彼は再び指揮を執る   作:shureid

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意地と意地

秘書艦としての一日が終わり、今まで秘書艦を務めていた癖で、早起きした瑞鶴は、今日の秘書艦が翔鶴であることに気付き、再び布団に体を沈める。並んでいた布団は丁寧に畳まれ、部屋の端に積まれていた。今日は非番と言うこともあり、この眠気を邪魔されることも無い。瑞鶴は枕に顔を埋めると、そのまま意識を手放した。次に瑞鶴が目を覚ました時には、太陽が真上に昇り、カーテンの隙間から容赦無く日差しが照りつけていた。もぞもぞと芋虫のように布団から這い出ると、目を半分閉じたまま布団を畳み、寝巻きから艤装へと着替える。主砲や副砲などの艤装は、基本的に出撃ドッグに置いてあり、出撃の時のみ使用する。しかし、呼び出された当初から来ていたこの服は艤装と言えるか怪しかったが、艦種ごとに同じ様な着こなし方をしているので、艤装でいいと瑞鶴は思った。色や模様は基本的に姉妹艦ごとにある程度同じなので、着替え用を大本営が大量に用意してくれている。部屋から出た瑞鶴は、非番なので特にすることも無かったが、職業病なのか、何時もの見回りとしてドックを回ることにした。艤装を整えたり、製作、艦娘の建造などを行う工廠では、夏場と言うことで熱気が篭り切っていた。その中で汗まみれになりながら、艦載機の整備をしている龍驤と、艤装を見つめ何やら呟いている工作艦明石の姿があった。

 

「ご苦労様ねえ」

 

普段なら世間話でもしに行きたいところだが、サウナと化している工廠に踏み入る勇気は無く、次の入渠ドックへと向かった。すると、入渠ドックの前で何やら人だかりが出来ていることに気付いた。瑞鶴は人だかりの前に居た吹雪に話しかけると、奥で何が起こっているのかを聞いた。

 

「それが、座礁していた艦娘を保護したって聞いて……」

 

「艦娘が?」

 

艦娘は基本的に艤装をつけてさえいれば、轟沈以外では死なない。何故かは解析中だが、艤装には、普通なら即死の深海棲艦の砲撃から身を守る力があった。噂では艤装に宿る妖精さんのお陰とも言われている。瑞鶴は、その艦娘のことが気になり、人だかりを掻き分けながらドックの入り口の前に出る。そこには険しい顔を浮かべた朝霧と、同じく悲愴な表情の翔鶴が居た。何が起こったよりも、その二人の表情に瑞鶴は不安を覚える。

 

「ちょっと……何があったのよ」

 

「瑞鶴か、遠征に出てた途中、座礁していた艦娘を保護したみたいだけど」

 

「イクのお陰なのー!」

 

「恥ずかしいわ」

 

伊19は人だかりの中から右手を上げ、飛び跳ねる。横に居た伊168は恥ずかしそうに伊19の腕を掴む。

 

「その艦娘って?」

 

「横須賀鎮守府所属だそうだ」

 

横須賀鎮守府。

神奈川県には二つの鎮守府が近辺に存在する。最大の鎮守府と言われる横浜鎮守府と、横須賀鎮守府だ。首都である東京に近く、主要な建物が固まっている此処を落とされないために、鎮守府が横浜周辺に二つ設置されたのだ。瑞鶴は、なかなか名前を言いたがらない朝霧に疑問を抱くが、高速修復剤を使ったのか、既に入渠を終えていることをディスプレイで確認する。

その目で確認するために、入渠ドックの入り口を見つめる。やがて扉が開き、出てきた人物に、瑞鶴は心臓が飛び出しそうになり、一瞬息が止まる。

 

「大丈夫?」

 

「……はい……御陰様で」

 

綺麗な黒髪を、左側で留めたその短いサイドテール。そして何より、自分と同じ正規空母の艤装。

一航戦加賀の姿がそこにはあった。加賀が建造されたのは前々から知っていた。一昨日鎮守府に就き、まだ情報をまとめていない朝霧は知らなかっただろうが、朝霧が提督を辞め半年程だろうか、一航戦の赤城と加賀の二人が呉鎮守府にて建造されたとの報告があった。呉鎮守府には既に、二航戦の蒼龍と飛龍の二人が所属していたため、正規空母が居ない横須賀鎮守府に転属された話を小耳に挟んだことがある。何時も自分に嫌味を言ってくるが、その本心は自分達のことばかり気にかけ、心配している不器用な正規空母。見た目は御淑やかそうだが、怒ると怖く、実は熱血家の先輩。それが瑞鶴の加賀に対するイメージだった。横須賀鎮守府の提督は、あの作戦から代わっておらず、優秀な男だと聞いていたため、正規空母一人のみを座礁させたことに関しては、何かあったのではないかと勘ぐる。いや、勘ぐらずとも、確信した。

 

「いつから……座礁してたのよ……」

 

その気高き一航戦加賀の瞳に見覚えがあった。

横で険しい表情を浮かべているこの男が、かつて浮かべていた瞳だ。

 

「…………覚えてません。日が六度昇ったのは覚えています」

 

