千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ネメシスQ

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お気に入り1000件に届きました。皆様のおかげです。ありがとうございます!
相変わらず展開遅いです。また、後半ナギの行動の描写がおかしいかもしれませんが、次話でちゃんと説明がありますので、ご了承ください。


ギルドのち酒場

 そこ(・・)へ辿り着くや否や、ナギは叫んだ。

 

「たのもー!」

 

 白い柱で作られた万神殿(パンテオン)

 そこはダンジョンの管理機関であり、オラリオの運営を一手に引き受ける『ギルド』の本部であった。

 神の一柱、ウラノスが長を務めており、実質【ウラノス・ファミリア】とも呼べる存在ではあるが、中立の立場を示すためか、ウラノスは構成員に神の恩恵を与えておらず、また運営はギルドの職員に一任されている。

 ギルドの主な業務は、オラリオの住人として一定の地位と権利を約束する冒険者登録や、冒険者達へのダンジョンの諸知識、情報の公開、探索のサポート等が挙げられる。

 その他にも、魔石やドロップアイテムの換金も行っており、駆け出し、熟練者問わず、オラリオに必要不可欠な組織だ。

 そんなギルドの本部にて、ロビー中に響き渡る幼くも力強い声に、その場にいた人間のほぼ全員が声の発生源に目を向けた。

 視線を向けられた当の本人は、それらを全く気にもかけず、手近にいた人物に声をかける。

 

「そこのねーちゃん! ちょっと聞きたいことがあんだけど、いいか?」

「は、はい……」

 

 ちょうど目についた、眼鏡をかけたハーフエルフの受付嬢に詰め寄るナギ。

 その勢いに押され、若干体を仰け反らせた受付嬢だが、それでも笑みを崩さないのは流石と言うべきか。

 

「ほ、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、ダンジョンに行きてえんだけどよ、そのためには冒険者ってのになんなきゃいけねえんだろ? その登録をしに来た」

 

 その言葉に、受付嬢の顔が一瞬曇る。

 ナギは未だ十歳であり、見た目も歳相応だ。そんな子供をダンジョンに潜らせるのは、死にに行くのを容認しているようで、気が乗らないのだろう。

 ナギの実力を知らないのであれば、尚更である。見た目からは、ただのヤンチャな子供にしか見えないのだから。

 

「冒険者登録ですね。それでしたら、手続きを行いますので、あちらの窓口まで着いてきてください」

 

 それでも仕事は仕事と割り切り、ナギをギルドの窓口まで案内する。

 

「申し遅れました。ギルドの受付を務めている、エイナ・チュールです。どうぞ、お見知りおきを」

「ナギ・スプリングフィールドだ。よろしくな、エイナ!」

 

 窓口にて向かい合い、お互いに自己紹介する二人。

 

「つーか、その固っ苦しいしゃべり方やめねえか? もっと砕けていいぜ」

 

 ナギがむず痒そうにしながら、敬語を使う必要はない、とエイナに告げる。

 仕事上、砕けた話し方をするのはよくないのだが、本人から許可が出ているのならばその限りではない。

 ナギの年齢も相まって、エイナは使うのを敬語をやめることにした。

 

「君がそう言うのなら……そうさせてもらうね。それじゃあ、ナギ君。この紙に必要事項を書いてもらえるかな」

「おう!」

 

 差し出されたのは、一枚の紙。名前や所属ファミリアも含めた、冒険者登録に必要な書類である。

 意気揚々と受け取り、早速記入しようとペンをとるナギだったが、紙を見た瞬間、動きが止まった。

 

「ど、どうしたの?」

 

 突然固まってしまったナギに、エイナが心配そうな声で問いかける。

 するとナギは、絞り出すような声で言った。

 

「字が、読めねえ……」

「え」

 

 ダンジョンへの期待で胸が一杯になっていた事ですっかり忘れていたが、ここは異世界。使われている言語は英語ではないのだ(もちろん、流石のナギも英語の読み書きはちゃんとできる)。

 一方のエイナも、言葉に詰まっている。字の読み書きが出来ると出来ないでは、登録にかかる時間と手間が大幅に増えてしまうのだ。

 

「え~と、そうだ! 昨日リヴェリアと一緒に書いた紙!」

 

