千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ネメシスQ

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 これからも精進していきますので、よろしくお願いします。


とある日常の一幕

 雲一つない澄みきった青空の下、本拠(ホーム)の中庭で風を斬る音が響いている。

 怪物祭(モンスターフィリア)の翌日。朝一番に【ゴブニュ・ファミリア】に預けていた愛剣(デスペレート)を受け取ったアイズは、ダンジョンへ向かう準備ついでに、日課の素振りを行っていた。

 

(四〇〇〇万ヴァリス……)

 

 第一級冒険者をして大金と言える額が、アイズの脳裏にこびりついている。

 食人花との戦闘で壊してしまった、《デスペレート》の代剣として借り受けていた細剣。

 アイズの剣技と魔法に耐えきれずに破砕したその剣は、もはや修復不可能であった。

 借り物である以上、アイズは壊した責任をとって弁償しなければならない。

 規模でこそ【ヘファイストス・ファミリア】を大きく下回るものの、技術においては決して劣らない【ゴブニュ・ファミリア】の武器の性能は高く、それに比して値段も高い。

 アイズの借り受けていた細剣も例に漏れず一級品であり、アイズは四〇〇〇万ヴァリスという大金を請求された。

 しばらくはダンジョンにもぐって弁償代を稼ぐのに専念しなければならず、あの白髪の少年に謝ることもできそうにない。

 その事で若干気分が落ち込んでいた所為であろうか。アイズの振るう剣も、心なしかいつもより鋭さがない。

 しかし、重さ、握り、重心、刃の走り、と誤差の修正を意識しながら振る内に、無駄な動きがだんだん減っていく。

 一分も経たない内に、アイズは普段の剣の鋭さを取り戻した。

 そうして無尽に愛剣を振るい続けていたアイズは、庭木から落ちた一枚の緑葉を鋭い剣閃を描きながら斬り刻み、剣を鞘に納めた。

 直後、パチパチと鳴る拍手の音にアイズは振り返る。

 

「お疲れ様です、アイズさん。これ、どうぞ」

「レフィーヤ。ありがとう」

 

 振り返った視線の先にいたのは、自身の後輩であるエルフの少女だった。

 差し出された水筒をお礼を言って受け取り、口につける。

 水筒に入っていた柑橘系の果実水が、アイズの体に染み渡っていく。

 中身を全て飲み干したアイズは、美味しかったと言葉を添えて、レフィーヤに水筒を返す。

 レフィーヤはその言葉に嬉しそうな笑みを見せ、水筒を受け取った。

 

「それにしても、すごかったです、アイズさん。私、つい見とれちゃいました」

「えっと……ありがとう?」

 

 レフィーヤの賞賛に首を傾げながら応えるアイズ。当たり前のようにしていることを褒められたところで、どう反応すればいいのか分からない。

 

「そういえば、レフィーヤは何でここに?」

 

 わざわざ水筒に飲み物を用意してまで、何故ここにいるのか。疑問をぶつけるアイズに、レフィーヤが答える。

 

「実はアイズさんが剣を振るっているのを上からお見かけしまして。今日はリヴェリア様の授業も中止になってしまったので、どうせなら、と。やることもありませんでしたし」

 

 リヴェリアから「これから出掛けるので、今日の指導は中止だ」と言い渡され、手持ち無沙汰になったレフィーヤは、どうせ暇ならアイズに差し入れを持っていこうと、厨房から果実水を仕入れてきたらしい。

 その返答を聞いたアイズは目をパチクリさせた。リヴェリアが予定を反故にすることはほとんどないので、軽く驚いたのだ。

 何かあったのだろうかとアイズが思案していると、レフィーヤが苦笑しながら口を開いた。

 レフィーヤ自身、理由が気になっていたので、リヴェリアに尋ねていたのだ。

 

「実は今、リヴェリア様は――」

 

 レフィーヤの口から語られた理由。

 それを聞いたアイズは、成る程と納得したのだった。

 

 

 

 

 大騒動が起きた事などなかったかのように、すっかり元通りになった街の大通り。

 ナギは迷宮都市の中心部――ダンジョンを擁する摩天楼(バベル)――に続く道を歩いていた。

 

「さーて、今日はどうすっかな~」

 

