千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ネメシスQ

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今回はダンまちサイドがほとんどです。ナギが主人公なのにそれでいいのか、おい。
つ、次の話ではちゃんと出しますので(汗)
それでは第1話です。どうぞ!


開幕ベルは未だ鳴らない

「やっと帰ってこれたぁ……」

「まったくね。あのミノタウロスの騒動がなければ、もう少し楽だったのに」

 

 疲れを隠せない表情のティオナとティオネがぼやく。

 17階層にて不思議な出会いを果たした後の事。ミノタウロスが集団で逃げ出すなどの騒ぎがあったものの、【ロキ・ファミリア】は無事遠征から帰還し、地上へと戻ってきた。

 視線の先には、オラリオの中でもバベルを除けば群を抜いて高い館が見える。

 塔がいくつも重なって建てられているその舘が、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『黄昏の館』である。

 やがて正門の前に辿り着くと、【ファミリア】の団長である小人族(パルゥム)――フィン・ディムナが居残り組の団員に開門の指示を出し、開かれた門を通り抜ける。

 後続の団員達がそれに続いて本拠へ足を踏み入れる中、その最後尾にリヴェリアはいた。

 

(まだ目を覚まさないか……)

 

 リヴェリアは背に乗せている少年の様子を肩越しに窺う。

 未だ規則正しい寝息を立てながら――その代わりに腹部からいっそ清々しいほどに食事を求める音が聞こえるが――眠り続ける赤毛の少年。

 17階層にて、単独でミノタウロス他数体のモンスターと階層主(ゴライアス)を撃破した謎の少年である。

 何故だか他人に任せる気が起きず、少年が倒れてからここに至るまでリヴェリアが背負い続けていた。

 それが何故なのかはリヴェリア本人にも分からない。

 未知の魔法を使っていたからなのだろうか。それとも他に何か理由があるのか。

 どちらにせよ興味が尽きない存在だとリヴェリアは思っている。

 不意に前を歩く団員達の足が止まった。

 何事かと様子を窺うと、

 

「おっかえりぃいいいいいっ!」

「きゃあー!」

 

 前方で己の主神と同族の後輩の声が聞こえてきた。

 思わずため息を吐く。

 この【ファミリア】の主神であるロキは朱色の髪に細目がちな瞳をした女神だ。自身のファミリアをこの迷宮都市(オラリオ)でも屈指のファミリアに育て上げたその手腕から優秀なのは間違いない。

 しかし、同時に彼女は女神でありながら女好きというなんとも残念な嗜好を持っているため、大抵ぞんざいに扱われている。

 今回も親父めいた行動で己の眷属を困らせているのだろう。

 そう確信しながらリヴェリアは騒ぎの渦中へと進んでいく。

 

「ふはは! ここか? ここがええのんか?」

 

 そこでは案の定ロキが鼻を大きく膨らませてレフィーヤにセクハラを行っていた。

 この悪癖さえなければ少しはまともに見えるのだが……

 頭を抱えたくなる衝動をなんとか堪える。

 

「た、助けてくださいぃ~」

 

 ロキのセクハラに顔を真っ赤にさせながらレフィーヤが助けを求める。

 リヴェリアから見ても、レフィーヤが自力でロキから逃れるのは無理だろうと分かる。

 ため息を一つ吐き、ロキを止めに入る。

 

「いい加減にしろ、ロキ。レフィーヤも疲れているんだ。離してやれ」

 

 リヴェリアの声にピタリとその動きを止めたロキは、レフィーヤを解放すると悪びれなく笑いながら顔を上げる。

 

「おお、すまんすまん。つい、な」

「全く、少しは自重しろ」

「ははは、リヴェリアは相変わらず手厳しいなぁ~」

 

 レフィーヤに詫びを入れ、リヴェリアに向き直るロキ。

 しかし次の瞬間、ロキは雷に打たれたかのように突然動きを止めた。

 その様子を不審に思ったリヴェリアが尋ねる。

 

「どうした?」

「リ、リヴェリア……その背中に背負っとるのって……」

 

 ロキが体を震わせながら指すのは己の背中。それはリヴェリアがちょうど相談しようと思っていた事でもあった。

 

「ああ、実は……」

 

 手間が省けたとばかりに、リヴェリアが自身の背負っている少年について話そうとするが、それよりも早くロキが叫んだ。

 

「いやぁああああ!! リヴェリアが余所の子供を拐ってきおったぁ!!」

 