 どうしたものかと悩んでいると、不意にナギがズボンのポケットを探り始めた。

 そして取り出したのは、一枚の紙切れ。

 昨夜ナギは、オラリオにおける常識と一緒に、名前などの冒険者登録に必要な項目に関する文字だけ、リヴェリアの指導つきで勉強したのだ。

 もちろん、勉強の苦手なナギが覚えられるはずもなく、仕方なくリヴェリアがお手本の文字を書き、ナギが英語でどういう意味かを補足したメモを作っておいたのである。

 本拠(ホーム)を出る前にリヴェリアが持ち物確認をしていなければ、確実に忘れていただろうが。

 

「助かった、これでなんとかなるぜ。エイナ、どこに何を記入すればいいのかだけ教えてくれ」

「う、うん。それはいいんだけど……今、リヴェリア様の名前を言わなかった?」

 

 ナギの書類記入の手伝いをするのは問題ない。

 しかし、ナギの言葉の中に無視できない名前があったのを聞き取ったエイナは、ナギに自身の疑問をぶつける。

 その質問に、ナギは何でもないように答えた。

 

「おう、言った。つーか、エイナ。お前、リヴェリアと知り合いなのか?」

 

 そういえば、耳の形が似ている、とナギはリヴェリアとエイナを比較する。同じ種族なのだろうか、と。

 実際には、王族(ハイエルフ)とハーフエルフという違いがあるのだが、今のナギにそれを知る由もない。

 

「ええ、母伝いに縁があって。それより、何でナギ君がリヴェリア様の事を?」

 

 ナギのようなヤンチャな少年とリヴェリアの関係性が全く見えてこないエイナは、再度ナギに問いかけた。

 

「そりゃ、俺、アイツと同じ【ファミリア】に入ったからな」

「え、てことは……」

「俺は【ロキ・ファミリア】所属だ。昨日からな」

「ええ!?」

 

 まさかオラリオを代表する最大派閥の一つに所属しているとは夢にも思っていなかったエイナは、驚きのあまり目を丸くした。

 同時に、納得したこともある。ナギがリヴェリアと知り合いなのは、同じ【ファミリア】に所属しているからなのだと。

 もっともエイナにしてみれば、昨日入ったばかりの新人だというのに、どうしてナギが副団長であるリヴェリアの事を呼び捨てに出来るのかは、甚だ疑問であるが。

 そこはナギだから、としか言いようがない。

 

「それよりエイナ、どうやって書けばいいんだ?」

「あ、ごめん。話が脱線しちゃったね。まずはここに名前を記入して」

 

 冒険者登録の手続きという、ナギ本来の目的に話を戻し、どこに何を記入すればいいのかを指示していく。

 少し時間はかかったものの、無事冒険者登録は完了した。

 確認のため、エイナが記入された用紙を復唱する。

 

「名前はナギ・スプリングフィールド。種族はヒューマン。所属は【ロキ・ファミリア】。これで間違いない?」

「おう、間違いないぜ!」

 

 ナギの確認も得られた事で、書類は正式に受理された。

 

「じゃあ、これで登録はおしまい。これで君も正式な冒険者だよ」

「よっしゃ! これで俺ももう、ダンジョンに潜ってもいいんだよな!?」

 

 一分一秒でも惜しいとばかりにエイナに確認をとるナギ。

 その眼には、まだ見ぬ未知の世界への期待がありありと浮かんでいる。

 危なっかしいなぁ、と感じながらも、エイナはそれに頷いた。

 冒険者登録が済んだ以上、ナギは正式にダンジョンを探索する権利を手に入れた。

 だが、エイナ個人としてはまだナギにダンジョンに潜る事を許すつもりはなかった。その理由は、ひとえにナギに死んでほしくないからに尽きる。

 書類を封筒に入れたのを確認し、エイナはいつものように、新人冒険者には必ず伝えている事柄を告げるべく、口を開く。

 

「でもその前に、冒険者になるにあたって、話しておかなきゃいけない事がいくつかあるんだ。まずはダンジョンに潜る際の注意事項を――ってあれぇ!?」

 

 冒険者の心構えや規則、ダンジョンの諸知識についての講習をしようと思っていたエイナだったが、その相手の姿がどこにも見えない。

 

「エイナ~。エイナの担当してた赤毛君がものすごい勢いでバベル目掛けて走ってったけど、大丈夫なの?」

「なんですって!?」

 

 目の前にいたというのに、どうやって自分に気づかれずにギルドの外まで出たのか、エイナには全くわからなかった。

 いや、問題はそこではない。非常に気になるところではあるが、そこは後回しである。

 問題は、杖以外の何の装備も知識も持たずにナギがダンジョンへ向かったという事だ。

 事前準備もなしに初心者がダンジョンに行くのは自殺行為に等しい。

 エイナは慌てて外に飛び出し、ナギの行方を追うも、すでに姿は見えない。

 

(どうかナギ君がダンジョンに潜る前に引き返しますように……!!)

