彼は再び指揮を執る   作:shureid

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意地と意地

正午の食堂は既に賑わっており、空いている席がちらほらと見える程だった。食堂に辿り着いた加賀は、電の言うがままに空いている席へ座る。その向かいに電が座り、隣に雷が着席する。他の艦娘達は昼食と雑談に夢中になっており、加賀の存在に気付く者は、数名しか居なかった。皆の注目を浴びてしまうと、加賀も話し辛いだろうと考えていた電はこれ幸いにと胸を撫で下ろす。昼食の受け取り口はまだ混み合っており、先に話を聞こうと電が話を切り出す。

 

「言い辛いと思うのです。だけど何があったか話して貰えませんか?」

 

電のその言葉に、顔を俯かせたが、隣に座っている雷には、加賀が少し考え込んでいる様に見えた。一体何分間考え込んでいたのだろう、食堂に到着した朝霧に視線が合った電は、首を横に振る。加賀が膝に乗せ、握りこぶしを作っていることに気付くと、雷はそっと手を重ねる。加賀は俯いていた顔を上げると、真っ先に飛び込んでくるのは電の人を安心させる優しい笑顔と、笑顔を浮かべながら食事をとっている艦娘達だった。

 

「……皆さん仲が良いのですね」

 

「はいなのです。食事の時間はこうしてみんなで何時も集まってるのです」

 

「…………いえ、やはり。私が至らない事があり、この様な結果になってしまったのでしょう」

 

「……失敗しちゃったの?」

 

「はい……ですが、提督は元々私達を見ていないのでしょう」

 

いまいち嚙み合わない会話に、電は頭を悩ませていると、後ろから歩み寄ってきた朝霧が加賀の頭の上に優しく手を置く。

 

「まあ昼飯でも食べて、ゆっくりしていきなよ」

 

「ですが……私は戻らなければ。高速修復剤まで使って頂いたのですから」

 

「加賀に早く帰って欲しくて使った訳じゃねーよ。兎に角飯を食え」

 

朝霧は、何時の間にか此方に視線を注いでいた艦娘達に、目線で合図すると、瑞鶴達に昼食を持って来て貰おうと頼んだ。事情は分からないが、空気を察した艦娘達は何時も通りの雑談に花を咲かせ始めた。

 

「分かったわ」

 

瑞鶴達が昼食を取りに行ってる間、朝霧は加賀の頭を優しく撫で続ける。過去に自分がやろうとした時は蹴り飛ばされたのだが、目の前の加賀はまるで小動物の様に体を丸め、成すがままになっている。此方からは加賀の顔が見えなかったが、向かいの電に目線を合わせると、電は嬉しそうに小さく頷いたので、そのまま手を止めずに髪を梳かす様に撫でる。昼食を取って来た瑞鶴達は、向かいの電と、加賀、雷の前に食事を置くと、後は朝霧に任せたと、別のテーブルへ向かった。朝霧は撫でていた手を止め、引っ込めると、電の横に腰掛けた。

 

「司令官は食べないの?」

 

「ああ、腹減ってないからな」

 

先程からの怒りでとうに食欲は失せてしまっていたので、昼食を取ることをせず肘をテーブルに突く。

 

「ささっ、食べましょう」

 

雷の言葉で、電は箸を手に取ると、野菜や魚類をふんだんに使用したサラダや揚げ物などに手をつけていく。据え膳食わねば、と言った所だろうか、せっかく自分のために作って貰った料理に手を出さないなんて事は出来ず、サラダを口へと運ぶ。加賀は今まで半分閉じていた目を見開くと、口元に手を当てた。

 

「美味しい……」

 

「でしょう!間宮さんの料理は絶品なのよ!」

 

雷は本当に美味しそうに料理を口の中に運んでいく。

 

「……これも……美味しい……」

 

それにつられ、次は揚げ物、漬物と、次々に料理を完食していく。

やがて目の前の料理が無くなりそうになった所で、加賀の箸が止まる。朝霧の目には、その箸が震えているように見えた。加賀は箸を降ろすと、俯き始めた。その体は僅かだが震えていた。雷はそっと加賀の肩に手を乗せると、屈託の無い笑みを浮かべ、背中を擦り始めた。今まで海面に浸り、冷め切っていたその背中に、小さな、それでいて力強い暖かい手を加賀は感じた。

 

「怖かったわね、分かるわ。私も少し前に同じ目に合ったもの」

 

「でも、みんなが居たから。安心出来たのよ」

 

それを皮切りに、加賀は今まで溜めきっていたものを吐き出すように、嗚咽し、雷の胸に顔を埋めた。雷は優しく加賀の背中を撫で続ける。電は加賀の涙につられてしまったのか、同じ様に嗚咽し、大粒の涙を流し始めた。こうなってしまっては、雷の涙腺も持つ訳が無く、決壊したダムのように号泣し始める。何故見ず知らずの、初めて会った私に。