 ピシッ。

 空気が割れる音がした。

 それに気づかないロキはその口を止めることをせずに面白おかしそうに喋り続ける。

 

「あ~、あれやな……ついにリヴェリアの母性本能が暴走してもうたんやな~。アイズたんもこの通り立派に育ってもうたし、新たなターゲットを自分で見繕って――」

「ちょ、ロキ……」

「それにしても、結構ヤンチャそうな子供やな。ちょい頭悪そうやし。リヴェリアはこういうのがタイプやったんか。うんうん、わかるで。出来の悪い子供ほど愛しい、いうやつやな」

「あの、それ以上は……」

 

 どんどん圧を増していく周囲の空気に耐えかね、ティオナやレフィーヤがロキを止めようと口を挟むも、完全に自分の世界に入っているのか全く口を止めない。

 すでに第一級冒険者でさえまともに動けないほどのプレッシャーが一人のエルフから放たれているというのに、それに気づかないロキは大物なのか、それとも単に阿呆なのか。間違いなく後者であろうが。

 

「せやけどどこで拾ってきたんや、こんな子供? いくらちっさい子供に飢えてるとはいえ、さすがに誘拐はまずいで誘拐は。こらホンマにショタコンに目覚めたんとちゃうか? なあ、母親(ママ)――」

「それ以上そのうるさい口を開けばただでは済まさんぞ、ロキ」

「スンマセンっしたぁ!」

 

 尋常でないオーラを発するリヴェリアの台詞を聞いたロキの行動は迅速だった。

 大量の冷や汗を流しながら極東出身者もビックリなほど綺麗な土下座を披露したロキに、リヴェリアも幾分か怒りが削がれる。

 所詮いつもの悪ふざけで、本気で言っている訳ではないのだ。ムキになるのも大人げない、とリヴェリアは怒りを納める。

 しかし何もなしに許すのはリヴェリアも癪だったのか、

 

「次はないぞ」

 

 と、ロキの頭を軽く杖で小突く事で手打ちとした。

 もっとも、魔導師とはいえLv.6冒険者の一撃なのでロキは相当痛がっていたが。

 その後、復活したロキは再びアイズ達女性陣に向かっていったが、それも間もなく終わりを告げ、団員達は粗方建物の中へ戻っていった。

 

「ロキ。後で話がある」

 

 その中で一人、ロキを待っていたリヴェリアがそう告げる。

 リヴェリアの表情から話の重要度を察したロキはそれまで見せていたふざけた表情を顔から消した。

 

「ん、なんや真面目な話らしいなあ。ええで、執務室で話そか」

「ああ。私はこの子を医務室に連れてから行く。それと、フィンも呼んでおいてくれ。あいつからの報告もまとめて話した方が手間が省けるだろう」

「ん、了解や。ほな後でな~」

 

 そう言って鼻唄を歌いながら小走りでかけていくロキを見送りつつ、リヴェリアもまた本拠の中へと歩を進めた。

 

 

 

 

 少年を医務室のベッドに寝かせた後、自室に戻って着替えを済ませたリヴェリアは、ロキと約束していた執務室のドアを開いた。

 中にはすでにフィンとロキの二人が椅子に腰かけていた。

 

「すまない。待たせたか?」

「いいや、大して待ってないよ。ロキも来たばっかりだしね」

「せやせや。気にすることないで」

「そうか。それなら、早速話を始めるとしよう。フィン、お前の話からでいい」

「わかった。それじゃあ、今回の遠征の報告からするとしようか」

 

 最初に挙げたのは、51階層で遭遇した新種のモンスターについてだ。

 この件については多少疑問が残るものの、現時点で何ができるという訳でもないので、ギルドに注意勧告を呼び掛けるよう促すぐらいしかないという結論に至った。

 お疲れ、とロキが二人を労い、報告は終了。次の話題に移る。

 そして、それこそがリヴェリアにとって今最も気になっている事だった。

 

「ゴライアスを一撃で倒したぁ!? あの赤毛の子供がか!?」

 

 ダンジョンで拾った少年についての話を聞いたロキが驚愕して叫んだ。

 それを肯定するように、リヴェリアとフィンが頷く。

 

「ああ、この目で確認した。間違いない」

「僕は直接目にしてはいないけれど、その少年の放った魔法の痕跡は見てきたよ。恐ろしいほどの威力だったのは間違いないね」

 

