彼は再び指揮を執る   作:shureid

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意地と意地

レ級からすれば酷く簡単な作業だった。あるのは尖った棒切れ、脅威になる武器では無いのに加え目の前の二人は虫の息。尻尾を薙ぐだけで終わるだろう。走り込んで来ている二人の内一人が落ちていた棒切れを拾ったが、何ら問題は無い。静かに尻尾を斜めに振り上げると、墨田が攻撃範囲内に入った瞬間横腹目掛け振り下ろす。このまま二人同時に吹き飛ばせばいい。

しかし、レ級の予想とは裏腹にその尻尾は鈍い音と共に停止した。墨田が寸前で踏みとどまると、左脇で尻尾を受け止め左腕を絡ませる。そのままレ級の尻尾を捻り切る勢いで全体重をかけ体を捻った。レ級の尻尾の根元から鈍い音が響き、紫色の血が吹き出す。

 

「先輩ッ!」

 

堪らずレ級は暴れまわるが、墨田は全身の力を注ぎ尻尾を極め続ける。朝霧その隙に拾い上げた刀を両手に握ると、左手を刀の頭に添えレ級の首目掛け突き立てる。その刃はようやく、レ級の首元に届いた。貫通とはいかなかったが、深々と突き刺さった刀の先からは夥しい量の血が溢れ出す。レ級は断末魔の叫び声と共に朝霧の右腕を左手で、頭部を右手で握りつける。レ級の力により握られた右腕からは鈍い音を立て、頭部からはレ級の手がめり込み血が吹き出す。

 

「ああああああッ!」

 

朝霧は叫び声を上げ己を奮い立たせる。激痛を通り過ぎ、脳内物質が大量に分泌され痛みを凌駕する。

 

「ッ!」

 

咄嗟に右足でレ級の足元を蹴り飛ばし、レ級は朝霧が刀を押し込んでいるのも相まってバランスを後方へと崩す。地へ背中を叩き付けられたレ級の首元に、更に朝霧の刃が突き刺さる。それは後方へと貫通し、地面へ深々と突き刺さる。前方へ倒れながらも、左手に握った刀は決して離さなかった。墨田は叩き付けられた衝撃で一瞬尻尾に込めていた力を緩めるが、すぐさま両足を根元に巻き付け尻尾の自由を封じ続ける。痛みが先程から墨田の脳味噌を支配している。緩めてしまえば楽になれる。

しかし、それは自分を救った青葉と朝霧の想いを踏みにじる事になる。今まで艦娘の想いを踏みにじり続けた自分だったが、自分を助けるのが間に合ったと分かった時のあの青葉の表情を見た時。こんな自分を心配してくれている艦娘がまだ居ると分かった時。確かに芽生えた。

この娘を死なせたせたくないという確かな想いが。そしてまだ死にたくないという想いが。

倒れこんだ衝撃で一瞬自由になった右腕で刀を握り、首を切り捨てる勢いで全体重を右方へとかける。レ級の意地だろうか、右手は未だに頭部を握り締めており、その力は頭蓋骨ごと脳を握りつぶさん勢いとなっていた。しかし朝霧も引かず、歯を食いしばり更に刀に力を込める。

更に右足でレ級の右腕を踏み潰し自由を奪う、普段の力なら一瞬で振りほどかれてしまうだろうが、青葉の砲撃、墨田の固め技によりレ級は確実に弱っていた。

基本的に刃は押し引きを経てその切れ味を発揮する。朝霧は刃を突き立てたまま力任せに押し込んでいるため、レ級の首を切断するには至らない。このままでは自分の頭蓋骨が砕かれてしまう。自分が死ねば、どうなるだろうか。自分を待ち続けていた龍驤は、どうなってしまうだろうか。二人が託してくれたこの好機を逃せば、全員が死ぬ。

ダメだ。それは。

 

「絶対に駄目だッ!」

 

更に力込め続け、その力と比例して朝霧の頭蓋骨が悲鳴を上げていく。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あッ!」

 

獣の咆哮にも近い雄叫びを上げながら刀を地面へと押し倒す。

その雄叫びに応える様に、一発の銃声が中庭に響き渡った。その瞬間、まるで糸が切れた操り人形の様にレ級の体から力が抜け、暴れまわっていた尻尾は墨田の腕の中で抵抗を止めた。

 

「ッハァ……ハァ……ハァ……」

 

レ級の首元は殆ど引き千切れ、一帯は紫色の血で染まりきっていた。朝霧は最後の力を振り絞り、レ級の繋がっている首の皮を刀で切断しきると、頭部を蹴り飛ばした。同時に崩れ落ちる様に地面へと転がり込んだ。墨田は左手に握っていたリボルバーを手から滑り落とすと、頭を地に着け脱力した。

 

「……ハァ……生きてるか」

 

「ハァ……ハァ……なんとか」

 