 朝日を浴びながら、のんびりと今日の予定を考える。

 未知に溢れ、依然として興味の尽きないダンジョンにもぐるのもいいし、まだ見ぬ都市の名物を探しに街を散策するのも面白いだろう。

 色々な計画(プラン)が浮かんでは消え、まとまらない思考のまま歩き続ける。

 

「っと、いつの間にか着いちまったな」

 

 物思いに耽っている間に、バベルの建つ中央広場まで辿り着いていた。

 ――ここまで来たのなら、今日はダンジョンにもぐるか。

 ようやく行動の指針を決めたナギは、意気揚々とバベルの入り口へと向かう。

 

「あっ」

「ん?」

 

 門を潜ろうとしたところで、聞き覚えのある声が耳に届いた。

 声の聞こえた方を振り向くと、そこには白の髪と深紅(ルベライト)の瞳をもつ少年が、目を見開いてこちらを見つめていた。

 

「ナギ君!」

「おおっ、ベルじゃねえか! あの時以来だな」

 

 数日振りに会う友人に、ナギは顔を輝かせる。

 一方のベルも、怪我を治した恩人とも言えるナギに再会し、喜びを露にしていた。

 

「そういや、怪我はもういいのか?」

「あ、うん。おかげでもうすっかり。本当にあの時は助かったよ。ありがとう」

「気にすんなって。大したことはしてねえしよ」

 

 改めて治療の礼を言うベルに、ナギは気にするなと肩を叩いて笑いかける。

 

「そうだ、ベル。今日これからダンジョン行くんだろ?」

 

 防具を身につけ、バックパックを背負うベルの姿を見て尋ねるナギ。

 案の定、ベルはダンジョンに行くつもりだったようで、ナギの問いに頷いた。

 

「うん、そのつもりだけど」

「じゃあ、俺と一緒に行こうぜ。色々話もしてえしよ」

 

 臨時のパーティを申し込まれたベルは、嬉しさと申し訳なさを含んだような、複雑な表情を浮かべた。

 

「それは願ってもないお誘いだけど……いいの? 僕とナギ君じゃ実力が釣り合わないし……」

 

 基本、パーティは同じ実力の者達の間で作るものだ。

 パーティ内の実力差がありすぎると、実力の低い者は足手まといになり、実力の高い者はレベルの低い階層での行動を強いられてしまう。ナギはダンジョンこそ不馴れだが、戦闘に関しては自分のずっと先を行っているのだから。

 そんなベルの言い分を、ナギは鼻で笑い飛ばした。

 

「細けぇこと気にすんなよ。俺は別に強くなるためだとか、金稼ぐためだとか、そんな理由でダンジョンもぐってる訳じゃねえからな」

「えっ、じゃあ何で?」

 

 今ナギが挙げた二つの理由は、ベルにとってのダンジョンにもぐる理由の大部分と言っていい。

 憧憬の存在に追いつくため、そして日々の糧を得るため、ベルは日々ダンジョンに挑んでいる。

 では、ナギがダンジョンにもぐる理由とは一体何なのだろうか。

 ベルの問いに、ナギは目を輝かせて言った。

 

「そんなの、面白そうだからに決まってんだろ! 見たこともねえもんが一杯あんだぜ? これでワクワクしなきゃ、男じゃねえだろ!」

 

 富、名声、ダンジョンへ挑む人間は、それぞれ何かしらの目的を持っている。

 その中で、冒険者として最も原初の理由。

 『未知』への探求。

 今でこそ職業の名前として知られているが、元々『冒険者』とは、『未知』に魅せられた者達を指す言葉である。

 ナギがダンジョンへ挑む理由、それはまさに『冒険』そのものであった。

 

「それに、せっかく出来たダチとも、もっと仲良くなりてえしな」

「ナギ君……」

 

 正直に言えば、ナギ一人の方が未知の場所へ行くという意味では効率がいいだろう。

 しかし、それでもナギはベルとダンジョンに行きたいと言っている。他の何でもない、友達として。

 

「つー訳だから、引け目を感じる必要なんかねえぞ、ベル」

「……わかった。それじゃあ、よろしくね」

「おう!」

 

 ナギの気持ちに応え、ベルはナギの手をとった。

 パーティの結成が完了し、ナギは意気揚々と声をあげる。

 

