千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ネメシスQ

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難産でした。
まだしばらく日常パートが続きます。ご了承ください。
それでは第3話です。どうぞ。


挨拶

 窓から差す朝日を浴びて、ナギ・スプリングフィールドはゆっくりとその重い瞼を開いた。

 

「ここ……どこだ?」

 

 寝起きのせいかあまり頭が働いておらず、状況を把握しようとベッドから身を起こし、部屋の中を見回す。

 部屋には必要最低限の家具が置かれており、ベッドの側にある机の上には、自身のローブがきちんと折り畳まれて置かれている。

 見覚えのない部屋だ。ナギは寝る前の出来事を思い出そうと、鈍い思考をなんとか総動員させる。

 すると間もなく、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

 入っても構わないと欠伸まじりに答えると、ドアを開けて入ってきたのは、翡翠色の長髪のエルフの女性だった。

 

「起きていたか。どうだ、よく眠れたか?」

「ん、あ~……リヴェリア? そっか、ここは……」

 

 昨日知り合ったばかりのリヴェリアの姿を見て、ようやく今自分がどこにいるのかを思い出した。

 いきなり飛ばされた見知らぬ世界。気絶した自分を保護し、仲間に引き入れてくれた【ロキ・ファミリア】。

 そして、今自分がいるこの場所は、

 

「新しい俺の部屋、か。昨日は部屋に入るなり、ベッドに直行したからな。どうりで見覚えねえはずだぜ」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、納得したように頷くナギ。そして何かを思い出し、ぶるりと身を震わせた。

 昨夜、ロキの提案を呑み、【ファミリア】入団を決めた後、ナギはこれからの展望についてロキ達と話し合った。

 その中で、ナギは魔法を始めとした自分のできることについて大まかに伝え、ロキ達はそれを踏まえつつ迷宮都市での常識やルールを叩き込むこととなった。

 このまま何も学ばせずに放置するのはまずいと感じたのだろう。文字や文化などの違いは言わずもがな、魔法などのスキル面からして、予想を遥かに越えて非常識に過ぎた。

 特に魔法の習得数に制限がなく、障壁の常時展開や身体強化、さらには空を飛ぶことさえ可能だと知った時のロキ達の衝撃はすさまじかった。

 何とかしないとすぐに他の神々や冒険者の注目を浴び、悪目立ちしてしまう。ボロが出る前に早急に常識とルールを教え込まねばなるまいと、その日の内に勉強会が開始された。

 しかし、元々勉強が苦手なナギは中々それらを覚えることができず、【ファミリア】内ではスパルタ教育で有名なリヴェリアの指導にすっかり参ってしまったナギは、頭から煙を吹いて早々にダウンした。

 それでなくとも、他に例を見ないほど波乱万丈な一日を過ごしていたのだ。疲れも溜まっていたのだろう。

 昨日一日のナギに起きた出来事を振り返ると、そのイベントの満載さに驚かされる。

 麻帆良武道会で優勝するまで戦い続け、その後図書館島へ向かい、光る奇妙な本を発見し、その本の影響かは定かではないが異世界に飛ばされた。

 その後もモンスターに襲われたり、自分がいる場所が異世界だとわかったり、【ファミリア】に加入したり。

 それらの疲れが一気に出たのか、はたまた苦手な勉強に脳が拒否反応を起こしたのか。

 さすがにこれ以上は酷だと判断されたナギは、リヴェリアに連れられ、新しく割り当てられた部屋へと案内された。

 そして、眠気の限界を迎えていたナギは部屋に入ってベッドに突っ込むなり、そのまま寝入ってしまったのだ。

 ちなみに、ナギをきちんとベッドに寝かせて毛布をかけ、ナギのローブを畳んでおいたのは、言うまでもなくリヴェリアである。

 

「んで? わざわざ部屋まで来るなんて、どうしたんだよ。何か用でもあるのか?」

「ああ、もうすぐ朝食の時間なのだが……まだこの館について何も知らないお前では迷ってしまうだろうと思ってな。迎えに来たんだ」

「おっ、そりゃ助かるぜ」

 

 昨日は空腹のせいか第六感が冴え渡り、何故か一直線に食堂まで向かうことができたナギだが、もう一度同じ事をやれと言われてもできる自信はない。

 リヴェリアの親切心は素直に嬉しいものだった。

 

