彼は再び指揮を執る   作:shureid

14 / 52
意地と意地

まだ司令室付近に居るのだろうか、地響きの様に鳴り響いている破壊音はさほど離れていなかった。階段を昇り司令室がある三階へと辿り着くと、廊下に身を出しレ級の姿を確認する。その瞬間、レ級は動きを止め此方に体をゆっくりと向ける。左目から青い血を流し、怒りに顔を歪めているその姿に、背筋が凍り付いた。艦娘達は攻撃手段があるとはいえ、こんな化け物と日々対峙しているのだ。レ級は再び金切り声を上げると、墨田目掛け走り出した。尻尾を振り回し、辺り一帯の窓ガラスを砕きながら走ってくる様は、恐怖そのものであった。しかし震えは無い。確かに死ぬのは怖いが、それを前にしてみればそれ以上に自分のしてきた事の後悔の方が重かった。墨田は身を翻すと階段を駆け下り、兎に角艦娘が多く居るであろう宿舎から引き離そうと考えていた。聡明な赤城の事だ、この建物からは既に避難を始めているだろう。

縺れそうな足を必死に動かし、階段を駆け下りる。

レ級は転がり落ちるように墨田を追いかけ、階段の踊り場の鏡や窓を全て破壊しながらその背中に狙いを定める。止まってしまえば砲撃の的になる。兎に角駆け回る以外墨田に手段は残されていなかった。一階まで降り切った墨田は、その廊下に艦娘の姿が無いことを確認すると、一気に廊下の出口目掛け走り始める。この先を抜ければ、木々が生い茂る鎮守府の裏手に出ることが出来る、身を隠すのに最適であった。出口まで後十数メートルと行ったところか、廊下に身を出したレ級は、間髪入れずに背中の主砲から出口に向かい砲撃を放った。

 

「不味――」

 

墨田は咄嗟に地面へ倒れこむと、頭上をレ級の砲撃が通過する。その砲撃は出口の扉に直撃し、一帯のコンクリートを吹き飛ばした。崩れ落ちたコンクリートが出口を塞ぎ、それは人一人がやっと通れる大きさ程しか隙間が存在しない。あそこを通っている時間は無い。体を起こし振り向くと、レ級は既に次の主砲を此方に向け、勝利を確信したのか不気味な笑みを浮かべる。

 

「数分しか時間を稼げなかった……か」

 

この鎮守府で自分を助けようとする艦娘等居ない、居てもせいぜい赤城か加賀位だろう。その二人も今は居ない、孤立無援とはこのことか。自分の価値など、やはりそれほどのものだった。墨田は上げかけていた腰を落とすと、目を瞑り最期の時間を待った。

しかし、情けない。自分が得た物など、大和以外無かったのだろう。

 

 

「まーだ死ぬのは早いんじゃねえの?」

 

 

「はい!青葉にお任せ!ッ主砲!ッてぇぇぇ!」

 

その瞬間真横の窓ガラスが割れ、レ級は外から放たれた砲弾を避けることは叶わずに直撃する。左肩に直撃すると、砲弾は爆音と共に火柱を上げ、ドアを巻き込みレ級の体ごと隣の部屋へと吹き飛ばした。火柱に反応したスプリンクラーが作動し、辺りに燃え広がろうとしていた炎を打ち消す。窓から身を乗り出し、廊下に降りたその男の姿は、三年前と変わっていない。

一瞬姿を見れば提督と呼べるのは帽子だけ、後は私服といっても差し支えなかった。腰からは日本の軍刀を下げ、呆れた表情を浮かべている自分の目標である男の姿があった。

 

「……先輩」

 

「おーおー、俺がやる前にレ級にやられてんな。生きてっか」

 

重巡青葉も朝霧に続き廊下へ降りると、墨田の元へと駆け出した。

 

「大丈夫ですか!?怪我は……腕が酷いですね……」

 

「何で……」

 

「俺がぶっ飛ばしてやろうと思って来たんだけどな。まあ先にもっと酷い一撃貰ってるみたいだけど」

 

朝霧は横須賀鎮守府付近まで来た瞬間、海上警報ではない、鎮守府の避難警報が鳴り響いたことを受け鎮守府内へ駆け出すと、有事に備えて重巡か戦艦の艦娘の散策に出ていた。最初に出会ったのが、過去の横須賀鎮守府第一艦隊所属であり顔馴染みであった青葉だったことが功を奏し、事情を説明し即納得させると艤装を取りに工廠へ走っていた。そこで赤城と出会い、墨田の場所を聞きつけると二人は司令室を目指しその結果、墨田の命を間一髪で救ったのだった。軍刀は、過去に墨田の趣味として工廠に置かれていたものをくすねて来ていた。墨田の無残な右腕に視線を移し、直ぐにレ級が吹き飛ばされた部屋を睨みつける。青葉は墨田に肩を貸すと、腕を回し立ち上がらせる。