 

 もはや追いつけないと悟ったエイナは、ナギがダンジョンに潜らず戻ってくる事を願った。

 しかし、エイナの願い空しく、

 

「わははははは!! 冒険者の肩書きっつー大義名分を得た以上、俺の邪魔をするものは何もねえ!! 今すぐ行くから待ってろよダンジョン!!」

 

 屋根の上を走り、バベルまでの最短距離を一気に突っ切るナギの姿が、迷宮都市の北西で目撃されたそうな。

 

 

 

 

 日も沈み始め、空が夕暮れに染まる時間帯。リヴェリアはロキの私室にて、落ち着きなく動き回っていた。

 

「遅い……ナギはまだ帰ってこないのか。なにか問題でも起こしたのか……? ハッ、もしや誘拐されてしまったとか……!?」

「リヴェリア~、ちょお落ち着けって」

「だがっ……朝、私達が出掛ける頃にはギルドに向かったのに、未だに帰ってこないのだぞ! これでは心配するなと言う方が無理がある……」

(まるっきり過保護な母親やわ……)

 

 表面上は冷静に見せているものの、行動や言動から焦りが全く隠せていないリヴェリアに、ロキはゲンナリとした表情を見せる。

 この有り様を他の団員が目撃したら、誰もがこれは夢かと疑うことだろう。

 このような状況が出来上がったのは、ナギの帰宅が予定より大幅に遅れているせいであった。

 朝、冒険者登録をしに行くというナギについて行こうとしたリヴェリアだったが、一【ファミリア】の副団長という立場上どうしても外せない仕事があり、また他の団員も手が空いている者がおらず、仕方なくナギを一人で送り出すことになったのだが、

 

『いいか、ナギ。これがこの都市で使われている通貨〝ヴァリス〟だ。後学のためにいくらか小遣いをやろう』

『おっ、いいのか!? サンキュー、リヴェリア!』

『ああ、大事に使え。そうだ、持ち物はちゃんと確認したか? 昨日書いておいたメモを忘れたら大変だぞ』

『あっ、やべ……アレどこやったっけ……と、そういやポケットに入れてたんだった。おし、もう大丈夫だ』

『そうか……ならばいい。だが、本当に一人で大丈夫か? やはり私も一緒に行った方が……』

『こんなもん一人で十分だって。んじゃ、行ってくるぜ!』

『あ、ナギ!』

 

 そうしてナギは本拠(ホーム)を出てから、今に至るまで帰ってこないままだ。

 

「冒険者登録など大して時間のかかるものでもないというのに……ロキは心配ではないのか?」

「そうは言ってもなあ……ナギの実力で心配しろって方がおかしいやん」

「いくら実力があろうとまだ子供だ。まさか、どこかで迷子になっているのか……? 暗い路地で道もわからず、一人で泣いているのでは……」

「ナギがそんなタマやないってことは知ってるやろ、母親(ママ)

「知ってはいるが、それでも心配なのは変わらん。あぁ……ナギ……」

「アカン、こりゃ重症や」

 

 いつものリヴェリアであれば、ロキに母親(ママ)と呼ばれてからかわれた時は、すぐに訂正していた。

 しかし今は、訂正する事を忘れてしまうほど余裕がなくなっている。

 ロキの言葉通り、これでは初めてのおつかいに子供を送り出した過保護な母親そのものである。

 

「そんなに心配なら、自分で探しにいけばええやん」

「!!」

「いや、何やその『その手があったか!』みたいな顔は!? どんだけ余裕ないねん!?」

「う、うるさい!」

 

 顔を赤くしながら、ロキの指摘を誤魔化すリヴェリア。

 

「と、とにかくだ! この時間帯まで帰ってこないのはやはりおかしい。私はナギを探しに――」

「俺がどうかしたのか?」

「「えっ?」」

 

 照れ隠しも兼ねて、リヴェリアがナギを探すべく部屋を出ようとしたその時、聞き覚えのある声が部屋の入り口から聞こえてきた。

 

「ナギ! よかった。無事、帰ってきたか」

「おう、ただいま!」

 

 魔導士にあるまじき速度でナギの元まで移動したリヴェリア。その速さにロキが若干引いている。

 もっともナギの方は自力で同程度の速度は出せるので、たいして驚くこともなく、帰宅の挨拶を告げた。

 