 リヴェリアはその少年を発見してからの出来事を事細かに話した。

 17階層にて、モンスターに囲まれた中で気絶した状態で発見。

 囲んでいた内の一体であるミノタウロスが少年に拳を降り下ろすも、どうやって察知したのか少年はそれを無傷で避け、見慣れぬ魔法の一撃でミノタウロスを撃破。

 その後、残った他のモンスターも次々に打ち倒し、最終的に次産期間を大きく短縮して出現したゴライアスを台風のごとき雷の魔法にて一撃で翳した。

 これだけ聞けば、何の冗談かと誰でも思う。

 しかしその話をロキに告げたのは、他ならぬリヴェリアである。

 彼女がそのような冗談を言うような人物ではない事はロキが一番よく知っていた。

 それでもまだ納得できていない自分がいるのは否定できない。

 

「十歳程度の子供がなぁ……常識的に考えてあり得んで、そんなん」

「だが事実だ」

「分かっとる。自分が嘘なんぞ吐いとらん事はな。せやけど、それでも信じられんねや」

「無理もないよ。僕も実際話を聞いた時は半信半疑だったからね」

 

 難しい顔で唸るロキを、フィンがフォローする。

 彼自身、件の少年が放った魔法の爪痕を見た後でも、まだ全てを信じきれてはいないのだから。

 

「それで、やはり心当たりはないか?」

 

 リヴェリアがロキに尋ねる。

 神である彼女ならば、もしかしたら何か情報を持っているかもしれないと期待していたが、ロキの表情を見るにそれも望み薄そうだ。

 

「そんなんあったらとっくに言っとるわ。正直、見当もつかん」

「だろうね。依然として、あの少年の素性は謎に包まれている。これはもう、彼が起きるまで待つしかないかな」

「そうか……」

 

 リヴェリア自身、ロキに尋ねて全てが分かるとまでは期待していなかったが、全く何も出てこないとは予想外だった。

 神とはいえ地上では神の力(アルカナム)を封じている以上、万能ではない。

 それでも神独自の情報網などから人よりも情報を手に入れやすい。

 そんなロキでも少年については何も分からなかったのだ。

 かなり異常な存在である事は間違いないと見える。

 

「まあ、【ステイタス】見れば一発で分かるんやけどな」

「それはマナー違反だ。私の矜持に反する」

「僕もそれはあまりしたくないかな」

「んなもん、うちかて分かっとるわ。言うてみただけや」

 

 冒険者はみな所属している【ファミリア】の主神から恩恵をもらい、例外なく背中に【ステイタス】が刻まれている。

 でなければ、モンスターと戦うなど自殺行為にしかならない。

 少年がモンスターを倒した事から、どこかの【ファミリア】に所属しているのは間違いない。

 大抵の場合、【ステイタス】は錠をかけることで隠されている。

 ステイタスを知られる事はその人物の能力を知られるに等しいので、神達も情報の秘匿には余念がない。

 しかし、錠のかけ方を知る神であれば神血(イコル)を使って錠を解除できる。

 則ち、ロキならば少年の【ステイタス】を暴き、正体を知る事ができるということだ。

 しかし、それは覗きをするに等しい行為なのでリヴェリアもフィンも進んでやろうとは思わない。

 もちろん少年が【ファミリア】に仇なす存在であるならば容赦はしないが、現時点ではそのような存在にも思えない。

 結局のところ、少年が起きるまで待つしかないという結論に落ち着いた。

 

「おっと、そろそろ夕食の時間やな。とりあえず、話はここらで終わりにしよか」

「そうだな。私はあの少年の様子を一目見てから向かう。もしかしたら目を覚ましているかもしれんしな」

「僕も一緒に行っていいかい? その少年の事は僕も気になってるからね」

「あ、うちもうちも~!」

「構わん。では、行くとしようか」

 

 椅子から腰を上げると、三人は執務室を出て、医務室へと足を進める。

 

「にしても、聞けば聞くほどけったいな子供やな~」

 

 医務室へ向かう道すがら、ロキがこれまでに聞いた少年の情報を反芻する。

 

「ゴライアスを単独で倒したって事は、少なくともLv.4やろ? アイズ以上に早く到達しとる事になる。普通なら絶対噂になっとるはずなんやけど……あの子、小人族(パルゥム)やないんやろ?」

「間違いないよ。僕が同族を見間違えるとでも?」

「そこは疑ってへんよ。もし小人族なら、見た目通りの年齢とは違うから、可能性はあるかもって思っただけや。しかしなあ、そうなると、ホンマに見た目通りの年齢っちゅう事になるわな。あり得んで、こんなん」