「よっしゃ! そんじゃ、早速ダンジョンに向かうとしようぜ!」

「盛り上がっているところ悪いが、お前を行かせる訳にはいかんな、ナギ」

「へ?」

 

 がっしり掴まれた肩と、玲瓏な声で呼ばれる自分の名。

 ギギギ、と壊れたブリキのような動きで背後を振り返る。

 

「げぇっ、リヴェリア!? 何でお前がここに!?」

「なに、私もいい加減本気を出さねばと思ったのでな。どこへ逃げようと、地の果てまで追いかける気概だ」

 

 女神すら凌駕する美貌のエルフが、威圧的な雰囲気を滲ませながら、間接を極めてナギの動きを封じていた。

 完全に撒いた筈なのに、今こうして捉えられてしまったことにナギは衝撃を受ける。

 

(――まずい、このままじゃあ……!)

 

 初日のトラウマが蘇り、背中から嫌な汗が流れる。

 

「さあ、今日こそ私の授業を受けてもらうぞ」

「絶対ェ嫌だ! 離せリヴェリア!」

「死んでも離さん」

 

 なんとか逃れようともがくナギだが、リヴェリアの拘束は完璧に極まっており、脱出することができない。

 空蝉(うつせみ)で逃げられないよう手首を極めている辺り、リヴェリアにも成長が見られる。度重なる逃走劇を経たことにより、リヴェリアの捕縛術のレベルは飛躍的に上がっていた。

 

「あ、あの……リヴェリアさん? これはどういう……?」

「ん? ああ、すまない。実はな――」

 

 突然の展開に戸惑うベルに、リヴェリアが事情を簡潔に話す。

 今までナギに勉強させようとして、逃げ続けられていたこと。

 そのため、今のナギはダンジョンの諸知識はおろか、常識的な知識でさえ危ういこと。

 ナギの強さからダンジョン中層までならなんとかなるだろうと見逃してきたが、怪物祭のような異常事態が発生した以上、いつまた危険なことが起こるか分からない。

 そのため、今のうちに色々と教示しておこうと、本気でナギを捉えることを決意したこと。

 それらを順序立てて説明した。

 

「と、いう訳だ。約束を無理矢理反故にするような真似をして申し訳ないが、今日は付き合わせてやることはできない」

「い、いえっ、そんな! そういうことなら仕方ないですし、気にしないでください」

 

 リヴェリアの言う通り、ダンジョンについて無知なまま挑むのは好ましくない。

 自分と一緒にダンジョンに行くより、リヴェリアの授業を優先するのは当たり前と言える。

 

(初めて会った時も、何も知らなかったもんなぁ……)

 

 数日前、駆け出しである自分以上に知識がないままダンジョンに潜ろうとしていたナギの事を、ベルは本気で心配していた。

 

「おいっ、何言ってんだベル! もっと粘れ! じゃねえと俺の命に危険が――!」

「ああ、ナギの言うことは気にしなくていい。今後ともよろしく頼むな、ベル」

「は、はいっ!」

 

 見目麗しいエルフの中でも高貴な血を引く王族(ハイエルフ)の微笑に、ベルは顔を赤くしながら返事を返す。

 ベルの初々しい反応に微笑ましげな表情を見せたリヴェリアは、未だに離せと喚き散らすナギを脇に抱え、そのまま去っていった。

 残されたベルは、自分も頑張らなければと気合いを入れ直し、新しく手にした武器を携え、ダンジョンへと向かっていった。

 

 

 

 

 夕刻、ナギは頭から煙を噴いて机の上に突っ伏していた。

 場所は食堂。夕飯の時間になるまで延々とリヴェリアの指導を受け続けていたナギは、解放されたと同時にダウン。

 リヴェリアに背負われて食堂まで運ばれたものの、起き上がる気力はゼロだった。

 

「ナギ、大丈夫?」

 

 全く動く様子を見せないナギに、隣に座ったティオナが心配して声をかける。

 

「……………………」

「あちゃ~、こりゃ重症だね……」

 

 ティオナの声にも無反応のナギ。

 いつもなら嬉々としてありつく食事にも手を伸ばしていない。

 ナギ同様、あまり考えることが得意ではないティオナは、そんなナギの様子を見てリヴェリアの酷烈(スパルタ)具合を察した。

 