こんな暖かい手を差し伸べてくれるのだろうか。何故何も悲しいことなんて無い筈なのに、この二人は号泣しているのか。加賀はその中で、艦娘同士の温もりを感じていた。その様子を黙って見ていた朝霧は、表情を変えないまま立ち上がると、直ぐ近くで食事を取っていた翔鶴と目を合わせる。

 

「なあ翔鶴!軍用車って今点検中だったよな!」

 

「…………ええ、残念ですが。駅まで遠いですし……今日中に加賀さんを横須賀へ帰すことは出来そうにないですね」

 

本当に軍用車が点検中だったわけではないが、朝霧の思惑を察し、翔鶴は変わらぬ笑顔で返答する。朝霧は目線でお礼を言うと、ポケットから携帯電話を取り出した。そして、先程打ち込んだ番号と、同じ番号を打ち込む。流石に此処まで来ると、周りの艦娘達は何が起こっているのか気になり、食事や雑談そっちのけで、朝霧達を見つめる。加賀達も目元を袖で拭いながら、顔を上げ朝霧を見上げる。数コール後に、その電話は取られた。

 

「はい、横須賀鎮守府の司令室です」

 

「朝霧だ、単刀直入に言う。加賀を横浜鎮守府に迎え入れることを決めた」

 

「随分急に言いますね。欲が出ましたか?」

 

「そんなところよ」

 

「ですが、僕としても貴重な正規空母ではありましたから、簡単に手放したくないんですよ」

 

どの口が言うのか、朝霧の眉間に皺が寄ってきたのを、はらはらしながら周りの艦娘は見守る。

 

「そうだ、じゃあ加賀さんを賭けて一勝負どうですか?」

 

「……何のだよ」

 

「同じ提督同士ですし、演習で決めませんか?僕が負けたら、辞令を出して加賀さんをお譲りしましょう。僕が勝ったら……そうですね。資材援助の名目でそっちの資材を半分くれませんか?」

 

資材の半分と言うが、何処の鎮守府の今ある資材でぎりぎり運営しているのだ。それを半分譲ると言う事は、横浜鎮守府の機能が完全に低下することを意味していた。しかし、朝霧は意に介さず、肯定の返事を返す。

 

「……良いぞ」

 

「では……日時は明日の午後から。場所は此方の鎮守府正面海域。ルールは旗艦の戦闘不能で敗北。これでどうです?」

 

「分かった」

 

「いやぁ助かりましたよ。少々資材不足で悩んでいたので。捨て艦が思わぬところで役に立ちそうです。あ、どんな編成で来られるので?」

 

資材不足を悩んでいた所に、タダで資材を貰える。こいつは本当にそう思っている。此処まで来ると、どうしてこの男は此処まで代わってしまったのだろうか、朝霧は返って冷静になる。しかし、次の墨田の発言で、再び朝霧の頭に血が沸きあがる。

 

「ああ、其方には弱小の駆逐艦を集めたボランティア艦隊がいるそうですね、出来ればそれで。無駄な資材は消費したくないですからね。では明日」

 

再び、一方的に電話を切った墨田に、朝霧はそっと携帯を閉じると、此方に注目していた艦娘達から第七駆逐隊のテーブルを見つける。そこに歩み寄ると、陽炎らはどう見ても冷静ではない朝霧に恐怖しながら体を竦める。

 

「演習が決まった、夕方俺の部屋に集合してくれ」

 

「えっ?あ……はい……」

 

ただ返事することしか出来ず、それを確認した朝霧は電達に声をかけると、食堂を去っていった。龍驤と翔鶴は急いで後を追い、後の皆は状況を飲み込めず困惑していた。電は、雷と共に加賀を宿舎へと連れて行き、その後姿を見送った瑞鶴は、隠し通すことが皆の嫌疑に繋がると感じ、先程の電話内容を推測しながら皆に理由を説明した。

 

「ええええええええええええええええええええええ!?」

 

そこで訳は聞いた第七駆逐隊の面々は、自分達の重要な役割に思わず絶叫し、驚愕する。他の艦娘達からは驚きの声が上がる程度だったが、第七駆逐隊は錯乱し、引っくり返る寸前だった。つまり、自分達が明日の演習で負ければ、加賀が引き取られ、更に資材まで奪われるのだ。顔を引きつらせながら陽炎は皆の顔を見渡す。全員が全員、あの不知火までもが顔を引きつらせ、互いの顔を見合わせていた。

 

「……とりあえず、ご飯食べよ」

 

陽炎はどうすることも出来ないと観念したのか、返って冷静になり、手をつけたままの昼食に箸を伸ばした。ざわめきが止まない食堂の中で、瑞鶴は朝霧が去って行った食堂の出口を、不安そうに見つめていた。

 


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