彼は再び指揮を執る   作:shureid

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横浜鎮守府防衛ライン死守戦 終結

「陽炎ッ!」

 

不知火は遠ざかっていく陽炎の後姿に思わず右手を伸ばすが、直ぐに後ろへ翳し面々を諌める。陽炎の目的は言わずもがな理解していた。此処で皆で陽炎を援護しようと突撃してしまうと敵の注意が全て此方に向いてしまう可能性がある。単艦なら敵の注意も向き辛いであろう。

後でこってり絞ることを心に決めると、その障害物と成り得る駆逐艦や軽巡に砲台を向ける。

 

「陽炎を援護します。ラストチャンスですから残弾を全て使い切りましょう」

 

不知火は振り向き皆の顔を見渡すと、不満そうな表情を浮かべながらも、陽炎を信じて副砲を敵へ向けたのを確認し穏やかな表情で呟く。

 

「良い仲間に巡り会えたものですね、陽炎」

 

既に深海棲艦との距離を半分近くまで詰めている陽炎の背中を見据えると、接触しそうな艦に狙いを定め砲撃を放つ。それを背に感じた陽炎は、砲台から伸びているアームのトリガーを強く握る。陽炎の存在を危惧した駆逐艦が砲撃を放ってくるが、駆逐艦の長所でもある速力を駆使し、蛇行を繰り返しながら確実にドラム缶が狙える距離へと詰めていく。

 

(撃てて二発……絶対に外せないわ)

 

不知火らの援護もあり、砲撃が直撃する事無くその場所まで辿り着いた。爆発に巻き込まれない範囲かつ、確実に狙える距離まで近付くということは、深海棲艦と目と鼻の先で狙いを定めることになる。しかし、託していった仲間の為にも陽炎は強い決心で主砲をドラム缶へと向ける。演習や修練で何度もやった、目標物への砲撃。自分に注意が向いている駆逐艦は二隻、軽巡が一隻。不知火達の砲撃のお陰で此方に砲撃が向くことは無いが悠長にしている時間は到底無い。少し震える右手を押さえつけると、覚悟を決めトリガーに指をかける。

 

「よしッ!」

 

波が一瞬穏やかになり、ドラム缶の動きが静止した瞬間、トリガーにかけた指に力を込める。

それとほぼ同時であった。

 

「陽炎ッ!」

 

普段声を荒げることの無い不知火の焦燥にまみれた声が、無線の奥から陽炎の脳内を突き抜ける。トリガーを引くと同時に、陽炎は強い衝撃に襲われた。目の前がぼやけ、頭が打ち付けられた様な感覚に陥り、体が真横へ吹き飛ばされる。放たれた砲撃は見当違いの方向へ向かい、何も無い海面に水飛沫を上げるだけに終わった。遥か斜め前方からの重巡リ級による砲撃が、陽炎に直撃する。頼りの主砲は煙を上げながら大破し、陽炎は海上を転がりながら海面に叩き付けられた。不知火は陽炎を助けようとその進路を陽炎に向けようとした直前、無線から消え入りそうな陽炎の声が届いたのに気付いた。

 

「だい……じょうぶ……」

 

陽炎は歯を食いしばり、半分沈みかけた右足を海に突き立ち上がると、未だ無事だった魚雷管をドラム缶へ向ける。伊19らが魚雷でドラム缶を狙うのを拒んだように、魚雷を直接命中させるのは至難の業であった。

 

「奇跡くらい……起こりなさいよ……ッ!」

 

酸素魚雷を四本、ドラム缶へ向けて発射すると同時に、陽炎の体を崩れ落ち、海へと倒れこんだ。それを見た不知火らは全力で陽炎の下へと滑走していく。陽炎によって放たれた魚雷は、白い泡を上げながらドラム缶へと一直線に向かって行く。しかし、波に揺られたドラム缶がその進路からずれ、魚雷の先が向かう先から外れたのを陽炎は倒れながらも目撃する。

 

「駄目……なの……」

 