「リヴェリアの指導は、厳しいから」

「あはは……私も気持ちはよくわかります」

 

 ナギを挟んでティオナの反対側に腰かけたアイズが、労うようにナギの頭を撫でる。

 その事にアイズの向かい側に座るレフィーヤが反応しかけるが、自身も同じ経験をしているためか、嫉妬よりも同情する気持ちが勝ってしまった。

 

「ケッ、情けねえ野郎だ。文字通りの鳥頭野郎だったか。笑っちまうぜ」

「んだとこのクソ狼!」

 

 しかし、それを見ていた狼人の青年には癪に触ったようだ。

 いつの間にかナギの背後に立っていたベートによる挑発に、ナギはそれまで感じていた疲労を吹っ飛ばして食いかかる。

 そこからはあっという間だった。

 軽い悪口から始まった二人の言い争いは、いつの間にか取っ組み合いの喧嘩にまで発展していった。

 

「お前だって大して頭よくねえだろうが残念狼!」

「てめえよかマシだ鳥頭! ってか、その呼び方誰に聞きやがった!?」

 

 なまじ二人とも実力者であるために、下位団員達には止めることも敵わず。

 ティオナ達も都合五回目となる二人の喧嘩に呆れつつも諫めようとするが、彼女らの言葉は頭に血が上った二人の耳には全く届いていなかった。

 

「いい加減にせんか!」

 

 あわや食堂崩壊の危機かと思われたが、寸前で騒ぎを聞きつけたリヴェリアの怒りが爆発したため、さしたる被害は出ずに事態は収束したのだった。

 

 

 

 

「メシ……おれのメシが……」

 

 その後、リヴェリアから罰として夕食抜きを言い渡されたナギは、誰もいなくなった食堂の中で真っ白な灰のごとく燃え尽きていた。

 

「やっほー、ナギ」

「ティオナ……? どうしたんだよ、こんなところに」

「差し入れだよ。厨房に残ってたの持ってきたんだ。今のうちに食べちゃって」

 

 料理を乗せたお盆を差し出すティオナに、真っ白になっていたのが嘘だったかのように覇気を取り戻すナギ。

 ティオナの手を取り、心の底から感謝の意を込めて叫んだ。

 

「神よ!」

「あたしアマゾネスだけど」

 

 空腹の上、嫌いな勉強を強制されたことで疲弊していたナギは、食事を恵んでくれたティオナをまるで女神のごとく崇めた。それこそ本物(ロキ)とは比べ物にならないほどに。

 が、それも一瞬。すぐさま夢中になって料理を頬張り始める。みるみる料理が皿から減っていき、あっという間にすべてが腹の中に収まった。

 

「ぷはーっ! いやー、マジで助かったぜ。ありがとな、ティオナ」

「気にしなくていいよ。そもそもベートが喧嘩ふっけてきたのが悪いんだし」

 

 差し入れを平らげ、お礼を言うナギに、気にするなとティオナが返す。

 元々、ベートがナギを挑発しなければ何も起こらずに済んだのだ。ベートにも同様の罰が下ったとはいえ、今のナギに食事抜きはさすがに不憫だと感じていた。

 また、同じ勉強が苦手なもの同士という親近感と、新しく仲間となった少年ともっと仲良くなりたいという思い。それらの気持ちも相まって、気づけばティオナはナギに食事を差し入れていた。

 

(多分リヴェリアは最初からこうするつもりだったんだろうけどね)

 

 さすがにあれだけの騒ぎを起こした以上、お咎めなしでは示しがつかない。だが、あまり重い罰にするのは気が引ける。

 そこで、このような罰にしたのだろう。でなければ都合よく夕食一式が厨房に置いてある筈もない。

 ティオナが手出しせずとも、後でこっそり誰かに持っていかせる予定だったとわかる。

 それがわかっていても、自分の手で食事を持ってきたのは、ティオナ自身がナギに興味を持っていたからだろう。

 なお、ベートは本当に食事抜きになっていた。

 一方のナギは、ティオナの言葉を聞いてベートの言動を思い返し、沸々と怒りを沸き起こしていた。

 