「お前の団員達への紹介も、朝食の席で行う。早く身だしなみを整えておけ」

「うぇ~い」

 

 目元を擦りながら、眠気が今だ残っているのか覇気のない声で返事をするナギ。

 その姿に苦笑しつつ、リヴェリアはもう一つの用事を果たすべく、話を切り出す。

 

「ああ、そうだ。今の内にお前に渡しておこうか」

「? 何を?」

「これだ」

 

 そう言ってリヴェリアが取り出したのは、一本の長杖。

 それを目にした瞬間、眠気が吹き飛び、ナギの目が見開かれた。

 

「俺の杖じゃねえか! 何でリヴェリアが!?」

「お前を保護した時に、一緒に回収していたんだ。昨日は色々あって渡せなかったが、やはりお前のだったのだな。返すことができてよかった」

 

 ほら、とリヴェリアがナギに杖を手渡す。

 ナギは手渡された杖に間違いなく自分のだとわかると、リヴェリアに礼を告げた。

 

「いやー、昨日は色々ありすぎて、杖のことすっかり忘れてたぜ。ありがとな」

「礼には及ばん。さあ、それより今は早く身支度を済ませるんだ」

「え~。めんどくせーから、このままでいいだろ」

「ダ・メ・だ」

 

 その後、結局リヴェリアの手により強制的に身だしなみを整えられたナギは、リヴェリアとともに食堂へと向かった。

 

 

 

 

 ナギとリヴェリアが大食堂に着いた時には、すでにほとんどの団員が揃っていた。

 食卓には人数分の料理と皿が並んでおり、それを見たナギが我先にとばかりにかぶりつこうと飛び出す。

 昨日の一件で、ここの料理が気に入ったようだ。

 なんとかリヴェリアがナギのローブのフードを掴み、寸でで止める事に成功する。

 

「何で止めんだよリヴェリア!?」

「まず最初にお前の紹介からだ」

「飯食いながらでいいじゃねえか!」

「ダメだ」

 

 ギャーギャー騒ぐナギの声が、団員達の視線を集める。

 それもその筈、ナギは昨日食堂で大暴れした張本人なのだ。

 ロキ達が食堂から連れ出した後、誰もがその後の顛末を知りたがっていたのだが、結局何もわかることなく一日は終わりを告げた。

 その当事者がこの場にいるのだ。気にならない訳がない。

 

「ガハハハ! 昨日と変わらず、元気がいいな、ナギ!」

「ガレスのオッサン! そっちこそ朝っぱらから声でけーな!」

 

 そんな中、昨夜の詳細を知る数少ない人物の内の一人であるガレスがナギに声をかけた。

 ナギも昨日食堂で意気投合して以来、ガレスとは遠慮なく言葉を交わしている。

 

「おはようさん、ナギ! 何騒いどんの~?」

「おはよう、朝から元気だね」

「お、ロキとフィンか! おっす!」

 

 ファミリアの主神であるロキと団長のフィンが、ガレスの後ろから顔を出した。

 その二人ともナギは親しげに挨拶を交わす。

 【ファミリア】の首脳陣に対してナギがあまりに無遠慮な態度で話すので、第二級以下の団員達は戦々恐々としていた。

 

「それより、いい加減腹減ってきたから飯食わせてくれよリヴェリア」

「ああ、それで騒いでいたのかい?」

「まあな」

 

 昨日誰もが引くほどの量を腹に納めたナギだが、昨日と今日の分は別とばかりにナギの腹はしっかりと空腹を訴えており、目の前の料理をお預けにされるのは耐えがたかった。

 だが、それでもまだ食べさせる訳にはいかない理由があった。

 

「先にお前を紹介してからと言っただろう。それに、まだ全員集まっていないからな」

「?」

 

 前者の理由は先程説明されたからわかるが、後者は何の事だかわからなかった。

 疑問符を浮かべるナギに、リヴェリアが補足で説明する。

 

「うちのファミリアでは、朝夕の食事は全員でとるという方針を決めているんだ。悪いが、もう少し我慢してくれ」

「せや。みんなで食べた方が美味いやろ? ま、ファミリアのルールってやつや。勘弁な」

 