陽炎は落胆し、此方に砲台を向けている駆逐艦や軽巡の姿を見た後その顔を伏せる。

それは幾重にも重なった偶然だった。陽炎が発射した魚雷を避けようと駆逐艦がその場所からずれた。更に不知火達が此方へ駆けているのを見た軽巡が砲撃を向ける。

その砲撃の射線上から避けようとした駆逐艦がその場所から戻った瞬間、魚雷とドラム缶が交わった。直後、腹部まで響き渡る轟音と共に、ドラム缶が爆発を起こし、近くに居た深海棲艦を巻き込み大炎上を起こす。それに誘爆したドラム缶からも爆発が起き、次々に火柱が上がる。やがて深海棲艦の中心から空に向かい、黒煙と火花が吹き出し、未だ残っていた深海棲艦を木っ端微塵に吹き飛ばし、その場所に残っているのは灰と焦げた金属の塊のみとなった。

陽炎は爆風で少し後方へと吹き飛ばされ、その意識を失おうとしていた瞬間、自分の正面に最も信頼している相棒の顔が映ったのを確認し、安堵するとゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

「今回の作戦についての報告よ」

 

未だごった返している入渠ドックに入ることを後回しにし、被害と戦果をまとめた瑞鶴は司令室へ訪れていた。

 

「ご苦労さん、とりあえず入渠状況は?」

 

「被害が酷い艦から先に入って貰ってるわ、一応救急だったのは陽炎だけ。他はみんな一応元気だけどバケツは使う?」

 

「第一部隊には全員バケツ。他はキリが無いからな。我慢してくれ」

 

「そうね。敵深海棲艦は全ての轟沈を確認。大破者は多かったけど轟沈者は居らずよ」

 

「了解。横須賀の支援部隊には少しの間こっちに居てもらってくれ。万が一ね」

 

「伝えておくわ……まあ、流石って言っておこうかしら。これだけの深海棲艦の数に攻められて鎮守府に被害無し、轟沈者無しなんてのはね」

 

「いや、運が良かっただけよ、時間が無くてももっと作戦を煮詰められた」

 

朝霧は腰掛けていた司令の椅子から立ち上がると、煙草を咥えながらソファーに腰掛ける。

顎で対面を指し、瑞鶴に座るように促す。瑞鶴は手に取っていた手書きの報告書を、中央のテーブルに放るとソファーへと腰を下ろす。

 

「そうかしら?」

 

「おうよ。陽炎に特攻させなくてもこっちが状況を理解して支援部隊になんとかドラム缶を撃ち抜いて貰うべきだった。どうも無線報告だけじゃ状況を理解するのは難しいんよな。カメラでもつけてくれたらいいのに」

 

「無い物強請りしないの。で、独断行動を取った陽炎にはお咎め無し?」

 

「俺がしなくてもどうせ不知火にきつーいお説教貰うだろ」

 

事実入渠ドックに入り意識を取り戻した陽炎は、不知火と顔を合わせるのが恐怖であった。

この後あの不知火からこってり絞られると思うと、一生ドックに籠っていたい気分に陥っていた。

 

「まあ大きな被害無く終わって良かったわ。それじゃ、ちょっと休んでくるわね」

 

瑞鶴が司令室から出て行くのを見送った朝霧は、今回使用した弾薬や燃料の数を聞きに行く気になれず、ソファーに寝転がり続けた。全艦娘が弾薬をほぼ持てる限り使いきり、燃料も全て消費し、更に殆どが大破しており、修復に使う鋼材など、莫大な数の資材を消費したのだ。しかし、敵深海棲艦を全艦轟沈させた戦果もあり、いくつかの資材は大本営から援助されるのだが、全てを埋め合わせするには足りなかった。

 

「……あー……鬱になる……」

 

金剛が入渠を終えたら慰めて貰おうと決心し、報告などの事務仕事が山積みであったが徹夜明けの眠気には勝てず、そのままソファーで泥のように眠り始めた。

 


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