朝霧の右腕は終局と同時に折れ、横腹からはレ級に抉られた傷が広がり大量の血が流れ出す。更にレ級の握力により皮膚を削られた頭部からは血が滴っている。墨田の右腕は砕け、あばらは何本か圧し折られていた。レ級の断末魔が消えたのを見計らってか、中庭の周りから声を聞きつけてきた艦娘達が集まってきた。朝霧は寝転んだまま首を捻り、艦娘達に視線を向ける。

負傷者と軽量級の避難を終えた重巡や戦艦の姿が見える。全ての艦娘が艤装を装備しているが、何故援護してくれなかったのかと一瞬考えたが、自分達がレ級と揉み合っていたことを痛む頭で思い出した。レ級に砲撃するということは、そのまま朝霧達を吹き飛ばすことにもなる。

 

「……それは流石に死ぬな」

 

もう指一本も動かせないと目を瞑ると、聞き覚えのある声が遠くの方から叫んでいるのに気付いた。二つのそれは足音と共に段々と近付いてくる。朝霧の直ぐ真横で止まり、恐らく覗き込んでいるのだろう、目蓋に感じていた日差しに陰りが生まれた。

 

(翔鶴と瑞鶴か……)

 

何故此処にいるのか、恐らく自分が暴れすぎないか諌めに来たのだろう。目蓋を開けるのも億劫で目を閉じたままにしていたが、自分の名前を叫ぶ声が余りに悲痛で居た堪れない気持ちになる。もしかしたら死んでいると思っているのではないか。実際の力無く血を流し横たわる見た目は死にそうではあったが、本人に死ぬ気は毛頭無い。こんな時であったが、少し悪戯をしようと考え力無く倒れているフリをする。すると、自分の頬に冷たい雫が落ちてきたのを感じた。翔鶴が自分を叫ぶ声は嗚咽を帯びており、大粒の涙が頬を伝っていく。流石に不味いと薄目を開けると、真っ先に翔鶴の顔が目に入った。横に居る瑞鶴も泣いている事を期待したが、険しい表情を浮かべているだけだった。

 

「提督ッ…………!」

 

翔鶴は朝霧に意識がある事が分かると、その胸元に顔を押し当て声を上げて泣き続ける。

 

「ッてええええ!」

 

「何よ、元気じゃない」

 

元から知っていたのか、そんなに心配していなかったのか、瑞鶴はあっけからんとした態度で朝霧を見下ろす。

 

「……にしても」

 

翔鶴と言う艦娘は余り激情を他人の前で見せたりはしない。人目憚らず泣いている姿を見たのは、瑞鶴と朝霧にとって初めてのことだった。

 

「何よそんなに俺のことが心配だったか」

 

「もう……翔鶴姉も大変ね」

 

瑞鶴は翔鶴の肩に手を置くと、朝霧の右脇に腕を滑り込ませる。翔鶴は妹の意図を察すると、朝霧の左脇に腕を回し、二人で両肩を貸す。

 

「ってぇえええ!右腕折れてるんだから優しく!」

 

「翔鶴姉を誑かした罰よ。で……大丈夫なの、横須賀の提督は」

 

「……ん、ああ」

 

朝霧は地に足を着けゆっくりと立ち上がると、同じく墨田を囲んでいる艦娘の様子を伺う。艦娘達は複雑な表情を浮かべていたが、痛々しい姿になりながら自分達を守り抜いた自分達の提督の姿を見て、真っ先に肩や手を貸し合っていた。墨田は艦娘達の顔を見渡すと、俯きながらその手を借りる。艦娘達の今の自分を見る目に、あの畏怖や恐怖の感情は無い。

 

「大丈夫だろ、あいつが思ってる以上に艦娘は強いもんよ」

 

「……これからやっていけるのかな」

 

「ま、いざこざはあるだろうけど、それはアイツ次第よ」

 

「……私達も微力ながら支えていきましょう」

 

「おっ!泣き止んだか翔鶴――ってええええッ!」

 

翔鶴をからかおうとした瞬間、瑞鶴の右手が朝霧の折れた腕を襲う。朝霧は堪らず悲鳴を上げながら折れた右腕を何とか動かし、右手で瑞鶴の胸部に触れようとするが足を踏み付けられる。大怪我を負いながらも、その和気藹々とした雰囲気を作り出す朝霧に感嘆し、二人のじゃれ合いを見た翔鶴から笑顔がこぼれる。

 

「帰りましょうか、私達の鎮守府へ」

 

「…………ああ」

 

「その前に病院よ」

 

「……ひっでえ一日だった」

 

「……全くね」

 

加賀を見つけ、墨田と邂逅し、横須賀へ殴り込みをかけた。そこでレ級に出遭い、死闘を繰り広げた。死者はゼロのまま、長い戦いの一日は幕を閉じた。

 


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