彼は再び指揮を執る   作:shureid

18 / 52
横浜鎮守府防衛ライン死守戦

それは金剛が建造されてから三日目の早朝、日が昇る寸前の司令室。正式な申請も終え、横浜鎮守府の一員なった金剛の装備を考え、日中を過ごした次の日。前日から続く面倒な書類仕事を終えた朝霧は、眠い目を擦りながらソファーへと倒れこんだ。徹夜に付き合わせた秘書艦の不知火は部屋に帰しており、この鎮守府で寝ていないのは今日の仕込みをしている間宮と早朝から遠征に出ている第六駆逐隊くらいだろうか。ようやく眠れると、電気を消そうと体を起こし、紐を手に取った瞬間。

 

「此方見張り台、此方見張り台。応答願いますッ!」

 

司令室に備えられている無線機から、見張り台の憲兵による無線が入った。その声は焦りに染められており、朝霧は嫌な予感が胸を過ぎった。ソファーから飛び起きると、飛び込むように無線機に走り通話ボタンを押す。

 

「此方司令室、どったの」

 

「鎮守府正面海域に敵影確認……距離凡そ二海里!」

 

「数は?」

 

「此方から見ても……測定不能です!兎に角夥しい量の……」

 

「分かった、すぐ戻ってきて」

 

朝霧は同時に右手を振り上げ、サイレンを鳴らすボタンへと腕を振り下ろした。けたたましいサイレンが早朝の横浜鎮守府に鳴り響く。宿舎に居た艦娘はほぼ同時に飛び起き、寝巻きから艤装へと切り替える。その中に文句を言う艦娘は一人も居らず、皆真剣な面持ちで部屋を飛び出した。

 

「ドックの道中でいいから聞いてくれ、正面海域に測定不能数の深海棲艦を観測した。敵艦種は不明。今から編成を言うからそれで出撃してくれ」

 

第一主力部隊となった、瑞鶴、翔鶴、金剛、榛名、霧島、龍驤。

第二部隊となった、利根、筑摩、羽黒、隼鷹、山城、川内。

第三部隊となった、鈴谷、熊野、那智、飛鷹、扶桑、神通。

第四部隊となった、陽炎、不知火、夕立、時雨、睦月、如月の第七駆逐隊の面々で編成が組まれ、兎に角見張り台より此方に入れさせるなと指示を受け、抜錨していった。

 

「吹雪と那珂は出撃ドックで待機!大破者が出て帰還したら入れ替わりで出撃!」

 

 

そして、伊号潜水艦の面々は、出撃前に司令室へと呼び出されていた。

 

「なーに提督!」

 

「すまんね、重要な事を頼むのはいつもお前らになってる」

 

「頼られてるのは気分が良いです」

 

「じゃあ概要を説明する」

 

朝霧は正面海域の地図を手に取ると、テーブルに叩き付けた。鎮守府の正面は、鎮守府を頂点とした逆三角形の地形になっている。そして、そこの見張り台は底辺部分に設置されており、その底辺部分を赤線で引く。

 

「先ず此処がデッドライン。此処より踏み込まれると鎮守府に砲撃が当たる。するとお前らの飯も寝るとこも無くなるからきばれよー」

 

「此処を死守すればいいのね!」

 

「いや、数が多すぎるから防戦一方になる。燃料を消費して枯渇したとこにドスンよ」

 

「じゃあどうするの」

 

「横須賀に援軍要請を出しといた。上手くいけば挟める」

 

「それまで何とかする!なのね!」

 

「これは万が一……と言うか、逆に言うならお前らが本命であいつらは時間稼ぎかな」

 

「どういうこと?」

 

「多分あいつらだけじゃ押し切られる。横須賀のと挟めてもこっちは限りある燃料で戦ってっからねえ、だから」

 

朝霧は赤線の少し先、恐らく交戦地帯になるであろう場所に×印を付ける。そしてその上から二本の縦線を少し間隔を空け書いていく。

 

「あいつらが持ちこたえてくれるなら、此処に深海棲艦は居る筈よ。そいで輸送用のドラム缶十つにありったけの爆薬を詰める。明石に手伝ってもらうように言ってあるから、後は百メートルの紐でドラム缶を括って、等間隔で並べる、それをこの線上に仕掛けていけ」

 

「それを持って潜るの?」

 

「そう、一個一個浮かしたら敵に怪しまれるからねえ。全部括り終わったら両端を二人ずつ一気に引き上げる、そいで海上に浮いた後はドラム缶に魚雷を撃ち込みまくれ。誘爆で深海棲艦を巻き込んで燃え広がる」

 

「魚雷外すかもなの、それに此処に深海棲艦が居なかったら?」

 

「もし外してもあいつらが撃ち込んでくれるよ、もし居なくても水中で待機。あいつらなら絶対あの場所で深海棲艦を足止めしてくれる」

 