「帰ってくるのが遅いぞ、全く。あまり心配かけるな」

「まあ、それは確かにな。何があったんや?」

「いや~、悪ィ悪ィ。ダンジョンに潜った時間自体は大したことねえんだけど、その後のエイナの説教がちょいと長引いちまってよ」

「エイナの説教? 何故ギルドに行っただけでそうなる? というか、ダンジョンに潜ったのか!?」

「リヴェリア、一旦落ち着きぃ」

 

 一気に自分の知らない情報を伝えられ、少し混乱してしまうリヴェリア。

 矢継ぎ早にナギに質問するリヴェリアをやんわりとロキが止め、詳しい事情を聞き出す。

 ナギの話によると、冒険者登録が完了するや否や、ナギはダンジョンに直行したとの事だ。

 ほとんど魔力パンチと魔法の射手で余裕だったとはナギの言。

 その際、自分と同じ駆け出し冒険者と知り合い、軽くノウハウ教えてもらいながら同行していたが、その駆け出しの冒険者はナギの戦闘能力に呆然としていたという。

 しばらく行動を共にしていたナギだったが、昼頃には体が空腹を訴えていたため、一度ダンジョンから戻って別れを告げ、リヴェリアからもらったお小遣いを使って腹ごしらえをしたそうだ。

 その後、ギルドに戻り、ダンジョンで得た成果をエイナに見せたところ、エイナの怒りが爆発。説教コースに強制突入したらしい(説教を受ける本人はほとんどを聞き流し、ともすれば寝ていたが)。

 説教を終えたエイナは、目を離してはおけないと、ナギのアドバイザーを買って出た。

 そして先程ようやく解放されたので、帰ってきたと。

 

「事情はわかった。エイナには後日、謝罪しておかねばな」

「そのエイナちゃんとは知り合いなんか?」

「友人の娘だ。最近は疎遠になっていて、ギルドに身を置いていた事は知らなかったがな。それにしても……」

 

 エイナの件など、リヴェリア自身も知らなかった情報があったものの、なんとか事情は把握することができた。

 ナギが破天荒な性格をしているのはわかっているつもりだったが、それでもまだその認識は甘かったようだ。

 リヴェリアは一つため息を吐くと、中腰になってナギと目線を合わせる。

 

「ナギ。お前の実力が中層でも通用するのは知っている。だが、お前は【ステイタス】を()()()()()()んだ。その上、魔力が切れてしまったら一般人と然程変わりないと聞く。あまり無茶はしてくれるな」

 

 そう、ナギは諸事情により、神の恩恵を受けていない。それが、リヴェリアの心配を増大させる原因ともなっているのだろう。

 だが、ナギはそんな事はまるで気にならないとでも言うように言葉を返した。

 

「心配すんなって。俺、魔力切れになったことなんてほとんどねえから」

「だが、ゼロではあるまい。とにかく、あまりソロでダンジョンに行くのは控えろ。迷って出られなくなり、餓死する可能性もある」

「うっ、そりゃちょっと勘弁だな。まあ、最悪天井ぶっ壊せばなんとかなるか!」

「なるかぁ!! どんだけ力尽くな解決法やねん!!」

 

 あまりに脳筋なナギの考え方にツッコミを入れるロキだが、実際にそれが可能なだけの破壊力を持つ魔法が使えるのだから洒落にならない。

 

「確かに有用な方法だが、他の冒険者が巻き込まれる可能性もある。本当の最後の手段にしておくように」

(あ、禁止にはせえへんのやな……やっぱり過保護や。この短期間でどうしてこうなった……)

 

 以前からアイズに対する態度などの兆候は見られたものの、リヴェリアのあまりの変貌っぷりに呆れるロキ。

 その後、ナギとリヴェリア達の間でいくつかの約束事を決めると、その場は解散になった。

 一度自室に戻ろうと部屋のドアに手をかけるナギを、ロキが思い出したように呼び止める。

 

「あ、そうやナギ。夜はみんなで出かけるから、準備しといてな」

「どこ行くんだ?」

「んっふっふ……それはやなぁ――」

 

 

 

 

「今夜は遠征のお疲れ会と、ナギの歓迎会を兼ねた宴や! 思う存分飲めぇ!」

 