「思い出したらまたムカムカしてきた……あのクソ狼、今度はぜってーぶっ飛ばしてやる!」

「ベートのことがムカつくのは解るけど、程々にしないとまたリヴェリアに怒られちゃうよ」

「わーってるって」

 

 ティオナの忠告に心の込もってない返事を返したナギは、そのまま椅子の背もたれに体を預ける。

 心身ともに――精神の比率の方が圧倒的に高いだろうが――疲れていたのだろう。いつもより口数も少なく、元気もない。

 そんなナギを見て、ティオナは妙案を思いついた。

 ナギを元気づけようという気持ち、そして何よりナギの実力含め、ナギ自身のことをもっと知りたいという思いを胸に秘め、ティオナはナギに提案する。

 

「ねえ、ナギ」

「何だ~?」

 

 眠そうな声で反応するナギ。しかし、次の瞬間、ナギの眠気は彼方へと吹き飛んだ。

 

「明日、あたし達と一緒にダンジョンに行かない?」 

 

 

 

 

「怪物祭についてはこれくらいかな」

「まあ、そんなもんやろな」

 

 その夜、【ロキ・ファミリア】の首脳陣であるロキ、フィン、リヴェリア、ガレスの四人は、首領の執務室に集まって話をしていた。

 内容は、怪物祭の最中に逃げ出したモンスターと突如出現した食人花のモンスターについて。

 食人花についてはロキも独自で調べてはいるものの、未だ有用な情報は見つかっていない。

 現状では打てる手がないのが現実だった。

 一旦話をまとめ、次の話題に入る。

 

「それじゃ、次の議題に移ろうか。ナギについてだ」

「ナギか……」

 

 新たに挙がった課題に、その場の全員がため息を吐いた。

 たった数日でいくつもの問題を起こしたトラブルメイカー。全身から〝俺問題児!〟というオーラを発散している少年の姿を幻視し、四人は一様に頭を抱える。

 つい先程もベートとの喧嘩騒ぎを起こしたばかりだ。

 

「そういや、ナギに夕食抜きの罰を与えとったけど、あれ本気なん? ナギの奴、真っ白になっとったで」

「反省すれば後でちゃんと夕食は与えるつもりだったのだが、すでにティオナがこっそり差し入れに行ったようでな。まあ、相当応えていたようだから、良い薬にはなっただろう。罰としては十分だ」

 

 リヴェリアとて、ナギのような子供相手に本気で夕食抜きの罰を与えるつもりではなかった。反省した様子が見られれば、後で与えるつもりだったのである。

 ティオナの予想は当たっていたが、一つ違う点があるとすれば、リヴェリア自ら食事を持っていこうとしていたところだろう。

 

「ふーん、そっか。せやけど、そうなるとちょっと不味いことになるんとちゃうか、リヴェリア?」

「……どういう意味だ?」

 

 ロキの台詞に、片眉をつり上げるリヴェリア。

 ロキは被せるように言葉を続けた。

 

「リヴェリアが飯持ってったら好感度は元通りやけど、持ってったのがティオナやから、好感度上がるのはティオナの方だけや。おまけに一日中勉強漬けで疲弊しきっているところに夕食抜きの罰。つまり――」

「つ、つまり……?」

「今のリヴェリアは、苦手な勉強強要した上にキッツイ罰を与えた鬼のような女に思われとるっちゅう訳や!」

「な、なんだと!?」

 

 雷に打たれたかのような衝撃がリヴェリアを襲った。

 

(鬼……!? 私が、ナギにそう思われて――!?)

 

 リヴェリアの心に動揺が走る。

 間髪入れずに、ロキはニヤついた笑いを隠そうともせずに追撃を加えた。

 

「子供の心は動きやすいからなぁ。もしかしたら、今頃嫌われてるかも分からんなぁ。リヴェリアなんかもう知らんってな感じで――」

「ロキ、そこまでにしといてやってくれ」

「ん?」

 

 それまで黙っていたフィンが、悲痛な表情でロキを止める。

 どうしたというのか、とロキがフィンを見つめると、フィンは顎をくいっとしゃくり、一方を見つめようロキに促した。

 促されるままに視線を移したロキは、目にした光景に思わず顔を引きつらせた。

 

「き、ききき嫌われ……いや、だが正しいことを教えるのが……たとえ嫌われても私は……だが、しかし……やはり耐えられ……」

「ジョーク! ジョークやから! すまんかった! ただの冗談やから戻って来いリヴェリア!!」

 