「オッケーなの!」

 

「ほんと理解が早くて助かる、お前らの危険は爆弾を引き上げた瞬間、海上に姿を見せることになるからな」

 

「大丈夫!イク頑張るの!」

 

「みんなもいいか?」

 

「「はい!」」

 

四人は敬礼し、返事をすると踵を返し、準備する為に工廠へと走っていった。朝霧はソファーに腰掛けると、再び正面海域地図に目を落とした。判断の遅さは命取りになる。今や横浜鎮守府の秘密工作艦隊となりつつある伊号潜水艦に下す指示は、最も早くなければならない。この急造の作戦には穴が多数ある。もし予想より早く突破されたら、もし敵に潜水艦が居たら、海底に潜った後に一気に進行されてしまったら。等々作戦を煮詰めたい部分もあったが、この様な防衛戦では悠長に考えている暇は無い。後は伊号潜水艦と出撃部隊の臨機応変な対応に期待し、無線機の前へと歩み寄った。司令室から、続々と海へと抜錨していくことを備え付けのディスプレイで確認すると、無線機を使い艦娘達に概要を伝えていく。

 

「正攻法じゃ無理だ。伊号潜水艦が水中から爆薬入りのドラム缶で中心の深海棲艦を吹っ飛ばす。横須賀の支援部隊と何とか見張り台前で食い止めてくれ。第一部隊は正面!第二部隊は左翼!第三部隊は右翼!第四部隊は後方で他の隊の援護!突破されそうな場所に駆けつけろ!」

 

「第一部隊旗艦瑞鶴、了解よ。任せて」

 

「第二部隊旗艦利根、了解じゃ!」

 

「第三部隊旗艦鈴谷、了解っしょ!」

 

「第四部隊旗艦陽炎、まっかせてー!」

 

「もし大破したなら帰って来い。絶対に無理はするなよ」

 

先行した第一部隊の瑞鶴は、見張り台まで辿り着くと既に深海棲艦が目視まで迫って来ていた。瑞鶴、翔鶴、龍驤の空母部隊は真っ先に艦載機を放ち、敵数と敵艦種の確認に出る。海上を地平線から顔を出した朝日が照らし、雲無いその日は敵影を確認するには粗方目視で可能であったが、正確な数の把握の為に艦載機を放っていた。

 

「何としても此処で食い止めるわよ」

 

「やな!」

 

「敵……凡そですが駆逐艦四十!軽巡四十!重巡が二十!戦艦が十!空母が十!鬼、姫は見当たりません!」

 

翔鶴の報告を聞き、とりあえず胸を撫で下ろした朝霧だったが、胸にある不安はまだまだ消えなかった。恐らく無駄弾を使わずに全弾を敵深海棲艦に命中させても、その全てを殲滅することは不可能である。其処で潜水艦部隊の出番だったが、相手が対潜水艦の爆雷を投射して来たなら、頓挫してしまう程その作戦には危うさがあった。しかし、司令室での朝霧に出来ることは的確な指示のみであり、後は艦娘達を信じるしかなかった。

 

「……翔鶴、敵の隊列は?」

 

「基本的に全艦種混合の単縦陣です。やはり目標は鎮守府正面のようです」

 

「了解、気を抜かずに」

 

「はい」

 

無線機から手を離し、眼前の椅子に腰掛けると胸ポケットから煙草を取り出し火を点ける。何時も通りの白い天井を見上げると、今日と同じく鎮守府の全艦娘が抜錨して行ったあの日の光景が浮かび上がる。敵艦に脅威と成り得る存在は確認できず、現在位置も撤退が直ぐ可能な鎮守府正面海域。しかし、戦いは非情であり、戦場では予想外の出来事が起こり続けることを朝霧は深く理解していた。朝霧は非常事態が起こらないことを祈りながら、無線機の受信ランプを見つめ続けていた。正面へ鎮座する第一部隊は、旗艦瑞鶴の指示により一斉射撃が開始された。

 

「じゃあ行くわ!第一次攻撃隊。発艦始め!」

 

「行きますヨ!My Sister達!撃ちます!Fire~!」

 

「はい!金剛お姉さま!」

 

左翼に回り込んだ第二部隊は、利根と筑摩の水上偵察機、山城の瑞雲により敵深海棲艦の位置を正確に把握すると、旗艦利根の合図により一斉掃射の指示が出された。

 

「行くぞ!第二部隊!砲撃開始じゃ!」

 

それと同時に右翼に展開していた第三部隊の鈴谷と熊野、扶桑により偵察が行われ、直後砲撃が開始される。

 

「行くよー!鈴谷の部隊!全艦砲撃始め!」

 

この瞬間より、朝霧が今回着任して初めての大規模作戦が開始された。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。