなるかわかっているな?』
ビクゥ! 突然脳内に浮かんだ声に肩を震わせるナギ。
ベートと喧嘩した日に受けた、リヴェリアとミアの説教。それはしっかりとナギの中に刻まれていた。
思わず詠唱を破棄してしまうナギ。追いかけてきた五匹の食人花達が一斉に牙を突き立ててくる。
ナギは焦ることなく球状に展開した魔法障壁で、まとめて防ぐ。
ナギの莫大な魔力により作られた障壁は、食人花の鋭い牙を通すことなく防ぎきっている。
しかし、このままでは反撃を行えないのも事実。
避難完了はまだなのか――
ナギが歯噛みする中、ついに仲間の青年が待望の知らせを持って来た。
「ナギ君! 住民の避難、完了したっす!」
ラウルから伝えられたその報告に、ナギはそれまで下げていた口角をニヤリと上げた。
「ったく、ずいぶんと待たせてくれやがって!」
喜色を孕んだ叫びと共に、局地的な嵐が吹き荒れる。
その暴風に体をのけ反らせた食人花の合間を縫って、ナギはラウルの隣に降り立った。
「さあ、こっからが本番だぜ」
相対するは五匹の食人花。その醜悪な相貌は、己の獲物を逃がさんとばかりに咆哮する。
そんな怪物達に鋭い視線をぶつけながら、魔法使いの少年は今までの鬱憤を晴らすように、宣言する。
「反撃、開始だ!」
元々この話で外伝1巻分は決着つけるつもりだったんですけど、あまりに長くなりすぎたので分割しました。
アイズやレフィーヤ側の描写要らなかったかな。でも書きたかったから仕方ないな、うん。
一応次回は、今回とうって変わって、スカッとする展開の予定です。
……もしかしたら次話も分割する羽目になるやも。
いかん、作者の文章構成能力の低さが露呈してしまう!
誰か……誰かオラに文才を分けてくれぇ!