 聞けば、ロキが決めたのだというこの方針。それならば仕方ないと普通なら引き下がるところだが、食欲に忠実なナギは、ロキの方に向き直り、とある名言を告げる。

 

「ロキ、一ついいことを教えてやる。ルールってのは破るためにあるんだぜ?」

「んな訳あるかい!」

 

 ロキのツッコミが部屋中に響き渡った。

 ナギも本気で言った訳ではないので、大人しく我慢することに決める。絶えず視線は料理に注がれていたが。

 その後は雑談を交わしながら、団員が全員揃うのを待った。

 やがて、まだ来ていなかったアイズ達も食堂に姿を現し、団員全員が揃った事を確認すると、フィンは全体を見渡せる場所に移動した。

 ロキとリヴェリア、ガレスの三人も、ナギを連れてフィンの背後に移動する。

 

「みんな、席についてくれ!」

 

 さすが【ファミリア】の団長というべきか、その声は幼く聞こえながらも、確かな威厳を持っていた。

 全員がフィンの声に従い、席についてフィンの次の言葉を待つ。

 

「朝食の前に少し時間をもらいたい。昨夜、この【ファミリア】に新しく入団した者を紹介する。ナギ、前に出て」

「おう!」

 

 ようやくか、とばかりにナギは堂々と胸を張って、皆の前に躍り出る。

 ナギの姿を見た瞬間、一人の狼人(ウェアウルフ)の青年が騒ぎ出したが、リヴェリアによるフォークの投擲が青年の目の前のテーブルに突き刺さったため、押し黙った。

 その場の全員の視線が集まる中、ナギは自身の名を告げる。

 

「ナギ・スプリングフィールドだ! よろしくな!」 

 

 簡潔だが、力強い自己紹介。

 アマゾネスの双子の片割れなどは元気よく、よろしく~、と返しているが、他の面々はほとんどが黙ったままだ。

 名前はわかったが、それ以外が何一つ不明のままなので、どう反応していいのかわからずにいるのだろう。

 そんな場の雰囲気に、フィンが再び前に出ると団員達に向けて口を開く。

 

「言いたいことはわかっている。皆、彼の素性については気になっているだろう。だが、それについては聞かないでくれると助かる」

 

 フィンが告げた言葉に、団員達のざわめきが大きくなる。

 当然だ。団長が堂々と隠し事をしていると公言しているのだから。

 それでも文句が飛び出さないのは、それだけ【ファミリア】全体がフィンを信用しているからだろう。

 

「皆に隠し事をするのは忍びない。だが、彼が信頼に足る人物だということは、僕を含め、首脳陣全員が認めている。どうか、彼を受け入れてほしい」

「私からも、頼む。どうか、ナギの事を認めてくれないか」

 

 そう言って、頭を下げるフィンとリヴェリア。ガレスもまた、無言ながらもそれに続く。

 これにはさすがに団員達も慌てた。

 

「あ、頭をあげてください!」

「そうっすよ! そんな事しなくても、団長達の決定に文句なんてありませんから!」

主神(ロキ)や団長達が認めたんなら、私達も認めますから!」

 

 自分の上司達に頭を下げさせるのは忍びない。必死にフィン達に頭を上げるよう説得する。

 

「団長に頭を下げさせるなんて……女だったら捻り潰してたところね。……まあ、団長が認めたなら私も文句は言えないわ」

 

 約一名物騒な事を言っているアマゾネスがいたが、それは置いておこう。

 フィン達が顔を上げると、今度はロキが前に出て来て申し訳なさそうな顔で自身の劵族達に話しかける。

 

「みんなごめんな~。ナギの素性を秘密にするように言うたんはうちなんや。けど、不用意にナギの素性を知る者を増やすと、色々とマズイんでなぁ。他の神連中に目ェつけられかねんのや。あ、ナギは一切悪いことしてへんで。ただ珍しいだけやねん。神々(うちら)から見ても、格別にな」

 

 ロキがナギに視線を向けながら、理由を告げた。

 視線を向けられた当の本人は自分が蚊帳の外になったことでボケッとしており、何だ? と首をかしげている。

 一方、ロキの言葉を聞き、先の遠征に参加したメンバーは17階層での出来事を思い出し、納得の表情を浮かべる。

 もちろん、それだけが理由ではないのだろうが、ナギが不思議な存在であることは、承知していた。

 