 夜。西のメインストリートでもっとも大きな酒場『豊饒の女主人』にて、盛大な酒宴が開かれていた。

 ロキの音頭に合わせて、一斉にジョッキをぶつけ合わせる音がそこら中に響く。

 遠征の疲れを癒し、酒に料理にと舌鼓を打つ。

 例に漏れず、ナギも運ばれてくる美味な料理の数々を貪っていた。

 

「おばちゃん、お代わり!」

「はいよ! いい食べっぷりだねぇ! こっちも腕の振るいがいがあるってもんだ!」

 

 ナギの食いっぷりを見て、酒場の店主のミアは豪快に笑って鍋を振るう。

 ナギのように気持ちのよい食べっぷりを見て、機嫌がよくなっているようだ。

 すぐに追加の料理を作り、店員にナギの元まで持っていかせる。

 

「どうぞ」

「おっ、サンキュ。そこに置いといてくれ」

「かしこまりました。では、失礼します」

 

 エルフの店員が、ナギの注文した品をテーブルに置く。一礼して仕事に戻る店員の姿を、ナギはフォークを手にしながら見つめていた。

 

「あれ~、どうしたのナギ? もしかして今の店員さんに惚れちゃった?」

 

 そんなナギの様子を目敏く見つけたティオナが、ナギをからかう。

 しかしナギは慌てることもなく、エルフの店員に目を向けたまま呟いた。

 

「いや、あの店員かなり強ぇな、って思ってよ」

「あ~、確かにね~。立ち振舞いに隙がないし……なんか噂だと昔冒険者だったみたいだよ」

「へえ。ま、どうでもいっか」

 

 再びナギの興味が料理に移る。ティオナもまた、これ以上ナギに恋愛ネタを求めても無駄とわかり、飲みに戻る。

 ロキを中心に飲み比べ大会が開催されているようだ。

 そんな、場が盛り上がっていた時の事だった。

 

「そうだアイズ! そろそろあの話、皆に披露してやろうぜ!」

「あの話……?」

 

 アイズの斜向かいに座るベートが酒気を帯びた赤い顔で、アイズに何らかの話を催促する。

 

「ほら、あれだって! 帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス。最後の一匹、お前が5階層で始末したろ? そんでほれ、あん時いたトマト野郎がよォ」

「おばちゃん、トマトスープあるか?」

 

 ベートの話を聞いているうちにトマト料理が食べたくなったのか、料理を注文するナギ。

 ナギのあまりの空気の読まなさぶりに笑いが起こるが、ベートは一つ舌打ちをすると、構わず話を続けた。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきたのを返り討ちにしたら、集団で逃げてっちゃったやつ?」

「ああ。奇跡見てぇにどんどん上がっていきやがってよォ、俺達が泡食って追いかけていったやつ! こっちは帰りで疲れてたってのになァ」

「何の話だ?」

「お前を拾った直後の事でな」

 

 話についていけないナギがリヴェリアに事の次第を尋ねる。

 当時、ナギは気を失っていたのだから知らなくても無理はない、とリヴェリアがナギに何があったのかを簡単に教える。

 どこかで聞いた話だと思いながらも、さして興味もなかったので、ナギは無理に思い出すことはしなかった。

 その間も、ベートの口は止まらない。それどころか、徐々に熱を帯び始めた。

 

「それでよ、居たんだよ。いかにも駆け出しって感じのひょろくせえ冒険者(ガキ)が! 笑っちまうぜ! 兎みたいに壁際まで追い詰められて、震え上がっちまってよォ! メチャクチャ顔引きつらせてやんの!」

「ふむぅ? それで、その冒険者はどうなったん? 助かったんか?」

 

 ロキもその冒険者の生死は気になるらしく、ベートに続きを促した。

 

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

「……」

 

 ベートがアイズに同意を求めるように声をかけるが、アイズは何も答えずにいた。

 その表情からは何を考えているのかは読み取れないが、僅かに眉を潜めていたのを、リヴェリアは見逃さなかった。

 ナギは完全にベートの話に興味をなくしたのか、すでに意識を食事に戻している。

 

「それでそいつ、ミノタウロスのくっせー血を浴びて……真っ赤なトマトみてえになっちまったんだよ! くくっ、あー、腹痛ぇ……っ!」

「うわぁ……」

「アイズ、あれ狙ってやったんだろ? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ……!」

「……そんなこと、ないです」

 

 ベートの話を聞いた団員達が失笑を漏らし、アイズは絞り出すように声を出す。

 

「それにそのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって……ぶくくっ。うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんの!」