 やり過ぎたと一目でわかる光景だった。過去例に見ないほどの暗いオーラに、さしものロキも反省する。

 

「ものすごい取り乱しっぷりじゃのう」

「リヴェリアのこんな姿が見られるなんてね」

 

 フィンとガレスは、そんなリヴェリアの珍しい姿に瞠目し、苦笑していた。

 あのリヴェリアをこうまで取り乱させるとは、ナギも大した奴だと。

 

「すまない、少々取り乱していたようだ」

 

 少々? という疑問がリヴェリアを覗く全員の頭を過ったが、再度地雷を踏む訳にもいかないので、触れないことにした。

 

「話逸らしたうちが言うのもなんやけど、本題に戻ろか」

「本当にお主が言うなと言いたいところじゃが、ここは黙っておこう」

「言っとるやないか」

 

 また話が脱線しそうになったので、フィンが軌道を修正し、本題を切り出す。

 即ち、「派閥内でのナギの扱いをどうするか」である。

 すでにナギの扱いは新人ながら第一級冒険者と同等のものになりかけている。その理由は、ひとえにナギが強いから。

 

「普通なら、新人は皆下積みのためにサポーターや雑用をこなすんだけどね」

「あやつはすでに第一級冒険者並みの実力を有しておるからのう」

「それに、ナギに雑用は無理だろう。あいつは色々と大雑把すぎる」

「そもそも、第二級以下でナギを御しきれる奴なんておらんしなぁ……」

 

 ナギの社交的で明るい性格と、ベートとの喧嘩で期せずして見せしめた実力の高さから今のところ反発はないが、さすがに幹部と同待遇という訳にもいかない。

 そうするには、あまりに入団してから日が浅すぎるし、ナギの年齢も低すぎる。

 

『どうしたものか……』

 

 本日二度目の四人によるため息。

 あれこれ話しても納得のいく案は出ず、結局、団員から文句が出たらその都度対処していく方針で行くことに決めた。

 つまりは現状維持である。

 ひとまずは話もまとまり、一息つく。少しの間談笑して肩の力を抜いた後、書類を手にフィンが口火を切った。

 

「さて、少し休憩もしたことだし、次の遠征についての話に移ろうか」

 

 苦笑しながら、リヴェリア達も話を聞く体勢に切り替える。

 夜の会議は、日付が変わる寸前まで続いた。

 

 




~おまけ~

「リヴェリアをどう思ってるかって?」
「せや」

 翌朝、朝食を食べようと食堂に向かうナギを呼び止めたロキが、そんな質問をした。
 実際の所、ナギが自分を嫌ってないか聞いてくるよう、リヴェリアがロキに頼んでいたのだが。

「自分、昨日色々あったやろ? そんでリヴェリアのこと嫌いになったんやないか~ってな」
「全然。むしろ好きだぜ」

 その答えに、ロキは多少なりとも驚いた。ナギが簡単に人を嫌うような人間でないことはわかっていたが、一切のためらいなく好きだと断ずるとは思っていなかったのである。

「そっか、それなら安心やわ。けど意外やな。あんだけ嫌いな勉強させられて、飯まで抜かれたっちゅうのに」
「あ~、確かに昨日のは、あのスパルタ授業終わった直後だったから、ダメージでかかったけどよ」

 ガシガシと頭を掻きながらナギは昨日の出来事思い返す。

「よく考えたら、あっちにいた頃は飯抜きとかザラだったしな」

 主に教師陣へのイタズラの罰としてであった。ちなみに、ちゃっかり食材を拝借してつまみ食いしていたため、きちんと罰を受けたためしがない。

「それにリヴェリアにはいつも世話になってるしよ。あのくらいで嫌うなんてあり得ねえって。ま、勉強ん時はもっと優しくしてほしいけどな」

 笑顔でそう告げるナギに、心配はいらなかったか、とロキは安堵した。
 そして、当のリヴェリアはというと……

「ナギ……!」

 廊下の角から一部始終を見ており、大層感動したように瞳を潤わせていた。
 この後、リヴェリアがナギを猫可愛がりしたのは言うまでもない(あくまで表面上は平静を装っていたが)。

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