深海棲艦は艦娘達の位置を把握し、その脅威を認めると進軍を止め空母から夥しい量の艦載機が発艦される。第二部隊と第三部隊の第一砲撃は、駆逐艦や軽巡が殆ど盾のように使われ、大半がそれに阻まれていた。成果として駆逐艦を八隻、軽巡を四隻轟沈させたが深海棲艦側からすれば痛手ではない。直後その後方から脅威となりえる重巡や戦艦の挟叉が始まった。空母によって放たれた艦載機は本命の空母や戦艦へ向かい翔けて行くが、空母ヲ級によって放たれた艦載機に阻まれる。間を抜けた数機の艦載機が砲撃を開始するが、二隻のヲ級を少破に追いやっただけに終わった。戦艦による砲撃もはやり駆逐艦に阻まれ、駆逐艦を三隻沈めただけに終わる。瑞鶴は偵察機より、敵に大した数の被害を与えてられていないことを確認すると、第二次砲撃の指示を出す。
「く……第二次攻撃隊。発艦始め!」
瑞鶴は今までの経験と知識を持って現状の打破を考え抜いていた。弾薬や艦載機には限りがある。それを使い切ってしまうと撤退を余儀なくされ、正面を請け負っている自分達が撤退してしまうと一気に攻め込まれる可能性がある。しかし、出し惜しみしていても押し切られてしまう。背後から第七駆逐隊による援護が行われているが、駆逐艦の砲撃では精々敵駆逐艦を沈めるのが関の山だった。第二、第三部隊とのローテーションを考えたが、此方が切れる頃には他の部隊の弾薬も底を突いているだろう。砲撃は全艦同時に行う為、一隻一隻戻るのでは時間がかかりすぎ、かといって砲撃のタイミングをずらしていても圧倒的な数の深海棲艦に押し切られてしまう。現状可能な作戦は、兎に角全機全弾を使い食い止め、潜水艦の策に命運を託すことであった。
「絶対に食い止めるわッ!」
しかし、現実は理想通りにはいかない。
「きゃっ!」
「ッ!Shit!」
重巡と戦艦の砲弾が、翔鶴と金剛に砲弾が直撃する。同時に此方の艦載機の間を抜けてきた敵艦載機が上空を舞い、やがて爆撃を投下し始める。
「総員回避ッ!」
第一部隊は爆撃の間をすり抜けながらも、艦載機や砲撃で応戦し続ける。しかし、前面に出ている駆逐艦や軽巡の攻撃が空母部隊を襲い始め、戦況が押され始める。
「もうッ!鬱陶しい!翔鶴姉大丈夫ッ!?」
「何とかいけるわッ!」
「当たったら一大事やで!」
空母の場合駆逐艦といえど、砲撃を受けてしまえば無傷ではいられない。破損が蓄積し、やがて駆逐艦や軽巡の砲撃で大きな損傷を負う様になる。軽空母の龍驤は装甲が薄い為、駆逐艦の砲撃でも大事になる恐れがあった。
「Me達に任せるネッ!」
そこで装甲が厚く、駆逐艦の砲撃程度ならば大きな痛手にはならない戦艦三人が前に進み出る。装甲と火力を兼ね備えた金剛達は、邪魔になっている駆逐艦や軽巡を確実に沈めていく。
そこに間髪いれず、空母部隊も艦載機を発艦し続ける。
第二部隊、第三部隊の軽空母隼鷹、飛鷹も重巡や戦艦の陰に隠れ、持てる限りの艦載機を発艦する。三つの部隊の戦艦や重巡は確実に駆逐艦や軽巡を沈めて行き、戦況を持ち直す。空母ヲ級による艦載機も、主力空母が一隻で踏ん張っている他部隊の分まで撃ち落していく。しかし、全ての艦載機を落としきることは不可能に近く、撃ち漏らした敵艦載機が第二部隊と第三部隊を襲う。
「川内ちゃん大丈夫ッ!?」
「ちょい……きついかも」
「不幸だわ……もうッ!」
「くっ……私をこのような格好に……!」
「熊野ッ!みんなも大丈夫!?」
「私は大丈夫だが……敵戦艦の砲撃で熊野が大破ッ!」
敵位置は作戦通り食い止めているものの、徐々に各隊に損耗が出始めていた。やがて弾薬が半分を切り、その時点で敵駆逐艦や軽巡の数は半分近くまで減りつつある。残りの弾で重巡や戦艦は落としきることは不可能に近いが、この時点で瑞鶴は現在工廠で作業中の潜水艦の爆薬により敵を殲滅出来る算段がついていた。
「敵駆逐艦と軽巡を半分落としたわ、此方の弾も半分ってとこかしら」
「各艦の被害状況を」