 

「……青葉さんも何で、僕なんかを――」

 

青葉は申し訳無さそうな、それでいて戸惑っているような、そんな表情を浮かべる。あの作戦以来、どう接していいか分からなかったこの男の瞳に、僅かな光が灯ったのを青葉は気付いた。

 

「艦娘が提督を助けない理由はありません」

 

「……僕は今まで貴方達を見捨ててきました」

 

「誰だって何をやってるのかわからなくなる時はありますよ。そんな時、私達が支えるべきでしたのに……すみません」

 

何故、自分が謝られているのか、墨田は心底不思議になっていた。非は全て自分にある。にも関わらず、青葉は考えること無く真っ先に自分を助けに来ていた。

 

「ま、人の縁なんてそうそう切れたりしないもんよ」

 

それは朝霧が身に染みていることでもあった。自分が拒絶し、縁を断っていたつもりでも、それは繋がっていることもある。あの作戦まで切磋琢磨し、共に苦楽を歩んできた第一艦隊の艦娘達は、戸惑いながらも墨田を想っていた。壊れてしまうほど一人で抱え込んだ墨田も、それを止められなかった青葉達も、それがそれぞれの罪である。

 

「説教は後だ、今はあれをどうにかするぞ」

 

砲撃の轟音と共に、廊下へ飛び出したレ級が見たのは、既に近くの窓から青葉達を先行させ、中庭へ出ている朝霧達の姿だった。レ級は窓から青葉目掛け主砲を放つ。青葉は墨田の両足を左手に受け、右腕を肩に回すと持ち上げ、その場から横に避ける。逸れた砲弾は青葉の横を過ぎ、その先にある食堂に突き刺さった。青葉は、墨田を抱えこのまま逃げることも出来たが、それでは朝霧をレ級の眼前で放置することになる為、それが出来ずにいた。

 

「全く……貴方にも逃げて欲しかったんですがね。まあ貴方がすんなり逃げるとも思えませんが」

 

「正解。……おい」

 

レ級がガラスを突き破り、中庭に降り立つと同時に、腰に差していた軍刀の一本を墨田に放る。墨田は慌ててそれを左手で受け取る。

 

「死ぬならやることやってからだ」

 

青葉は墨田を地面に下ろし、墨田は受け取った軍刀を鞘から抜く。

 

「司令官。あんまり無理は……」

 

「大丈夫ですよ。青葉さん、これ以上逃げ回っても鎮守府の被害を増やすだけです。それに恐らく宿舎の避難もまだ終わっていません。レ級は此処で仕留めましょう」

 

「はい!青葉にお任せ下さい!」

 

この場でレ級に直接的なダメージを与えることの出来る者は、青葉一人であった。それでも朝霧が軍刀を用意したのは、体に刃は通らずとも、人間と同じく首部分は人間の力でも何とか削ぎ落とせる強度だった。しかし、首を掻っ切る為には、あの暴れ狂っている尻尾を通り抜けなければならない。

 

「朝霧さん、どうしますか?」

 

中庭の広さは小規模の体育館程だろうか、遮蔽物が無く、常に互いの動向が分かる位置関係にもなっていた。辺りに人の気配は無い、墨田の命令を実行していた赤城が、助けに行こうとした艦娘達を止め避難の手助けに充てているのだろう。支援は期待できそうに無い。この三人で、海上の悪魔とも称される戦艦レ級を屠らなければならなかった。三人とレ級の距離は凡そ二十メートル。砲撃の仕草を見せれば、避けられる距離ではある。問題は、青葉の砲撃では決定的なダメージが与えられないという点だった。先程レ級が吹き飛んだのは、油断している所に砲撃が刺さった所為であり、正面からの砲撃では急所に命中することは絶望的である。止めを刺すには、やはり首から上を刎ねる以外方法は無かった。時間を掛け、避難を終えた赤城達の援護を待つのも手だったが、それまでに腕とはいえ、大怪我をしている墨田を守りきるのは不可能に近い。

 

「やるっきゃないな」

 

朝霧は軍刀を右手に握ると、墨田は苦痛に顔を歪めながらも左手に軍刀を握る。先程から頭を回転させているが、遮蔽物も火気類も回りに見当たらず、どうレ級を倒していいか、妙案が浮かばなかった。ゆっくりと考える時間など無く、レ級は今にも此方に砲撃を撃って来そうなそぶりを見せている。するとレ級は、砲撃ばかりでは避けられると判断したのか、その凶悪な尻尾を振り回しつつ、墨田に向かい駆け出した。

 

「墨田ッ!」

 

墨田はレ級を中心に、時計回りに走り出すと、青葉は逆の方向へと駆け出す。それに合わせ墨田に向かって行ったレ級の視界から、青葉が消えた瞬間、青葉は背中の主砲をレ級に向かい放つ。次の瞬間、辺りに聞き覚えのある嫌な羽音が鳴り響く。同時に青葉は背中に衝撃を受け、前方へと吹き飛ばされる。放たれた砲撃は、動きを読まれていたレ級の尻尾に阻まれ、本体へ届くことはなかった。