『アハハハハハッ!!』

「むぐっ……!!」

「そりゃ傑作やなぁ。冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!」

「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい。アイズっ、流石に我慢出来ない……!」

 

 周囲が大きな笑い声に包まれる。

 その声にびっくりしたのか、ナギが料理を喉に詰まらせ、慌てて近くにあったジョッキを傾けて流し込む。

 リヴェリアはそんなナギを呆れた目で見つつ、背を擦ってやった。

 

「トイレ行ってくる」

 

 そう告げて、ナギは席を立った。ミアにトイレの場所を聞くと、店の隅を指差され、ナギはそこに向かって歩き出した。

 その足取りは何故かひどく頼りなく、腹でも下したのかと心配するリヴェリア。

 ついていこうかと問うたが、ナギは一人で大丈夫だと断り、そのまま店の隅へと移動していった。

 ナギも心配だが、今はアイズの方が精神的に不安定になっていると判断し、リヴェリアはアイズの様子を伺う。

 ベートの話は続く。

 

「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇ奴を見ちまって、胸糞悪くなったな。野郎のくせに泣くわ泣くわ」

「……あらぁ〜」

「ほんとざまぁねぇよな。ったく、泣き喚くくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」

 

 話を振られたアイズは何も答えない。しかし、心の中で不快感を募らせていた。

 その様子をリヴェリアが目を細めながら見つめる。

 

「ああいう奴がいるから、俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪する事はあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 リヴェリアの言葉に、一緒になって騒いでいた団員達はびくりと肩を揺らし、気まずそうに目を逸らす。

 しかし、その中でベートだけは止まらなかった。

 

「おーおー、流石はエルフ様。誇り高いこって。でもよ、そんな救えねぇヤツを擁護して何になるってんだ? それはてめぇの失敗をてめぇで誤魔化すための、ただの自己満足だろうが。そんなゴミをゴミと言って何が悪い」

「これ、やめぇ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 ロキが見かねて仲裁に入るが、ベートは止まらなかった。再びアイズに視線を飛ばして問いかける。

 

「お前はどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います」

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまってよ。だったら、あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

「ベート、君、酔ってるの?」

 

 いくらベートといえど、普段であれば言わないような言葉に、フィンが軽く驚く。

 

「うるせぇ。ほら、アイズ選べよ。お前はどっちの雄に尻尾を振って、滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

 ベートの言葉に、この時ばかりはアイズも嫌悪感を募らせた。

 

「……私は、そんな事を言うベートさんとだけは、ごめんです」

「無様だな」

「黙れババァ! じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

 その言葉が、怒りで高ぶり始めていたアイズの心に冷や水を浴びせる。

 

「そんなはずねぇよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。他ならないお前がそれを認めねぇ!!」

 

 ベートの言葉が、アイズの心に突き刺さる。

 

「雑魚じゃ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 その一言を、アイズは否定できなかった。強くなるために、弱者を省みる余裕などない。少なくとも、アイズ自身がそう思っているのは間違いないのだから。

 

「ベルさん!?」

「ベル! うぷ……!!」

 

 だから、一つの影が店の外へと飛び出した事に気づくのが遅れたのは、必然だったのかもしれない。

 誰かの名前を呼ぶ声が店内に響いた。店から飛び出した影の正体を捉え、それが昨日自身が助けた少年だと気づいた時には、少年はすでに声が届かない距離まで走り去っていた。

 慌ててアイズが少年を追って店を飛び出す。視界の先には、まだかろうじて少年の姿が確認できた。

 しかし、アイズはそれを追うことができない。

 ベートの言葉が、頭の中で何度も木霊する。

 

(ベル……)

 

 少年のものであろう名前を呟くアイズは、いつまでも少年の後ろ姿を見つめていた。

 そのままその場に留まっていると、中々戻らないアイズに痺れを切らしたロキが、セクハラ交じりに酒場に戻ろうと話しかけてきた。

 もはや宴を楽しめる気分ではなかったが、いつまでもこの場に立っている訳にもいかず、ロキにセクハラの制裁を与えてから酒場に戻ろうとしたその時、

 

「ぐぁ!!」

 

 白髪の少年を謗っていたベートが、店の壁を突き破って大通りに吹き飛ばされてきた。

 

「テメェ……何しやがる!!」

 

 ベートが店の中に向かって叫ぶ。その声には不機嫌さがありありと表れていた。

 敵意溢れるベートのその視線の先には、昨日【ファミリア】に入ったばかりの赤毛の少年が立っていた。

 

 

 


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