 

 ランクアップ申請を行えば、必ず神会(デナトゥス)にて二つ名を決めるために話題に上る。であれば、ロキが知らないはずないのだ。

 ランクアップを秘匿すれば話は別だが、リヴェリアが目撃したような派手な魔法を使うヒューマンの子供が、これまで噂になっていないなどあり得ない。

 また、その魔法についても議論の余地が残る。

 

「で、その子供が使うてた魔法はリヴェリアでも全く知らない魔法やったんよな?」

「ああ。聞いたことのない詠唱に、見たこともない魔法。しかも、どちらの詠唱も威力に見合わん短さだった」

「まあ、魔法に関しては未知な部分も多いから、リヴェリアが見たことない魔法いうんは不思議やあらへんけど、聞いたことのない言語での詠唱いうんが気になるわ。しかも二種類使うてたんやろ?」

「ああ。一つは近・中距離程度の射程の雷の斬撃。もう一つは長距離射程を持つ、強力な雷を纏った旋風を一直線に放出するものだな」

「ますます謎が深まってくるな」

 

 先のロキの発言を肯定するかのように、少年について考察すればするほど謎が溢れてくる。

 キリがないので、一旦話を切り上げる。

 しばらくして、視界の先に医務室の扉が見えた。

 しかし、リヴェリアはその扉に違和感を覚える。

 

(はて、私は確かに扉を閉めておいたはずだが……まさか!)

 

 一つの可能性に思い至ったリヴェリアが、医務室に向かって駆け出す。

 突然の行動に驚いた残りの二人も、戸惑いながらもリヴェリアについていく。

 リヴェリアが医務室に入って少年が寝ていたベッドを確認すると、そこはもぬけの殻だった。

 

「しまった……誰かに見ておくよう頼むべきだったか……」

「なんや、いなくなったん?」

「ああ。大方、目を覚ましたものの、ここがどこか分からずさ迷ってるんだろう。すぐに探しに行くぞ!」

 

 下手に迷子になられては敵わない。リヴェリアたち三人はすぐさま部屋を飛び出す。

 

「僕は食堂に行って団員達に協力を要請してくる。君達はあっちの方を探してくれ」

「わかった! 行くぞ、ロキ!」

「なんや必死やなあ、リヴェリア。ああ、そうか! 愛しい息子がいなくなってもうて、胸が引き裂かれる思いなんやな! 安心せい母親(ママ)! うちが全力をもって見つけてあげるさかい――」

「次はないと言ったはずだ」

「いだだだだだ!! す、す、スンマセンっしたぁ!!」

 

 リヴェリアの端麗な容姿からは想像もできない、万力で締め付けられるかのような威力を持ったアイアンクローがロキの顔面を陥没させる。

 ちょっとしたコントがあったりしたが、三人はすぐに少年の捜索を開始した。

 なお、ロキの顔にくっきりとリヴェリアの指の痕が残っていたのはご愛敬である。

 

 

 

 

 同時刻、長方形の長いテーブルがいくつも並ぶ大食堂。

 団員達が夕食の準備をしている中、事件は起こった。

 

「メシはここかぁ!!」

 

 帰還途中に保護した赤毛の少年が、そんな叫びとともに食堂の扉をぶち破って現れた。

 唖然とする団員達は何を言えばいいのかも分からず固まってしまう。

 そんな中で少年は一人、テーブルに並ぶ数々の料理を視線に捉える。

 次の瞬間、その場の誰もが知覚できない早さで移動した少年が料理にかぶりついていた。

 あまりの状況に最早言葉さえ出てこない。

 経験の浅い団員達はただ黙ってその少年が料理を頬張る様子を遠巻きに見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 この世界において、まだ誰もその少年の名前を知る者はいない。その正体についても……

 

 開幕ベルは、未だ鳴らない。

 

 




あっれ~、何でこんなにリヴェリアさんが出てきてるのだろうか……別にヒロインにするつもりはないのだが……
というか、リヴェリアさんが本当に母親にしか見えない今日この頃。
待たせた割りにこんな出来で申し訳ないです。主人公の出番も少なすぎるし……
つ、次はちゃんとナギくん出しますんで、ご容赦を!

感想、評価待ってます。

【追記】
活動報告にて、ダンまちとネギま!の魔法に関する考察を載せました。独自解釈による独自設定ですが、興味があればどうぞ。

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