「……ちょっときつめね。翔鶴姉が中破、艦載機はまだ発艦出来るわ、後は金剛が中破、他全員小破よ」
「第二部隊!我輩は大丈夫じゃが、筑摩が中破じゃ!他も小破!川内が大破ッ!撤退指示を出しておるから那珂を出撃させてくれッ!」
「了解。那珂!」
「はいー!那珂ちゃんにお任せー!」
「第三部隊!熊野が大破したから帰還させたよッ!後はみんな中破と小破!」
「了解、吹雪!行けるか!」
「はい!吹雪抜錨します!」
「第四部隊!みんな小破以下よ!」
「了解、そろそろ第一部隊の弾が切れる、ふんばれよ」
朝霧は指示を終えると椅子に腰掛け、両手で目元を押さえると地団太を踏む。徐々に戦艦や重巡達の装甲に損傷が溜まり始める。駆逐艦や軽巡を蹴散らした後に出てくる重巡や戦艦の砲撃は非常に脅威になる。
「……急げよ……イク……」
一方工廠では、着々とドラム缶の準備が進められている。明石は的確な指示を出し、伊19らは爆弾と化したドラム缶をロープで縛っていく。
「急ぐのねみんな!」
「頑張るでち!」
「もう少しね」
「こっちは終わりそうよ」
作業が終盤に差し掛かった時点で、膠着状態であった正面海域の第二部隊、第三部隊に動きがあった。那珂と吹雪が合流し、敵駆逐艦を残り十隻近くまで減らした時点で、戦艦や重巡が眼前に姿を現したのだ。敵は間髪入れず砲撃を行い、邪魔な戦艦や重巡を確実に沈める算段だった。
「本命の登場じゃな……ッ羽黒!」
「きゃッ!」
「きっつー……本腰入れるよ!」
「まずッ!敵機直上よ!気をつけて!」
全艦娘の残弾が残り僅かであり、損害が蓄積され続けている戦艦や重巡は機動力を失い、その砲撃や艦載機の爆撃が直撃する。更に正面の空母部隊では賄いきれなくなった艦載機が第二、第三部隊を襲う。小破だった者は中破、そして大破していき、一気に戦況が覆ることになった。鈴谷は隊の状況を確認するが、皆弾が底を突きそうなのに加え、前線で耐え忍んでいた自分と扶桑の二人が大破したことにより、撤退を考える。第二部隊も利根、筑摩、隼鷹が大破し、撤退を余儀なくされていた。しかし、今此処で撤退してしまえば数の利で押され部隊は壊滅し、敵の砲撃は全て正面の第一部隊に向く。そうなれば押し切られてしまうのは必然であり、撤退の選択を捨てざるを得なかった。もし朝霧に判断を仰げば撤退命令が下るのは分かっていたので、利根は筑摩と隼鷹を後方に下げる。大破状態であろうと、隊として形さえ保っていればハッタリも効くと利根は考えていた。
「山城ッ!羽黒ッ!ふんばれるかの!那珂は援護じゃ!」
「やるわ!姉さまのためにも!」
「任せて下さい!」
「今日だけはセンター譲ってあげる!」
一方の鈴谷も利根と全く同じことを考えており、大破していた扶桑と共に下がり、残った那智達に前線の死守を委ねる。
「行くぞ!」
「はい!」
敵の正面攻撃を受け続けた第一部隊は轟沈者こそ出ていないものの、他部隊の倍の数の戦艦や重巡を相手に取っており、戦艦全艦大破と何時押し切られてもおかしくは無かった。
「不味いわ……もう艦載機が……」
「ッ!敵機確認!」
休み無く発艦され続ける艦載機に、ついに対応しきれなくなった瑞鶴は朝霧に判断を仰ぐことを考えたが、夥しい量の艦載機が此方に向かい放たれていた。一瞬絶望の文字が瑞鶴の脳裏を過ぎる。今背を向けても蜂の巣になるだけであった。
かといって此処に棒立ちしていても、それの結末は余りに分かりきってる。
「お待たせしましたッ!」
その瞬間、瑞鶴の無線に聞きなれた声が届く。同時に上空を舞っていた敵艦載機が、見覚えのある日の丸印が刻まれた艦載機によって次々と撃ち落とされていく。瑞鶴達の向かい、深海棲艦を挟んだ形で到着した横須賀の支援艦隊の砲撃が次々と深海棲艦を薙ぎ倒していく。
「ッ!大破者は撤退!後はこっちに合流!正面で全部食い止めるわッ!」