それを聞いた朝霧のこめかみがひくついたのを、翔鶴は見逃さなかった。翔鶴はそっと、朝霧の左手に自分の両手を重ねると、顔を見上げ目を見つめた。

 

「提督?」

 

「ああ、ありがとう翔鶴」

 

朝霧は強張っていた体から、ゆっくり力を抜いていくと、周りに居た艦娘達に体を向け叫ぶ。

 

「そろそろ昼飯か!加賀を食堂に連れて行ってやれ!間宮さんのご飯はおいしいからなー」

 

その言葉に艦娘達は顔を見合わせ、ざわつき始めたが、直ぐに電や雷を筆頭に加賀の手を握ると、食堂へ引っ張っていく。艦娘達に囲まれた加賀は、戸惑った表情を浮かべながら朝霧に目を移すが、朝霧は笑顔で手を振る。加賀はあの目のまま、少し頭を下げると、成すがままに食堂へ引っ張られていった。

 

「司令室に、後は龍驤にも」

 

その場に取り残された瑞鶴、翔鶴、朝霧だったが、朝霧の一言に両名とも頷くと、瑞鶴は工廠に居る龍驤を呼びに行き、翔鶴は朝霧と共に司令室へ戻る。その後、集まった三人の前をソファーに座らせると、自身もソファーに腰掛ける。瑞鶴、翔鶴、そしてその向かいに龍驤、朝霧が座ると胸ポケットにしまっていた煙草を取り出し、火を点ける。龍驤は道中、瑞鶴から加賀のことを聞いており、あの目をしていたと言う言葉が気にかかり、朝霧の目を見据えていた。

 

「で、加賀のあの様子、何があったのよ」

 

「雷と電に頼んであるよ。俺が聞くより話しやすいだろ」

 

「はっきり言って、あの様子は異常よ」

 

普通、一週間近く助けが来ず、深海棲艦に見つかれば即轟沈させられてしまう状況に陥れば、ああなる可能性がある。しかし、此処に居る誰もが加賀と言う艦娘を知っている。あの時までの経験や記憶は無いが、その艦娘は確かに加賀なのだ。その加賀が全てを諦めたような、あんな瞳を浮かべる筈が無いのを、四人は知っていた。

 

「……なあ龍驤」

 

「なんや?」

 

「横須賀鎮守府の提督は今もあいつ、墨田のままなんだよな」

 

朝霧は、近場と言うこともあり、横須賀鎮守府の提督とはよく語り合った仲だった。年は二つ下に当たり、何時も敬語を使う礼儀正しい男だった。最後に顔を合わせたのは、あの作戦の会議で大本営に呼び出された時であり、それ以降は連絡を取っていなかった。朝霧に負けず劣らずの策士で、一週間も加賀を座礁させたままにする男では無いのは、朝霧が一番よく知っていた。普通艦娘が座礁したならば、救助部隊を編成する筈である。しかし、一週間近くも座礁していたということは、何も手を打たなかったのである。それが貴重な正規空母だからと言う話ではない。例え駆逐艦だろうが、真っ先に助けに行くのが提督としての定めであった。論より証拠と、煙草を灰皿に押し付け、朝霧は立ち上がると受話器を取り、横須賀鎮守府へ電話を掛ける。三度呼び出し音がする前に、受話器が取られ、その向こうから懐かしい声が聞こえて来る。

 

「はい、横須賀鎮守府の司令室です」

 

「……よう墨田。横浜鎮守府の朝霧だ、覚えてるか」

 

朝霧の口調は何時もの軽いものではなく、不機嫌も相まって低く、ドスの利いたものとなっていた。

 

「あれ先輩、そう言えば提督に復帰したって小耳に挟みましたよ」

 

「一昨日な」

 

「もう、忘れるわけないじゃないですか、逃げ出した負け犬のことなんて」

 

その口調は三年前と変わっていなかったが、最後の台詞には確かに悪意が込められていた。その責任と事実を受け入れている朝霧は、反論せずに会話を続ける。

 

「座礁していた正規空母加賀を発見、保護した。調べてみたらお前の所属だったな」

 

「ああ、あれですか?なんだ生きてたんですか」

 

その言葉を聞いた瞬間、朝霧は目を見開くと、受話器を壊れんばかりの勢いで握り締める。離れて座っている龍驤達には、会話が聞こえなかったが、龍驤はそっと立ち上がると、朝霧のそばに寄り添う。

 

「じゃあ先輩が持ってきてくれませんか?此処から近いですしね。あ、ついでにドッグ入れておいて下さいね」

 

そう言い捨てると、墨田は一方的に電話を切り、それと同時に朝霧は握り締めた受話器を叩きつける様に戻した。

 

「……何か言われたんか?」

 

龍驤は心配そうに顔を見上げる。その顔を見た朝霧は深呼吸すると、冷静を取り戻しはじめた。

 

「あーもう、可愛いな龍驤は!……兎に角加賀の様子を見に行ってみるか」

 

朝霧のその言葉に三人は頷くと、道中、電話の内容を三人に話しながら食堂へと向かった。

 


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