「ま、素性を隠すことについてそういう訳や。けど、うちが認めた以上、ナギはもう【ファミリア】の一員。皆、仲良うしたってな!」

 

 ロキのお願いに、団員達ははっきりとした返事を返す。もうすでにナギに対する不信感はほとんど消えていた。

 元々、ナギ自身が悪い人間にも見えなかった事もある。ただ単に未知の存在に戸惑っていただけなのだ。

 先の言葉から、フィン達がナギの素性について把握しているのはわかっている。

 その上で信頼できると言う以上、もはや疑う余地はない。

 すでに場の雰囲気は新たな仲間を迎える準備ができていた。

 そして、リヴェリアにもう一度挨拶をするよう促されたナギは、再度新たな仲間達に向き合った。

 

「よくわかんねえけど、改めてこれからよろしく頼むな!」

 

 ナギ自身理由はよくわかっていないが、フィン達が頭を下げた以上、自分もそうしないのは義に反すると思い、ペコリと頭を下げた。

 敬語も使わず、誰に対しても無遠慮な態度で接するナギだが、義を見せるべきところはちゃんとわかっているのだ。

 そんなナギの気持ちが伝わったのか、【ロキ・ファミリア】総勢(約一名除く)で、歓迎の言葉をナギに送った。

 

 

 

 

「テメェ、この鳥頭ァ!!」

「あん?」

 

 ナギの【ファミリア】入団の紹介が終わり、ナギは団員達からの歓迎を受けていた。

 自分達以外の団員とも交流を深めた方がいい、とリヴェリア達はナギとは離れた席で食事を摂っている。

 持ち前の明るい雰囲気もあってか、ナギはすぐに【ファミリア】に溶け込むことができた。

 そうして食事をしながら他団員との会話を楽しんでいたところ、その声の主は現れた。

 

「昨日はよくもやってくれたなァ!!」

 

 狼人(ウェアウルフ)の青年が額に青筋を立てながら、ナギに怒鳴り込む。

 ナギの周りに座っていた団員達は、その青年、ベートの怒りにあてられ、ナギを見捨てて即座にその場から離脱した。

 情けないと言うなかれ、第一級冒険者の怒りとは、それほどまでに恐ろしいものなのだ。

 そして、怒りを向けられている当の本人はというと、

 

「お前誰だっけ?」

 

 目の前の青年(ベート)の事を一切覚えていなかった。

 その反応に、ベートの怒りがさらに煽られ、血管がぶちぶちと切れる音がそこらに響く。

 

「てめえ、昨日あれだけの事しでかしておいて、覚えてねえたぁ、ふざけてんのか!? ああ!?」

 

 ベートが言っているのは、昨日の食堂で起きた事件だ。

 勝手に料理を貪っていたナギを止めようと胸ぐらを掴んだベートが股間にナギの魔力強化キックを食らったという、痛々しい事件。

 ベートの息子が使用不能にならずに済んだのは、せめてもの救いである。

 だが、当時食事にしか目がいっていなかったナギにとっては、食事に邪魔なものをどかした程度のどうでもいい些末な出来事だったのである。

 そんなナギに怒りを爆発させたベートは、ついにその拳を握りしめた。

 

「いいぜ、覚えてねえってんなら、今すぐ思い出させてや――」

「何をしている、ベート?」

 

 底冷えするような低い声が、ベートの耳元に聞こえてきた。

 ナギを殴ろうとした右拳は、砕けてしまうと錯覚するほどに力強く右肩を握られた事で、解かれてしまう。

 恐る恐る振り返る。

 

「げっ、ババア!?」

「リヴェリア?」

 

 ベートの肩を後ろから掴んだのは、口元が笑っているものの、目が全く笑っていないリヴェリアだった。

 

「こんな子供に向かって何をしようとしていた?」

「んなもんてめえに関係ねえだろうが! てめえは黙ってろクソババア!!」

「ほう?」

 

 リヴェリアの眉がピクリと吊り上がり、肩を握る力がさらに強くなる。そこまで来て、ようやくベートは自分が何を言ったのかを自覚した。

 

「貴様には折檻が必要なようだな」

 