支援艦隊の到着を確認した瑞鶴は、大破者の即刻撤退を命じる。この瑞鶴の命令時点で大破していなかった者は、遅れて抜錨した那珂と吹雪、加えて飛鷹のみであった。ほぼ全艦が撤退していくのを認めた深海棲艦は、そのまま押し切ることを考えたが、後方の支援艦隊によってそれを阻まれていた。赤城を旗艦としたその支援艦隊は、赤城、加賀、千歳、千代田、青葉、衣笠と空母を中心に編成されており、航空戦で不利が生まれることを危惧した朝霧の編成だった。
「みんな!待たせたのね!」
その無線を聞いた瞬間手に握っている弓を引き、大破者が帰還したことを確認すると瑞鶴は残りの艦載機を全て発艦する。
「全機発艦ッ!任せたわよ潜水艦のみんな!それに第七駆逐隊!」
持ちえる艦載機を全て発艦した空母部隊は同じく撤退し、正面海域のデッドラインに立っているのは第七駆逐隊、そして吹雪、那珂のみであった。普通なら即押し切られる編成であったが、支援艦隊の圧倒的な空爆によりそれを食い止めていた。陽炎は目視で敵艦を確認し、戦艦や空母ヲ級が相当数残っていることに気付き、支援艦隊の攻撃のみでは殲滅に至らない事を把握し、潜水艦による作戦の成就を願った。その願いが届いたのか、既に目的地点の海底まで辿り着いていた潜水艦が海上へと顔を出し、ドラム缶を引っ張り上げる。敵編成に高度な知能を持った個体は居ないことが功を奏し、残った駆逐艦や軽巡はドラム缶より潜水艦へと目が向く。
「みんな気合入れるのね!」
伊19は引っ張り上げたドラム缶が何らかのアクシデントで爆発しないことを想定し、再び海に沈んでしまうことを恐れとある指示を出していた。潜水艦の面々は再び海中に身を潜めると、近くの軽巡や重巡に忍び寄り、直接その紐を結びつけ始める。これは暴挙にも近く、爆雷を放たれれば直撃し大破する恐れがあった。しかし、伊19は海面に浮いたドラム缶に魚雷を命中させる確率より、海上の仲間がドラム缶を撃ち抜いてくれる確率を取った。一度潜水艦として姿を認められれば、次に顔を出すのがより困難になる。仲間を信じた結果、より成功の可能性の高い作戦を選んでいた。それは素早く遂行された作戦だった為、全ての紐を結びつける事に成功したが、案の定撤退する瞬間投下された爆雷は、伊19と伊8に直撃した。
「はっちゃん!」
「イク!」
伊168と伊58は素早く二人に駆けつける。ほぼゼロ距離で命中した爆雷は二人の艤装を完全に破損させていた。次の爆雷が来る前に伊58と伊168は二人を抱きかかえると、その作戦の成功を海上の仲間に託し、鎮守府へと撤退した。その過程の報告を受けた陽炎は、敵深海棲艦の中心に浮かぶドラム缶の姿を確認した。深海棲艦に直接括りつけられている為、移動してしまえば作戦は無為に終わる。
「悠長にしてる時間は無いわッ!ドラム缶を狙いなさい!」
第七駆逐隊の面々は一斉に射撃を始め、狙いをドラム缶へと定める。支援艦隊には空母と戦艦の相手を任せ、自分達はドラム缶へと集中していた。
「当たらないっぽい!」
「ッ……時間が無いのにねッ!」
海の上に鎮座する深海棲艦に砲撃を命中させる事すら困難である。それを波に揺られ、海面を上下している小さなドラム缶にピンポイントで命中させるのは至難の業であった。残弾も底を突く寸前で、紐が括りつけられている深海棲艦を直接沈めるのも不可能に近かった。
「どうするの!?陽炎ッ!」
時雨は焦りを含んだ声を陽炎にぶつける。他の面々も口には出さないがその表情には焦りを浮かべており、旗艦である陽炎に視線を集める。陽炎は乾く唇を舌で濡らすと、唸りながら第七駆逐隊の前に出る。
「ッ……やるしかないわッ!」
時間が無い為打開策を考え付くことが出来ず、苦肉の策を取ることを決める。これを提案すると、皆が羽交い絞めにしてでも自分を止めようとすることが分かっていたので、陽炎は何も言わず進路を前方へ向ける。
「陽炎……何を……?」
「ごめんね、不知火。後で怒られてあげるから」
陽炎は深海棲艦の蠢く中心、その直下のドラム缶へと進路を定めると、その一歩を踏み出した。やがて残り燃料の全てを使う勢いで加速し、深海棲艦との距離を全力で詰め始めた。