 

「な……にが……」

 

「艦載機……何時出しやがった……」

 

「青葉さんッ!」

 

戦艦と言う名を得ていながら、戦艦レ級は空母の攻撃手段である艦載機を放つこと出来る。恐らく、レ級を吹き飛ばした部屋の窓から放っていたのだろうか、レ級は念入りに、此方に気付かれないよう後方に待機させていた。背中から爆撃が直撃した青葉が前方に吹き飛ばされた結果、地面に叩き付けられ意識を刈り取られそうになり、レ級の前に無防備な姿を晒すこととなった。主砲からは煙が上がり撃てるかどうか際どい状態になり、副砲は大破し使い物にならなくなっていた。レ級は止めを刺そうと即座に墨田から青葉に視線を移す。頭より先に、体が動いていた。墨田はレ級へ向かい全力へ駆け出すと、今まさに振り上げられた尻尾に向かい、剣を突き立てる。しかし、その刃が尻尾に通る事は無く、数センチ突き刺さった所で弾かれる。レ級は鬱陶しそうに右腕を振り抜くと、突き立てていた刀ごと墨田を吹き飛ばした。刀は折れ、墨田の胸部にレ級の拳が突き刺さる。あばらが折れ、肺の空気が外気へと叩き出された。

刀を鞘に納め、その隙に青葉との距離を詰めていた朝霧は、青葉を抱えると、レ級に背を向け走り出す。レ級はそれを見逃す訳も無く、泳がせていた尻尾を朝霧に向かい振り降ろした。

 

「すまん青葉ッ!」

 

朝霧は意識が朦朧としている青葉を前方へ放り投げると、体を捻り地面に転がり込んだ。真横の地面をレ級の尻尾が抉り、小規模のクレーターが現れていた。あれを喰らっていたらと想像した朝霧の背中に冷や汗が流れ落ちる。気持ちを切り替え素早く立ち上がると、刀を抜きレ級の首元目掛け刀を振り抜いた。これが自分達の何倍もの大きさの姫級だったならば、骨が折れていただろうが、レ級の体は朝霧よりも圧倒的に小さく、駆逐艦程の大きさしかなかった。

しかし、渾身の力を込めて振りぬかれた刀を、レ級は難なく素手で受け止める。

 

「いッ―――」

 

レ級は刃を素手で握ったまま、刀を握ったままの朝霧ごと後方へ放り投げる。刀を放さなかった朝霧は放物線を描きながら後方を舞い、地面に叩き付けられる。朝霧が叩き付けられたと同時に、レ級は一歩で距離を詰め、振り上げられた尻尾が朝霧を襲う。頭に衝撃を受け刀を手放し、三半規管が機能していない朝霧は、我武者羅に体を捻った。結果、レ級の尻尾は朝霧の腹部の肉を数センチ程抉り地面に突き刺さると、同時にまるでゴルフの様に朝霧の体を薙ぎ飛ばした。レ級は完全なる止めを刺すために、その背部の主砲を地面に横たわる朝霧に向ける。

 

「っさせません!」

 

殆ど壊れかけている青葉の主砲から、断末魔とも言える砲撃が放たれた。同時に主砲は火を噴き、青葉は攻撃手段を失ったが、その砲撃はレ級の顔面に突き刺さり、爆破炎上した。レ級が今まさに放とうとしていた砲撃は、その衝撃により青葉の方向へと向きを変え飛んでいく。その砲撃を避けることも出来るはずが無く、砲撃が真横に着弾し、青葉を中心に爆炎が上がる。

青葉は更に後方へと吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。

レ級は疑問だった。

何故陸では虫ケラ同等の人間と艦娘が此処まで粘るのかと。意識はあるものの、朝霧と墨田の両名は何箇所も骨が砕け、全身打撲に脳震盪と満身創痍だった。では、さっさと終わらせてしまおう。提督と呼ばれる指令を出す人間を殺すのが自分の役割だ。

 

墨田は想う。

こんな自分の最期に手を差し伸べてくれた青葉を絶対に助けたい。強く宿るその気持ちが、地へ堕ちてしまいながらも残っていた最後の意地が、墨田を震え上がらせ立ち上がらせる。そして、その墨田の目を覚まさせるために、一人の友人として、同じ苦しみを味わった提督として、死なせまいと朝霧もまた意地を見せる。二つの意地と意地が圧倒的力の差を前に、深海棲艦レ級の前に再び立ちはだかった。吹けば飛ぶような二人が立ちはだかった所で、レ級からすれば何の脅威にもならない。だが深海棲艦は理解していない。男の意地が、人間が真に見せる底力を。墨田と朝霧はこの戦いに終止符を打つべく、地面を蹴り上げた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。