 ずるずるとベートを引き摺って部屋の外へ向かうリヴェリア。

 ベートが必死に抵抗するも、その動きが止まることはない。

 

「は、放しやがれ!! あいつは俺のアレを蹴りあげたんだぞ!! しかもその事を覚えてねえとか、一発思い知らせてやんねえとならねえだろうが!!」

「油断したお前が悪い」

「ふざけんなぁー!!」

 

 抵抗むなしく、ベートは部屋の外へ連れ出された。

 哀れな狼の悲鳴が聞こえた。ナギの件に関しては同情の余地があるが、その後の出来事については完全に自業自得である。

 

「ベートも馬鹿だよね~。リヴェリアにあんなこと言ったら、ああなるってわかってるのにさ」

 

 ベートと入れ替わるようにナギに話しかけてきたのは、踊り子のような衣装に身を包んだアマゾネスの少女だった。

 

「君が新入りのナギ君だよね? あたしはティオナ・ヒリュテ。ティオナでいいよ」

「ナギ・スプリングフィールドだ。こっちもナギでいいぜ。よろしくな、ティオナ!」

「よろしく~!」

 

 握手を交わし、ブンブンと手を上下に振るティオナ。

 その後ろから、さらに三人の女性が近づいてきた。

 

「あら、ティオナに先を越されちゃったわね」

「同じ【ファミリア】なんですし、先とか後とかあまり関係ないと思いますけど……」

「………………」

 

 露出度の高い衣装に身を包んだ、ティオナと同じアマゾネスの女性と、山吹色の髪を後ろでまとめたエルフの少女、そして無言ながらもついてきた金髪金眼のヒューマンの少女が、ナギのいるテーブルに押し寄せる。

 

「アンタらは?」

「ああ、自己紹介がまだだったわね。私はティオネ・ヒリュテ。そこのティオナの双子の姉よ。よろしくね、ナギ」

「双子?」

 

 言われてみれば、確かに似ているとナギは二人の顔を見比べた。

 一見した限りでは、すぐにわかる違いは髪の長さと一部のサイズの違いぐらいだが、その違いがかなり大きい。

 同じ遺伝子をもって生まれたはずなのに、こうも違いが出るとは、と神の残酷さに心の内で同情した。

 ティオネにもよろしくと握手を交わす。

 

「レ、レフィーヤ・ウィリディスです。これからよろしくお願いします」

「……アイズ・ヴァレンシュタイン。よろしく、ナギ」

 

 続いて、エルフの少女と金髪の少女――レフィーヤとアイズの二人も、ナギに自己紹介する。

 緊張しているのか少し吃っているレフィーヤと、あまり表情を変化させないアイズに、対照的な奴等だな、と印象を抱くナギ。

 と、そこで自己紹介の最中だったと思い出し、返事をする。

 

「こっちこそ、これからよろしく頼むぜ、レフィーヤ、アイズ!」

 

 ティオナ達同様、レフィーヤとアイズともそれぞれ握手を交わし、挨拶するナギ。

 その後、お互いに自己紹介が済んでからはナギは四人と会話を楽しんでいた。

 年齢や種族などの質問には答えたが、出身などはロキの言いつけ通りぼかしておいた。うっかり普通に答えそうになったのはご愛敬である。

 また、ティオナなどはその答えに不満そうな顔をしていたが、フィンから素性についての詮索はするなと言いつけられていた事をティオネが告げ、渋々引き下がった。

 魔法についての話題では、ナギが最強の魔法使いを公言したことにアイズ達が驚いたり、レフィーヤも魔導士だということでナギに積極的に話を聞いたりと、かなり盛り上がりを見せていた。

 

「ナギ」

 

 そんな折り、リヴェリアがナギを手招きして呼び寄せる。

 その手には微量ながらも、血痕が付着していた。誰のものかは、言うまでもない。

 

「お、おう……何だ、リヴェリア?」

(((引いてる……ベートの怒りにも動じなかったのに……)))

(リヴェリア様……正直怖いです……)

 

 恐怖心からか、リヴェリアが呼んでるなら早く行った方がいいと、アイズ達は話を切り上げ、ナギを送り出した。

 

「どうしたんだ?」

「ああ、この後の予定について話があってな――」

 

 もっとも用件自体は普通のものだったのか、変わりなく話し出す二人。

 そのまま二人で食堂を出ていくのを、アイズ達は見送る。

 

「面白そうな子が入ってきたね」

「そうね。自分を最強の魔導士とか言うんだもの。驚いちゃったわ」

「確かに、すごい魔法を使ってましたけどね」

「うん、あの時は驚いた。でも、リヴェリアもすごいよ」

「リヴェリア様と比べるのは酷ですよ……」

 

 ティオナの言葉に三人も同意するように頷き、それぞれナギと話した感想を口にする。

 とその時、食堂に備え付けられている時計を見て、ティオナが言った。

 

「皆、そろそろ食事を終えて準備しないと間に合わないんじゃない?」

「あっ、そうですね」

「……じゃあ、私達ももう出ようか」

 

 この後は、遠征でダンジョンから持ち帰った戦利品の換金や武具の再購入など、多くの仕事が山積みになっている。

 アイズ達は食事を下げると、食堂を出て準備をするため自室に戻った。

 

 

 

 

 自分の劵族(こども)達がそれぞれの用事を済ませるために本拠を出ていくのを見送ったロキは、一人昨夜の出来事を思い出す。

 ナギが勉強に疲れてダウンし、リヴェリアがナギを部屋に連れていった後の事だ――

 ロキは黄昏の館の中央塔、その最上階にある自室にて、フィンと話をしていた。

 

『入団試験もせんと、勝手に入れて悪かったなぁ』

『いや、ロキの判断に間違いはなかったと思うよ。彼は他の派閥に渡すべきじゃない。戦力的にも、彼自身を守るためにも、ね』

 

 ロキの言葉に、フィンは謝る必要はないと返す。

 フィンの言う通り、ナギは特別な存在だ。

 ナギが異世界から来たと分かり、数々の謎が一気に解かれた。

 未知の魔法を使ったのも、ゴライアスを翳すだけの力があったのに噂が全くなかったのも、すべて異世界から来た存在だったからである。

 とはいえ、本当に見た目相応の年齢だったことと、【ステイタス】が刻まれていない状態でモンスターを倒した事については驚かされたが。

 最強の魔法使いというのも、あながち誇張ではないのかもしれない。

 そんな彼の素性が娯楽に飢えた神々に知られれば、どうなるかは目に見えている。

 特に、ロキの【ファミリア】とタメを張る美の女神などに目をつけられては大変だ。

 だから、迷宮都市でも最高峰である自身の【ファミリア】に勧誘したのだ。

 ナギの強さは迷宮探索にも役立つだろう。だが、一番の理由は、自分達がナギの後ろ楯となることである。

 下手な【ファミリア】では、ナギを守りきることはできない。良くも悪くも目立つため、必ず他の神々の目に止まり、そして潰されてしまうだろう。

 その点、【ロキ・ファミリア】程の力がある派閥ならば、手を出すような馬鹿な輩はほとんどいない。

 フィンの言う通り、これがベストの選択である。

 

『フィン。ナギのフォロー、大変やろうけど、頼むな』

『主にナギを世話するのはリヴェリアになりそうだけどね。僕もできる限りの事はするよ』

『いつもスマンなあ』

『慣れてるしね。これくらいどうってことないさ』

 

 そして、その日はそのまま解散となった。

 回想を終え、再び眼下を見下ろすロキ。

 その視線の先には、常識外のスピードで爆走するナギがいた。

 

(あんの阿呆! 早速目立ちよってからに!)

 

 おそらく身体強化魔法とやらを使っているのだろう。頭を抱えたくなるロキだが、ナギに自重しろと言っても聞かないのは目に見えている。

 はあ、とため息をつくも、ロキの目には固い意思が宿っていた。

 

(まだ出会って間もないとはいえ、ナギはうちの家族や。絶対に守ってみせる)

 

 自室の窓から、ギルド本部のある方向へ爆走していく異世界の少年を見やりながら、ロキは改めて決意した。

 

 




~おまけ~

 本日未明、北のメインストリートから北西のメインストリートに向けて驚異的な速さで爆走する人影を見たとの証言が多数寄せられた。
 目撃者によると、人影は赤い髪の毛の少年だったと証言しており、我々はその正体を探るべく調査を続けている。

~オラリオ新聞より抜粋~


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